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私は秘密を持っている  作者: つっちーfrom千葉
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私は秘密を持っている 第七話

「どうか、勘弁してください。私は何も、暴力という手段しか選べないあなた方を、小馬鹿にしているわけではないんです。ただ、世のほとんどの人々が持ち合わせているはずの道徳観念を、お手本としてここで披露させて頂くことになりますと、どうしても、人の道にはぐれ、世を拗ねる人達を非難するコメントになってしまうわけです。至極真っ当な意見というものは、往々にして、その反対を行く人々にとって、悪口に受け取られてしまうものなんです」


 実際のところ、こういった回りくどい説得は、まったくの逆効果であった。ギャングたちは、それを聞くとさらにいきり立ち、私の頬をもう一発殴りつけた。彼らは脳みその中に収められているデータよりも、肉体の方が資本であり、暴力という凶器を、法律をスルーして、日常の中に平然と持ち込める人たちなのだ。私の細い身体は吹き飛ばされ、倉庫のシャッターに勢いよくぶつかって、そのまま地面に崩れ落ちた。あまりの非現実空間に置かれてしまったことで、恐怖は極限に達して、叫び声すら出て来ないのだった。ガッシャーンという、けたたましい騒音が、この一帯に鳴り響いた。だが、この周囲で、犯罪行為の気配を伺っている人々は、自分の身に危険が及ばぬように距離をとって、興味深そうに眺めるだけで、誰も助けようとはしてくれなかった。警察に通報してくれる者さえいない有様なのだ。彼らは私の身にこの上ない不幸が訪れることは予感している。だが、出来心によって、下手に手を差し伸べると、次に被害者になるのは、自分なのかも知れぬ、と思い込んでいる。『あの人、ひどく殴られて可哀想だな。これから、どういう目に遭わされるんだろう?』と興味を抱きながらも、少しの同情心を持ち合わせている人は、あの群衆の中にも、少なからずいるだろう。事件発生当初から、関わりを避けている人種と比較すれば、ずいぶん、まともなのかもしれない。しかし、同情や憐憫が行動に移されることは決してない。緊急時においては、正義感の有無に関わらず、誰もが自分の身の安全を考えることで精一杯だからだ。事件の詳細を容易には説明しがたい、このような一件においては、私の方が完全に正しいことの証明がすぐにはできない以上、周囲で見守る人たちを何とか説得して救援に来てもらうか、それとも、自分よりも先に逃がしてやるべきかを判断することは困難である。ただ、もはや偽善者でも別のギャングチームの人間でも良いのだが、通りすがりの誰かの助けが無ければ、このまま殴り殺されることは目に見えている。こちらと向こうの体格を比較すれば、情けない話ではあるが、数分後の未来にどうなっているか、その結果は完全に見えているではないか。すっかり怖じけづいてしまい、抵抗する気力すら失い、私は地面に平伏したままだった。もはや、このまま惨殺されるしかないのでは、と思っていた。死を前にしても、脳裏から恐怖を消し去ることは出来ないわけだが、明日の新聞各紙の一面を予想することは、少しの快楽ですらある。こんなちっぽけな私の死が、多くの大衆の興味を引き、あるいは多くの同情を生み出し、退屈しのぎにさえなるのだから。


「助かりたいだけのくせに、要らんことをペラペラと喋りすぎだ! 俺らが事前に調べたところでは、お前は強がっているだけの弱虫で、口先だけは達者な、ただの貧乏人だ。警察や警備会社すら味方にできねえのなら、自分の命がピンチのときは、もっと冷や汗をかいて無口になるもんだ。いっぱしの社会人のクセに、そんなことも知らんのか! 俺達へを混乱させるための非難はもう十分だ! そろそろ、例の秘密を明かしてもらうぜ。ここまで言ってやれば、お前には分かるんだろう? うちの組織による長年の捜査では、おまえがサラリーマンヅラしながら、裏で政府筋と密かに連絡を取り合っているのは、すでに分かっているんだ。ただ、血統も学歴も有力な知人すら持ってない癖に、なんであんなに巨大な秘密の所持者に選ばれたのかが分からねえ。街灯の周りで無数に飛んでいる夏の羽虫から、一匹をつまんだのか、それとも、お前には他の人間にはない特色があるのか? まあ、とにかく、握っている秘密は、都心の近辺、つまり、この辺りに隠してあることも、すでに突き止めてある。どうだ、そうなんだろう? おまえは今日も普段どおりの生活を装いながら、マスコミを煙に巻くために、なるべく、ひと気のない通りを選んで、ここまで歩んできたわけだ。精神病院や惣菜屋など、一見関連のない施設を経由しつつ、さりげなく、秘密の隠し場所へと近づいて来たわけだ。精神科医や惣菜屋の前で暴れていた気が狂ったオバハンにしても、一見、能なしの一般人に見えるが、実際には、お前の隠れ蓑なんだろ? あいつらとつるんでいる間は、おまえをつけ狙う不審者は近づけないだろうからな。まったく、小細工ばかりを弄しやがって。お前の隠す情報に一番の価値を見出すはずの、マスコミ記者たちのしつこい質問を、なんぼ浴びせられても、顔色ひとつ変えずに素通りして、我関せずとすっとぼけてやがる。おまえは政府筋と深く繋がっている何者かに、一般には知られていない連絡網によって秘密の保持を命じられて、最重要の国家機密をきちんと体内で管理しているわけだ。なあ、そうだろう?」


「もう、勘弁してください。どんなに脅されても、私が隠し持つ秘密は明かすことは出来ないんです。これは市民レベルの問題ではなく、国家的な問題なんです。もし、第三者にバレてしまったら、一揆や革命騒ぎが起きます。暴動や略奪も発生するかもしれません。一国が揺らぎかねません。銭湯の主人が得意としている、女湯のぞき見事件のレベルではないんです。まあ、それはそれで羨ましいわけですが……。とにかく、今の段階では、とても、おおっぴらにするわけにはいかない。他国の諜報機関がすでに動いていて、今のこの状況を掴んでいたら、どうするんです? あなた方だって、無事では済みませんよ。秘密のデータが私の口から、あなたの脳へと伝わった瞬間に、300メートルは離れたビルの屋上からね、ターン!と撃たれるわけですよ。貴方がたは自分の安っぽい命を賭けられるのかもしれませんが、私としてはごめん被ります。どんなにおっかない組織に脅されたところで、相手がローマ法王だろうが、アメリカ大統領だろうが、イギリスのMI6に拷問を受けようが、絶対に打ち明けられないんです。とても、あなた方のような、対話もろくにしないうちに、すぐに暴力に訴えようとする、つまらない俗物どもに打ち明けてしまうわけにはいかない。いや、例え、私が誤って口を滑らせたとしましょう。あなたたちが大いなる秘密を握ったとしても、いったい、それをどう扱うおつもりですか? どんな後ろ暗い組織に雇われていて、報酬としていくら貰っているのかは知りませんが、秘密は元締めに引き渡すことさえ出来ないんです。あなた方が大金を受け取ることもない。その理屈がお分かりですか? その重苦しさに、苦しめられても、開放することも、逃がしてやることも、理解することも、誰かに移してやることも出来やしません。ただ、胸の内で目的もなく、いつまでも、うずうずと蠢いているだけです。世間的な価値で言えば貴重であっても、お金に還元できないものだってあるんです。なぜ、人の目に見えないモノに、無理やりに価値を見出そうとするんですか? これを知ってしまった、その瞬間に、もう二度と公園の鳩と戯れるような平和な日常には戻れないという、漠とした恐れを抱くことになり、もはや、他人にそれを擦りつけることも、自分の利益のために利用することさえ出来ない。朝の眩しい日差しに肌をさらして、心が自然とウキウキしてくるような、そんな軽やかな気持ちは二度と戻ってきません。何しろ、これまで誰も対処しきれなかったほどの深刻な秘密ですからね。そうでなかったら、腹黒い政治家や銀行家が簡単に手放すはずがない。その総重量は、今や相当なものなんです。自分の全資産をかけてでも、欲しがっていた人でさえも、秘密の概要を知らされた途端にどこかへと逃げ去っていきます。その重さは日々成長していて、すべてが苦悩や失望へと変換されていきます。飽きてしまったら、いつでも右から左へと換金してしまえる、黄金の延べ棒やダイヤモンドとは根本的に違うんです。そもそも、相手が名うての闇商人であっても、取り引きしてもらえるような品物でもないんです。年月の経過により、脳の隅に青カビのようにこびりつき、のたうちまわるほどに苦しんでも、周囲の誰にも自分の本当の苦しみを知らせることは出来ない。内科医は解決する権限すら持たず、顔を蒼くして首を捻るだけ。これだけ科学が発達しても、大権力によって長い年月をかけて完成されてしまった秘密を消す方法や、他人に明け渡す方法は、未だに開発されていないわけです」


「秘密の扱いについては、おまえさんのはらわたを切り裂いて、そのすべてを頂いた後で、こちらの方で考えることだ。時間稼ぎの長話は、まったく必要ない。とにかく、内臓をばらされるのが嫌なら、お前さんには、早いところ口を割ってもらおう……。こちとら真昼間から警察に追われるのは、まっぴらなのでね」


 ギャングはとても静かで冷たい声によってそう告げると、一丁の黒い拳銃を取り出し、慣れた手つきで、それを私の顔面にぴたりと押し付けた。秘密の危険性については散々説明したつもりなのだが、結局のところ、その緊急性が通用することはなく、いよいよ、彼らから発せられた最後通牒のようであった。『私をどれだけ脅してみたところで、結局は誰の利益にもならないですよ』というニュアンスが伝われば良いのだが、哲学者のようには、上手く言葉にはならなかった。崖っぷちに追い込まれた私の意思を、秘密が支配しているからだ。秘密は身体の内部にいて、今にもパンドラが開きかねないこの状況を、悪魔のようにせせら笑っている。金銭目的で雇われて、私に迫ってくる命知らずどもは、これまでにも相当数いたらしいのだが、その度に、秘密の断片を話してやらねばならなかった。ひとまず、落ち着かせないと、出会い頭に拳銃を突きつけてくる愚か者もいるからだ。まずは、『確かに、私の身体のどこかには、秘密が隠されていますよ』と匂わせるわけだ。これは交渉の意味も持っている。そしてもちろん、相手方にとっては、まったく良くない結末を引き起こすわけだが、どれだけ危険な事態が引き起こされるかを、きっちりと説明してやってにも関わらず、私から引いてくれない以上、もはや、他に打つ手立てはなかったのだ。私はなるべく気を落ち着けてから、自分が今のように追い詰められたとき、常に眼前に展開される、あの地獄絵図を再びこの目で見る覚悟を決めて、彼らに告げた。


「このことを話すこと自体、まったく、本意ではないのですが、実は、私に危険を感じさせることで、秘密を聞き出そうとした人間は、これまでに何人もいるんです。凶器を用いて脅すことで、私を命の際まで追い込んだのは、決して、あなた方が最初ではない」


「何だって! お前をここまで追い詰めたのは、俺達が最初じゃなかったのか?」


 ギャングたちはさすがに驚愕したらしく、顔を蒼くして狼狽し始めた。彼らは与えられた情報を出来る限り煮詰めて、秘匿情報の持ち主をこの地方に絞り、他の団体にはバレぬように最短距離でここまで来たと思っていたらしい。テレビやインターネットにおいて、私の行動の一部始終が日々丸々流されている現実を、ほんの少しでも知っていれば、『そんな簡単にはいくまい』というところへ思いが届きそうなものだが。テレビにおいては、毎日のように、私の顔写真にとどまらず、住所や勤務先、あるいは最寄りの八百屋やコインランドリーまで、詳細に報道されている。そんな人間が、護衛も防弾装備も何も付けずに、都心の人混みをかき分けて、毎日のように歩き回っているのだから……。これが異常でなくて何であろう。1968年に発生した三億円事件は、警察も含めた護衛が、警戒していたにも関わらず、まんまと犯行を許してしまった。もし、武器を携帯せず、上半身裸の人間が、一人の部下も護衛も付けずに、山高く積まれた紙幣をむき出しの状態で持ち運んでいたら、ああいった事件には成りえなかったろう。『君の手がすぐ届く位置に美味しいチーズが置いてあるぞ』という雰囲気さえ漂わせなければ、ネズミもハイエナも、かえって訝って寄ってこようとはしないものである。『罠を罠と見抜けない人間は愚かである』という言葉を引用されてしまうことを、どんな悪人でもしばしば恐れるものだ。道を行く過ぎる誰もが外国製の高性能な武器を携帯するような無法地帯においては、ひとり身の素寒貧で貧民街を歩く、まるで殺気を感じさせない人の方が、かえって安全なのである。危険と思われる場所に最新鋭武装の軍隊で乗り込むから、激しい戦闘に巻き込まれ、目も当てられぬほどの犠牲が出るわけである。こんな現実知らずのボンクラどもに、私は仕方なしに、ことの詳細を説明してやることにした。

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