第43話 布石は打った
灰色の髪の男が明かした自らの正体。
その名に、ただ一人だけがガタガタと震撼し、声を張り上げた。
「ククク、クルーガー・ホルスマン!?!?!?」
「リリアさんも知ってたんですか?」
とぼけた顔でそう尋ねるエーリカに、リリアは信じられないと語るような眼刺しではぁ?と吐き出し、焦り気味に早口で言葉を返した。
「あ、当たり前じゃない!?というかハインゲアで彼の名を知らない人なんていないでしょ!?たとえそれが亜人でも!!」
そんなことを言われても知らないものは知らないと、ぽかんと首を傾けるエーリカ。それよりもクールな性格はどこ吹く風かのように毎時の如く口から言葉が飛び出てくるリリアに、ははっと苦笑いさえ漏らしてしまう。
自身の波打つ焦燥感情と悪戦苦闘の末、かろうじて平然さを取り戻したリリアは、眼前でニマニマと笑みを零す冴えない男を無知な二人に紹介する。
「王国一の魔術師の資格である宮廷魔術師の称号を、僅か二十歳で獲得した、魔導の天才。私も人間を滅ぼそうとしてた時、一番殺すのに頭を悩ませた相手よ」
「え?人間滅ぼそうとしてたって?」
賞賛とも受けとれるリリアの紹介に、もはや作り笑いを崩しデヘヘと頬を赤く染めながら耳をそばだてていたクルーガーだが、その後のリリアから息をするように飛び出した発言に目を疑いそう問いかけてしまう。
しかし、当のリリアは自分の失態に気付き口をもごもごと塞いでしまうが、暫くの逡巡の末、やっとのことで口を開き全容を明かさんと試みるが、
「え、えっと……その、私……」
「なるほど理解理解。あなたがダリア・フォールで起きた人攫いの犯人というワケですね」
「っ!?知ってたんですね……」
どうやら説明をする必要などなかったようだ。
クルーガーの陽気な応えに、安堵か畏怖か、二つの感情が混在するよく分からない面持ちになったリリアは一先ず肩の力が抜けた。
「えぇ、先刻の通り、僕もちょうどそのころ、ダリア・フォールである調査をしていましたからねぇ」
「結局、調査って何だったんですか?」
と、気になったエーリカがクルーガーにそう問いかけてくる。
同じような表情でレイズもエーリカの投げ出した質問に「確かにな」と頷き、クルーガーに目を寄せた。
「そうだね。それを伝えようと、今日は君たちを此処に呼び出したんだ」
砕けた口調に戻り、クルーガーは戸惑い気な三人に向けて笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「実は、君たちに僕の調査、いや今となっては捜査だが、それに協力してほしいんだ」
「調査、ですか?」
「あぁ、もともと僕がダリア・フォールに赴いた理由は、ハインゲア王国で最近見かけなくなった亜人の調査をするためだったんだよ」
そう話しつつクルーガーはぱっとリリアの表情を伺うと、そのことを知れず狼狽しているように見えた。
そして、案の定ぐわっとクルーガーに寄り付き、
「いなくなったって、どういうことですか!?」
「おや、君は知らなかったのかい?」
「確かに、私の計画に賛同してくれたエルフと獣人はずっとエルフの里で襲撃の準備をしていたけれど、それ以外の亜人は……」
言い換えれば、リリアたちの計画は亜人全体を巻き込んだ大規模作戦ではなかったということだ。
それを数舜で鑑みたクルーガーを他所に、続けざまにリリアはマリンブルーの瞳を一層クルーガーの顔に寄せて問いかける。
「それで、理由は分かったんですか!?」
「いいや。だが、関与している者が誰なのか、直接ではないが突き止めることができた。アヴァロニカ帝国だ──」
「えっ!?」
「実はその後、成り行きでダリア・フォール近くのアザミ村という小さな村を訪れたんだ。エルフの里に出入りしていた君なら知っているとは思うが」
「え、えぇ」
「その時に、少々いざこざがあってね、村の住民の一部が何者かに操られ、しきりに亜人に神の鉄槌をだとか、アヴァロニカ帝国に殺されると叫びながら人々を襲っていた」
クルーガーの言葉に、リリアは絶句して体を小刻みに震わせた。
その肢体をエーリカがぎゅっと両手で支える。
「もちろん、操られていたわけで、村の住人が君たちを殺そう思っているわけではない。だが、今回の一件とエルフの里襲撃事件で、アヴァロニカ帝国が君たち亜人を滅ぼそうとしている事実は確定した」
「なんで、なんでアヴァロニカ帝国は、私たちを殺そうと……」
「そしてそんななか、騎士の間にとある噂が立ってね」
「とある噂?」
その時、クルーガーは一瞬躊躇して眉間にしわを寄せるが、直ぐに凛とした表情に戻りその言葉を口にした。
「ハインゲア王国は……アヴァロニカ帝国に与する内通者によって終焉を迎える」
クルーガーは重く冷淡な声音で、三人に伝えたその噂
その内容は耳を疑うような羅列ばかりで、当の三人は呆けて黙り込んでしまう。
しかし、実際に噂が立っているわけではない。
クルーガーが黒葬の魔獣モザ=ドゥーグの死骸近くで聞いた言葉。
それをあえて一言一句違わず、三人に伝えただけだ。
それは、試すためでもあり──
「君たち三人には、その噂の出どころ、いやこの際内通者について調べて欲しくてね。そうして呼び出した次第だよ」
「私たちを内通者だとは思わないんですか?実際、議員さんの間ではそう噂されてましたし」
「もし君たちが内通者であれば、僕の名前を聞いた際に、眉を動かすはずだね。僕の名前はアヴァロニカ帝国でも広く知られているはずだから。だが、ダリア・フォールでの君たちはそれをしなかった。まぁ、怪しいと言えば獣人の君だが」
そう言い切ると、一度瞳を閉じ、開くなり鋭い視線をリリアに向けるクルーガー
しかし、その前にエーリカがクルーガーの視線を制す。
「り、リリアさんが内通者なわけないです!」
「あぁ、知っているとも。先ほどの彼女の動揺が虚構のはずがないことは流石の僕も理解しているさ」
そう口を緩ませるクルーガーに。エーリカはほっと息を漏らす。
「んじゃ、俺たちがその内通者ってやつを突き止めればいいのか?」
「あぁ、協力してくれるかい?」
クルーガーの提案に、どうすんだとエーリカを見つめたレイズ。
だがエーリカ自身、なぜ自分たちが協力なんかという心境だ。
でも、思考を巡らせるうちに、クルーガーの思惑がだんだんと脳内に浮かび上がってきた。
議員たちには内通者とレッテルを張られつつも、黒葬の魔獣モザ=ドゥーグを倒した英雄と、少なからずこの男からは信用されているのだろう。
ならば、それを逆手に取れば──
「あっあの……」
「なんだい?」
「もし私たちが内通者を突き止められれば、お願いを一つ叶えてくれますか?」
エーリカの「お願い」に、「それは?」と尋ねるクルーガー。
レイズとリリアですら、エーリカの切り出した提案に呆然自失としていた。
だが、ぎゅっと握られているエーリカの小さな拳を見るなり、深く詮索はよそうと動向を伺うことにした。
エーリカはすぅっと息を吸い、
「えっと、私たち、騎士団の結成を条件に国王への謁見をお願いしているんですけど、私たちがアヴァロニカ帝国との手先だと疑われているのでなかなか上の方が手を取ってくれないみたいなんです。もし、成功した暁には……」
「つまり、国王の謁見を許してくれ、ということだね。分かった。僕、実は国王に気に入られているんでね。その気になれば君たちの謁見を打診することもできるよ」
迷い一つなしにエーリカの「お願い」を了承したクルーガー。
その応えに、エーリカはパァっと目を輝かせる。
「あ、ありがとうございます!!」
「それと一つだけ、噂のことは他言無用で頼むよ」
「え、なんでですか?」
「もし僕の指示で捜査していることがバレれば、色々と厄介なことが起きるからね。あえて噂のことは口外しないでほしいんだ」
厄介なこと?っと首を傾げるエーリカだがその後のクルーガーの訝し気な表情で、一先ずコクリと頷くだけに留めた。
「よし、では早々に話は終わりだ。もし何か進捗があれば、またあの階段の前までやってきて、君が僕の名を脳内に浮かべてくれ」
「の、脳内ですか?」
クルーガーにそう指定され、困惑するエーリカ。
だが、クルーガーは「ああそれでいい」とだけ口漏らした。
そうして、離し終えると三人の足元に転送魔法の魔法陣を出現させたクルーガー。
「えっ?もう終わり?」
「あぁ、あんまり時間をかけると、内通者に不審がられるかもしれないからね」
「またな兄ちゃん!」
「また来ます!」
「健闘を祈ってるよ」
三人がいなくなるのを見送り、ふぅと息をついたクルーガーは、ぽつりと呟く。
「さてこれで布石は打った。これが正と出るか負と出るか」
クルーガーが三人についた嘘。
『色々と厄介なことが起きるからね』
もちろん、その噂は王城に広がっているわけなく、ただクルーガーが空耳で聞いた話に過ぎない。
だからこそ、あえてレイズ達にその内容を余すことなく伝えた。
もしその内容を発した時に、自分はどうなってしまうのか。
しかし、今のところ自分に降りかかる禁忌らしきものは見当たらない。
ということは、口外したとて問題はない、とのことだ。
そうすると次の段階に映れる。
クルーガーは子鼠型の使い魔、「ビリー」を魔法で呼び出した。
魔法陣からちょこちょこ現れ、自らの肩に登ったビリーに、クルーガーは暗示をかける。
《あの三人、いや特に茶髪の少女の動向を探れ》
すると、ビリーはクルーガーの肩から飛び降り、研究室の壁に空いた小さな穴から外へと出ていった。
(あの少女から漂う魔障気、あれは死霊術由来の物だ……)
魔障気とは、死霊術師などの黒魔術を使った者に漂う特有の魔法霧のようなもの。
魔法霧は一般人には視認できないが、魔法を孕んだクルーガーの「特殊な眼」からは覗くことが可能だ。
少女はダリア・フォールでクルーガーが己の正体を明かした時、眉根一つ動かさなかった。それは事実だ。
しかし事実だとて、アヴァロニカ帝国との関連性がないと断言できるわけではない。
そして驚くべきことに、少女と一緒にいた金髪の少年からも同様の魔障気が漂っていたのだ。
魔障気は黒魔術の使用者によってその色が異なる。
これは黒魔術の、他人と完全に同一の魔法を放つことができないという特性の都合で仕方のないことだ。
すなわち、同様などありえない。
そこから察するに、
(あの少年は、蘇った死者か)
死霊術師によって蘇った死者には、弊害として死霊術師と同様の魔障気が漂う。
その魔障気によって古代の魔術師はその者がただの人間か、死霊術師又は死霊術によって蘇った人間かを判別し、迫害していた。
「あとは彼女がアヴァロニカ帝国の手先か否か、ですが」
一つ疑問が浮上してくる。
アヴァロニカ帝国は亜人や死霊術師を差別の対象として見ていることだ。
もし少女たちがアヴァロニカ帝国の手先であるならば、アヴァロニカ帝国は差別を謳っているはずの死霊術師を保有していることになる。
「僕は彼女たちとは違う伝で捜査してみますか」
そう決意したと同時に、脳内に聞き慣れたハスキーボイスが鳴り響いた。
(もしもし、聞こえます?クルーガーさん)
(その声は、ヴィカトリアさんですか。脳内会話は魔力通信じゃないので気軽に使わないでほしいんですけどねぇ)
(お疲れの様ですね。また後日の方がよろしいですか?)
(いえ、結構ですよ。なんです?)
(明朝、ちょっと付き合ってほしい場所がありまして。お会いできますか?)
(……?えぇ、僕も山ほど話がありますので、いいですよ。いつものカフェで)
(分かりました)
そうスッと脳内からヴィカトリアの声が消えていく。
好機、そう捉えたクルーガーは、ほのかに薄笑いを浮かべた。
*
「うわっ!!ここは!?」
「元通りの廊下みたいね」
「つーかあの兄ちゃんどこ行ったんだよ!?」
一人だけ転送されたことに気付いていないレイズに、鋭い目線でもういないわよと突っ込んだリリア。
その時、廊下の壁に寄りかかりながら体育座りをしていたミレーユが、三人を見るなりガバッと立ち上がり、
「あんたら、何処いっとってん!?」
「ええと、クルーガ……」
颯爽と秘密を洩らそうとしたエーリカの口を塞いだリリアは、苦笑いを添えてミレーユに説明する。
もちろん本当のことは口外厳禁なので嘘だが、
「お、お化けに攫われちゃって……」
が、その嘘は現実離れもいいところで、当然ミレーユには奇怪な目で見られた。
「というのは嘘で……地下監獄で王国の魔術師が魔法実験をしてたらしくて巻き込まれちゃって……」
「その嘘の方が信憑性高いわ」
嘘に嘘を重ねたところでミレーユにはバレバレだったらしい。
「まあいいわ。詮索するのもなんか事情がありそうやしそう言う事にしとくわ」
「ご、ごめんなさい」
そう謝罪したリリアの後ろから「お前嘘つくの下手だな!」とレイズがにやけながら言い漏らすと、その頭部を無言の手刀が襲った。
「ほな、見学再開するわぁ。ついてきはれ」
「俺腹減ったから飯食いてえ!!」
「え、朝あんなに食べてくたばったばっかりなのに?」
「お、男の人は大食いですね」
「いや、レイズだけでしょ」
そう何気ない会話をしながらも、エーリカとリリアの心情は緊張感に溢れていた。
なんてったって、この城の中にアヴァロニカ帝国の手先がいるのかもしれない。
二人は手始めにミレーユにその眼力を強め、
「え?怖い怖い急にどうしたんウチを凝視して、え?本当だったん?あんたらもしかして憑りつかれたん?」
「ちちち違います!!!私たちは内通者を……」
「ええっと!!!私もお腹空いちゃった!!食堂案内してくれないかしら!!」
「お前らやる気あんのか?」
どうやら、三人が本格的に捜査を始められるのはまだ先の様である。
「なんなんや全く……」
そう言いつつも、レイズ達を食堂へ案内するミレーユだった。




