↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は秘密を持っている  作者: つっちーfrom千葉
PR
16/16

私は秘密を持っている 第十六話(完結)


「ねえ、その秘密を最終的には何に使うつもりなの? 最終的な目的がないのなら、大事にかくまってても意味はないでしょう。あなたはいつだったかしら、自分の秘密には国家の金庫に秘められているような膨大な資産と、ほぼ同じ価値があるって威張ってたよね。でも、あなたが隠している秘密には、実際のところ、ほとんど使い道がみえないわ……。せいぜい、自分に余分なプレッシャーをかけるくらい。人生の終わりが見えてきたら、それをどこへどう処理する気なの? 危険な情報をすべて管理する仕事が存在するだなんて、言い張るのなら……、もし、本当に国家的な悪巧みに自分が加担していると仰られるのなら、せめて、その使い道だけでも教えてよ」


 彼女のそのセリフはこれまで纏わりついてきた愚衆たちと違い、真に迫るものがあった。私の精神状態がこれ以上悪くならないようにと考えてくれているのかもしれない。こちらを持ち上げるための幻想ではない。その言葉は確実に現実世界のものだといえた。


「秘密は絶対に壊せない貯金箱と一緒でね、心にまとわりついた癌細胞のように脅えながらも、生きている間は、それをただ延々と持ち歩いているだけなんだ……。今さら、箱を開いて確認してみようにも、中に入っているものは、誰の得にもなりゃあしないモノさ。『自分は特別な人間だ』って思い込むことにして、心の中にふつふつと湧いてくる自己満足だけを楽しむものなのさ」


 私はそう答えつつ、優しく彼女の手を取った。二人で公園の中をあてもなくぶらぶらと歩いた。秘密は心の闇に潜んでいて、私の状況が好転して来れば、きっと疎ましく思って悪さを仕掛けてくるのだろうが、現状のこういう慎ましい行動に口を挟むことはない。何か悪さをするわけでもない。ただ、出来る限り小さく身体を丸めて、心の奥底に静かに眠っているのは分かるのだ。


「秘密を持たない人間には、誰も目を向けやしない。社会の片隅に存在していても、それは無価値と一緒だ。だから、身の危険と引き換えに秘密を宿すことにした。それが正解だったかどうかは、こんな状況になってもまだ分からない。多分、死んだ後も理解することはないだろう。他人とは分かち得ない概念にこの身を委ねることを、いつしか決めたわけだから……。だから、自分はこれからもずっとひとりだ。常日頃から、声をかけてくれる君には、心から申し訳なく思っている……」


「いつでも、この私にだけでも、その秘密ってやらの一部を打ち明ければいいのよ。そうすれば、その度にあなたの間違いを指摘してあげられるのに……。人は簡単に狂気に落ちるけど、他の誰かが日々の生活態度に気をつけてあげれば、元に戻るのも意外と簡単なことなのよ」


「それは出来ない。僕は今の特権階級を永遠に失うことになってしまうし、君も関係する人間だと奴らにバレれば、公安や行政機関の監視下におかれて、今までのような気楽な暮らしには戻れなくなってしまうだろう……」


「あなたのいうような巨大な秘密がこの国に本当にあるのなら、それをひとりに預けてしまうんじゃなくて、細かく区切った上で、すべての人がそれを共有するような仕組みにすれば、少なくとも、目を覆うような残酷な事件や事故については、起きなくなるような気がするけれど……」

 

 彼女は長い髪を掻き分けながら、どこか遠くを眺めながら、まるで独り言のようにそう呟いたのだった。周りでは誰もこちらを覗き見ている人間はいなかった。初めて心を許せる相手と二人きりで街を歩いているような気がした。少しずつ、今日彼女と出会えたことは偶然ではなくて何らかの約束があったような気がしてきた。先ほどの偉ぶった官僚はもう思い出せず、すでに霧の中に立っていた。


「そうはいかないんだ……。肉体への被害はとりあえずどうでもいい……。どんな苦悶に遭っても、何とか我慢してみせる。他人が所有し得ない、大きな秘密を持っていないと、僕自身に存在意義がなくなってしまう……。誰も尋ねて来ないアパート、薄っぺらい壁板と給料袋、若いOLたちから浴びせらる陰口、上役からのたび重なる呼び出し、汚い病室で迎える悲しい最期の瞬間(とき)……」


「みんなが何とかそれだけは避けたいと願っているからこそ、国の一番トップの辺りに、もっとも汚らしい人たちが集まってきてしまうのよね……。他人を利用し尽くして、崖から追い落としても何とも思わないような……。そして、一番下の方で苦しむ運命たちも巻き込んでしまう……」


「君は怖くないのか? 人生に重大なイベントが何ひとつ起きなくて、老いを重ねる中で待ち続けるんだけど、結局は、そのまま、幕が下りてきてしまう展開が……。それは通常の神経にとっては耐え難い失望なんだぞ……」


 彼女は大人しく聴いていたが、不意に何かを思いついたように笑い出した。


「では、ひとつ聞いておきますけれど、体内にいつ埋められたかも知れない巨大な秘密を隠し持っていて、他人にそれを見せびらかしながら日々の生活を送っているけれど、上司からは遠ざけられ、お医者さんには見捨てられ、マフィアには突然に絡まれて、官庁のお偉いさんからは説教を受けて……、それで……、果たして充実した人生になれたんですか?」


 彼女は少しおどけながら、こちらにマイクを向けるふりをした。だが、すぐ真面目な顔に戻った。思えば、私の思考をいつも良い方向に導いてくれるのはこの人だった。


「万が一、重大な秘密を生み出した人が、この国の頂上にいるとしたら、きっと、誰からも恐れられていて、誰よりも恨まれていて、その上で、誰よりも重責を担っているわけよね? でも、本当にそういう人たちとお近づきになりたいと思うの? 胸にしまい込んだ秘密を、みんなから羨ましがられて、それで楽しかったんですか? きっと、そうではないはずよ。秘密の持つ不安から本当に抜け出したいのなら、そろそろ、その正確な答えを自分で見つけなければならないよね。人が生きていくのに、秘密なんてまるで必要はないということが、本当にわかっていないのだったらだけど……」


 今回の恐怖の一件を体験しても、私の心中には、まだ秘密と別れる勇気は生まれてこなかった。数日後、もし、官庁から再びのお達しがあったなら、再びあの恐ろしい書記長のもとに赴き、新しい秘密を体内に埋め込む手術を渋々と引き受けることも、選択肢のひとつとしていた。それは別に国家のためではない。体内の秘密を複数個に増やすことにより、あるいは、より大きく育てることによって、自分の存在価値をさらに高めたいがためだ。それにより、何億円もの資産を持つ子憎たらしい連中と同等の位置まで昇れると、今でも思い込んでいるわけだ。だが、彼女と穏やかに話している、この瞬間だけは、おぞましい秘密のことなど、忘れて過ごせるのだ。『秘密など何も手にしていない存在』それも、悪くないのではないかと、初めて思うことができた。現在(いま)では、秘密と彼女からのひとつの信頼とを天秤にかけて比べていた。


「数年前のあの日、中央省庁において最初の秘密を身体に埋め込まれた。だけど、話を聴いていくと、同じような手術を受けた人が複数いたんだ。その点については、この国の上級官吏たちに騙されていたわけだ……。秘密を持っているのは、地上で自分ひとりだと思っていたからね。でも、それ以降の展開については、それほど悪い気分じゃなかった。早朝から大勢のマスコミ記者に追われて、会社では同僚のみんなからちやほやされて……。鬱陶しいとも思ったけれど、特別な人間になれた気持ちは格別なものだった」


「朝のニュースは、ここのとこずっと見ていたわ」


 彼女は自然に微笑みながらそう答えた。その言葉に嫌みや強がりは、いっさいなかった。私の気持ちを波立たせないために、あえて……。


「どこの局のトップニュースでも、ギャングや赤い目の猛獣に追いかけられる僕の後ろ姿が映っていただろう? 理想からはほど遠い情けない姿だ。かなり、カッコ悪いよな。でも、あれでいいんだ。だって、年に数十億円稼ぎ出すロック歌手だって、デートなんて容易にはできない。SPを十人以上も連れた、大国の大統領も僕と同じような扱いを受けているわけだろう? 彼らと同じ境遇にいられるなんて、それだけでも幸せに感じるんだ。庶民のまま、何十年もつまらない人生を送り、寿命がきたら、田舎の小さな墓に入れられるなんてまっぴらだ。やはり、人はどんな手段をとっても成功すべきなんだ。多少の不便については我慢しなくてはね」


「ええと……、今朝は早起きできて、少し時間に余裕があったので、ほぼすべてのチャンネルをチェックしたわ……」


 彼女は大事なことを思い出そうとするかのように、空を見上げながら、そう語り始めた。


「善良なあなたが悪い連中や怪獣に追い廻されている場面なんて、まったく映ってなかったよ。二股をかけて、奥さんから訴えられている有名歌手が、マスコミから逃れるために、自宅に籠城しているところがずっと映っていたわ……。弱い人をとことん追い詰めていく、ああいう映像のどこが面白いのかしら? あと、運転免許も持ってないのに、旦那の高級車を運転していて、交差点で一般人の自転車を撥ねてしまったオスカー女優のニュース。どちらも、本当に退屈な画だし、あなた好みの展開なのかもしれないけれど、大きな秘密を無理無理持たされて、その上で、例えば、任務に失敗したときに、あんなふうにみんなに追いかけられるのが本当にお望みなの?」


「不良官吏と長い時間、散々議論させられてさ、他人の持ち得ない秘密を隠し持つこと自体には、今ではほとんど興味を持てなくなったよ。でも、自分の体内に誰も知らぬ情報が埋め込まれていることだけは確かなんだ。結局、この境遇から逃げることは出来ないわけだし、この先どう過ごしていけばいいのかも分からないけどね……」


 もうすぐ、目的の喫茶店が見えてくる。僕たちは映画の放映時刻までの時間をつぶすために、あの店に集まることを予定にしていたのだ。ふたりで見る二回目の映画。ようやく、厚みを増してきた現実は、少しずつ、これまでの到底信用できぬ幻想を消し去ろうとしていた。


「じゃあ、先週と同じことを、もう一度尋ねるわ。その秘密はいつ頃埋め込まれたんだっけ?」


「分からない……。もう、十年以上に渡って、ずっと、体内で息をしているモノだと思っていた。だけどね、ひとつ不思議なことを思い出したんだ。さっきまで議論していた書記官の部屋には、立派な犬が飼われていたんだ。主人を困らせることが大好きな、とても、やんちゃな犬さ。その犬の吠える声や暴れる様は、ほんの数日前に体験したような気がしたんだ。決して、十年前とか、そんな昔の話ではない。おそらくだけど……、三日前の土曜日……、あの犬を怒鳴りつける書記官の声と秘密への漠然とした恐怖が生まれた瞬間が一致するように思う……」


 彼女は何度か頷いて、私の発した、その不可解な言葉を飲み込んだ。


「それは、本当に三日前の土曜の話なの? 間違いないのね、あなたが秘密の魔力に囚われてしまった日は、本当に三日前だと……」


「その辺りは、今も意識ははっきりとしているよ。間違いない。僕は土曜日にも、今回と似たようなマフィアの手下に襲われて重傷を負い、官庁の一角にある集中治療室に運び込まれ、十五時間もの長い手術を受けて……、ようやく、死の淵から息を吹き返して……」


 彼女はその先を言わせずにデートの始まりの地点である喫茶店を指さしてみせた。どんなに気が合う二人でも、不意に間が空いてしまうこともある。そんなときに使われる便利でステキな店だ。入り口の周辺をたくさんの植木鉢が彩っていた。彼女はその美しさを十分に眺めてから、店の中に入っていこうとしたが、言い足りない何かを告げるために、こちらを振り向いた。


「たしか、三日前の土曜の日にはね、この私に、こんなにくどくて面倒なメールを送りつけてきた人がいましたよ!」


 彼女はそう言うと、携帯電話の画面を開き、ひとつのメール、それは、デートの感想文として読むには、とても助長でくどく、油っこい文面であった。男女の出会いしなの関係において、こんなものを相手に送りつけたなら、その時点で、確実にそっぽを向かれ、普通ならフラれてしまうはずだ。私は覗き込むようにして、彼女の携帯に送られてきた、その無礼な文面を何度か熟読した。そこには、金銭的な欲望に操られ、国家的陰謀に巻き込まれてしまう、哀れなスパイが主役の、ありきたりなアメリカ映画の感想が長々と綴られていた。



 最後まで読んでくださり、まことにありがとうございます。この作品の他にも、いくつか短編小説を掲載してありますので、興味のある方は、ぜひ、そちらもご覧下さい。 2022年7月29日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。