チートと美少女を貰ったのでさっさと魔王をぶち殺しました
魔王は驚愕していた。
太古の封印より目覚めてはや三十余年――大陸各地への侵攻は順調であり、寿命の長い間族にとっては居眠り程度の時間で人間達を支配できるはずだった。
自らは居城で命令を下すだけでよい。
騎士団などものの数ではなく、時折現れる勇者とやらも雑魚ばかり。
神々の力は衰退しており、もはや行く手を阻む者などいないと思っていたのだが。
「馬鹿な……!」
玉座から立ち上がって吠える。
原因は、今しがた扉を蹴破って入ってきた侵入者達だ。
黒髪の男を頭目とした集団。
扉を守っていたはずの動く鎧は既に破壊されたらしい。超硬金属で作られた魔導鎧の兜部分が無造作に放り捨てられ、からんと音を立てて転がった。
――ほぼ、無傷。
装備に汚れやほつれこそあれ、怪我を負った様子が殆どない。
ありえるはずがない。
いや、だがそれ以上に。
「……何故、貴様は同じ顔の女を三人も連れている!?」
目つきの悪い男は魔王を睨み返して高らかに告げた。
「うっせえ、大きなお世話だこの野郎!!」
☆ ☆ ☆
魔王城とやらも大したことなかったな。
俺は魔王に剣を突き付けながらそう思った。この分なら神々とやらに押し付けられた仕事もさっさと終わりそうだと。
純正の日本人である俺が何で魔王退治なんぞせにゃならんのか。
事の発端は数か月前に遡る。
某月某日。
気が付いたら異空間にいて、目の前にジジイがふよふよ浮いていた。
「誰だてめえ」
「口を慎め。わしは神じゃ」
「神?」
どう見てもヨボヨボのじーさんだが。
俺は眉を顰めて尋ねた。
「神が何の用だ。異世界を救えとか言うつもりじゃねーよな」
「ようわかったな」
「そーか。よし断る。すぐに帰らせろ。俺は別に死んだわけでもねーだろ」
死んだ覚えなどない。
直前の記憶もしっかりあるし、帰ってやりたいこともある。
が、ジジイは首を振った。
「そうはいかん。手違いとはいえ召喚した以上、仕事はしてもらわねば」
「おい今手違いっつったなてめえ。自分のケツは自分で拭けよ」
「お主に救ってもらいたいのはいわゆるファンタジー世界じゃ。かの世界は数十年前に復活した魔王によって滅亡の危機に瀕しておる。我ら神々にはさしたる力が残されておらず、有望な魂を召喚して最後の希望を託そうと――」
「話聞けよ!」
最初から最後までどっかで聞いたような話だったので省略する。
「……拒否権はねーってか」
「うむ。ない。代わりに其方には力をやろう。いわゆるチートというやつじゃ」
「大した力はないって言わなかったか」
「我らの力をそのまま託すわけではない。其方の可能性を引き出すだけのこと。それでも、其方一人が限界じゃろうが……幸い其方の魂は強い。もともと召喚するはずだった者を押しのけてまでここに呼び出されてしまうくらいじゃからな」
「じゃあ、魔王とやらも楽勝か?」
「そうあってもらいたいのう。無事其方が勝利した暁には元の世界に帰してやる。魔王を倒し世界の運命を変えさえすれば、因果や時空を捻じ曲げる程度の力はひねり出せる」
「帰れるんだな」
「左様」
なら、答えは一つしかない。
面倒なことになったと溜息を吐き、俺は言った。
「さっさとしろじーさん。俺は一秒でも早く帰りたいんだ」
「やる気になってくれたようで何よりじゃ」
チートとやらの受け渡しはあっさりと終わった。
可能性を引き出すとかいうと胡散臭いが、要はアホみたいな経験値を貰ったようなもの。目に見えるようにしてもらったステータス画面でレベルがどしどし上がっていくのを、俺はしばらくぼーっと眺めた。
ちなみに貰える経験値もレベルの上限も、1レベルごとに上がるステータスも個人差があるらしい。世知辛い世の中だな。
生憎俺はチート級だったらしいが。
で。
俺の可能性とやらにはもう一つ続きがあった。
魔王城のある北の最果てから最も遠い南の王国に降り立った俺の元には、三つの人影が集っていたのだ。
魔王は三本の角と鋭い鉤爪、硬い鱗を備えた魔人だった。
巨体ながら動きはすばしっこい。戦いが始まるやいなや突っ込んできて爪を振るってきやがった。戦いってもんが分かっていて好感が持てるが、もうちょっと勿体ぶるのが魔王ってもんじゃねーのかおっさん。
ま、こっちにはもっと早い奴がいるんだが。
「死ね、にんげ――」
「遅い」
白刃が閃き、魔王の腕が弾き返される。
それだけじゃない。爪は根元からぽっきり折れてぽろりと地面に落ちた。まさか一発で片方使えなくなるとは思わなかったのか呆然とする魔王。
んなこと言ってるうちにもう一発来るぞ……ってほら来た。
ぼーっとしてるおっさんの爪は両方折れた。
それを行ったのが仲間の一人目。
「剣を鞘から用いるだと……!?」
「剣ではない。刀だ」
神速の抜刀術を放ったのは着物を纏った美少女。
身のこなしと足さばきは化け物の領域。
目の覚めるような緋色の着物は旅の間一度も血で汚れたことはなく、腰に差した刀は幾多の血を吸ってなお刃毀れ一つ起こさない。
魔法だのなんだのは使えないが、こいつには必要ない。
唯一の弱みは名前が可愛いこと。
「恋華。顔から上は潰すなよ」
「無論です、主殿」
「舐めるなあああああ――っ!!」
舐めてるのはどっちだばーか。
瞬時に爪を再生した魔王が再び襲いかかってきたが、恋華はその都度、抜刀術を用いて爪を切り飛ばした。
十回くらい繰り返したところで魔王は飛びずさって呪文を紡ごうとする。
もうちょっと早く判断できなかったのかって気はするが。
「Ren、やれ」
「はい、マスター」
恋華が飛びのくと同時にメイド服の美少女が進み出る。
次の瞬間。
「発射」
「ガアアアアアアッ!?」
ファンタジーにあるまじき轟音が響き渡ったかと思うと、魔王の首から下が可哀想なくらいの蜂の巣になった。空になった薬莢がRenの足元に積みあがっている。何度見ても「こいつが一番チートじゃね?」と思う。
人の筋力じゃ絶対使えねー連装式マシンキャノンを撃ち尽くしたRenは火器生成システムを起動し、武器を破棄。えげつねー口径のバズーカに持ち替えて無表情で発射した。
魔王の胴体が全部吹き飛んだ。
終わったんじゃね、これ?
「ま、まだだあああああっっ!!」
「うお」
やばいレベルの再生能力。
魔王は胴体を復活させるとぜーはー言いながら必殺技の体勢に入った。
初見で必殺技とわかるのは、今までの攻撃とは次元が違うから。魔力を術として編むのを止めて生命力と混合した上、爆発的なエネルギーを生み出して全周に放とうとしている。
恋華が近づいたらスパーク中のエネルギーで消し飛ぶ。
Renの銃火器をぶつけても誘爆させるだけ。
ならしゃーない。
「レン」
「かしこまりました、主様」
涼やかな声と共に進み出たのは白と青で構成されたローブ姿の美少女。
本名が長いために縮めてレンと呼ばれている少女は手にした錫杖を掲げると、朗々と祝詞を紡いでいく。
用いられる魔力量と密度、構成の緻密さは俺でさえ舌を巻くほど。
幾重にも形成された魔法の防壁が魔王を取り囲んで。
「……ふざけてるのか、貴様ら」
「そう言われてもなー」
爆発の余波を全部、魔王自身にぶち込んだ。
死んだ? 死にましたよね魔王さん?
もうもうと上がる煙が収まりきらない中、俺は剣を下げたまま近づいていく。もし首が残ってたら持って帰らないといけないし。
と。
その時、煙を吹き散らすようにして現れた影は元の魔王より大きく――すなわちそれは隠されていた魔王の第二形態!!
「まさか人間如きにこの姿を晒すことになろうとは……だが、我がこの姿になったからには」
「うるせーハゲ」
俺は無造作に剣を一閃した。
脱力状態から反射のみで放つことによる神速の剣は衝撃波を生み出す。身体から引き出された魔力を乗せたそれは狙い違わず魔王の首を切って落とす。
開いた魔王の口は「な」の形だった。
性懲りもなくぼこぼこ再生しようとしていたので、俺は魔王から離れつつ三人に命じた。
あ、首だけは抱えて。
「やっていいぞ、お前ら」
「「「はい」」」
聖光が全身を焼き尽くし。
無数の弾が穴だらけにし。
一呼吸ごとに身体を分断された魔王は最終的に細切れのまま、ボロボロと崩れて消滅していった。
首の方まで崩れそうになったので、慌てて保存の魔法をかけてキープする。
「お疲れ、お前ら」
声をかけると、三人は一様に笑顔を浮かべた。
蕩けた表情。恋してますって一目でわかる。でもなー、ぶっちゃけそう言われても困るわけで。
何しろ。
「じゃあさよならだ。……おい神、魔王倒したぞ。帰らせろ」
俺は家に帰るんだから。
☆ ☆ ☆
「……家、だな」
気が付くと自分の部屋にいた。
内装は何も変わっていない。
机の上にあったスマホを充電器に差してブラウザを起動、日付を確かめると、召喚された日から三日しか経っていなかった。
実は異世界うんぬんは全部夢で、三日間ぶっ通しでゲームでもしてたんじゃねーかと思ってしまうけど、レベルアップで手に入れた筋力魔力がそのままなので嫌でも現実だったとわかってしまった。
神を呼び出した俺は約束通り帰らせてもらった。
空間を超越して部屋へ。時間を超越して数か月分を巻き戻し。三日のズレはまあ誤差みてーなもんだろう。仕事荒いな神様。
まあいいかと息を吐いて部屋を出る。
やらなきゃいけないことがある。
まずは、隣にある妹の部屋の前に立ち、ノックする。
返事は当然、あるわけが――。
「はい?」
あった。
驚きすぎて秒で中に入っていた。
ベッドの上でぬいぐるみを抱えて漫画を読んでいた妹が俺を見てびっくりしたような顔をする。
「どうしたのお兄ちゃ――きゃっ!?」
「恋!!」
妹の、恋の温もりが全身に伝わってくる。
蒼白くなっていたはずの肌も、色褪せていたはずの唇も、嘘みたいに軽くなっていた体重も元に戻っている。むしろ前より健康なくらいだった。
死にかけだったはずだった。
医者でさえ匙を投げる奇病。どうしようもないからと退院を許された恋を見て、俺は居ても立ってもいられなくなったのだ。
どんな手段を使ってでも治せる医者を探すつもりだった。ぶん殴ってでも連れて来るつもりだった。どうしても手立てがないなら、最後まで一緒に居てやらなきゃいけなかった。
なのに。
『少しだけサービスしておいたぞ。因果を捻じ曲げて、の』
なんだよ。
いいとこあるじゃねーかジジイ、もとい神様。
恋からそっと身体を離した俺は真正面からじっと見つめる。
妹は真っ赤だった。
「ど、どうしたのお兄ちゃん」
「好きだ」
「ふあっ!?」
人はどこまで赤くなれるのか、恋は限界に挑戦していた。
「結婚しよう」
「ふああっ!?」
そのままキスをしようとすると、恋はわたわたしながらも――決して俺を拒まなかった。
「兄妹じゃ結婚できないんだよ……?」
「じゃあ異世界にでも行けばいい。そこで結婚しよう」
「……ふふっ。何それ」
くすくす笑った恋がふっと表情を変え、女の顔になる。
「喜んで」
「―――」
そして唇が重な――ろうとした時。
「「「ちょっと待った!」」」
よく似た三つの声が聞こえたかと思うと、何かが落ちてくるような音が立て続けに響いた。
「主殿」
「マスター」
「主様」
「「「私達も妻にしてください」」」
落ちてきたのは恋華と、Renと、レンだった。
自分と同じ顔の三人に目を丸くする恋。余計なサービスまでしやがったなあのジジイ、と頭を抱える俺。
そう。
こいつらは、死んで勇者になるはずだった恋の異次元同位体。俺に引かれて集まってきた別世界の恋達だ。
恋は恋だが、恋じゃない。
だから絶対に気持ちには答えられなかったんだが。
「お兄ちゃん?」
説明して欲しいという目で見上げてくる妹を前に、てきとーなことは言えそうになかった。
やれやれ、しょーがねーな。
俺は「長い話になるぞ」と前置きしてから、自分が繰り広げてきた冒険について、一から語り始めた。
そう。まずはあのジジイと出会ったところから。