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風砂の王国  作者: 藤木一帆
6/12

第六章 『息吹を望む声も枯れ』

遅くなりました。今回はダリアナの秘密回です。色々つじつまの合わないところを直しまくっていたのですが、整合性がとれないので諦めました。大体流れはそのままです。

では、お楽しみください。

第六章 『息吹を望む声も枯れ』


「なあ。俺たちって、どうしてこうさ。要領が悪いんだと思う?」

コルンの悲愴な一言に、サラとウェブはほぼ同時に答えた。

「その答えを口にして欲しいですか?」

「いや、ごめん。いい……」

呟いて、黙る。彼らは今、牢獄にいた。『イリナ』の時より扱いがなってないな、などと的外れなことを思いながら、ため息をつく。

ことの起こりは、『アガス』の国境だ。ここには、『イリナ』のようなゲートも何も存在しない。別名『ゼウス』と名付けられたこの国は、異国の神話に登場する全知の神を現すその名のとおり、『アスティナ』時代の首都であり、現在においても最も権力と力を有する国家でもある。

首都機能はもちろんのこと、この大陸中の主要な機関と人間が集まり、交易も盛んな国である。

普段は簡単な身分証で入国が可能なのだが、やはり事態が事態である。珍しいことに、国王軍が国境警備にあたっていたのだ。

「お、お前たち! どうやってここまでたどり着いたのだ?」

その質問がなされたことは、当然といえば当然のことだろう。何せ道中、一度として他の人間を見なかったのだ。この質問をされることは、コルンは当然予想していた。

「それは答えるまでもなかろう。『イリナ』の『ゲート』を破壊して、完全に滅び去っていた『テスカ』と『ドミカ』を通り抜けて、無事ここまでたどり着いたのじゃ」

コルンが答える前に、相変わらずダリアナが、自信満々に胸をはってバカ正直に本当のことを答える。

「だー馬鹿! 全部を正直に答える奴があるか! そんな言い方したら誤解……」

慌ててコルンが止めに入るが、もちろん遅い。朗々と響き渡るダリアナの声が周囲に虚しく響き渡り、なんともいえない沈黙が訪れる。当然、相手には疑問を持たれて、兵士たちが軒並み警戒態勢をとる。

「この一ヶ月、この国境に『外から』たどり着いた人間は誰もいない。お前たち、怪しいな」

じりじりと後ずさりしながら、その若い兵士が尋ねてくる。その気配に、後方にいた数人の兵士たちも、戦闘の構えを取り始めていた。

「えっと、私たち、『イリナ』の国王様からの……」

慌ててサラがすっと前に出て、パタ国王から預かってきた国書を見せようとするのを、ダリアナが静かに制した。

「この娘は、ソナウ教の民間司祭じゃ。ソナウを敬愛し、そのソナウに会いたいが為に、魔王ダリュスの復活を願っておる。わしらはその手伝いをしておるのじゃ」

「わーーーーーーーーーーー!」

思わず三人が叫ぶ。

「そ、そこのお兄さん! この人の言うこと信じちゃ駄目です! 四六時中寝ぼけたようなことしか言わないんです!」

コルンが慌てて取り繕うように叫ぶ。

「そ、そうです! ほらほら、見てください。これがソナウ教の司祭の証です!」

そう言って、サラが急いで司祭にだけ支給される聖印を取り出して見せる。

「じゃが、サラ。ソナウは好きじゃろう?」

「ダリアナさん! お願いだから黙っててください! そりゃソナウ様もダリュス魔王様も大好きですけど、今はそういうことを言ってる場合じゃ…………あ」

気づいた時は、もう遅いものだ。それは生涯忘れない人生訓にしよう、と真剣にコルンは思ったものだ。言うまでもなく、彼らはあっという間に取り囲まれていた。

「お前ら、ちょっと王城まで来てもらおうか?」

ぐるりと囲まれて剣を突きつけられながら、コルンは考えていた。ここで説得しても、恐らく時間の無駄だろう。このくらいの人数ならば、多分突破できる。

コルンはウェブを見た。ウェブもこちらを見ている。どうやら同じことを考えているらしかった。よし、と腹を決める。突破して、王城へ行く。事は一刻を争うのだ。

先に動いたのは、ダリアナだった。驚く兵士達に向かって、小さく印を結び、何事か魔法の詠唱を唱える。そして。

「パラライズ!」

これは魔族の魔法ではない。普通に「人間が使う」麻痺の魔法か、と思った時には、すでにコルンの体は動かなかった。

「……?」

え? と言いたかったのに、それされも言葉にならない。

「こ、こいつら、魔法を使うぞ! 一気にかかれ! 捕らえろ!」

「んんんんーーーーーーー!?」

 

……こうして、何が何やらさっぱり分からないまま、彼ら一行はあっさり捕まり、こうして魔封じまで施された、世界一強固とされる『アガス』の王城の地下牢獄につながれている次第なのだ。

「ごめんなさい……私が不用意に一言発したばっかりに……」

サラがしゅん、としょげかえって、コルンに謝る。

「いや、もうそれはいいよ。気にするな」

「そうですよ。人間慌てると、どうしても本音がぽろりと出るものです」

「それも慰めになってないだろ、ウェブ」

どうにも支離滅裂な会話をしながら、コルンはダリアナを見た。

「とりあえず、全部こいつが悪いことだけは確かだ」

「心外じゃのう」

ダリアナが憮然としてコルンを見据える。本気で心外だ、という顔をして、ダリアナは言い放った。

「わしらが用があるのは、この王城じゃ。下手に騒ぎを起こして街中で大騒ぎになるよりは、こうして拘束されて王城に来るほうが、遥かに早いじゃろ?」

「うるさいもういい黙れ」

間髪入れずに一気にそれだけ言うと、コルンはため息をついた。が、しかし。

「ああ、そっかあ! ダリアナさん。今回は見直しました! 確かにこれなら簡単に王城に入れてもらえますもんね!」

サラの言葉に、コルンが返す言葉もなく唖然とした顔でサラを見る。

ウェブがやれやれ、と言った様子で肩をすくめた。そして、諭すように語りだす。

「やり方はどうあれ、外から来れば当然怪しまれますし、下手すれば未だに国境付近でうろついてたかもしれないですね。確かに、それは認めましょう。王城に来るだけなら、この方法が一番確実だったと私も思いますよ」

そう言って、にっこり笑う。言葉を引き継いだのはコルンだった。

「で、王城に来たのはいいんだけどな。俺達は一体、いつ国王と出会えるってんだ? 目的見失ってるのはどっちだ。俺達の目的は『王城に来る』ことじゃない。『王様に会って国書を渡す』ことだ。……で、俺達は、国王に会えると思うか?」

その言葉に、サラが絶叫した。

「いやあああああああああ! 考えてみればそうじゃないですかああああ! 下手すれば国王様にも会えずにそのまま処刑されておしまいになっちゃいますよおおおおお!」

「なんじゃ、今更気づいたのか」

「その台詞はお前が言うべきものじゃないだろ」

悠然とサラを見つめるダリアナに、真剣に突っ込みを入れてから、コルンは嘆息した。

「ま、俺達の持ち物全部持っていかれたからな。国書も当然持っていかれたし、そう悪いようにはならないと思うがな。どっちにしろ、とんでもないタイムロスだ」

ほとんど丸一日の拘束を余儀なくされているのだ。事態の深刻さを思えば、このロスは痛い。大体持っていた国書も偽物だと思われたら、さらに国王と会える確率は低くなる。

正直、コルンは焦っていた。理不尽なダリアナの行動はいつもだが、今回の旅では特にダリアナに邪魔をされているような気がする。ここまで結局、ダリアナの行動のせいで、相当余計な手順を踏んでいるような気がする。気がするというか、多分踏んでいる。

「とりあえず、祈っておけよ。こんなことしている間に、世界が滅びていませんように、ってな」

真顔でそう告げてから、ふっとコルンは笑った。

「で、万一世界が滅びたら、それはダリアナのせいだって思うことも、俺は罪でもなんでもないと思うから、そう思っておくように」

冗談とも思えない言葉に、サラとウェブが乾いた笑いを返す。だが、ダリアナはにっこりと微笑むだけだった。そして、告げる。

「大丈夫じゃよ。ほれ、その証拠が来た」

ダリアナの言葉に頷く暇もなく、地下牢にこつこつと足音が響きだしていた。それが助けになる足音だというのは、なんとなく分かる。

「お前達が、この国書を持っていた旅の者達か?」

思いもかけず太くよく通る声に、コルンはさっと身をかがめた。片ひざをつき、王に謁見するような姿勢で、深く頭を垂れる。その姿に、ウェブがはっとして、顔を上げた。

薄暗い牢の中から、ぼんやりと見える顔立ち。年の頃は四十前後であろう。恰幅のいい威厳あふれる姿と、一目で見て取れる気品。慌ててウェブも、その場で身を縮め、恐縮したように跪いた。

「え? 誰か偉い人なんですか?」

一人状況がまったく理解できず、きょとんと突っ立っているサラの問いかけに、ウェブは彼女を制すると、仕草で黙るように伝える。

「これはこれは。異な所でお目にかかるのう。アガスの国王殿」

これまた、普段と全く変わらない態度で。気楽にダリアナが声を上げる。その言葉に、コルンはぴくりと反応したが、見動き一つしなかった。

「なんだ。その声はダリアナ=ドゥナルか? これはまた、とんでもない事件に関わって現れたな」

全く意外な反応に。サラが慌ててダリアナとその男とを見比べた。

「え? え? えっと?」

「サラ。とりあえず黙ってろ。ここは俺達の出る幕じゃない。ダリアナにまかせておけ。これでもこいつは、アガスの三大賢者の一人、『ルクソス=ライダ師』の一番弟子なんだよ。アガス国王直属の、天才魔術師って呼ばれてたんだ」

コルンの言葉に。サラは呆然とその場で立ち尽くすよりなかった。

「後で説明してやるから、いいから跪けって。話聞いてれば事情が飲み込めてくるから」

突っ立ったまま動かないサラをぐいっと引っ張って、コルンは無理やりサラを跪かせると、そのまま再び頭を下げた。

「しかし国王、お主が今ここに現れたということは、さすがに事態の深刻さは知っておるようじゃのう?」

「な、なんかダリアナさん、めちゃくちゃ偉そうな口きいてますよっ! コルン君!」

小声でサラがコルンをつついてくるが、コルンは黙って首を横に振った。サラはその瞳に諦めの色を認め、とりあえず言っても無駄だと分かったらしい。あっさりと沈黙してことの成り行きを見つめる体勢に入る。

「はっはっは。相変わらずだな、ダリアナよ。お前の師、ルクソスは未だにお前を弟子に取ったことを後悔しているそうだぞ」

「相変わらずはお互い様じゃ。大体旅の先々で、『アガス』のよくない噂を色々と聞いておるぞ? お主の娘はどうしたのじゃ? なんぞ、あちこちで悪さをしておると聞いたぞ」

「よくない噂とは手厳しいな。まあお前の武勇伝も私の耳に色々入っているがな。あのじゃじゃ馬娘はとりあえず軟禁して、城内でおとなしく武術の訓練をしておるよ」

「色々おとなしくないと思います……」

思わずウェブが小声で突っ込んでいるが、誰も気にしない。

「さあ、世間話はもう良いじゃろ? ダーレンよ、いい加減わしらをここから出してはくれぬか? 鉄格子越しでは話しにくくてかなわぬわ」

だが、ダリアナの言葉に。ダーレンと呼ばれたアガス国王は、何故かさわやかに笑って見せた。

「はっはっは。それは出来ぬ相談だな」

その言葉に、ダリアナの額にぴしりと青筋が立つのが、コルンには分かった。

「なぜじゃ? わしと主の仲であろ?」

「そうだな。我が国始まって以来の天才魔術師殿。確かにお前の能力は素晴らしい。その若さで『アガスの魔女』と呼ばれる実力も認めよう。かのルクソス師が認めたのもよく分かる。……だが、全て過去の話だ。今お前は、アガスのお抱え魔術師ではない」

冷静に事実を述べる声に、さすがにダリアナがぐっと詰まる。

「……ダリアナ、クビになってんだよ。三年くらい前かな。……まあ大体想像出来るだろうけど、王城のキッチンあたりを魔法で吹っ飛ばした」

コルンが小声でサラに告げる。ああ、とサラは生暖かい返事を返した。

「まったく。荷物の中に『イリナ』国王のパタからの国書がなければ、当の昔にお前達は処刑されてい

たのだぞ。相変わらずの破天荒ぶりは、いつか身を滅ぼすぞ? ダリアナ」

「お願いです。もっと言ってやってください……」

またしてもウェブが何事か呟いているが、再び誰も突っ込まない。

「……分かった。何が目的なのじゃ?」

諦めたように、ダリアナが呻いた。その言葉に、国王はにやりと笑う。

「さすがに飲み込みが早いな。そうだ。こちらの条件を飲めば、お前達を牢から出してやろう。無罪放免ということでな」

その言葉に、ダリアナは何故か一度コルンを振り向いた。思わぬことに、きょとんとしてコルンがダリアナを見る。

「まあ、お主が一人でこんな地下牢に来た時点で、大体何か企んでいるとは分かっておったがのう。部下を説き伏せて、一人で来たのであろう? わしらに交渉するために」

何を言うでもなく、再びコルンから視線を外して、ダリアナがダーレンを見た。意味が分からず、コルンが困惑して二人を見る。

「ふむ。さすがだな。して、ダリアナよ。その後ろの者たちは、お前の連れか?」

そう言って、コルン達をくるりと見回す。

「そうじゃよ。何度かお主も会っているはずじゃが? この青い髪のがわしの弟のコルンで、背の低いのが付き人のウェイスター。そして、この事件に関わるきっかけになったのが、このサラという少女じゃよ」

そう言って、ダリアナは一通り皆を紹介すると、小首をかしげた。

「おかしいのう。なぜお主、サラを知らぬのじゃ? あのソナウ教の英雄、『ルナス=ティア』の婚約者で、現在『アガスの剣』を持ち歩く者じゃぞ?」

ダリアナの言葉に。国王は得心が行った、という笑顔で頷いた。

「おお、そうだったか。その少女が『サリティア=ドゥーバス』であったか。話には聞いておったのだが、直接顔を見たことはないのでな。そうか。ならば益々もって、お前たちにはこの条件を飲んでもらわなくてはならないな」

そう言って、彼は一呼吸置いた。

「お前たちにやってもらいたいことがあるのだよ。……砂漠へ行ってほしいのだ」

ある程度想像はついていた。コルンも、やっぱりな、という顔で苦笑する。

そのまま誰も声をあげることなく、黙って言葉の続きを待っている。

「まあ気づいているだろうが、西の砂漠から、邪気が漏れてきている。その源がドナウブとは断定できないが、先発の調査隊がとんでもないものを発見してきてな。位置にしておおよそ砂漠の真ん中あたりに、巨大な神殿が建っているというのだ」

「神殿?」

思わずコルンが聞き返す。国王は大きく頷いた。

「そう、神殿だ。そして、そこに集っている者たちがいる。分かるな? ダリュス教の信者達だ。最近、信者達の姿を見ないという報告を受けていたのだが、どうやらそこに続々と集結しているらしいのだ。……そして、その報告とほぼ同時期に、街の消滅の事件が伝えられ、街道からは旅人が消え、誰も入国してくるものがなくなり、そしてつい先日、残念なことに、『テスカ』と『ドミカ』の滅亡の情報も入ってきた」

沈痛な空気が流れた。二都市の滅亡は、先ほどこの目で嫌というほど見てきている。だが、他人から改めて聞かされると、そのショックは大きいものだ。

「砂漠に派遣した先発部隊は、とりあえず作戦のために一度帰ってきている。奴らの目的は間違いない。『魔王ダリュス¬=ダナル』の復活だ。その阻止のため、こちらは軍を派遣するつもりなのだが、その前に準備がいるのだ」

そこまで聞いてから。ダリアナがおもむろに口を開いた。

「なるほど。つまり、わしらに偵察と先発隊を兼ねて、先に砂漠へ侵入しろというのじゃな? その神殿に、行けと」

「その通りだ」

ほとんど即答に近い形で、国王は頷いた。

「悪い条件ではないと思うぞ? 今ここで処刑されるか、砂漠へ行って偵察をしてくるかの、どちらかだ。事が事だからな。もちろん砂漠までの路銀は約束するし、その任務が成功した暁には、報酬も支払おう。砂漠を移動するための足も用意する。……どうだ?」

その言葉に、ダリアナは不敵な笑みを漏らした。その笑みを見て、国王も笑う。しばらくの間、二人の低い笑い声だけが、暗く重い牢の中に響き渡っていた。

そして、唐突に、ダリアナが真顔に戻って、再びコルンを見やる。

「と、いうわけじゃ、コルン。最早ここまでくれば一蓮托生。異存はあるか?」

「いや、というよりほとんど死刑宣告よりも酷いと思うのは俺だけか?」

思わず本音を真剣に呟いてから、コルンはため息をついた。

「好きにしろよ、ダリアナ。俺達信用されたんだって思うからさ。伝説の魔王の復活を止めることの出来る、戦士として選ばれたってさ。どうせ一度の人生だしな。こういうこともあっていいだろうさ」

最早悟りの境地に達したような顔で、コルンはそれだけ告げると、そのままちらりと国王の方を見た。

「では、国王陛下。正式にそのお話を、『依頼』としてお受けします。取引としてではなく、『依頼内容』をお教えください」

その言葉に、一瞬言葉を失ってから。国王は一際大きな声で笑い出した。

「はっはっは! なるほど、あのダリアナの弟と言うだけはあるな。実にいい度胸をしている。よろしい、私がここを出た後、すぐに牢番がお前達を釈放しにやってくる。そうしたら、すぐに謁見の間へ来るがよい。そこで詳しいことを話してやろう」

その言葉を受けて、コルンは深々と頭を下げた。下を向いたまま、うっすらと笑いながら、気づかれぬように舌をぺろりと出す。いたずらが成功した子供のような瞳で。しかしそれも一瞬のこと、再び真顔でコルンは顔を上げると、恭しく呟いた。

「御意。では、後ほど」


国王が牢を後にしてほどなく、コルン達は牢から解放された。

そのまますぐに王との謁見になるはずだったが、何せ街の滅びた街道を何日もかけて通ってきたのである。あまりの小汚い姿に、彼らは宰相や侍女たちから湯浴みを命じられ、替えの洋服を用意された。

小一時間ほどかけて身支度を整えてから、王との謁見の間に通されるまで、小さな客間で待たされることになり、ここでコルンは一気にサラに事情を説明することにした。

「サラ、ちょうどいいから、ここでダリアナのことをもう少し話してやるよ」

その言葉に、サラが小さく頷いてくる。

「まあ、大体さっきの会話で感じたとは思うが、ダリアナはこの世界で屈指の魔法使い、三賢者の一人『ルクソス=ライダ』老に師事していたんだ」

そう言って、ため息を一つつく。

「とても信じられないだろうが、頑固で弟子を取らないと有名な『ルクソス』老をもってして、これほどの逸材はない、と言わしめた唯一の弟子がこいつだ」

この事実がどれほどに素晴らしいことかは、この世界に住む者たちならよく知っていることであった。

三賢者とは、アスティナ王国の時代から伝わる秘術と呼ばれる魔法を受け継いだ、数少ない魔術師の一族の長の三人を指して、こう呼ぶ。現在は三名ともが『アガス』に身をおくが、それぞれ独自の権限を持ち、国家にも権力にも干渉されない、特別な地位を約束されている。

今回の騒動で顔を出して来ないのは不可解な話だが、なにせ気難しいが服を着て歩いているような者たちばかりなので、致し方ないだろう。

ダリアナの師、『ルクソス=ライダ』は、その三賢者の中でも最も高齢で、そしてずば抜けた魔術の使い手でもある。過去何度もあった、世界の危機をその実力で未然に防ぎ、名実ともに最高の魔術師と認められている。

また、彼は頑固なことで有名で、長い人生の中で、一度たりとて弟子を取ってこなかった。その彼に、ダリアナはたった二ヶ月の説得で弟子入りを許可させ、その二年後には『教えることはもうない』とまで言わせたのである。それが本意であったかは未だに謎なのだが。

ダリアナはその実力を買われ、国王直属のお抱え魔術師となったのだが、結局三年ほどでその地位は剥奪されている。その理由となったのが、コルンが言っていたとおり、王城の一部を魔法で破壊した事件のためである。

普通、王城の一部を破壊した程度では、咎めはあれど地位剥奪まではされないのだが、ダリアナは、城に張り巡らされた強固な魔法結界を、自らの魔術の威力で破って、なおこの破壊力を誇ったのだ。その力を危険とみなされて、その地位を剥奪されたのである。

「というか、そのルクソス師は今どうしてるんだ?」

コルンの疑問に、ダリアナは首をすくめた。

「当分現世には関わり合いにはなりたくないとか言うてな。二年ほど前に山奥に工房を作って引きこもっておるらしいのじゃよ。おおかた、今回の事態も知らぬのであろうな」

「それお前のせいなんじゃね?」

コルンが思わず突っ込むが、ダリアナはふん、と一息つくだけである。

「まったく軟弱な師じゃのう。大体、使いの者も辿り着けぬような山奥らしいんじゃ。あの耄碌爺めが面倒ったらありゃせん」

「酷い言われようですね……」

サラが苦笑するのに合わせて、コルンも肩をすくめる。

「ま、そういうわけで、ダリアナはこの『アガス』じゃちょっとした有名人さ。世界的にも名前だけは知れ渡ってるんだが、行いが悪すぎてなー。二つ名ばっかり有名になって、結局お前の名前は響き渡らなかった、っていうな。な、ダリアナ?」

コルンのからかう様な言葉に、ダリアナは苦笑しつつも懐かしそうに目を細めた。

「ああ、まあ色々気に食わんのじゃが、たしかにそうじゃよ。あの師には随分と迷惑をかけた。あの魔族の呪文、もう今更だから言うておくが、ルクソス師に教わったんじゃよ。まさか師も、わしがその魔法を使いこなせるようになるとは思わなかったらしくての。目の前で唱えて見せたら、すぐに免許皆伝をくれたわ」

「……多分怖くなったんですね」

小声でサラが呟く。コルンは思わず深く頷きそうになるのをかろうじて思いとどまると、再びダリアナに問いかけた。

「で、確かそのときに、ソナウ教の護衛の任務にもついていたんだよな。そのときに出会ったんだろ?あの『ルナス』と」

その言葉に、ダリアナは深く頷いた。

「ああ、そうじゃ。任務の期間が短くて、わずか二度だけじゃがな。細身のロングソードを扱う非力な青年であった。この『アガスの剣』のような巨大な剣など、使えぬじゃろうな」

サラの背に目をやりながら、ダリアナが呟く。

再び『ルナス¬=ティア』の話題に逆戻りし、沈黙が訪れる。と、そこで唐突に客間の扉が開かれた。

一瞬、おびえたようにサラが身を縮め、そしてほっと息を落とす。

現れたのは、国王自身であった。

「待たせたな。謁見の間でわざわざ堅苦しくすることもなかろうと思ってな」

思いのほか軽い服装で現れた国王に、正直意外な思いが強かったのだろう。サラが怪訝そうな顔をしている。が、そんな彼女をあっさり放っておいて、コルンはにこやかに話を切り出した。

「では、詳しいお話を。といっても、まあ細かいところだけですね。砂漠へ先発隊として偵察に行き、動きがあれば国王軍に知らせろ、と。そういうことでよいですよね?」

コルンの言葉に、国王は大きく頷く。

「その通りだ。先ほども言ったが、待遇は十分にさせてもらうつもりだ。こちらからも何人か人員を出そう。食料、移動手段などは全てこちらで手配する。それでよいな?」

「いや。よくないわ」

言葉を遮ったのはダリアナだった。その言葉に、誰もが振り向き注目する。

「砂漠へはわしらだけで行く。食料と資金はさすがに補給せねばならんが、移動手段である馬車は持っておるしの。それに、隠密活動、偵察活動においての鉄則は、少人数で小回りがきくことじゃ。その人数は最大でも一チーム四人程度。それ以上になれば、リスクの方が高くなる。……異議はあるか?」

ダリアナの言葉に、しかしアガス国王は難色を示した。

「それはよく分かっておるよ、ダリアナ。しかし、敵の正体がはっきりしない今、少人数で慣れぬ砂漠になど入れば、命取りとなるぞ」

しかしそれでも、ダリアナは態度を変えることはなかった。

「杞憂じゃ。わしは長い放浪の旅の途中、何度か砂漠にも入っている。心配は無用じゃよ。それに、全く素性も何も分からぬ者を、今更一人か二人入れるほうが、チームワークが崩れ、動きに心配が残るのでな。いざという時に、もめても仕方あるまい?」

ダリアナの至極もっともな意見に、国王がぐっと言葉に詰まる。

「わしらの置かれている状態はよく理解しておる。じゃが、かと言って大人しく従うつもりはないのじゃよ。伊達に『アガスの魔女』を名乗っておったわけではないしの。それはダーレン。お主が一番身をもって知っているであろ?」

ダリアナの挑発するような言葉に、最早国王は何も口出しをしなかった。

ひょっとして、国王はダリアナに言い負かされることを承知していて、それで敢えて正式な謁見という形を取らなかったのかもしれない、とふとコルンは思った。大勢の家臣の前で言い負かされるなど、国王の威信に関わる問題である。そして、それを理解していても、遠慮をするようなダリアナではない。

なんとなく国王に同情めいた感情を持って、コルンは再び国王に申し出た。

「ダリアナの言う言葉は、私ももっともなことだと思います。不本意なのは承知ですが、あえて進言いたします。このダリアナの言う通りにして頂きたいのです」

そうして、コルンは深々と頭を下げた。内心、ダリアナの言う通りになどしないで欲しい、と本気で願いつつ、しかし今現在、ダリアナに頼るより他手立てがない。

『アガスの魔女』。その昔、集団でアガスを襲ってきた魔物の群れを、たった一人で追い払い、そのアジトを突き止め、魔物を召還して世の中を混乱させようとした魔術師たちを一網打尽にした、現在に生きる伝説の魔術師。

その事件以来、その魔力と頭の切れ、そしてあまりにも手際がよく、かつ冷静な作戦を打ち立てた彼女につけられたあだ名が、それなのである。

それはコルンもよく理解していた。それ故、今までにどれほど酷い目にあわされていても、ダリアナを信用せざるを得ないのである。まさしく、天才なのだ。特に、こういう有事には、信じられないほどの実力と行動力を発揮する。

「分かった……。こちらも、正直手をこまねいて事の成り行きを見守っている状態なのだよ。なにせ、三賢者の筆頭ルクソス老は、こちらの手の届かぬ山の中。他の二賢者も似たり寄ったりで、未だに連絡を取る手段をつけられぬ」

そうして、彼は一つ息をつくと、眉間に手をあてた。

「しかもな。二賢者のうちの一番若いディラン師がな、どうやらダリュス教の信者であったらしい。正直、嫌な予感しかせぬのだ。ダリアナ。お前が現れてくれたこと、私は神に感謝さえしたいくらいだ。……頼む。世界滅亡の危機なのだ。何とかしろ、とは言えない。だが、お前以外にはもはや頼めないのだ」

国王の言葉に、しかしダリアナはかぶりを振った。

「この件ばかりは、わしにはなんとも保障できぬよ。特に魔王復活が本当の話になれば、人間種族など歯も立たぬわ。もしディラン師が何か関わっているのならば、なおさら話が難しくなる。なるべく、阻止できるよう努力はしようぞ。……しかし、あまり期待はするな。わしらでは……、魔王の部下ですら倒せぬ」

ダリアナの言葉に、コルンの脳裏にガシュー=ダライアの姿が鮮明に浮かんだ。

コルンも、今までに幾度となく魔物を打ち倒し、旅を乗り越えてきた。しかし、その自分が全く力が及ばなかった、『魔族』。

『アガスの剣』で切り裂かれたとはいえ、コルンにはあれで彼が死んだとはどうしても思えなかった。いずれ、近いうちにもう一度対峙することになるであろう。魔法が使えなかったにしろ、ダリアナですら全く歯が立たなかった相手である。……それを思うだけで、コルンは気分が暗くなることを止めることはできなかった。

「とりあえず、一日ゆっくり休むがよい。お前達がこの『アガス』にたどり着いたことすら奇跡に近い。……牢につないだ非礼は詫びる。せめてここで疲れを癒していけ」

国王の言葉に、ダリアナは今度は素直に頷いた。

「ありがたい。恩に着る。とりあえず眠らせてもらおう。全てはそれからじゃ。……それからコルン」

急にダリアナに名前を呼ばれ、コルンははじかれたように顔を上げた。

「出発は、夜中じゃ。今が丁度昼の三時頃じゃから、出発するまでに半日近くある。わしの魔封じの効力はすでに消えたが、完全な魔力回復にもう少し時間がかかるでの。目立つことは極力避けたい。……依存ないな?」

その言葉に、コルンは一瞬、黙った。そして、ダリアナの表情を探るように見やる。

「分かった。出発は今夜十二時。城の裏口からこっそり出発する。陛下、私達の希望はこれだけです。報酬は成功してここに帰ってきてから頂きます。前金として、砂漠までの路銀と、砂漠での移動手段を用意して頂きたい。そして、食料もできれば」

コルンの言葉に、国王は深く頷いた。途端、一気に表情から気が抜け、コルンはへなへなと床に崩れ落ちた。慌ててウェブがコルンを支え、そして深々と国王に頭を下げる。

「陛下。我がままを聞いて頂いた上のご協力、感謝いたします。……では、すみません。コルン様を眠らせて差し上げてください。……いささか無理が祟ったのでしょう」

ぴくりとも動かないコルンを抱きかかえて、ウェブが懇願する。ダリアナもサラも、心配そうにコルンを覗き込みながら、国王を見た。

「あい分かった。すぐに部屋を用意さよう。そこで彼を休ませるとよい。出発前になったら、私に報告に来ればよい。それまではお主たちの好きなように時間を過ごすといい」

その言葉に、三人が最敬礼をして感謝を表す。

「では、お主たちの健闘を祈る」

国王のその一言のもと。この奇妙な謁見は終了した。

そして、コルンたちが客間に通され仮眠を取る間に、用意はすっかり整えられ、そして時間通り十二時の時計の鐘の音と共に。コルンたちは、誰にも知られることなく、ただ一人、アガスの国王にのみ見送られながら、城の裏口からひっそりと出発したのである。

伝説と呼ばれる『ドナウブ』王国が眠る、風と砂の大地に向けて。

というわけで、次回から砂漠に突入編です。前にも言いましたが、乗り物はすべて暴走する運命にありますので、どうぞご期待ください(笑)。

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