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エンシェント・オリジン  作者: ホメオスタシス
第1章 旅立ちは必然に
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第10話 自分にできること

 レディニア王国での死者の弔いは、死霊術師の立ち合いの元で挙行される。

 それは、死者を天へと送る刻に、魂の声を聴くことのできる死霊術師を媒介にして、遺族との最後の会話が行われるからである。

 その際、死霊術師によって「生死選択の儀」という儀式がなされる。

 生死選択の儀とは、死者の現世への未練を調べることで、その者が純粋な感情のまま天へ昇ることができるかを決める儀式のことだ。

 もし現世に未練があり、なおかつ死者が現世への蘇生を強く希望した場合には、然るべき儀式においてその場で蘇生の儀がなされる。

 しかしその身体は有限であり、もしも未練が果たされたとなれば自動的に身体は崩壊し、天へと召されるのだ。

 死霊術師は蘇生はできても復活は行えない。

 これは術者の技量の問題ではなく、彼らが信仰している唯一神、万物の神イルドーザの教えなのである。


 “一度天へと昇った魂は、転生されるまでは現世へは戻れない”


 “器亡き魂を弄んではならず”イルドーザの教えの下、古の死霊術師によって作られた一つの指標。

 これをレディニア王国の死霊術師たちはみな()()に遵守している。


  * 


 アヴァロニカ帝国の騎士団が去った翌日。レディニア王国レマバーグの領主、ステラ・イシュタリアの葬礼が、イシュタリア邸にて執り行われた。

 葬礼がこんなにも早く行われた理由は、アヴァロニカ帝国の侵攻を恐れたステラの息子ネヴァンが、レマバーグへ侵攻される前に挙行をという要請をしたからである。

 今、イシュタリア邸の離れにある教会にはステラの親族、他貴族の重鎮たちが少数の程参列し、各々が突然の別れに涙を流していた。

 そこには、レイズやエーリカ、カルテット商会の商会長ヴィカトリア・カルテットの姿も。


「仮にも一領主の葬礼だというのに、参列者の数が少なすぎますよ」

「当然です。レディニアは今めちゃくちゃな状態なのに、僕としてはよくこれだけの数の方が集まってくれたという気持ちです」


 神父が祈りを捧げる教会内の隅で、壁にもたれかかりながら2人の男女が怪訝な表情で会話を交わしている。

 喪服用の黒いドレスをあしらったアッシュブロンド髪の少女、ヴィカトリアは隣で腕を組んでいる黒いタキシードを着た灰色の髪の男、ネヴァンに遺憾の言葉を述べた。

 ステラの訃報はイシュタリア家の一族だけに留まらず、レディニア王国の貴族や他国に屋敷を構えるイシュタリア家にも手紙で伝えられた。

 しかし、早すぎる葬礼の挙行だけでなく、レディニア王国が滅亡したという状況の混乱により、レマバーグへ駆けつけた者はハインゲアに住むネヴァン以外誰もいなかった。

 今こうして参列している者たちはみな、レマバーグに住んでいる者たちに過ぎない。

 ネヴァンはおもむろに今のやるせない気持ちをヴィカトリアに語りかける。


「最初、母の訃報を聞いた時には、もう何が何だかわかりませんでした。今も同じ気持ちです」

「その気持ち、お察ししますよ」

「アヴァロニカは王族を標的にやってきたはずなのに、母が殺される理由が全く分かりません……」

「……」


 ネヴァンは静かに教会の壁を拳で叩き、悔しさを紛らわせそうとする。

 その時、ネヴァンの頬を伝う雫を、ヴィカトリアは見逃さなかった。


「母は毎週のように、ハインゲアにいる僕に手紙を送ってきてくれました。領主という仕事があるにも関わらずです。母のお人好しぶりには、流石の僕も敵いませんよ……」


 そうしてネヴァンは苦し紛れに教会の参列者たちの方に目をやる。

 その中の一人、茶色の髪の少女にネヴァンは一際鋭い視線を向けた。


「なぜ、第二王女がいるのですか?ここにいなければ、母は殺されることはなかったのではないですか?」

「ネヴァン様。今回の一件はステラ様自らの英断によって起こった事件です。エーリカ王女は一切関わっていません。ネヴァン様が仰っているのは風評被害というヤツです。それどころかエーリカ王女はステラ様を救おうと努力なされていました」

「分かっています。それでも僕は、エーリカ王女が許せない……」


 ネヴァンは言葉を失って、地面に泣き崩れた。

 その身体を、ヴィカトリアが優しく触る。


「悲しみで責任をどこかに押し付けたくなるのも分かります。ですが耐えてください。ほら悼辞が始まりますよ」


 * 

 

 葬礼中、エーリカの心はずっと、浮かれないままだった。

 なぜステラは殺されてしまったのだろう。

 なぜあの時、自分には何もできなかったのだろう。

 エーリカはふと、昨日ヴィカトリアにかけられた言葉を思い出す。


『あなたは誰かの不幸を悲しむことができる。そうやって、涙を流すことができる。すなわち誰かを想い、感情を表に出すことができる。それは間違いなくあなたの強みなのです』


 その言葉で、エーリカの心も救われたはずだった。

 過去は取り戻せない。

 例え、自分が死霊術師だとしても。

 ステラを救えなかったという事実は、今後一生残り続けるだろう。

 ならば、自分に今できることは何か。

 死霊術師として、自分にできることは何か。

 エーリカはあれからずっと、その答えを探し求めていた。

 

「なぜ、第二王女がいるのですか?ここにいなければ、母は殺されることはなかったのではないですか?」


 ふと、エーリカの心に突き刺さるように、教会の隅から涙を交えたような声が聞こえた。

 声の主はおそらく、ステラの息子であるネヴァンだろう。

 当然だ。自分だって、そう感じているのだから。

 エーリカは歯を喰い閉めながら、喪服用のドレスの裾を掴む。

 だがそれと同時に、エーリカの拳に暖かい手が乗せられた。

 レイズだ。普段のような無邪気な態度は一切見せることなく、今はただ無言のままエーリカの拳を握っている。

 それはまるで、お前ならできるとでも言っているかのよう。

 

(勝手な思い込みだよね……)


 エーリカは僅かに微笑みながら、握られたレイズの手を優しく放しその場に立ち上がる。


「続いて、悼辞の言葉を」


 老齢な神父が聖書を開きながらそう告げると、エーリカはゆっくりとステラの棺がある壇上へ向かっていく。


「エーリカ王女!?」

「嘘だろ、死んだんじゃなかったのか!?」

「どうしてここに……」


 参列者から次々とエーリカの登壇に対する驚嘆の声が聞こえてくる。

 しかし、エーリカはそれに動じることなく前に進んでいく。

 否、そう作っているのだ。自分が登場したことで、参列者が驚くことは分かっていた。

 いつもの自分ならそれに心を乱してしまうかもしれない。だが、そんな自分ではもういられないのだ。

 だって今日がエーリカにとって、新たな一歩を踏み出すための大事な日なのだから。

 エーリカは静かに棺の前に立つと、顔も見えないステラに語りかけるように言葉を紡いだ。


「ステラ様。お元気ですか。最初に、謝罪しなければなりません。すみませんでした。昨日の私は何もできませんでした。王女という身で国民を守る立場でありながら、アヴァロニカの騎士を止めることができなかった、そして……あなたも……」


 エーリカは胃の中からこみあげてくる苦しい気持ちを必死に抑えながら話を続ける。


「ステラ様とは、私が幼少期からのお付き合いでした。私はいつも悲しい顔をしてるとよく仰っていましたね。ですがそんな私を気にかけて、いつも励ましの言葉をくれたのもステラ様で……」


 *


「レディニア王国が滅亡して私がここへ亡命した時も、ステラ様は自分たちが不利な状況だとしても、笑顔で私たちを迎えてくださりました。その笑顔を、今でも忘れることはありません。アヴァロニカ帝国の騎士との必死の交渉を行っていたステラ様は、実に私の模範とすべき領主でした」


(母は、そんなことを……)


 エーリカの悼辞の言葉を後ろで聞いていたネヴァンは、言葉にならない涙を流す。


「ですから私は……これより、生死選択の儀を始めます」


 エーリカが静かにそう告げた瞬間、教会内にどよめきが響き渡った。

 最初に事を起こしたのはネヴァンだ。

 儀式の最中だということも忘れ、エーリカに向かって怒鳴り声を上げる。


「ちょっと待て!この状況で生死選択の儀など行えば、アヴァロニカの連中に何を言われるか……」


 ネヴァンは大柄な足取りでエーリカの元へ向かう。しかし、その手をヴィカトリアが止めた。


「ネヴァン様、今は大事な儀式の最中です」

「じょ、状況を分かっているのか!?あなたは部外者なんだからそれくらい……」

「ええ、部外者なので申し上げます。いいですか?ここはレディニア王国であってアヴァロニカ帝国ではありません。レディニア王国民にとって生死選択の儀とは、葬礼において大事な儀式の一つなのではないのですか?」

「そ、それはそうだが……」


 ヴィカトリアの言葉に、ネヴァンはおろか会場の参列者さえも口ごもる。


「エーリカ王女、続けてください」

「はい……」


 事態が収束すると、エーリカは棺の前に立ち、両手を棺の上にかざし詠唱を始める。


【アル ピュート ヘテロ ヘリオ ヒタ マーピュロス クワンティ ミューラ ホモ アルラート ミューラ チミン イルドーザ】


 瞬間、棺が激しい紫色の光に包まれ、参列者の一同は腕で自らの目を覆い隠す。

 しかし、エーリカは眩しささえも感じることなく、目の前のただ一点を見つめている。

 棺の後方に設置された空の椅子。そこに、僅かにシルエットが浮かんできたのだ。


《やぁ、元気かいエーリカ》

「ステラ様……」


 やがてシルエットはより鮮明を帯びてくる。

 ──そこにいたのは、死んだはずのステラだった。



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