第八章 『希望を望む声も終い』
遅くなりましたが8章です。何度でも言いますが、このお話では乗り物はすべからく暴走する、という設定になっております。主にダリアナのせいです。
では、暴走回というか、おなじみの大騒ぎ回です。どうぞお楽しみください。
第八章 『希望を望む声も終い』
再び、静かな時間が流れていた。真上にあった太陽も大きく西に傾き、やがて訪れる夜の気配が、砂漠に静かに忍び寄ってくる。
先ほどようやく暴走を止めた砂ミミズは、死んだようにぐんにゃりと体を横たえながら、その場からぴくりとも動いていなかった。
その砂ミミズからわずかに離れた場所に、コルンたちはキャンプを張っていた。空は以前どんよりと曇ったままであったため、なんとか暑さを我慢できるほどの気候である。
「遅いですねえ、ダリアナさん……」
少し高台に上っていたサラが、ぐるりと辺りを見回しながら、小さく呟く。その言葉に、森で集めておいた枯れ枝を『旅珠』から出して火をくべていたコルンが、静かに答えた。
「そりゃ、あのダリアナだからな……。遭難して三日ほど帰ってこなきゃいいんだ」
「そんなことになったら、今度こそ世界が滅びますよ、コルン様」
ウェブが横で、真顔でコルンをたしなめる。
「だってよ! もうどう考えたって今回のはわざとだろよ! どうしてこうも俺たちの行く手を邪魔すんだあいつ!」
「どうもこうも、ずっとそうだったし、大体それがダリアナ様でしょ? わざとじゃないと思いますけど、まあ結果的にこうなってるのもいつものこと。今更言うまでもないじゃないですか」
淡々とウェブが呟きながら、枯れ枝を追加する。パチパチと音を立てて焔が揺れ、火の粉が舞い散っていくのを、ウェブは静かに眺めていた。そこに怒りの色はなく、凪いだ海のように感情を落としているが、間違いなく疲れてはいるだろう。
今、ここにダリアナはいない。何故ならば、責任を取って、神殿の偵察に行っているからだ。
大体、完璧に砂漠の真ん中で遭難している現在、現在位置さえさっぱり分からない状態なのだが、そこからどうやって、さらに場所すらも分からない神殿の偵察に行けたのか? 答えは簡単である。
ダリアナは『邪気鑑定』の魔法を使ったのだ。といっても、普通の人間が使ったのでは意味が無い。
この『邪気鑑定』という魔法、普通は邪気を放つ物体などの特定に利用するものなのだが、ダリアナには、あの完全無敵、意味不明の『勝手にパワーアップ』のアレンジ魔法がある。
ダリアナが落ちた場所から回収するのを、コルンは散々愚図ったのだが、さすがにウェブとサラに説得されて救出に向かうと、砂に埋もれてダリアナは完全に寝こけていた。そりゃそうである。一晩中、あんな乗り心地の悪そうなビッグスコーピオンの上に居たのだ。そりゃ眠くもなるだろう。
ちっとも起きる気配のないダリアナを、ウェブがよいしょと担ぎ上げる。流石に力はあるが、それでも自分の身長よりだいぶ高いダリアナを引きずるような形になってしまう。
コルンはため息まじりにダリアナの足を担ぎ上げて加勢すると、そこから今のキャンプ地に移動してきたのだ。そこからたき火とテントの準備をして、大体一刻ほど経った頃だろうか。ダリアナは突如、ぱちりと目を覚ました。
そしてコルンの文句が飛び出す前に、そうじゃったそうじゃった、といきなりこの魔法をコルンたちの目の前であっさり使い、この広大な砂漠の中から、恐らく邪気の発生源だと思われる方向をあっさりと看破したのである。
もはや言葉もなく呆れ返るコルンたちを尻目に、この方法があったの忘れておった、ではわしは偵察に行ってくる、と早口で言いおいて、歩く程度のスピードしか出ないはずの『飛行』の魔法を、これまたアレンジ版を使って、猛スピードで砂漠の奥へと姿を消したのである。
明らかに、逃げた。
しばらくしてから、コルンが怒り狂ったのは、最早言うまでもない。
「大体『邪気鑑定』のこんな広範囲バージョンが存在するなんて、普通思わないだろ? あれは魔法の対象物に触れてなければ、発動しない魔法なんだ。大体、あのバカ。『飛行』の呪文でこれだけ高速飛行出来るなら、どうしてそれを使って砂ミミズの上に飛び乗ってこなかったんだ? どう考えたって『わざと』俺たちの邪魔してた、ってしか思えないだろーが!」
あまりにもど正論を述べるコルンに、ウェブははいはい、と適当に頷く。
「まあ、忘れてたって言ってましたし、ビッグスコーピオンの上で思いついたとかも言ってましたし、どうなんでしょうね。まあ確かに今回の件は、非常にダリアナ様が邪魔をしている状態ですが」
怒り冷めやらず、熱くなるコルンを冷静に受け流してから、ウェブはため息をついた。
「でも、思いついたって口では言っても、普通はこんな魔法、使えやしないじゃないですか。これってそのまま、ダリアナ様のそら恐ろしいまでの『魔力』を見せつけられたっていうこと、ですよね?」
その言葉に、コルンがぐっと詰まる。
効果や見た目は地味だが、およそ今回ダリアナが使った魔法は、常識外などという簡単な言葉で片付けられるような代物ではない。魔法というのは万能ではない。生活や、攻撃や、防御や、そういう『行為』に対しての『補助』を行うシステムなのだ。
決して、今あるものの力の増幅や、ましてあり得ない奇跡を起こすことを目的とするものではない。
魔族の魔法をも使いこなし、普通の魔法にさえも最大級の威力を持たせるアレンジを施し、そしてそれを息をするように、最大限に使いこなす。『ルクソス=ライダ』老師が、免許皆伝を与えたのは伊達ではないし、そりゃ『アガスの魔女』なんて呼ばれるよな、と強く思い知らされる。
「これで、もう少し常識があってくれれば、あいつは世界すら跪く魔法使いだと思うんだけどな」
ぼそりと呟いたコルンの言葉に、いつの間にやら火の傍まで下りてきていたサラとウェブが、激しく首を縦に振って同意を表す。
「どのみち、今回の旅は無茶のオンパレードだ。ダリアナが魔法を使ったってことは、必ず神殿を見つけてくるだろ。だから、ここは少し休むのが賢明な判断だよ。神殿を見つけたにしろ、この先のことは俺たちじゃどうしようもないだろうしな」
「はあ、まあそうですけど。なんだか私、ほんとまるきり役立たずになってますね」
サラが苦笑しながら、腰を降ろす。
「仕方ないさ。ダリアナの前じゃ、俺もウェブも、誰だって無力で役立たずだ。ていうか、この砂漠に入ってからはそんなこともないだろ? 能力であるはずの『邪気感知』は役立たずだけどな」
コルンが、なだめているのかけなしているのか、よく分からないことをまじめな口調で答えを返す。
「そうですね。この『神聖魔法』は助かりますよ。おかげで随分と楽をさせてもらっていますし」
ウェブも大きく頷きながら、コルンに続く。その言葉に、サラは照れたように頭をかいた。
サラが役にたっていること、それは彼女がかけた簡単な『神聖魔法』である。神に仕える者が使う魔法を総称してこう呼ぶのだが、基本的に邪気や悪魔を払い、浄化をすることが効果としてある。
砂ミミズが突っ走っている間は良かったが、普通にしていればこの砂漠の邪気は、人間が耐えられるものではない。にもかかわらず、彼らが現在普通に会話が出来るのは、サラがかけた『簡易結界』のおかげなのである。
「とにかく一回寝よう。あんな暴走する砂ミミズの上じゃ、ろくに眠れなかったしな。正直、今からが大変だ。体力は温存しておくに限る」
コルンはそう言い置いてから、そのままぱたりと後ろに倒れた。そして、間髪おかずにいきなり寝息を立て始める。
「はやっ」
サラの呟きに、ウェブが苦笑した。
「こういう図太いところを見ると、本当にダリアナ様と血がつながっているんだな、って思いますけどね。普段は露ほどもそんなこと思いませんけど」
弱まりかけた炎に再び新しい枝を投げ入れて、炎の勢いを上げてから、ウェブもコルンの隣に横になった。
「じゃ、私もここにいますから。サラさんはテントを使ってください。不安なのはよく分かりますが、今はダリアナ様を信じて待つより他ありません。ここで眠るのも、私たちの仕事ですからね」
そこまで言って、ウェブはにっこり笑う。サラも、何とか弱々しいながらも笑顔を見せた。そして、小さく頷いてから、テントの中へと姿を消す。
それを確認してから、ウェブは大きく一度伸びをして、やがて静かに寝息を立て始めた。
かすかに体を揺らす振動と、頬をなでる柔らかな風で、コルンはふと目を覚ました。仰向けに寝転がって眠っていたので、そのまま大きな月が目の中に飛び込んでくる。
その眩しさに思わず目を覆ってから、コルンはそのままふらっと上半身だけを起こした。月の高さから見て、恐らく時間的に四時間ほど眠ったのだと思われる。
少し肌寒さを感じ、とっくに消えてしまった火をくべなおそうと、コルンは寝ぼけまなこで、側においておいた枯れ枝に手を伸ばした。
「……ふ?」
思わぬ柔らかい手触りに、コルンはなんとなく横を見た。そこには、ウェブが寝ていた。一瞬理解出来ず、その場で動きを止めて、考える。が、寝ぼけた頭では考えも巡らず、そのまま今度はウェブとは反対側の右側を見た。
そこには、テントが丁寧にたたまれており、そしてその向こうに、サラが小さく寝息を立てているのが見える。
「…………う?」
呻くように呟いて。唐突にコルンはがばっと立ち上がった。
「おお、目が覚めたか、コルン」
背中から発せられたダリアナの声に、コルンは勢いよく後ろを振り向いた。見れば、ダリアナが手綱を握って、にこにことこちらを見ている。
「……砂ミミズの上か!」
ようやく自分の置かれた状況を理解して、コルンが叫んだ。と同時、バランスを崩しそうになって、慌てて体勢を立て直す。
「帰りが遅くなってすまなんだな。神殿の位置を確認して戻ってみれば、皆眠っておってのう。起こすのも可哀想じゃと思うてな。そのまま砂ミミズの上に移動させて、出発したのじゃ」
コルンの怒りの形相を一切無視して、ダリアナが朗らかに宣言する。また勝手なことを、という言葉を飲み込んでから、コルンはふう、と一息つくと、ぺたん、とその場に腰を降ろした。
「おい、ダリアナ。向かっているってことは、見つかったってことか?」
その言葉に、ダリアナは無言のままだった。それはそのまま、肯定を意味しているのだとコルンは勝手に理解して、話を進める。
「……参ったな。本当にあったのかよ。どこのバカだよ、砂漠の真ん中に神殿なんぞ建てた奴は」
「そんなことを言うたら、砂漠の中に城を建てた勇者様は、大馬鹿者になるじゃろう?」
ダリアナの突っ込みに、しかしコルンは半眼でダリアナを睨み返しただけだった。
「で、首尾はどうなんだ?」
含みのある言い方だったが、ダリアナはそれでも、薄く笑みを浮かべた。
「なあに、かなりわしの中では上々ってところじゃな。このまま行けば、朝日と共に神殿の前まで辿りつけるじゃろ」
そう言って、にんまりと笑う。
「そうか。まあ、お前の邪魔と策略は、なにも今に始まったことじゃないからな。もう怒る気力もないし、せいぜい好きなようにやるといいさ。俺は別に、ソナウの名誉が守られればそれでいいんだし。大体、ここにいるはずの無い『魔王』が、唐突に湧いて出たように復活なんかしてたまるか」
かなり投げやりな口調で、コルンが毒づく。
「まあ、そう言うでない。まったく。おぬしのその口の悪さは困ったもんじゃな。母上が聞いたらなんと言うかのう。せっかく世界の危機を救うチャンスなのじゃ。今度はお主が本物の『勇者』になれるのじゃぞ?」
ダリアナが、なだめているのかけなしているのか、薄く笑いながらコルンを戒める。が、当然聞く耳を持つ彼ではない。
「へいへい。せいぜい俺たちは、死なない程度にお前に付き合ってやるよ」
そこで、コルンは再び大きく息を吐き出した。そして、そのまま仰向けにごろんと寝転がる。
「今は、眠っておくのじゃ。明日の日の出と共に、大変な一日が始まるのじゃからな。……おい、コルン、聞いておるのか?」
ダリアナの言葉にしかし、コルンは小さな寝息で返事を返すだけだった。苦笑しつつも、その様子を目を細めて愛しげに眺めると、再びダリアナは黙って手綱を握りなおした。
そして夜明け前、前日の曇天とは打って変わって、空には雲一つ無かった。
白々と空に滲みはじめた白色の閃光が、暗闇と冷気に覆われた世界をゆっくりと溶かしはじめている。
「こ、ここは一体どこなんですかああああああ!」
目覚めと同時に半分パニックに陥ったサラを、しごくあっさりと無視してから、コルンはゆっくりと一つ伸びをした。
実を言うと、彼が目を覚ましてから大分経つ。コルンが気付いたときには、月はかなり傾いていたもののまだ姿はあった。その時には、もう砂ミミズはこの場所に止まっており、そしてそこにダリアナの姿は無かった。
コルンもいい加減どうでもよくなって、砂ミミズの上でぼんやりと座っていたのである。当然、ダリアナを探してもいない。
「神殿、あれですか?」
大方こんな事態を予測でもしていたのだろう。露ほども取り乱さずに、ウェブが、遠くに見える黒い点のような何かを指差して、コルンに尋ねてくる。
「この薄暗い中でよく見えるな。俺にはよく分からないが、どうやらあれらしい」
そう言って、再び目を凝らす。
「あそこで、何かが起こってるってこと、なんだよな。ダリアナは多分、そこまで偵察に行ってる」
コルンの言葉に、ウェブも頷いた。
「でしょうね。ダリアナ様のことですから。でも、偵察という私たちの役割を、本当にあの方は覚えていらっしゃってくれてますかね?」
その言葉に、コルンは何も言葉を返さなかった。いや、返せなかったというべきか。ただ、何ともいえない奇妙な沈黙が、二人の間に流れていた。
「まあ、いくらなんでも、あいつも自ら命を捨てるような真似はしねえだろ」
「それを祈ります」
呟くコルンに、ウェブが追い討ちをかける。再び、二人の間に沈黙が訪れた。と、そこで、唐突に甲高い声がその沈黙を引き裂いた。
「コルン! 状況が変わった、すぐ行くぞ!!」
突然のダリアナの叫び声。一瞬、声の聞こえた方向を理解しかねて、コルンは辺りを見回した。
「コルン様。下です」
ウェブの声で、慌てて下を覗き込む。そこには猛スピードで飛行しながら、こちらに手を振るダリアナの姿が見えた。
彼女にしては珍しく、かなり焦った表情をしていた。いつも美しく整えられた髪も、かなり振り乱している。相当慌てていたのであろうその様子で、只事ではないことを一瞬で理解する。
「早く砂ミミズを出すのじゃ! わしはすぐに追いつける。命令じゃ、出せ!」
問答無用の迫力に気圧されて、コルンは慌てて手綱を引いた。休養を終えた砂ミミズが、ゆるりと動き始める。
それとほぼ同時ぐらいに、ダリアナは砂ミミズの頭部へと着地していた。
「な、何事なんですか?」
普段のダリアナからは、全く想像もつかない姿を見て、サラが不安そうに尋ねる。
「話は見てからのほうが良い。コルン、操縦を変わろう。十時の方向を見ておるのじゃぞ」
コルンから手綱を受け取りながら、ダリアナが告げる。その言葉に、コルンも何も言わずに従った。
変化はすぐに現れた。朝日に浮かぶ、先ほどウェブが指し示していた建物を見て、絶望的に呟く。
「し……神殿だ……」
そこには、彼らが目的としていた神殿があった。古代アスティナの建築様式が用いられた、重厚で美しい神殿である。が、外見の美しさとは裏腹に、そこから発せられる邪気は、もの凄まじいものだった。
その邪気に小さく顔を歪めてから、コルンはダリアナを見た。厳しい表情の中に、しかし歓喜に似た笑顔を顔に浮かべて、神殿を見つめている。
「『神殿』が見えたじゃろう? そうしたら、よく見るのじゃ。その神殿の中を」
ダリアナの言葉に、三人は一斉に、まだ遠くにしか見えないその神殿に目をこらした。
一見、どうといったことのない建物である。建物の周りを取り囲むように、巨大な大理石の柱が何本か立ち並び、重厚そうな扉が見える。四方に同じようにその扉があり、その全てが開け放たれていた。
そこから、中の光景がわずかに伺えるのだが、何をしているのかまでは理解できない。亜種族の血を引き継いだウェブですら、その能力である『遠視』を使っても、まだはっきりとは確認できないようだった。
もたもたと、いつまでも必死に目を凝らす三人に、ダリアナがじれったそうに叫んだ。
「ええい、じれったいのう。ちと待っておれ!」
そう叫ぶや否や、ダリアナは再び何事か呪文を唱えだした。いきなりのことに、コルンも止める間も無い。謎の詠唱の終了と共に、ダリアナが三人に向かって片手を突き出した。
「これで遠くを見られるぞ。『視力拡大』!」
驚く間もなく、唐突に唱えられた魔法で、いきなり視界が開けた。あまりにも遠くて見えなかった光景が、目の前で行われているほどの大画面で、いきなり目に飛び込んでくる。
「な、なんだありゃ!」
コルンの叫び声に、ウェブもサラも、言葉も発せられずにじっとその光景を見つめていた。
それは、にわかには信じがたい光景だった。
神殿の中には、思いもよらぬほどの数の人間がひしめいていた。そして、彼らは一様に何かに取り付かれたように、一心に祈りを捧げている。
そして、その人々の視線の先には、祭壇が見えていた。そこには、黒いローブを着た怪しげな者たちが、何人もその上で、分厚い本を読み上げているようだった。
「た、た、大変ですううううううううううう!!」
いきなりサラが絶叫する。その声に驚いて、思わずバランスを崩して後ろにひっくり返ってから、コルンはげんなりした表情で起き上がった。
「んもー、なんだよサラ。急に大声出すな。びっくりするだろ?」
だがコルンの抗議の声も、彼女の耳には届いていなかった。
「そんなこと言ってる場合じゃないんですって! 大変なんです! あれは、なんてことでしょう! 魔王様の復活の儀式ですっ!」
思わぬ一言に、コルンがえっ、と一言声をあげる。
「どこからあんな本を手にいれたのかしら!? あれは超レアものの『復活の儀式』をするための手引書! 魔王ファンクラブのメンバーの中でも、血眼になって捜している人がたくさんいる、まさに幻と呼ばれる代物なんですよ!」
「どんな代物だ!?」
思わずコルンが真顔で叫ぶが、サラは聞く耳をもたずに、そのまままくし立てる。
「しかも見てください。あの信者たちの瞳。あれは魔族召還の時に起こる独特の症状なんです。一点を見つめて動かない。あれは魂を吸われています。命までは落としませんが、あの人数のエネルギーが溜まれば、一気に復活しかねません!!」
訳のわからない説明を、サラが興奮状態で力説し続けている様子を、ぼんやりと眺めながら。
なんとなく。なんとなく、コルンは自分がひどく落ち着いていくのを感じていた。
「とにかく! あれは相当危険ですコルン君! 偵察してきました、とか言って悠長に引き返してアガス軍を待っている余裕なんてありません! あの進行の具合だと、あと数分で魔王様が間違いなく復活してしまいます!」
ようやく解説を語り終えて、肩で息をするサラに。コルンは、ひどく冷めた瞳を向けて、尋ねた。
「サラ。どうして君は、あの光景を見ただけで、そこまで詳しく状況が分かるんだ?」
しかしその言葉に、サラはこぶしを握り締めて、自信たっぷりに言い放つ。
「それは、以前私が魔王召還をファンクラブのメンバーと試みて、ものの見事に失敗した挙句に、仲間数人が魔界に引き込まれて帰ってこなかったという、とっても素晴らしい経験があるからです!」
「あほかあああああああああ! 自信満々に恐ろしいこと言うなああ! お前これからソナウ教の民間司祭とか名乗ったら、本気で俺がはったおすぞ!!」
大声で叫びながら、コルンが頭を抱える。
「いや、サラさん。それは、ソナウ様を冒涜するにもほどがありますよ、いくらなんでも」
さすがにウェブも、サラに苦言を呈する。だが、サラは全く気にせず、びしっと神殿を指差した。
「というわけでダリアナさん! ここはこの砂ミミズで突入ですよ!」
「わーーーーーーーーーーーー!!??」
思わずコルンとウェブが大声で叫ぶ。
「馬鹿! ダリアナにそんな話題をふるやつがあるか!? 死ぬぞ!」
「そうですよ! 今まで旅してきただけで、サラさんも充分思い知ってるでしょう!?」
二人して騒ぐが、もう遅い。気づいた時には、ダリアナはすでに動いていた。その生き生きとした表情を見て、ああ、と絶望の声を二人が漏らす。
「言われたからには、期待にこたえなければなるまい! 大丈夫じゃ! 全員怪我をしない方法があるのじゃ。よく聞くのじゃぞ」
ダリアナの自信たっぷりのその言葉に。コルンもウェブも、その場でダリアナを思いとどまらせることを諦めた。
大体、こんな嘘っぽいサラの説明を信じる奴があるか、とかなんとかコルンがぶつぶつ呟いているが、ウェブはあっさりそれを無視すると、ダリアナのほうへ体を向け、瞳をきらきらさせているサラと共に、ダリアナの言葉を待つ。
「経験を活かそうと思うのじゃ。『イリナ』で『ゲート』を壊したじゃろ? あの状況をそのまま再現しようと思うておるんじゃよ」
その言葉に、ウェブが補足する。
「つまり、風結界を再びあの時と同じように、今度は砂ミミズにかけて、神殿に突っ込もうというわけですね?」
しかしその言葉に、ダリアナは小さく首を横に振った。
「さすがにわしも馬鹿ではないのでな。同じことをすれば、前回に増してわしらの命が危ないし、何よりあそこの信者たちを踏み潰してしまう。要は、あの『儀式』なるものを止めればいいのじゃろ?」
その言葉に、サラは小さく頷いた。
「ならば話は早い。まずはあの『神殿』に照明弾を打ち込む。当然、信者たちは皆驚いて逃げ出すであろう。そこに、風結界を纏わせた砂ミミズを突っ込ませるのじゃ。あれは相当頑丈な建物と見た。さすがにあれに激突したところで、この砂ミミズといえど、破壊するのは無理じゃろうて。もちろん、突っ込む前にわしらは砂ミミズから脱出する。そして、砂ミミズが神殿にぶつかって、ある程度暴れまわった後で、わしらが乗り込み、残党を駆逐してしまうと。どうじゃ? 完璧な作戦であろ?」
自信たっぷりに告げてくるダリアナに。コルンは頭を抱えた。
「なんじゃ、コルン。不満か?」
その様子をみて、ダリアナが心底不思議そうに問い掛けてくる。
「いや、いい……。とりあえず時間ないんだろ? 俺も他に作戦らしきものを思いつかないしな。それでいくしかない」
コルンは搾り出すようにそれだけ言うと、いまだ走り続けている砂ミミズの上から、神殿をきっと見つめた。
サラの言葉が真実にしろそうでないにしろ、非常事態であることだけはよく分かった。コルンにさえも分かる『邪気』が、確かにあそこから噴き出しているのだ。しかも、確実に魔力が増幅しているのも分かる。よほどの術師が付いているのは歴然だった。
というか、一人だけコルンには思い当たる人物がいる。三賢者の一人、ディラン師がダリュス教の信者であったとアガス王が言っていた。おそらくは、そこが絡んでいる。
彼は、特に召喚魔法に優れた術師と言われているのだ。もし想像に間違いがなければ、事は一刻を争うだろう。
実際、サラに言われるまでもなく、ダリアナが血相を変えて飛び込んできた時点で、コルンはアガスの軍隊を待たずに、神殿に突っ込むつもりではいた。
そして、ダリアナの説明した作戦も、実は考えていたのである。ただ、それが余りにも、コルンたちにとってリスクの高い作戦であったために、口にしていなかっただけなのだ。
もちろん、そのリスクというのは、言うまでもなくダリアナのことである。
「状況はよく分かった。いいか、ここからの作戦の指揮は俺がとる。すぐに作戦開始だ。ウェブ。照明弾を用意しておけ。ダリアナは魔法を完成させろ。合図とともに発動させられるようにな。サラ。お前はとりあえずダリアナにくっついておけ。あの馬鹿が何かしでかさないように見張っておけよ」
テキパキと全員に指示を出すと、コルンはダリアナを見た。満足げにコルンを見ながら、うんうんとうなずいてみせる。
「……行くぞ。作戦開始だ」
その言葉とともに。彼らは一斉に配置についた。
「ウェブ。照明弾用意!」
コルンの号令と共に、ウェブが巨大なバズーカ砲のような金筒を、『旅珠』から取り出して、狙いを定めて構える。
「どうしてあんなものが、普通に『旅珠』に入ってるんですか……?」
サラの微妙なつっこみを無視して、コルンは叫んだ。
「撃て!」
その言葉と共に、金筒から弾が打ち出された。少し間をおいて、もう一発。そして、さらに間をおいて一発。計三発が発射される。それらは寸分の違いもなく、全てまっすぐに神殿に着弾した。
神殿の周囲で、照明弾特有の強烈な光が爆発する。一瞬全てが光に包まれ、神のごとき光の世界を思わせるほどの光が、あたり一面に飛び散る。
効果は抜群だった。神殿からわらわらと黒い人影が押し出され始める。猛烈なスピードで走る砂ミミズの上からでも、その光景はよく分かった。
「よし、第一段階クリア。ダリアナ! くれぐれも言うが、アレンジはほどほどにしておけよ。『結界魔法』、行け!」
一言釘をさしてから、コルンがダリアナに叫ぶ。その言葉に、ダリアナがすでに完成している魔法を発動させた。一瞬後、砂ミミズの周りに目に見えるほどの風結界が張り巡らされ、ぐんとスピードがアップする。
「よし! じゃ脱出するぞ。ダリアナ、全員に『浮遊』の魔法をかけてくれ」
コルンは手綱をさばいて、神殿にぶつかるように方向修正を加える。手綱を放しても、砂ミミズは勢いを止めることなくまっすぐに突っ走っていた。それをしっかり確認してから、ダリアナにそう告げる。
「心得た。では全員自分の荷物を持て。『飛行』!」
力ある言葉と共に。全員の体がふっと宙に浮いた。が、浮いたと思った瞬間、途端に何か壁のようなものに、思い切り叩きつけられたような衝撃が、コルンたちを襲っていた。
息ができないほどの激痛に、コルンは小さく息を吐き出して、悲鳴にならない声をあげる。
何が起こったのかは、全く理解できなかった。敵襲かとも思って、痛む体を無理やり引き起こして辺りを見回すが、それにしては気配が感じられない。
ただ、分かったのは、砂ミミズの上で、全員が突っ伏していることだった。
「ダリアナ?」
痛む体をさすりながら、コルンが側で倒れているダリアナを見る。彼女は少し痛みに顔を歪めながら、わずかに顔を上げて、沈痛な面持ちで告げてきた。
「コルン、すまぬ。失敗した」
「どこらへんから?」
失敗するのは、どうやら分かっていたような口ぶりだった。その言葉に、ダリアナが何故か、自信たっぷりに告げる。
「一番最初の風結界からじゃ。強くかけすぎて、わしらが脱出しようとすると、その魔法に弾きかえされてしまう。外からも進入不可じゃが、中からも脱出できん」
思わぬ答えに、失敗をある程度予想していたとはいえ、コルンが頭を抱える。
「それはつまりだ。この砂ミミズごと、俺たち突入ってことか?」
その言葉に、ダリアナが大きく頷いた。
「お前はやっぱり大馬鹿野郎だ! 結局『イリナ』の『ゲート』破壊の時と一緒の状況じゃねえか! どうするんだ!!」
真剣に叫んでから、コルンははたと気づいた。前回と決定的に違うことを。それは、ダリアナが手綱を持っていないこと、そして、砂ミミズの手綱が今自分の目の前にあること、そして、前回の『ジン』のような強力な精霊の加護を受けていない魔法であること。
これならば、砂ミミズを操って、衝撃を最小限にできるかもしれない。
「あ、それも無理だと思うのじゃが」
コルンが手綱を握りなおしたのを見て、行動を悟ったのであろうダリアナが告げる。
「結界の威力は弱めにかけたのじゃがな。その魔法に驚いて砂ミミズがまた暴走しておる。現在こやつは走る凶器じゃ。外からも中からも破壊不能のバリアを張ったな」
「じゃあ魔法解け! 一回解いて、弱めにかけてから脱出する! この間みたいに、『ジン』の力は借りてないんだろ!?」
コルンの叫び声に、しかし耳元で小さく笑い声が響いた。コルンが、途端にぴしりと固まる。
ダリアナが、申し訳なさのかけらもない勢いでふんぞり返って説明を加える。
「すまん。『ジン』ほど強力じゃなければと思うて、風の妖精『シルフ』の力を使うておるのじゃ。解除すると、またぞろ前回のようにさらにスピードアップ! というおまけがついておる」
ダリアナの言葉を証明するように、結界の風が緑色に薄く輝いた。シルフの気配が、更に濃厚になる。結界が、より強化されているのだ。自分の名前を呼ばれたから、多分嬉しくなって。
「どうしてこう、敵と戦う前から俺たちは絶望的な状況になってるんだ!?」
生命の危険をこの旅で一体何度感じたことか。しかもこの切羽詰った状況において、身内の魔法で大ピンチに陥ったりしていると、どうにもやりきれない気分になる。
「あああああ! やっぱりこいつが魔法を唱えるって時点で、この作戦のリスクの高さは限界突破だったんだ! あああ、俺の馬鹿!!」
頭を抱えて喚くコルンに、ようやく起き上がってきたウェブが、静かに告げる。
「コルン様……諦めましょう。破壊されない結界ならば、ここでおとなしくしている限りは安全でしょうし。無事でしたら、またそこから作戦を立てましょうよ、ね?」
「そこまで人生悟られても困るんですけど……」
まだ体を動かせないサラが、ウェブにすがりつくように訴えているが、ウェブはあっさり無視をする。
「まあ、いつものことですし。大丈夫。私たちが無事でなくても、ダリアナ様は間違いなく無事ですから、心配なんにもありません」
「ウェブうううううううう!」
にこやかに告げるウェブに、本気で泣きながら叫ぶコルンの声と共に。『砂ミミズ』は躊躇することなく、実に景気よく神殿に突っ込んだのである。
色々と書きなおしているのですが、それにしても酷いな、というのが自分の感想です。
ほんと酷いな。ダリアナw
というわけで、中巻はここで終わりです。次回の9章からは下巻に収録されていた部分となります。
次回はちょっとシリアス回かな。ではまた。