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第二話

 お兄さん――かおると話す日は週に一度あの公園で、夜の数時間だけと決まった。彼の仕事の都合が理由だったが、社会人なら仕方ないし、自分もバイトのある時しかこの公園は通らないからむしろありがたかった。

 週に一度の楽しみができた影響か、当日は無意識に浮かれているらしく、友人にやたら怪しまれてしまった。

 事情は話していない。薫と、他言無用でお願いしたいという約束を交わしていた。

『二人だけの秘密。って言うと特別感があって面白くない? 子どもみたいだけどね』

 そう言って悪戯っぽく笑う薫に乗った時点で仲間なのだ。

 話す内容は本当に他愛ない。大学やバイト先で何があったとか、自分自身について話すこともある。先週は好きな食べ物が「そば」だと告げたら薫も同じだったことが判明した。

 薫は自身についてあまり話さない。だからひとつ知るたび、宝物を見つけたような嬉しさが募る。

 もっと知りたいと願うのは、やっぱりわがままなのだろうか。



「薫さん!」

 ベンチに腰掛けていた薫が顔を上げた。いつもと違う雰囲気に見えた理由はすぐわかった。

「今日は結んでるんですね」

「ちょっと暑いからね。絢奈あやなちゃんと一緒だ」

「そう、ですね」

 隣に座りながら、つい後頭部に手をやってしまった。こういう一言には照れるばかりで、未だにまともに返せない。

 無駄に高鳴る心臓を落ち着かせたくて、鞄からペットボトルを取り出す。中身はとっくにぬるくなっていたが、充分仕事をしてくれた。

「あ、その紅茶。今飲んでる人多いよね」

「そうなんですか? 甘くないのが好きなんで買ってみたってだけなんですけど」

「CMで流れてるからかな。ネットでも写真載せてる人よく見るよ」

 確かに、パッケージは女性に受けそうなお洒落と可愛さが融合したようなデザインをしている。そういえば自分もそれに惹かれて手に取っていた。

「薫さん、流行りものに詳しいですよね。私ほんと疎くて……テレビも家にないから、友達からいろいろ教えてもらうんです」

 前は鞄につけている、友達からもらったキーリングにも反応していた。デフォルメされた動物がぶら下がる格好でついているチャームが可愛いと、特に動物好きに売れているらしい。

「今日もなんだっけ、流行りかわかんないですけどドラマにハマってるんだって言ってました。薫さんはドラマとかよく観ます?」

「……ドラマ?」

 返ってきた声が、心なしか硬い。

「いや、僕はあんまり観ないかなぁ」

 思わず隣を見やるもいつも通りだった。気のせいだったのか?

「友達、どんなドラマにハマってるって?」

「え、ええと。確か、『まぶしい月に誘われた僕は』ってタイトルでした。まだ数話しか観てないけど面白いって言ってました。特に誰かがよかったって」

 何しろ、昼休みぐらいの時間を使って情熱たっぷりに語ってくれるから、細かいところまで覚えきれないのだ。

「……そう、なんだ」

 歯切れの悪い声だった。横顔でも、どこか強ばっているのがわかる。

「す、すみません。もしかして嫌いな作品でした?」

 我に返ったように、薫はわずかに目を見開いた。こちらに慌てて向き直ると何度も首を振る。

「ごめん、何でもないよ」

 そう言われても納得できないレベルの態度だった。

「嫌いじゃないんだけど、僕はあんまり、って感じかな。それだけだよ」

 ――何でもないって態度には見えないです。何かあるんですか?

 いつもなら己の性格を恨みつつ、疑問をぶつけていただろう。実際、喉から出かかっていた。

 飲み込まざるを得なかったのは、はっきりとした拒否を感じたから。鈍い自分でもわかってしまったから。

「それぞれ、好みありますもんね。しょうがないですよ」

 とっさに作った笑顔は、まがい物だとすぐわかる代物だったと思う。

 正直、自分でも驚いている。どうしてこんなにショックを受けているんだろう。心臓が苦しいんだろう。

「……うん。絢奈ちゃん、ありがとう」

 頭にそっと重みが加わった。優しく撫でる感触に苦しみが和らいでいくようだったが、泣きそうになる。

 ありがとうの意味は、違うところにかかっている。でも、それを紐解くことは許されていない。

 出会ってからもうすぐ二ヶ月、まだ二ヶ月。与えられた時間は、長くても最終の電車に間に合うまでの数時間。

 物足りないと、もっと仲良くなりたいと、欲が生まれてしまう。

「薫、さん」

 離れていく手を、勢いのまま掴んだ。驚く薫を見つめ続けることはできず、俯きながら懸命に唇を動かした。

「私、もっと薫さんと会いたいです。話、したいです」

「……ありがとう。でも、ごめんね」

 本当に申し訳なく思っている声音だった。

 だからこそ、首を左右に振るしかなかった。


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