黄金穂麦とオオカミ様
枯葉もすっかり落ち、冬の到来がもうすぐそこまで迫ってきていることを感じさせる森の木々の合間を一人の少女が歩いていました。少女は時折、キョロキョロ、キョロキョロと辺りを見回して何かを探している様子。けれどお目当ての物は見つからず一つ溜息を吐きました。けれど少女はあきらめません。探し物が近くに無いことを理解した彼女は、一歩また一歩と森の奥へと歩みを進めます。
いくらこの森が少女の住む村の近くにあり、村の狩人さんが毎日欠かさずパトロールをしているからといって危険な獣が一匹もいない保証はありません。それに葉っぱが落ち、見通しが良くなったと言っても点々と木々が続くだけの目印も何もない道を歩いていては迷ってしまったら無事に帰れる保証もありません。
少女も獣に襲われる恐怖と、森で迷子になってしまう不安を胸に抱いたのでしょう、躊躇うように足が止まります。けれど一瞬の躊躇の後にその足は勇敢にも森の奥へと向かうためにまた一歩踏み出されようとしました。
「コラッ!」
しかし、突然少女の頭上から、声が響き渡り、驚きのあまり少女はビクリと硬直してしまいます。けれどその声の主の正体に気が付いた時、彼女は喜びの声を上げました。
「妖精さん!」
そう。声の主は、少女の手の平程度の大きさしかないものの、毎年甘いお菓子や果物の代わりに不思議な魔法で少女の村を含めた地域一帯をずっと守ってくれている妖精だったのです。
「全くもう、私がいないときに森の奥に入ってはいけないって約束したでしょう?それに緑の力が弱まる冬は人間たちだけでなく、私たちにも厳しい季節よ。それを乗り切るために森の獣たちと同じように、春まで眠って目を覚まさないから来年まで会えないって言ったじゃない」
目の前の少女のように高く、けれど落ち着いた声で妖精は少女の行動を叱責しました。
「ごめんなさい。でも朝起きた時にまだ雪が降ってなかったから、冬になる前にもう一度妖精さんとお話しできるかなって思って...」
少女は親しい相手に叱責されたショックで目に涙を溜めながらも、一人で森に入ってしまった理由を答えます。
その答えを聞いた妖精は、確かに以前少女と話した時、自分が季節が秋から冬に変わるのは森の木の葉がすっかり落ちて、空から雪が降りてきたらと教えたことを思い出しました。
それを覚えていた少女が、数日前に今年のお別れをしたにも関わらず、もう一度自分に合うために恐怖を覚えながらもここまで来てくれたことに気付きました。よく見ると少女の鼻や耳はすっかり下がった気温のせいでしもやけになっています。そんな少女の姿を見て妖精は怒る気が無くなってしまいました。
「そうね。せっかく寒さを我慢してこんなところまで来てくれたのに、怒られてお終いじゃあんまりよね」
「え?」
少女は妖精の声音に、先ほどのような自分を叱責する厳しさが無くなっていることに気が付きました。
「全部が無駄に終わるかもしれなかったのに、それでもここまで会いに来てくれたあなたにとっておきのお話をしてあげるわ」
「ほんと!?」
妖精の言葉を聞いて、少女は喜びの声をあげました。
その声を聞いて、妖精の顔も思わずほころびます。上機嫌で今日のお話を話し始めました。
「ええ、ほんとよ。それじゃあ話していきましょうか。これもいつものようにむか~しのお話よ」
「あれ?いつもみたいにむか~し、むかしから始めないの?」
「ええ。今日のお話はこれでいいの。この前、話した精霊のお話は覚えているかしら?」
「うん!私たちみたいに身体が無いから、相性?が良くないと見ることもできないけど、森にも水にも私のおうちの暖炉の中にも精霊さんはいて、見守っていてくれるんだよね」
「そう、そのお話。今日はそんな精霊さんの中でも小麦畑の中にいる精霊さんのお話よ」
「小麦畑?私の村の中みたいな?」
小麦畑と聞いて、少女は自分の村の小麦畑を思い浮かべます。少女の村は地域一帯でも有数の小麦の名産地で、収穫期には美しい光景が、少女の父が言うには領主様のお屋敷にある金色の絨毯を敷き詰めたかのような光景を目にすることが出来ます。
「そう、その小麦畑。あの中にはコルンムーメって名前の小麦とおんなじ美しい金色の毛並みを持った狼の精霊さんがいるのよ」
「えっ、狼...」
狼と聞いて、少女は不安の表情を浮かべます。少女にとって狼とは村の大切なニワトリさんを食べてしまったり、森で仕事をする狩人さんを襲ってケガをさせたりする危険な生き物です。そんな生き物の姿をした精霊さんが村の中にいると聞いてしまっては、村に帰るのも恐ろしくなってしまいます。
「あぁ!違う違う。あなたが不安に思うような悪い精霊さんじゃないわ。小麦を食べてしまう鳥や病気にしてしまうネズミなんかを食べてくれる偉い精霊さんなの。コルンムーメが小麦を守ってくれるから、あなたの村ではたくさんの小麦が収穫できるのよ」
「そうなんだ」
信用のおける妖精の口から悪い精霊さんじゃないと聞いて、すっかり少女は安心しました。けれど安心と共に一つの疑問が生まれます。
「あれ?でも今は小麦は全部とっちゃったから無いよ。おうちが無くなっちゃったら狼さんはどうするの?」
そうです。秋から冬に移り変わる今の季節は、少女の村でも当たり前のように小麦の収穫が行われ、小麦畑はきれいさっぱり無くなってしまっています。住んでいる場所が無くなってしまった狼さんが冬の間に辛い思いはしていないだろうかと心の優しい少女は考えたのです。
「そうね。収穫が終わった冬から小麦が成長する春の間はコルンムーメのおうちは無くなってしまうわ」
「うん...」
「だからその間はね、同じように綺麗な金色の中を借してもらって、住ませてもらっているのよ」
「えっ、どこどこ?」
「あなたにもあるじゃない」
そう言って妖精は少女の頭を指差します。そこには幼さゆえに枝毛やくすみのほとんどない瑞々しさをまとった綺麗な金髪が、秋風に吹かれて揺蕩っていました。
「あっ、髪の毛!」
「その通りよ。小麦畑と同じように守ってあげる代わりに、女の子の髪の毛の中に住まわせてもらうの」
「へぇー、そうなんだ!」
妖精の言葉を聞いて、少女は興味深げに自分の髪の毛を触ります。まるで自分の髪の中にも精霊がいないか探すように。
「ふふふ、言ったでしょう。精霊は相性が良くないと見ることも、感じることもできないって」
「そっかー...」
妖精の言葉を聞いて、少女は残念がりながらも納得しました。けれどあきらめきれないのか、片方の手は名残惜しそうに指に髪を絡めてクルクルと弄び続けています。
「そんなに気に入ったのね。けれどコルンムーメは女の子を守ってくれる優しい精霊さんだけど、狼の姿をしているのよ。怖くはない?」
「まだちょっと怖いけど、妖精さんが優しい精霊さんって言ったから大丈夫」
少女の妖精への信頼は厚いようです。
「ありがとう。けれどある村ではコルンムーメの姿が見えた子がいたせいで、ちょっとした事件になってしまったことがあったの」
「えっ...」
少女の顔が少しだけ曇ります。心の優しい彼女は、誰かが傷ついたり不幸になったりする話はあまり好きではありません。ましてや今年最後になるであろう妖精との語らいが暗い話で終わってしまっては、冬の間はずっと悶々としながら過ごすことになってしまいます。
「大丈夫。このお話は悲しい結末のお話じゃないわ」
そんな少女の表情を感じ取ったのか、妖精は少女を安心させるために彼女の指を両手で握りました。彼女の体温より少しだけ高い、暖かな熱が指から伝わり、少女の気持ちを上向かせます。
「うん、聞かせて」
それによって落ち着いたのか、少女の瞳から不安の色は消え去り、未知の物語への興味を示すように爛々と輝きだしました。
「その村には同じ年に生まれた男の子と女の子がいたの。家が隣だったこともあって、どこに行くときも二人は一緒、とても仲良しな二人だった」
一緒に遊ぶには年の離れすぎている子供たちしかいない少女にとって、頭の中で連想した光景は、少しだけうらやましく移りました。
「けれど、二人共成長して子供だけで遊びに行くことが許されるようになったある年、小麦畑の近くで遊んでいた時に男の子は畑の中を風のように走り抜けるコルンムーメの姿を見てしまったの」
「相性が良かったんだ」
「そうね。それに驚いた男の子は女の子の手を引いて一目散に逃げかえり、お父さんやお母さん、信頼できる大人に話して聞かせたわ。けれど大人たちはコルンムーメのことを知っていたから、良い話だと笑ったり、コルンムーメと相性の良い男の子をうらやましがるばかりでちっとも不安に感じたりしなかった。問題視してくれない周りの大人たち、それが男の子には面白くなかったの」
「えっ、でも男の子も大人の人たちから狼さんのお話は聞いていたんだよね?」
少女は疑問を口にしました。彼女自身も妖精さんに教えられるまでは村の中に狼がいるなんてと、不安を覚えたりしましたが、妖精さんの話を聞いた後ではちょっぴりしか怖くありません。話を聞いた後でも、狼さんのことを不安に思う男の子が不思議で仕方ありませんでした。
「そう思うわよね。でも理由があるの。実は男の子の親戚のおじさんが前の年に狼に襲われて大怪我をしてしまったの。その時に運び込まれた傷だらけのおじさんの姿を見たせいで、余計に狼が怖い生き物なんだと考えるようになってしまったの」
「そうなんだ...」
少女が知る限りで彼女の村では、彼女が物心ついた後からは狼によって誰かが大怪我を負ったという話はありません。けれど村の狩人さんが獣のせいで怪我をしたという話はたくさん聞いたことがありました。顔見知りが怪我をしてしまったと聞くだけでも、少女の気持ちは沈み、獣に対する恐怖が生まれるのです。親戚が大怪我を負わされた獣の、姿形をした精霊を男の子が信用できないのも仕方ないことなのかもしれないと少女は思います。
「そういったこともあって、男の子は小麦畑を避けるようになったの。ここで話が終われば時間と共に男の子もコルンムーメが平気になっていたかもしれない。けれど男の子にとって本当に運が悪いことに、その年の小麦の収穫後にコルンムーメが春までのおうちに選んだのが仲良しの女の子だったのよ」
「えっ...それじゃあ、男の子は女の子に近づけなくなっちゃったの?」
男の子の村がどれほどの大きさの小麦畑だったのかは少女にはわかりません。けれど自分の村の小麦畑の規模が村人たちの居住スペースよりはるかに大きいものだということは理解しています。そんな生活の大部分に食い込むほどの範囲を避けて生活していたとすれば、男の子の狼に対する恐怖は相当の物であるはずです。もしかして狼さんがいる間は女の子にも近づけなくなってしまったんじゃないだろうかと少女は思いました。
「いいえ、むしろその逆。大人たちから冬から春までのコルンムーメの話を聞いた男の子は、対抗心を燃やして女の子の世話をこれまでよりもさらに焼くようになったの。お前が守る必要はない、女の子は僕が守る。だからさっさと他の子の所に行ってしまえって気持ちでね」
「対決が始まっちゃったんだ!」
「コルンムーメの方はどう考えていたかはわからないけどね。けれどここでも男の子の目論見は外れてしまったの。女の子の両親が女の子に草むしりや、物運びなんかを頼むたびに男の子が手伝うものだから、女の子は村の誰よりも夏のカンカン照りの日差しや冬の切り裂くような空気を髪に浴びせずに育った。それもあって女の子は村一番の綺麗な髪をした子供に成長したの。あなたは綺麗なおうちと少し汚れたおうちどっちに住みたい?」
「えっ?綺麗なおうち」
「そう。村一番の金髪を持った女の子はコルンムーメのお気に入りのおうちになってしまったの。毎年のように実の無い落穂もすっかりと枯れて畑から金色が失われる頃には、少女の髪の間からフリフリとご機嫌なしっぽが覗いていて、それを見た男の子は地団太を踏んで悔しがっていたそうよ」
「あはは、うまくいかなかったんだ!」
少女の頭には今年こそはと冬の到来とともに女の子の髪を確認する男の子、それを裏切るように満足げにしっぽを振る狼さん、突然悔しそうに地団太を踏む男の子を見て不思議がる女の子の姿がありありと映し出され、男の子には悪いなと思いながらもそのほっこりとした光景に思わず笑ってしまいました。
「そんな光景が数年間続くと、女の子の見事な金髪の話は村の外にも流れるようになった。雪が降りだそうかとしている秋の終わりに、その噂を聞きつけて、人さらいの悪い大人たちがやってきたの」
「人さらいっ!?」
その言葉に思わず少女は震えます。何の罪も無い子供たちをさらっては、自分たちのお金のために遠い場所に売り払ってしまう人さらいは、少女のような年若い年代にとっての恐怖の象徴です。彼女の村でも聞き分けが無い子供への怒り文句はもっぱら、そんな子供は人さらいにさらわれてしまうよと言われるほどです。
「商人に化けた人さらいたちは、言葉巧みに村人を誘導して女の子の居場所を聞き出すと、女の子が一人の時を見計らって袋に詰め込みさらってしまったの」
「そんな...」
少女の表情が目に見えて沈みます。まだまだ幼い少女にとって両親と二度と会えなくなることと、村に帰れなくなることのどちらも受け入れがたい悲しいことです。例えお話の中の登場人物のことだとしても悲しいことであることは変わりません。
「けれど人さらいたちの悪行を、戻ってくるのが遅いなと様子を見に来た男の子が目にしていたの。さらわれる瞬間こそ見ることが出来なかったけど、走り去る人さらいたちの背負う袋の口から見えていた綺麗な金髪を見て、男の子は女の子がさらわれてしまったのだと気付いたわ。村の大人たちは収穫した小麦を仕分ける作業中、助けを呼びに行ったらどちらに逃げたかもわからなくなる。男の子は女の子を助け出すために一人で走り出したわ」
ごくり、少女は緊迫した光景を想像し、思わず唾を飲み込みました。
「必死に追いかける男の子だけど、大人の足と子供の足、段々と距離は離されていく。そして近くの森の入り口付近で遂に人さらいたちを見失ってしまったの。なんとか人さらいたちの足跡を探そうとした男の子だけど、地面から飛び出した太い根っこや、ぬかるんで沈み込んでしまった泥地なんかのデコボコした地面から足跡を探すのはとても難しいわ。それでもあきらめず必死に辺り一面を探す男の子。そのとき森の奥に金色に輝く何かを見つけたわ」
少女はいつの間にか目をつむり、神様に祈りを捧げる姿勢をとっています。どうか女の子が助かって欲しい、そう願って。
「急いで近づいて確認する男の子。するとそれが、一本の小麦であることに気付いたの。そしてその一本を拾った場所から森の奥を見ると金色の輝きが点々と続いていることに気付いたわ。その意味と誰がこんなことをしたのか気が付いた男の子は、小麦を一本一本拾いながら、その金色の光を辿って森の奥にずんずん進んでいったの。そうして夕暮れ時に差し掛かろうとした時に遂に男の子は人さらいたちに追いついた」
「やった!」
妖精の言葉を聞いて、少女の顔から笑みがこぼれました。
「人さらいたちは、目標の達成を確信して焚火を囲んで飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎをしていたわ。おまけに女の子が詰め込まれた袋は人さらいたちの焚火から少しだけ離れた男の子の近くだった。そのことに気が付くと男の子は、気付かれないようにゆっくり、ゆっくり近付いて、小麦から手を離すと固く縛られた袋を開き、女の子を助け出した。けれどずっと閉じ込められていた女の子は袋を開いたのが男の子ではなく、自分をさらった人さらいたちだと思って悲鳴を上げてしまった。当然人さらいたちも悲鳴に気が付き、男の子と女の子を取り囲んだ」
まさに絶体絶命の瞬間に少女の身体も思わず強張ります。
「助け出した女の子を自分の身体の後ろに隠す男の子。けれどそんなことで人さらいたちが止まってくれるはずもないわ。ずんずんと包囲を狭める人さらいたち、もう駄目だと男の子が思った瞬間、女の子の金髪がまばゆいばかりに輝きだした。突然生まれた光はそのまま男の子が袋を開くために取り落とした小麦の束に移り替わると、みんなの目の前で大きく、そして立派な金色の狼、コルンムーメが姿を現したの」
予想もしなかった展開に少女の口は無意識の内にぽかんと開きました。
「男の子だけではなく、誰の目にも映る形で現れたコルンムーメ、その姿に小さな子供二人には強気に出れる人さらいたちも、思わず震えじりじりと後ろに下がりだした。そして次の瞬間、森中に響き渡るような咆哮を上げたコルンムーメに耐えきれず、悲鳴を上げて一目散に人さらいたちは逃げ出してしまったわ。そんな中残された男の子と女の子、コルンムーメが二人の方に向き直り近づいてくると、男の子は襲われると思って、またしても女の子を守るように身体の後ろに隠したの。けれどコルンムーメはそんな男の子の頬をぺろりと舐めると、現れた時と同じように光に替わって女の子の髪の中に戻っていったの」
「良かったぁ~...あっ、でも二人は無事に森から帰れたの?」
「ええ。大丈夫よ。二人がいないことに気が付いた大人たちが皆で二人を探し出してくれたから。その後、話しを聞いた村長さんが領主様にこの話しを伝えて、人さらいたちを無事に捕まえることが出来たわ。男の子もこのことでコルンムーメを毛嫌いすることもなくなり、それどころか女の子を守ってくれたことに感謝して、村の誰よりもコルンムーメを敬うようになった。そうして時が経って二人は結婚し、仲睦まじく暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。今年最後のお話はどうだったかしら?」
「すっごくおもしろかった!男の子が狼さんを嫌っちゃうところとか、女の子がさらわれちゃうところとかは悲しくなったし、嫌な気持ちになったけど二人が幸せになれて良かったなって思う!」
「そう、それなら私もこの話を話せて良かったわ」
「あとは、男の子が地団太踏んで悔しがるところとかー、狼さんが現れて人さらいたちを追い払っちゃうところとかー」
少女はまだまだ感想を言い足りないようですが、お話の最後と同じようにこちらもそろそろ夕暮れ時、日が沈むと少女が一人で森を抜けるには厳しい気温になってくるでしょう。
「楽しんでくれたのは嬉しいけど、そろそろ日が沈んでしまうわ。早く帰らないとあなたのお父さんとお母さんも心配してしまうわよ」
「えー、でもまだ妖精さんと話したいことがたくさんあるのに」
「ならそれは、来年の楽しみとして取っておきましょう?そうすれば今年の冬も辛い思いをしないで楽しみに春を待つことが出来るでしょう?」
「そっかぁ!うん、そうする!じゃあ、春になったらまたお話してね、約束だよ?」
「ええ、約束するわ。だから今日はもう帰りなさい」
「わかった。じゃあねー!」
少女は手をブンブンと振りながら笑顔で走り出し、森から帰って行きました。そんな少女の姿を見送っていた妖精でしたが、不意に秋風に吹かれてたなびく、母親の色を受け継いだのであろう美しい金髪から、ぴょこんと金色の尻尾が飛び出していることに気が付きました。フリフリと満足そうに左右に揺れる尻尾は、先ほどの少女と同じように妖精への別れと、来年また出会えることを願う約束をしているようにも見えます。そんな光景を満足そうに眺めながら、大きなあくびを一つ、妖精も彼女のおうちへと帰っていきました。