第5話 婚姻の延期と愛の証明
「な、なんで」
「お父さん!何で今さら!」
「詳しい話はこっちでする」
そう言うと目の前に大きな転移の穴が出てきた。俺たちは一度顔を見合せ、転移の穴をくぐる。
「さて、役者は揃ったな。お前たち、席を外せ」
「し、しかしお父様、そこの人間達が何するか」
「良いから外せ」
「…はい」
護衛の者やつらは俺たちの横を通っていく。そして何故か俺をキッと睨み付けてきた。そんなに俺が危ないか?ただの婚約者ってだけで、ここに侵入したこと以外何もしてないんだけど。
俺を睨んだやつらが出ていって、バタンと扉が閉められる。それを見た魔王は口を開く。ちなみにアセフ王は魔王の横に立っている。
「さて、婚姻を今は認めないと言った理由だが」
「どんな内容でも納得しないからね!」
「まあ理由を聞け。理由はな、魔族と人間が婚約すると、神が怒るのじゃ」
「それで?神様が怒るぐらいで引き下がる私じゃないの、わかってるでしょ?」
「まあまあ、抑えて抑えて。それでどうなるんです?神様を怒らせると」
「この条件で神を怒らせるとな、天変地異クラスの自然災害が幾度となく起きる」
少しの間呆然とする。天変地異クラスの自然災害?どういうことだ?
「超大規模の地震、超巨大な台風など、規模が尋常じゃないぐらいの自然災害が何度も何度も、本来の起きる条件を無視して起こる。飢饉だって何だって。それで大昔、全体の9割5分ほどの人類、魔族が死んだ」
少し固まる。95%の人類と魔族が死んだ?そんな話、信じれるわけがない。チラッとフォールノの方を見る。まだ固まったままだった。それが起こると何か不都合でもあるのだろうか。
「これは私が魔王殿に相談したのだ。人類の方にそう言う言い伝えがあるからな」
「だからアセフ王、親に会わせてくれって言ったのか」
「信じられないかもしれない。もしかしたら信じたくないかも知れない。だが、これは本当の話なのだ。おとぎ話や童話なんかじゃない」
「なんで…なんで本当だって言えるのよ!」
フォールノは魔王にそう怒鳴る。しかし、魔王は冷静に
「そりゃぁ、それ最初に起こしたの、わしだもん」
「…ん?」
「何せ3000年前のことだからな。すっかり忘れていたよ。危うく大事な愛娘を危険にさらしていた。彼には感謝しているよ」
アセフ王か。これがあったから、親に会わせろと言ってきたんだな。ただ挨拶をするために来たんじゃなかった。ちゃんと理由が有ったんだ。
「でも、でも!私は彼と結婚するんだもん!」
「待ってくれ、別にわし達は何も結婚するなと言っているわけではない」
「じゃあなんなのよ!!」
「わしらは考えた。わしと同じようにならないようにするにはどうするべきかと。そして神を鎮める術を探る」
「そんなの、魔族を統べるお父さんでも無理だよ!」
「できるぞ。この時が来るときを待ってわしはこの3000年間魔力を溜め続けたのじゃぞ」
「…いやいやいや魔王さん、なんで魔力溜めてんのに結婚したらだめって忘れてんだよ」
つい突っ込んでしまう。まあ所々でボケられたら突っ込むしかないよな。
「最初の方はちゃんとわかって溜めてたんだけど、段々適当になってしまって」
「は、はぁ。まあ、3000年もあればそうなるか」
「それでいつまで待てば良いの?」
「とりあえず1年かのう」
「一年なんて待て―」
「良いじゃないか、別に結婚してもしなくても何か変わるわけではないじゃないか」
「じゃあ廻夢君は結婚したくないの?」
「そういうわけじゃない。だけどフォールノ、お前何か結婚した後の天変地異の事を聞いたとき、なんか固まってたよな?何かあるんじゃないか?」
フォールノは?!と頭の上に文字が出るぐらい驚いていた。
「な、なんで」
「ちゃんと見てるんだよ。一応結婚相手なんでな」
「っ!///」
フォールノは顔を真っ赤にする。そして後ろにある扉を吹っ飛ばしてどこかへ走っていった。
「おー…はやっ!」
「廻夢君、わがままな娘だが、よろしくな」
「いえいえ、わがままなんてとんでもない」
フルフルと首を振る。そして俺はアセフ王に問いかける。
「ああ!アセフ王!大丈夫ですか!?あの魔法使ったんですよね!?」
「聞くのが遅いぞ廻夢。それは解決した。私の頭はもうすぐ壊れる。だが、魔族の土地にある『治癒の温泉』に3日3晩潜っておけば治るらしい」
「息は!?」
「どうやら生物はその温泉の中では息をすることができるらしい」
「そうですか。ならよかった」
ホッと胸を撫で下ろす。
「それと廻夢、婚約相手を追いかけないで良いのか?」
「追いかけますよ。あの魔王さん、フォールノのところまで飛ばしてくれませんか?」
「良いぞ」
俺を魔王さんは転移で飛ばす。飛ばしたところは花畑を思わせるほど、種類も量も多い広場だった。フォールノは花を前にしゃがんでいる。
「…ねぇねぇ廻夢君」
「どうした?」
「私ね、昔大好きな魔族がいたんだ。名前はハリー・シフル・カルトニーって言ったんだけど」
ゴクッと俺は唾を飲む。この雰囲気とその言い方、とても暗い話なのはよくわかる。そしてその名前を俺は聞き覚えがあったため、緊張して固まってしまう。
「彼ね、人間に化けて人間の町をふらつくのが大好きで、休みの日はほぼ毎日行ってたんだ。私はその彼の話を聞くのが大好きだった。彼の話では人間はとても優しくて、また今度一緒に行こうねって約束した次の日だった。下見に行っていた彼は人間に殺された」
「へ、へぇ」
「それから私は人間を嫌いになった。人間を憎んだ。そして人間を弄び、殺すことができるように必死に努力した。結果私は次期魔王とまで謳われるほどに強くなった。これで彼の苦しみをもっと人間に与えることができるようになると思った。そんなとき、あなた達が現れた」
彼女は「はぁっ」と息を飲む。そして淡々と、それでいてしっかり心を込めて話を続ける。
「いつも通り全員殺すつもりだった。心を弄んで、身も心もズタズタにして。だけど、あなたを見たとき、少しだけカッコいいと思った。だけどそのときの私は人間への憎しみの方が大きかったから、全員殺そうとした。けどあなたは、私の『吸魂キス』を受けても抵抗した。あの技は昇天するような快楽と共に魂を吸われるというものなのに」
「そうだったのか。だから全員簡単に死んでいったのか」
「うん。あなたの意識が落ちたとき、私はあなたを殺そうと思った。けどあなたの魂を吸ったとき、あなたの考えていることが流れ込んで来ていた。全部魂を吸えなかったから断片的だけど、私への思いが流れてきた。そこでわかったのは」
「女なのに強いな。俺はこんなやつと結婚したかったな。こいつが恋人ならずっと愛せるのに、か?」
「そうだよ」
まあ、さすがに俺自身の気持ちだからわかる。
「最初は気持ち悪いと思ったよ」
ですよねー。キモいだろうな。俺だって同じ立場ならキモいと思うよ。
「だけど、そんな事を想ってくれる人は一人も居なかった。みんな次期魔王っていうところか魔王の娘っていうところしか見ない。廻夢君みたいな人は居なかったんだ。だから私はあなたに惚れた。だから私はあなたと結婚したい。誰かに取られる前に私が独り占めしたい。廻夢君、今度はちゃんと言います。私と結婚してくれますか」
そう言って俺の方を向いてくる。その目には涙があった。が俺の言う答えはどんな表情であれ決まっている。
「もちろん。俺もお前が大好きだ」
「ありがとう、ありがとう」
「うわぁぁぁあ」と泣きながら俺に抱きついてくる。俺は死ぬまでずっと、フォールノを愛し続けるだろう。それはきっと、フォールノも同じだ。