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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第51話 悪夢は這う

「一応、これが王都の全景よ」


 長方形の長テーブルの中央いっぱいに、ミルザは持ってきた王都の地図を広げる。


「うわぁ、沢山通りがありますね」

「確かにこの中から獣人を誘拐したチンピラ達を探せって言うのは無理あるわね」


 地図をあんぐりと見つめ、呆れ返るリリア。

 うんざりとモチベーションを削がれてしまった三人に、ミルザは地図の一点を指さし──


「だから、絞ればいいのよ」

「絞る、ですか?」

「王都は路地裏が多いけど、一人のゴロツキがその全てを生息域にしているわけではないでしょ」

「た、確かにそうですね」

「だから、そいつらがよく出没している場所を突き止めればいいワケ」


 ミルザの提案に、なるほどと納得するエーリカ。しかしリリアは、


「そうは言っても、それを調べるのだって重労働でしょ」


 ごもっともである。

 仮に一からそれを調べるとしても、どのみち現地調査は免れないのだ。

 

「昔、お父さんに聞いたことがあるわ」


 リリアの意見を耳に入れたミルザは、突如三人に話を切り出す。


「ゴロツキ共には“溜まり場”が存在すると」

「溜まり場……?」

「路地裏にはいくつもの広場みたいなものがあって、ゴロツキはそこを集会場にしているの」

「集会場って」

「広場の周囲を一区画として、そこを拠点とするチンピラ同士で団を形成しているらしいわ」


 なるほど、つまり”裏の住人”同士のコミュニティということか。

 いくら結束力が高いと言えども、一枚岩とは限らない。

 恐らく、いくつかのコミュニティが合わさった上での“裏の住民”なのだろう。

 エーリカはそう思索する。


「つまり、その団を突き止めればいいってことね」


 リリアもエーリカと同じように思考を巡らせ、そう結論付けた。


「よし!じゃあさっそく探そうぜ!」

「だからその団をどうやって見つけるんですか?」


 結論が出ても、そこまでをたどる方法までは従来通りである。


「そんなもん聞きゃあいいだろ」

「それができないから困ってるんですよ!」

「なんでだ!!」

「ランバーズさんが言ったこと忘れたんですか!?」


 レイズはううんと記憶を探るが、一向に出てこない。

 エーリカが小声で「やはり脳筋ですね」と陰口を叩いていると、


「あとはもう、内通者を探すしかないわね」


 突然ミルザがそう口漏らし、ビクッと体を震わせてしまうエーリカとリリア。


「な、内通者、とは」


 まさか、自分たちの内密調査をあのミリアが……エーリカが恐る恐る問いかけるが。


「スパイよ。“裏の住民”と繋がってて、且つこちらの味方みたいな人。何かの事件を調べるために騎士か誰かが潜入捜査でもしてないの?」

「い、いないですよそんな人!?」


 どうやら内通者とは。“裏の住人”への潜入調査を行っている人物らしい。

 だが、そんな人物身内には誰一人もいないとエーリカは半ば諦めかけていたが、


「い、いるっちゃいるけど」

「え?」


 数舜だけ沈黙していたリリアがそう口を突く。

 エーリカはまさか、と耳を傾けてると。


「本当ですか?」

「レイズを襲った……シルヴィスとかいう男」


「あぁ!!たしかにな!!!」


「いやいや確かにじゃないですよ!!その人はスパイでも何でもないただの敵ですよね!?」

「だから味方に引き込むのよ。だって仮にも王国の騎士なんでしょ?説得すればなんとか……できそう?」


 レイズに問いかける形でリリアは語尾を曖昧にするが、


「いやできねえ」

「そうなの……ね」

「あいつはチンピラ達から師匠と尊敬されてた。多分、もう向う側の人間だ。もし味方に引き戻すなら、あいつの根本的な問題を解決しなきゃだめだ」

「根本的な問題?」

「あいつがなぜ問題を起こして、チンピラ共に手を貸しているのか」


 それは至極当たり前だった。

 やはり、その問題を解決しなければシルヴィスを仲間に引き戻すなど無理だろう。


「そうね。問題はそれだわ」


 と、話に介入できず目を点にしていたミルザが話しかける。


「何の話をしているのか分からないけど、話が行き詰ってるならとりあえず外に出てみない?」

「外ですか?」

「えぇ、だってずっと引きこもって地図を見てるより、実際に現地で手掛かりを探す方がいいじゃない」

「まあ、そうですね。向うに勘付かれない程度なら……じゃあ行きましょうか」


 聞き込みはできなくとも、何かしら発見は得られるだろう。

 そう祈願し、四人は屋敷を後にした。


 *


「相変わらずと言うか、王都は賑やかですね」


 時刻は昼過ぎ、王都はいつも通り雑踏で溢れかえっていた。


「じゃあ、二手に分かれましょ」


 ミルザからの提案を受け、三人は頷く。

 その時、ミルザはおもむろにリリアの片腕を抱き取った。


「そうねって……っ!」

「私はリリアと、いいでしょう?」

「い、いいけど、そんな馴れ馴れしくされると……ちょっとー!」


 そのまま、ミルザはリリアを連れてどこかへ去ってしまった。


「行っちまったな」

「私たちも行きましょうか」


 そう言って、レイズとエーリカも通りを歩き始めた。


 レイズとエーリカと離れ、しばらく通りを黙然と散策していたリリアとミルザ。

 流石に気まずさに耐え切れなくなり、リリアは口を開いた。


「本当に、私でよかったの?」

「えぇ、だって友達じゃない」

「そ、そうだけど……仮にも……」

「まだそのこと気にしてるの?」

「いや、だって……」


 なぜ誘拐し、死すら望む恐怖を味合わせた自分を気にも留めないのか。

 それよか、それがなかったかのように友達として接していてくれるのか。

 どちらにしろ、いくらなんでも今日初めて会ったはずなのに距離感が近すぎる。

 と、ミルザはリリアの想いを感じ取っていたようで、


「確かに、あなたが私にしたことは地獄もいいところの所業だった。もし私を誘拐したのがあなたじゃなければ、今でも私はあなたを許していなかったわ」

「あなたじゃ……?」

「さっき私リリアと異母姉妹みたいって言ったでしょ?」

「うん」

「本当にいたのよ、姉が」


 その事実に、リリアは唖然と聞き返す。

 

「え?」

「でもね、私が幼い頃に、死んじゃった。もともと病弱だったの。姉は」


 そう言って、瞳を潤ませてリリアを見つめるミルザ。


「だからね、私と似ているあなたを、姉に重ねちゃった」

「……っ!」

「ごめんね、自分勝手で」


 緩んだ涙腺を隠すように俯かせて、リリアは小声で吐く。

 それはどこか遠い昔の記憶。でも思い出すたびに悲愴に呑まれる。


「私にも、弟がいたの」

「……」

「でも、家族とともに、人間に殺された」


 それを話すたびに、あの光景が脳内を突いてくる。

 炎に包まれる中、無残に倒れる家族の亡骸。


「なんだ、私たち境遇も似ていたのね」

「え?」

「ご、ごめんなさい。あなたのほうが惨かったわね」

「愛する人の死なんて、みんな同じよ」


 二人は通りを抜けて噴水のある広場まで差しかかっていた頃。

 その噴水の前から、誰かが叫んでいる声が聞こえて来た。


「何あれ……」


 噴水には、人がまばらに群がっていた。

 その聴衆の視線の先。

 一人の男が、何かを演説……いや叫んでいる。


「ハインゲア王国はアヴァロニカ帝国に服従をぉ!!!!!」


(アヴァロニカ……!?)


 その言葉に、リリアは思わず言葉を失ってしまう。

 と、慣れ親しんだ様子のミルザがぼそりと呟いた。


「またやってるのね」

「またやってるって?」

「反中立派。いや最近はアヴァロニカ派って、そう呼ばれているわ」

「アヴァロニカ派……」

「最近増えてきたの。ハインゲア王国は永久中立国っていう皮を破ってアヴァロニカ帝国に屈せよと訴えかける人たちが」


 呆れた様子のミルザは、訴えかける男の様子を傍観しながら、続けて言葉を紡ぐ。


「怖いんでしょうね。もしアヴァロニカ帝国が攻めて来た時、家族を殺されるのが」

「気持ちはわかるけど、なんでアヴァロニカに服従なんか……」


 そう、例え屈したとしても家族は助かるとは限らない。

 それがアヴァロニカ帝国という国なのだ。


「レディニア王国が滅び、スカンジアの他の二国がアヴァロニカ帝国に屈した。そんな情勢なら、少なからず服従という選択肢を唱える人も出てくるでしょうね。いや、出てこない方がおかしいわ」


 恐れている。アヴァロニカ帝国と言う国を。


「今はまだ小規模だけど。一部の貴族もアヴァロニカ派の運動に参加しているという噂もある。もし規模が大きくなれば……」

「……」


 何かを決意した瞳で、演説を黙って聞いていたリリアに、ミルザはきょとんとリリアの名を呼びかける。


「り、リリア……?」

「今回の誘拐事件、あいつらが“裏の住民”と手を組んで犯行に及んでいるかもしれない」

「え?」

「エルフの里襲撃事件のこと、ミルザは知ってるわよね」

「え、えぇ。解放された後、ダリア・フォールの騎士からそんなことがあったと聞かされたわ」

「それを起こしたのは、他でもないアヴァロニカ帝国よ」

「えっ!?」


 真剣な剣幕のリリアに告げられ、ミルザは驚愕する。


「アヴァロニカ帝国は、私たちのことを少なからず差別の対象に見ているらしい。だったら、アヴァロニカ派もなにかしら関わっている可能性もある」

「で、でもあくまで可能性の話でしょう?」

「うん、でも可能性は少しでも摘み取った方がいい。あいつらの実態を調べてみましょう」

「実態……あいつらの動向を探る気?」


「ついてきて、くれる?」


 リリアはそっと手を差し出す。


「えぇ、分かったわ」


 ミルザは微笑んで、その手を受け取った。


 *


 一方、別の通りを練り歩いていたエーリカとレイズ。


「ハインゲア王国はアヴァロニカ帝国に服従をぉ!!!!!」


「なんでしょうかあれ」

「しきりにアヴァロニカ帝国って叫んでるな」


 商店の前で、男がアヴァロニカ帝国としきりに叫んでいる。

 取り巻きもいるようだ。通りを歩く人々に何かのビラを配っている。


「もうすぐ!裁きの刻がくる!神が我らを断罪する!!!」


「アヴァロニカ帝国こそが善!アヴァロニカ帝国こそが神なのだ。裁きの刻までにアヴァロニカ帝国に屈しなければ!この国は滅びを迎えるだろう!!!」


「裁きの刻?」

「何かの宗教ですかね?」

「だがあいつらアヴァロニカ帝国の名をだしてんだぞ」

「そしたら、アヴァロニカ帝国を信仰する宗教……」


 エーリカが考え紛れに顎に手を添えた、瞬間──


「大当たり」

「「……!!」」


 突として背後から低い声が響き、レイズはぎょっと振り返る。

 そこにいたのは、謎の覆面を被った男。


「エーリカ!俺の後ろに!!」


 レイズはエーリカを自身の背後へと促し、片手で守護するそぶりを見せる。


「戦うつもりはありませんよ。そう身構えないでいただきたい」

「なんだてめぇ」


 レイズは鋭く双眼を剥き、男を威嚇する。


「あなた方が()()()()()を探っているとの、情報がありまして」

「我ら……?“裏の住人”か?」

「失敬な!我らはそのような薄汚い連中と一緒にしないでもらいたい!!!」


 そう言って、男は大衆の面前だというのに、盛大にぶわっと手を広げた。

 そうかと思えば、一瞬でレイズの耳元に移動し、


「我らはアヴァロニカ従属軍」

「……っ!?」

「本日夕刻。我らが偉大なる長があなた方を見極めに参ります。裁きの刻への出演に足る器かどうかを。是非、お忘れなく」


 小声で耳打ちした。


「見極める……だと?なんのこと……っ!?」


 その時には、男の姿は跡かたなく消えていた。


「裁きの刻……」


 その一瞬の光景に、エーリカは呆然と呟いた。

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