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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第49話 叫喚の主

 王都セントレアの地下深くには、かつて巨大な炭鉱が広まっていた。

 まだアヴァロニカ帝国領時代の話だ。

 炭鉱では、捕虜として亜人が強制労働を強いられ、過酷な労働環境の中で多くの人々が命を落とした。

 やがて資源が枯渇し、ハインゲア王国が独立したことで炭鉱は使われなくなったものの、ハインゲアの地下では廃鉱と化した巨大地下迷路が今も息を潜めている。

 そこは、表で生きていられなくなった者たちの絶好の居場所となり──


 松明で僅かな光だけが灯された廃坑道を、二人の男たちがひた走る。

 片側のサングラスの男の背中には、気力が尽き虚ろな目をした獣人の子が、だらんと抱えられている。

 やがて進みゆく男たちの前に現れたのは、大きな一枚岩を丸ごと刳り抜いたかのような巨大空間だ。

 そこは、廃鉱を改築した要塞とも言える異空間。

 各所で松明が灯され、多くのガラの悪い者たちが跋扈している。

 その入り口で、男二人は衛兵と思わしき槍を構えた男に止められる。


「てめえらは?」

「は、はい!シル……」


「馬鹿!!!」


 危うく禁句を漏らそうとしたサングラスの男の口を、スキンヘッドの男が塞ぐ。

 衛兵の男はギロリとサングラスの男に目を付けるが、特に何もせずに動向を見張った。


「あの方への供物を持って来やした!」

「獣人か、生きもよさそうだ。入れ」

「はい!!」


 衛兵の男は槍を下げ、男二人を中へ通す。

 男たちはごくりと息を呑みながら、その悍ましい空間へと足を踏み入れていく。


 そこは、一言で表すなら「地獄」だ。

 通り過ぎる者たちは皆、伝承の“悪魔”を体現したようなおどろおどろしい装束を着た者たちや破落戸(ごろつき)ばかり。

 そこかしこから血生臭い臭いが鼻腔を刺激する。

 そのせいで吐き気を催すが、ぐっと息を飲んでなんとか持ちこたえた。

 いや、もしも耐え切れずに道端で嘔吐などすれば──


 岩を無理矢理砕いたような回廊をしばらく進むと、行き着いた先にあったのはマグマが堀のように周囲を囲む島のような場所だ。

 先程から異常に暑さを感じたと思えば、これが原因だったらしい。

 しかし、服を脱ぐことさえこの魑魅魍魎とした場所は許諾しない。

 男たちはぎこちない足取りでマグマ堀の近くまで向かう。

 そして立ち止まり、二人は大声で叫びかけた。


「失礼します。供物を連れてきました!!」


 しかし反応はない。

 もう一度叫ぼうかと思考を巡らせた瞬間、

 男たちの目の前の堀がゴオオオと地鳴りを起こしたと思えば、溶の底から島へと続く橋らしき岩が姿を現した。

 男たちは互いに驚嘆の目を向けるが、恐る恐る中へと足を踏み入れる。


 その先には、男たちの何百倍以上もある大きさの石扉が顕現した。

 男たちが扉の前に着くなり、その扉が激しい轟音を立てて開き始める。

 そして、その中にあったのは、


 男から一陣の汗が零れ落ちる。

 緊張で手がわなわなと震える。

 それもそうだろう。

 男たちがこれから垣間見える相手は、それ相応の存在なのだ。

 扉が開ききったと同時に、男たちはおずおずと亜空間に入る。

 完全に入り切ると、扉がばたっとこれまた巨大な騒音を立てて閉まった。


 その後は、周りをマグマが囲む一本道を歩く。

 もはや止まることなどできない。もし止まれば、どうなるかは分かっているだろう。

 逆にこのまま進み続ければ、この壮絶な体験を超越するほどの、至福が待っているのだ。

 だから止まることなどできない。


 しばらく進むとマグマの堀が消え、急激に寒気を感じた。

 そこでようやく、獣人の子が目を覚ます。


「……わっ!」

「お、おいこらおとなしくしてろ!!」


 その空間の異常さに、獣人の子はたちまち慟哭し、大粒の涙を漏らす。

 サングラスの男は、子の背中をばんばんと叩き泣き止ませんとする。

 しかしそれは逆効果もいいところで、子はさらに泣き喚くと──みられていた。


「ひぃ……」


 突如、子の涙が止んだ。いや、何かを一目見て、やめざるを得なかったのだ。

 男たちは衝動的に、その方向を見やる。


「なんだよ……これ」


 これが、寒さの原因だったのだ。

 年齢も性別も異なる、ただ「亜人」だけが共通する者たちが、氷の柱に埋まっている。

 その姿は何か必死にもがいたまま凍り付けにさているよう。


『どうデツカ?ワタチのコレクチョンハ?』


 その声は、何処からともなく男の耳に響き渡った。

 一種の不快感さえ感じてしまうほど、大勢の人の声をツギハギに合わせたような声音。


(じじぃ……)


 気が付くと、男たちはそこに到着していた。


 もし先程までのマグマの空間を「地獄」と評するなら、この空間はさながら「叫喚」と捉えて良い。

 いや、そうとしか言い表せない。それほどまでに哀しみに溢れ、気持ち悪さまで沸き上がる牢獄だ。

 その中心では、漆黒の玉座に何者、いや人とも判別できぬ異形が待ち構えている。

 

 黒い前髪をくねらせた、細身の老齢の男──いや、異形。

 だが、その両腕は悪魔のように漆黒で、その両足には真っ黒い羽毛が、

 そして異形の胸部は、何故かぽっかりと穴が開いている。

 だが、それの姿はこの空間の中ではまだましな部類だ。

 問題は、異形の背後に山積みに詰まれた人間、いや死体だ。

 男は知っている。この死体の山は、研究の失敗作だと、以前異形が話していた。


 この男の容姿、そして背後に転がる死体を見るだけで、サングラスの男は再び吐き気を催してしまった。


 サングラスの男の容態が行動不能と悟り、スキンヘッド男はサングラスの男から唖然とする獣人の子を引き剥がし脇に抱える。

 だが、獣人の子はその異形の姿を一目見て、


「いやだ……いやだ……いやだ!!!!いやだ!!!!!いやだ!!!!!いやだ!!!!!」


 そうじたばたと暴れる、あわよくば男の腕にかみつくが、スキンヘッドの男は動揺せずに歩みを進める。

 いや、もし子供の()()に心を乱されたと異形に知られれば、


「やだ!!!やめてぇ!!!!!離して!!!!!やめて!!!!!お願い!!!!!」


 獣人の子は必死に懇願するが、既に男には聞く耳を持たれない。

 そうして、男は子を異形の元まで持ってくる。


『イキのヨヒニンゲンで、ツネ。サハ、オハタシを』

「どうぞ」


 男は平然とした素振りで、獣人の子を異形に差し出す。


「やめ……て……」


 獣人の子の掠れた声も聴き届かず、異形に触れた瞬間──


「っ!!!!!!!!!」


 子供がたちまち、凍り付けになった。


『オヤ、コノジュウジンはアタリ、デツネ』

「アタリ……とは……?」

『キタルタバキノトキに、ダイイッテンでカツヤクちテ、クレマツ』

「裁きの刻……」


 男は未だに、裁きの刻と言う言葉の全容を知らない。

 だがそれが男にとって有益な日であることは、以前この異形に告げられた。


「その日が来れば、俺たちは救われるのですよね!?」

『トウゼンデつ。アヴァロニカテイコクニヨってコウフクガモタラタレル』

「幸福が……もたらされる」


 感情のない無機的な声で言い放たれた全容。

 異形の口からは、確かに「アヴァロニカ帝国」という名が漏れた。


「では、俺たちはこれで」


 そう言って、男は異形の元を立ち去る。


『マチなハイ』

「は、はい!!」


 だが、異形に声をかけられ、男は直ぐに振り向いた。


『ホノオトこヲ、ツレていくキ?』

「男?あいつですか、一応、連れですので」

『ユルひま、へン』

「え?」


 その時だった、地面に蹲るサングラスの男が、地面から生えた黒き角に腹を突き刺された。


「!?!?!?!?!?」

『トのオトコはアヴァロニカをブジョクツルハイトクチャ』


 一瞬でサングラスの男は骸と化す。その亡骸は、分裂した黒き角に物のように運ばれ、異形の背後のにある死体の山へと無造作に捨てられた。


「な、何を……」


 しかし、男は反抗することさえできない。

 もし反抗でもすれば、同胞のように殺される運命だ。


『タあ、イキなタイ』


 異形は無機質な声で、スキンヘッドの男に退室を促す。

 男は何もできずに、ガタガタと震えながらその場を去った。


 *


「つっても、逃げた野郎どもをどうやって探すんだ?」

「まずは聞き込みしかないわね」


「でも、”裏の住人”は結束力が高いって……素直に聞き込んでも嘘をつかれるだけでは……」


 キュオレ騎士団の三人と別れた後、レイズ、リリア、エーリカはさっそく逃げたチンピラ達の足取りを探そうと王都中を練り歩いていた。だが、この広い王都をただ歩くだけでは当然見つからず、路地裏で捜索しようとも──


「王都中の路地裏は一日では周り切れないほどの数がある上に向うに怪しまれたら一巻の終わり、これは手詰まりね」

「せめて土地勘のある協力者がいれば……」


「あら、あなたたちは……」


 ため息を吐くエーリカの元に声をかけて来た人物。

 咄嗟に振り向くと、その人物にエーリカは思わず驚嘆の声を上げた。


「あああああなたは……!!!」

「……っ!」


 リリアはというと、思わず視線を逸らし俯いてしまう。

 事情を知らず首を傾げるのはレイズただ一人だけ。当然である。


『あなたは、怖くないの?』


 エルフの里、冷たい牢の中でエーリカと数時間だけ共にした、白髪の少女だった。


「その、エルフの里ぶりね……」

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