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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第3章 王都動乱
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第42話 分かりやすすぎですね

 宮廷魔術師クルーガー・ホルスマンの研究室は、周囲とは隔絶された亜空間にある。

 もともと人見知りで自分の研究を邪魔されることを毛嫌いしていたクルーガーは、宮廷魔術師就任時に、所属する騎士団の団長にこう懇願した。


 セントレア城で最も人が寄り着かない場所に研究室を作ってくれ、と。


 その願いの通りに、クルーガーの研究室は光が一切届くことのなく、純白の王城の内部とはとてもじゃないが言いがたい洞穴のような造りになった。

 松明で灯された研究室内には作業台の他に沢山の魔導書が置かれた本棚。そして、生活に最低限必要なキッチンやダイニングテーブルが置かれた質素な内装。

 今日も今日とて、ダイニングテーブルにはとても食事のできるスペースのない程紙束が積み上げられており、床中にも魔法術式が描かれた紙がこれでもかと散らばっている研究室。

 しかし、荒れまくった部屋をもろともせず、クルーガーは作業台で頭を抱えていた。

 未知の魔法の研究ではなく、先日起こった黒葬の魔獣モザ=ドゥーグ討伐の真相解明。

 いやそもそも、古今東西ほぼすべての魔法を熟知したクルーガーにとって、今更未知の魔法など存在しない()()なのだが、

 羊皮紙に書いては消し、また書いては消し。手入れ一つせずにボサボサになった髪をぐしゃぐしゃと手で搔き乱し、時には爪先を噛みながら思考を巡らせるクルーガー。

 彼の脳内の片隅には、呪縛のように常に浮かんでくる言葉があった。


『ハインゲア王国は……アヴァロニカ帝国に与する内通者によって終焉を迎える』


 その時、傍にいる騎士の口から出た言葉ではないことは明白。

 おそらくその言葉の発信源は、自分の脳内に直接語りかけて来たのだとクルーガーは推測する。

 その証左となるのが、クルーガーが開発した脳内会話術だ。

 魔法の術式が自己との繋がりを好む性質を利用し、人と人とを口を利用することなく、脳内で直接会話できるように術式を組み込んだ会話術だ。

 ただ、それにもいくつか制限がある。

 まずはあまりにも距離が離れた相手とは会話ができないこと。

 そして、現段階の技術では、より親しい人間間でしか会話が行えないことだ。

 さらに、この未完成な会話術はハインゲア王国騎士の中でも、クルーガーが直接伝授した者にしか扱えない。

 つまり、もしその言葉がクルーガーの脳内会話術を行使して自分の脳内に語りかけて来たのだとすれば、その者は王国騎士のなかでもかなり限られてくるということになる。

 それを早い段階で仮定とし、自身が会話術を教えた、あるいは知っている者に諜報用の使い魔を送り込んだ。その情報は、リアルタイムにクルーガーの脳内に流れ込んでいる。


(今のところ、目立った行動をする人物はいない、か……)


 一方、その言葉で一番の懸念材料は「内通者」という単語だ。

 もしそれが本当であれば、今まさにこの城内にアヴァロニカ帝国の手先が潜伏し、その者によってハインゲア王国が終焉を迎える──滅ぼされる。


(終焉、おおよそ、国王の暗殺か何か、か)


 だが、クルーガーにはその終焉という言葉にも疑念を抱えていた。

 先刻の黒葬の魔獣モザ=ドゥーグ討伐には、まだ推論の域を出ないものの、モザ=ドゥーグの能力と思考を変化させる「死霊術師」が関与していた。

 もし国を滅ぼすならば、いっそのこと能力を底上げしたうえで王都に攻撃を仕掛けるよう思考を操ればよかったものを。

 

(少なくとも、その死霊術師にはそれだけの力量は持っていたはず。それをしなかったということは、やはり内通者とは無関係なのか……?)


 そして、再び書いては消しの作業をひたすらに続けていたクルーガー。

 その時、クルーガーは王都の議員の中で広まっている噂を唐突に思い出した。

 

 ──黒葬の魔獣モザ=ドゥーグを倒した英雄。

 

 その者と死霊術師がグルで、王城潜入のためにモザ=ドゥーグを討伐するという茶番劇を繰り広げたという噂だ。だが、


(少々、分かりやすすぎですね)


 よもやあのアヴァロニカ帝国がこんな初歩的な罠を仕掛けるはずがないと、一先ず頭の片隅に入れることにしたクルーガー。


 その時だった。


(……っ?)


 クルーガーの研究室に、何者かが近づいてくる。

 普段なら鼠一匹近づかない研究室、にだ。

 候補として挙げるならば、国王か騎士団長。

 しかし、どちらも訪れる際にはあらかじめクルーガーに言伝をするはずだ。


 もしくは、王城見学のために勇気を振り絞り、人の寄り付かないこの場所を通り抜ける観光客だが。

 念のためクルーガーは扉の前、そしてそこへと繋がる石階段の前に聴音術式を設置し、耳を傾けた。

 そこで聞こえてきた声に、クルーガーは思わず眉をひそめる。


『……そうやね~モザ=ドゥーグを倒した英雄が……』


 この特徴的な口調は確か、第二叙勲キュオレ騎士団に所属する修道士の声だ。顔はよく覚えていないが、

 だが、その後の声から接近する他の者が()()()()()なのだという事は汲み取れた。

 瞬間、クルーガーの頬が僅かに緩む。


 *


「すごいですね、どこもレディ……私の地元の城とは大違いです」

「そうやろそうやろ、うちも初めて来た時にゃたまげたわ」

「おい!なんだあれ早く行こうぜ!!!」


 ランバーズとクライメット兄妹が稽古に出てしまったため、暇を持て余していたレイズ、エーリカ、リリアは、せっかくだからとミレーユの提案で王城見学に出かけた。


 城内全体が花と白に染まった城内を、エーリカとレイズはわくわくと胸打つ鼓動を抑えながら景色を見渡す。

 現在、四人がいるのは王城の中庭へ繋がる廊下だ。ここでは、毎分世話しなく王城の騎士や使用人が通り過ぎる。

 その者たちは、エーリカたちを一見するなり奇怪な者を眺めるような目つきで見つめてくるが、ミレーユが手を振ると一礼して何事もなくその場を去る。

 その度にうっと息が詰まるリリアの背中をエーリカが摩りながら、先に走り去って行ったレイズの後を追うように四人は広い中庭に出る。そこにあったのは、


「綺麗やろ。この王城でも一番の観光スポットやで」

「おおおぉぉ!!!」

 

 思わずエーリカも声を張り上げてしまった。

 中庭の中央に鎮座していたのは、剣を掲げた大柄な騎士がかたどられた白銀の巨像。


「す、すげぇ!!!」

「大きいわね……」


 レイズすらも、その光景に体を子供のようにブンブンと動かし、リリアはあっけらかんと太陽光を遮るように額に手を当て、像を仰ぎ見た。


「す、すごいですね!この人はハインゲア王国の英雄のような方……ですか?」


「ちゃうで、うちらの騎士団の、先代の団長や」

「えっ!?」


 その事実に、エーリカは目を丸めてミレーユを凝視する。


「名をフリンドル・キュオレ。現団長によるととても聡明で偉大な人物だったらしいわ」

「銅像にされるほどですから、そうなんですね」

「ま、まあそうやな」

「……?」


 ミレーユが何かを含んだように言いかけたことに、エーリカは首を傾げる。


「さ、次行こか」

「え、もうですか!?せめて銅像をゆっくりと眺める時間は……」

「何言うてんの、セントレアは物凄く広いんやき、ぐずぐずしてると日が暮れてしまうわ」

「そうなんですか、レイズさんとリリアさんも早く行きましょう!」


 ミレーユの応えに納得したエーリカは、像をじっと見つめているレイズとリリアを呼びかけた。

 

「ねえレイズ」

「なんだ?」

「この像の顔、どう思う?」

「あ?」

「あ?じゃなくてさ」


 リリアにそう尋ねられるなり、レイズはおもむろに像の顔に当たる部分を覗く。

 無精ひげを蓄えた男の容貌は、ランバーズに負けず劣らず凛々しいの一点で結論付けられる。


「強そうだな。ランバーズのおっちゃんみたいだ。それがどうしたんだよ」

「いや、ごめんね、何処を見てるんだろうねって思っちゃって」

「なんだそりゃ?王都じゃねえのか?」


 そう言いながらレイズが指を向けた先。アーチ状の石壁の奥にはテラスがあり、その奥からは美しい王都の光景が伺える。

 振り向いて像を見ると、確かにレイズの指さした通りの方角を向いていた。


「ふふっ、確かにそうかもね」

「お二人ともどうしたんですか?」


 そこに、きょとんとした顔のエーリカがやって来る。

 二人は今行くと応え、先にいるミレーユの方に向かった。


 一行は中庭を抜け、王城の東側へと足を踏み入れた。 

 白い天井や壁や豪勢な装飾は変わらないものの、通り過ぎる人の数は先程までよりも減っているようだ。

 リリアが先程よりも和やかな顔つきになったことでそれに気づいたのだが。

 気になったエーリカはミレーユに何故人が減ったのかと尋ねた。


「ここは国の要職や議員たちが行きかうところやきねぇ。うちらみたいな騎士や使用人はめっそう足を踏み入らないんよ」

「え、そんなところに私たちが来て大丈夫なんですか?」

「これも王都見学の一環や」

「はははっ」


 ミレーユが口に人差し指を当てて言い漏らしたことに、エーリカは苦笑いしていると、


「おっここなんだよ行ってみてぇ!」

「れ、レイズいかにも立ち入ったら殺されそうな雰囲気が漂ってるわよ」


 レイズが興味深そう見つめ、リリアが不気味に顔を引いていた目の先、そこには薄暗い地下へ続く階段があった。


「そこは地下監獄へ続く階段やよ。行ってみる?」

「地下監獄!?」

「まあ今はもう使われてないから、廃墟やけどな」

「なんでそんなところ封鎖しないでいつでも入れるようにしてるのか分からないけど」

「そりゃ、出入りする人がおるからやろ?さては怖いんか?」

「いや、不気味だって思っただけで怖くはないけどさ」

「聞くところによると、痩せた男の霊が出るらしいで」


 そう言ってふふっと薄笑いを浮かべるミレーユに、リリアの顔がどんどん青ざめていく。

 そんなリリアを横目に、エーリカも手を叩いて、


「いいですね!行ってみましょう!」

「え、エーリカ!?」


 嫌な顔一つせずそう口にしたエーリカにリリアは奇声を上げるが、直ぐに納得する。


(そっか、エーリカって死霊術師だから幽霊とか怖くないのね)


「じゃあ行こうぜ!わくわくしてきた!」

「はぁ……まあいいけどさ」


「ふふふそうやね~モザ=ドゥーグを倒した英雄が霊なんかを怖がってちゃあねぇ~」

「だから怖くないわよ」


「よっしゃ!俺が先に行くからお前らついてこ……」


 拳を掲げたレイズが階段を降りようとした、その時──


「れ、レイズさ……」

「ちょっとどうなって……」


「え?」


 一瞬にしてレイズの姿が消えたと同時に、後を追って階段へ足を踏みいれようとしたリリアとエーリカが、シュッと姿を消した。


「うちだけここで放置なん?」


 一人残ったミレーユだけが、ぽつりとそう呟いた。


 *


「お前らついてこい……ん?」


 言いかけたレイズが振り向いた先にあった場所は、洞窟を思わせる謎の空間。

 明かりは松明が壁に数本灯されているだけでかなり薄暗く、床やテーブルの上には紙束や本が無造作に散らばっている。 


「どこだここ」


 エーリカやリリアを探そうと辺りを見回してみると、空間の奥に黒いローブを羽織った男が作業台に頬杖をついて何かを書き殴っている姿が見て取れた。

 レイズはその男を呼びかけようと手を伸ばすが、


「レイズさん!?」

「ちょっとどうなってんのよ!!」


 背後から、リリアとエーリカの甲高い声が鳴り響く。

 どうやら二人もこの奇妙な空間に迷い込んだようだ。

 すると、二人の声を聴いた男はピクっと振り向き、椅子から立ち上がって此方に向かってくる。


「やあやあ、ようこそ我が研究所へ」


 軽い口調で三人に手を振る男。深めの黒いローブを羽織っているが、その中に見れる男の体格は驚くほどやせ細っている。

 灰色の髪は手入れ一つしておらずボサボサのまま、そして点のようにこびりついた顎鬚。

 男の何とも冴えない容姿を一目見て、リリアはミレーユが話していたことを思い出す。


「あ、あの子が言ってた痩せた男の霊……いや、人間ね」


 その隣から、男の顔を見たエーリカがあることを思い出し、声を上げた。


「あ、あなたは……!!」

「おや、あなたはいつぞやの美少女」


 男もエーリカに気付いたようで、そう口を漏らす。そんな男に、リリアは細い目を向けていると、


「お、おめぇはエーリカに色目剥いてた野郎じゃねえか!!」

「えぇ!?」

 

「おっとそこの獣人さんが酷い誤解をしそうなのでその発言は撤回してもらいたい」

「撤回されなくてもあなたがどんな男かは大体理解できたわ」


 未だに細い目で見つめるリリアに、男はその視線を僅かに逸らす。


「ていうか、二人ともこの人のこと知ってるの?」

「はい!ダリア・フォールの道端で突然倒れられて、数時間だけこの方を看病したんです」

「なるほどね」


「いやぁ、あの時は本当に世話になったよ」


 後頭部に手を添えてにへら顔でそう口にする男。

 そんな男に、リリアはもはや呆れを超えて憐みの表情を向けた。

 と、男は三人を凝視して顎に手を当てながら関心する。


「そうかそうか、そんな命の恩人がモザ=ドゥーグを倒した英雄だったなんて」

「え?」


 何故この男は自分たちが黒葬の魔獣モザ=ドゥーグを倒したという事を知っているだろうのか。エーリカは当然のように自分たちの正体を看破した男に目を丸くする。


「つーかここはどこだよ」

「さっきも言った通りここは僕の研究室だよ。君たちには事情があって、一時的にこの部屋へ来てもらったんだ」


「私達、地下監獄へ通じるという階段を降りようとしたんですけど、なぜこんなところに来てしまったんですか」

「ま、それはおいおい話すよ。一先ず先に、僕の身分を明かそうか」


 男は胸に手を当てると、薄笑いで自らの名を名乗った。


「改めまして、僕はこの王国の宮廷魔術師、クルーガー・ホルスマンというものだ」


 その名に、酷く心を揺さぶられた者がただ一人だけ──存在した。

最後が適当になってしまった……

今年の投稿はこれで最後になります。

来年もまたよろしくお願いいたします!

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