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風砂の王国  作者: 藤木一帆
3/12

第三章 『炎は大地を焼き尽くす』

第三章です。暴走回です。わりとこの後もずっと暴走回ですが。

乗り物はどういうわけか、このお話ではすべて暴走することになっていますのであしからずw

それではお楽しみください。

第三章  『炎は大地を焼き尽くす』


「まったく。俺達も巻き込んで自分も巻き込まれて、挙げ句に事態が何一つ好転していないってのは、一体どういう始末をつけるつもりだ、ダリアナ」

消し飛んだ酒場を魔術で復旧させているダリアナの背中を睨み付けながら、コルンはぶちぶちと説教をたれていた。

一言でいえば、現場は大惨事という言葉が実にふさわしい、酷い状態であった。コルンとウェブは辛うじて受け身が間に合い、相当な距離を吹き飛ばされて、相当な高さから落ちたにも関わらず、ほとんど奇跡的だが、かすり傷だけで済んだ。

もちろん、術を発動させたダリアナが怪我をする訳がなく、結局被害は、消し飛んだ酒場と周りの建物数軒、それと頭から墜落して未だ目覚めない依頼主くらいというのは、奇跡に近いだろう。

そして当然、ガシュー=ダライアと名乗ったあの男の姿はどこにもなかった。

酒場の店主はいつの間にやら避難していたらしく、まるっと無傷ではあったが、無くなってしまった自分の酒場の前で、声を失って立ち尽くしているばかり。

あまりに気の毒とはいえ、コルンたちに壊した建物を建て直すだけの費用が出せるわけもなく、こうして壊した張本人が、再び発音不可能な言葉を駆使して、物質復元魔法などという、ちょっと怪しげな魔法を使って修理しているのである。

「しかもなー、相手は多分無傷だろーしなー。本当にどうするんだろーなー」

最早やる気を無くしたかのように、コルンが投げやりな言葉で嫌味を言う。が、ダリアナは全く気にした様な素振りを見せずに、さらりと受け流した。

「まあ、ちいと静かにしておれ。集中できんので、ほら見い」

その言葉に、すでにコルンには返す言葉さえも浮かばなかった。

そこに建物は存在しなかった。いや、正確には存在したのだが、それはとても建物と呼べる代物ではなかった。なんというか、なんだか訳の分からない形の造形物と化している。

「元の形に戻る魔法を使っとったんじゃないのか、おのれは……」

「いや、ちとアレンジを加えてみたのじゃが」

「あほかぁっ! 既存魔法に勝手にアレンジつけるのはやめろっつってんだろ!」

思わずコルンが叫び、そして再び何度目かの嘆息をする。

本来、魔法にアレンジを施すのは、相当な高等技術を要する。おいそれとぽんぽん使えるものではないのだ。詳しく説明は省くが、魔法は大きな理の上に成り立つ。その理を組み合わせて、具現化させるのが魔法の定義とされているが、かなり微妙なバランスの上に成り立っている。

そのバランスが崩れると、魔法は大体失敗するのだが、これが反作用を起こしたりすると、大爆発を伴ったり、下手をすれば世界を滅ぼす魔法にもなりかねない。

アレンジをする、というのは、口で言うよりもはるかに危険を伴うものでもある。

にもかかわらず、ダリアナは息をするように気軽に使う。先ほど唱えた呪文も、普通に魔術師が使う魔法では決して無い。普通の魔法は、発音もきちんと聞き取れるし、あんな訳の分からない詠唱も必要としないからだ。恐らく彼女が、勝手にアレンジを施しているものである。

それでも、ダリアナは決して、その危険に対しての危機感が無い訳では無い。

ないのだが、自分の能力に絶対的な自信を持っている。それゆえに、こうしたアレンジを気軽に使って、そして次から次へと、普通の魔法を危険レベル最強の魔法に変えてしまう。

下手に実力があるというのも始末に負えないな、とコルンは常に冷や冷やしているのだ。

あまりに頻繁で、加えて誤爆や暴走も多いので、最近ではコルンが、固く使用を禁止しているほどである。もちろん、言うことを聞くダリアナではない。

しかし、非常事態にあの場でよくもまあ、アレンジなぞ使えるものである。

「さっきの爆発の魔法もアレンジしてみたんじゃが、これはちと威力が凄すぎたかの。次回への改善点じゃな」

気楽にとんでもないことを呟くダリアナに、コルンは再び何か言いかけたが、もう怒鳴る気力もない、と言った様にかぶりを振ると、諦めてウェブの元に歩み寄った。

彼は、目覚めないサラの元で、なにやらうちわのようなものをぱたぱたと扇いでいる。

「ウェブ、サラの様子は?」

「軽い脳震とうですよ。命に別状はありません」

「そうか」

幾分安心したように、コルンは呟いた。依頼人に自らの手でとどめを刺したなどとは、口が裂けても言えない事実である。ウェブと口裏を合わせて、サラには相手に吹き飛ばされた、と言っておく事に決めると、コルンは再び嘆息した。

状況はかなりよろしくない。

先程襲って来た者。あれははったりでもなんでもなく、確かに間違いなく『魔族』だ。

実際、この世界で見かけることはまずない種族で、伝説の魔王が居た時代ならともかく、現在の世にあれらが存在するというのは、にわかには信じられなかった。

しかし。あれは、亜種族でも人間種族でも決してない。

あのにたにたと笑いかける、胸焼けがするような威圧感。あれは殺気というよりも、もはや瘴気や邪気に近い。およそ人間や亜種族に放てるはずがないのだ。そんなことが出来る種族は、今の世界には存在しない。つまり、居るはずのない『魔族』と考えるしかないのだ。

「おい、ダリアナ」

ようやっと先ほどのオブジェが、なんとか元の形に戻りつつある酒場を見ながら、コルンは再び声をかけた。ダリアナは非常に上機嫌な様子で、コルンを振り向く。

「お主が何を言いたいのかは分かっておる。だからこそ、わしは魔法を唱えたんじゃよ」

コルンは、小さく呻いた。本当に悔しいことだが、正直ダリアナがあそこで魔法を唱えなければ、確実にコルンは今ここには立っていない。間違いなく、殺されていただろう。

それを、ダリアナは阻止した。あの間合いで、あのタイミングでなければ発動しえない、全員を巻き込んでなお誰も死に至らない方法で。いやまあ、かなり運まかせだが。

一見非常識だが、というか、相当非常識だが、それでもあの場では最善の方法であったのは間違いない。

(俺では、出来なかった)

小さく心の中で呟いて、口には出さずに飲み込む。そして、そのまま今度は声に出して苦笑した。 「いろんな意味で、だけどな」

「なにがじゃ?」

「いや、なんでもねえ。ダリアナにしかやれないって言ったんだよ。あんな方法」

その言葉に、ダリアナはにんまりと笑うと、一人悦にいったように何度も頷く。

「褒め言葉じゃないでしょう、今の」

ウェブが小声で突っ込んでくるが、コルンはあえて無視して、話題を変える。

「それよりヤバいのが関わってるじゃねえか、おい」

コルンの声に、さすがにダリアナも真面目な顔で頷く。

「そうじゃな。『魔族』、しかもかなりの実力じゃよ。魔王の腹心クラスとでも言うところかのう。人どころか、亜種でも勝てるかどうかは疑わしいな」

……ダリアナの言葉に。コルンは低く呻いた。

魔族。その昔、巨大王国アスティナをたったの三日で滅ぼした、魔王の種族。

この世界とほんの少しだけ異なった次元に住むと言われている。姿は人間のそれと変わらないのだが、魔力は強大で力も強く、性格も残忍。人の命を糧にして生きている……とされている。

(あくまでも、そう言われているだけだけどな)  

苦々しげに口の中で呟いて、コルンは少しうつむいた。

実際、魔族について詳しい人間など、この世界には誰一人として存在しない。あるのは伝説だけだ。ある日忽然と現れ、この世界を支配し、そして勇者に倒された後、再び忽然と姿を消した、謎の種族。現在この世界に、魔族は一人も残っていないとされている。だから誰にも分からない。その正体も、どこに住んでいるのかも、何故アスティナ王国に攻め込んだのかさえも。

分からないことは、恐怖を産む。一瞬にして去ったこの謎の種族は、人々の間に多くの謎を残していった。故に、勇者伝説と相まって、その恐怖は民間に広く信じられている。それは時間が経つにつれ、誇大され誇張され、もはや誰にも真実は分からない。

そんな種族が、今になって、何故?

「これはやっぱり、ダリュス教とかと関係あることなんだろうな。きっと」

ひとりごちて、考え込む。しかし、考えれば考えるほど分からなくなるのだ。一体どうして、魔族がこの世界に再び現れたのか。その目的は何なのか。街ごと消える事件の原因は奴らなのか。そこにダリュス教という組織が関わっているのか。

(だがそんなことよりも……)

そう、そんなことよりも、と再び繰り返してから、呻く。

名前だ。相手は確かに名前を名乗った。昔話でしかないが、魔族の名前を見返りもなく聞いた者は、必ずその魔族に殺される。あの魔法の最中に、あの轟音の中で、確かにコルンは聞き取っていたのだ。その魔族が呟いた名前を。

が、コルンはその名前をあえて口には出さなかった。恐らくダリアナもウェブも、名前を聞いていただろう。だが、もし聞こえていなかったとすれば? その名前を言ってしまえば、二人が巻き込まれることになってしまう。それだけは、何としてでも避けなくてはいけない。

「悩んでみたところで、仕方なかろう? コルン。わしらは既に目をつけられた。行くよりほかないのじゃよ。首都国家アガス・ドミカ・テスカへな」

黙りこくるコルンを気づかうようにして、ダリアナが声をかける。

そう、考えても仕方が無い。とにかく今は、進むしかないのである。コルンは胸中複雑な思いのまま、ただ黙って頷くのだった。


……そして数時間後。

コルンもウェブも、なんとも奇妙な状況に、心底頭を抱えていた。  

ここは、馬車の荷台の上である。ほろを纏った、なかなかの年代物だが、丁寧に手入れがされている。

にも関わらず、馬車は揺れまくっていた。ついでに、周囲の音が酷くやかましい。ガタガタゴトゴトと、不必要なまでに。それは時折激しい振動とともに、あまり体重のないコルンやウェブを、ゴムボールが跳ねるような勢いで吹っ飛ばしている。

「ダリアナ……」

もはや怒鳴る気力も無さげに、この揺れの最大の原因を作っている御者台の彼女に向かって、コルンが何とか声を上げる。

「なんじゃ、コルン。馬車酔いか?」

「酔うもなにも、この運転で酔わない奴なんか存在するのか?」

半眼で睨みつけながら、コルンは苦笑した。

今走っているのは、道ではない。どういうわけだかは知らないが、荒れ地のど真ん中である。

……ことを振り返ってみよう。

酒場を元に戻した後、彼らはすぐに馬車を調達した。小さな村ではあったが、貸し馬車屋は存在したため、すぐにそこに駆け込んだのだ。どうやら事態が一刻を争うらしい、ということで、遅い時間ではあったが道を急ぐため少々無理をお願いしたのである。

まあここだけの話、気絶しているサラの懐から、勝手にお金を抜き取って馬車を借りたのだが。依頼料が全く貰えそうもないなら、必要経費としてがんがんお金を使ってやれ、というのはダリアナの弁だ。何故かこういうことにだけは、ウェブもコルンも反対をしない。

ついでに無理を通すもなにも、酒場の爆発と、それを元に戻す魔法をみていたらしい店主が、ダリアナの姿をみるなり格安で馬車を提供してくれたのだ。

大変申し訳なかったな、とコルンは思っているが、もちろん口には出さない。

話を戻すが、そのまま一行は慌ただしく街を出発し、そして街道へ続く道を一昼夜走り続けた。そしていつの間にか眠ってしまったのであろう。ほろの中でふっとコルンが気がついた時には、何故だかこんな場所を走っていたのだ。

「ここは本当に一体どこなんだよ、お前は……」

何度か舌を噛みそうになりながらも、コルンはほろの中で必死に捕まりながら、ダリアナに尋ねる。街道の気配などありもしない荒れ地を走られては、こちらの身がもたない。

「いや。ちょっと『ショートカット』なんぞしてみておるのじゃが」

その言葉に、コルンは今度こそぐったりとうなだれて、話をすることを放棄した。

「あのおおううう、この状況は一体どーいうことでしょう?」

揺れる馬車のほろの中で、へりにしっかりとしがみついたまま、サラが尋ねてくる。彼女が目覚めた時にはすでに馬車の中だったため、今一つ状況を把握しきれていないのだ。

一刻ほど前ようやく目覚めたサラに、とりあえず自分たちに不都合な部分を適当に省略して、コルンが簡単な説明をしてやっているのだが、当然それで納得がいくものではない。

「だからさっき、説明しただろ? 魔族と戦って魔法で吹っ飛ばされたあと、ちょっと状況がやばいらしい、と感じて、急ぐために馬車を借りて、それで街道を移動してるんだ」

「あのでも、なんかよく見てなかったしよく聞こえなかったんですけど、ダリアナさんがなんかずっと笑ってるぽかったですし、何故か私のお財布の中身が少し減っているみたいですし、おまけに今走っている場所も街道ではないような……」

「気のせいですよ」

あっさりウェブが吐いた台詞に、コルンが同調して頷く。が、当たり前だが、それではサラが収まらない。何か言いたそうに、口を開きかけたその時。

再び馬車が、尋常でない飛び跳ね方をした。全員がほろに叩きつけられて、べしゃ、という間抜けな音と共に床に突っ伏する。

「だからもう少し、その運転は何とかならんのかダリアナっ!」

ホロを引き裂かんばかりの勢いでまくしあげて、御者台に飛び移ると、コルンは何やらぎゃんぎゃんと喚きたてている。

「逃げたな……」

サラに聞こえないほどの小さな声で呟いてから、ウェブは嘆息した。とにかく後始末をつけなくてはならない。

「さて、サラさん。事情は飲み込めましたか?」

しれっと笑顔で問い掛けるウェブに、サラはつられてへらっと笑って、答える。

「いえ、なんだかちっとも」

それはそうだろう、とウェブは心の中で思ってから、しかしそれを一切顔に出すことはしない。ここはさっさと話題を変えてしまおう、とあっさり話題を取り替える。

「それはそうと、サラさんは『イリナ』のあの状況を知っていて、あえてこの街道を進みたいと言ったんですよね?」

かなり強引に話をそらすが、それを強引に感じさせない雰囲気が、ウェブの最大の武器である。サラは釈然としない表情のまま、しかしその話題にすんなりのってきた。

「へ? 『イリナ』って何かあるんですか?」

間の抜けた返事に、ウェブは一瞬答えに窮した。その反応をどう捕らえてよいのか分からずに、取りあえず再び笑顔を取り繕う。

「えーっと……。もしかして本気です?」

「え? そういえばやたらコルン君が『イリナ』に行くの嫌がってましたよね。どうしてですか?」

「本気だ……」

サラの質問に答えず、ウェブは心の底から深いため息を吐き出した。知らないって恐ろしい、と思わず天を仰いでしまう。

『イリナ王国』。別名『ガーディアン』。その名前の通り、アスティナ大陸随一の軍事国家で、古来アスティナ王国の時代より武力行使を司ってきた国である。

そして、この国が何より特異なのは、『イリナ』の国境が全て結界によって封じられている事である。自由往来が当たり前のアスティナ大陸において、『ゲート』と呼ばれる、国に五つしかない結界塔を通らなければ、一切足を踏み入れることが出来ないのだ。

『ゲート』以外の場所から侵入しようとすれば、たちまち強烈な電撃魔法が裁きの鉄槌をくだす。『イリナ』が『ガーディアン』と呼ばれる、もう一つの所以だ。

ウェブがその事をかいつまんで説明すると、サラは少しむっとした顔をした。

「そんなことは当然知っていますよ! でも、街道を普通に進めば『ゲート』はありますし、審査もそんなに厳しくないでしょう? 嫌がる理由がないじゃないですか」

「いやだから。審査が厳しくなったんですよ。今は、国家が発行する通行証がないと入国できないんです。当然私達は持っていませんから、今だと最低でも一週間は待たないと入国許可が下りないんですよ。まして、こんな怪しげな私達に、簡単に許可が下りると思います?」

最後の言葉の威力は絶大だった。サラは一瞬黙り、おそらくコルン達の姿を(特にダリアナを)思い浮かべたのであろう、あからさまに落胆の表情をみせる。あまりの素直な反応に、さすがのウェブも苦笑するよりない。

「初めて聞きました。そんな、審査が厳しくなったなんて全然……」

「ここ一月ほどの話ですからね。知らないのは仕方ないかもしれません。だからコルン様が念を押したんですよ。ここでかかるタイムロスを考えて、馬車を調達したんですし。お分かりいただけましたか?」

さすがに言葉も無く、サラはこくりと頷いた。

「よう、話は終わったか?」

青くなっているサラを見ながら、コルンがほろの中へと帰ってくる。ダリアナに散々文句を言ってすっきりしたのか、随分と上機嫌だ。ウェブは軽くコルンに頭を下げると、つつっとコルンの為に場所を空けた。

「取りあえずダリアナの話だと、街道を真っ直ぐ走ってると遠回りになるから、『イリナ』に向かって真っ直ぐ荒れ地を進んでいる、ということだ。あいつは突拍子もないが、やってることはきちんと筋が通ってたりするからな、実は。まあ、この調子だと後数時間で街道に戻って国境にたどり着くらしいぜ」

その言葉に、サラは小さく頷いていたが、ウェブはぽかんと口をあけていた。

「ちょっと待って下さい、コルン様。『サガラ』から普通に街道を進むと、『イリナ』に着くには丸五日かかるはずですよ? それをたった二日で着くっていうんですか?」

「らしい」

にこやかに告げるコルン。ここでウェブはようやく悟った。コルンは機嫌がいいのではない。ダリアナと会話することに疲れてキレたのだ。

「ダリアナ様、無茶しなきゃいいんですけどね」

ウェブが小さく呟いた瞬間、馬車ががこんっ、とまた大きく跳ねた。三人が方々に投げ飛ばされ、あちこちに体をぶつけている。

「いたた、まだひどい運転してやが……どわあっ!」

愚痴を言う間も無く、再び馬車が大きく揺れる。あやうく舌を噛みそうになりながら、しかしコルンは何とか体を起こしていた。

「……あの、この馬車、なんだかさっきよりスピード上がっていません?」

サラの言葉に、コルンもウェブも言葉を失う。二人は、さらに激しさを増した揺れに何度も倒れながら、必死に馬車の中を突き進んでほろを上げ、ダリアナの背中に叫ぶ。

「ダリアナ様!?」

ウェブが叫んだ瞬間、また大きく馬車が跳ねた。危うく外に放り出されそうになりながら、必死にウェブが御者台に乗り移る。ウェブは後ろを振り返った。今の衝撃で、コルンはほろの中へ再び吹っ飛ばされている。

「おお、ウェブ。今しがた街道へ戻った。もうこれでそんなに揺れなくて済むぞ」

猛烈な風に髪をなびかせながら、ダリアナが鮮やかに笑う。ウェブはため息をついた。取りあえず辺りを見回す。街道に戻ったというのは本当のようだった。先程のような激しい揺れは大分おさまり、踏み固められてでこぼこがなくなった道が前方に続いている。

「うらあっ! ダリアナ!!」

ようやくコルンが戻ってきて、御者台に飛び移ってくる。そして、そのまま彼の表情からさあっと血の気が引いた。

確認するまでもなく、馬車のスピードは確実に上がっていた。景色が飛ぶように後方へ流れていく。

コルンは馬を見た。全力疾走している。しているが、だからといってこんなスピードが出るわけがない程の勢いで突っ走っている。

「お前、何したんだ一体……」

コルンは呆然と呟く。そして呟いて後悔した。ダリアナが、にいっと口の端をあげて微笑んでいるのだ。大体こういう笑いをするときは、ろくなことをしていない。

「なあに、馬に筋力増強の魔法をかけて、この馬車に風結界を張っただけじゃよ。風の抵抗を無くせばスピードもあがるしの」

コルンは黙った。ダリアナは言わなかったが、どうせその魔法にもかなりのアレンジがかかっているはずだ。元の魔法の効果だけではない「何か」が起こっているはずである。

しかも考えたくないことだが、先程から随分と人やら荷物やらを轢いてきている。馬車に起こる衝撃のいくつかは、明らかに何かを跳ね飛ばした感触なのだ。もちろんこちらも止まれないので、死んでいませんように、などと無責任に神に祈ることしかできない。

しかも御者台に移ってさらに分かったが、跳ね飛ばしている中には、明らかに異形の物も含まれていた。モンスターである。

そういえば『モンスター街道』と言われつつ、現れないな、とはコルンも思っていたのだ。街道を逸れた荒地には、当然モンスターも多いはずだ。しかし、この道中に一度も遭遇していない。

考えたくもなかったが、この勢いで走っている挙句に、この結界。……つまり、襲われても跳ね飛ばしてきているのだろう。あの大きな揺れのいくつかは、多分奴らを跳ね飛ばした衝撃なのだ。

まったくもって、想像もしていないことだった。それ以前に、普通は有り得ない話である。

「もう常識の範囲を超えることは、いい加減に勘弁してくれよ、ダリアナ……」

「そんなこと言われてものう。あ、またなんぞ衝撃が。ありゃゴブリンかの」

後ろを振り返ってダリアナが呟く言葉を聞きながら、コルンは絶望的な気分で頭を抱えた。

「わああっ、わあっ、わあっ、ダリアナ様、前まえ、前見てくださいいいいいっ!」

いきなりのウェブの叫び声で、コルンははっと前を向いた。後ろを振り向いていたダリアナも、その声でようやく顔を元に戻す。ウェブが喚いて指さす先には、大きく右へ曲がる街道と、街道脇に居並ぶ巨大な岩の大群だった。

曲がり損ねれば岩に激突、あっと言う間に馬車が壊れるどころか、あの世行きである。

「ダリアナ、魔法解け! このスピードじゃ絶対あのカーブを曲がるのは不可能だっ。魔法を解いてスピードを落とせ!」

真っ青になりながら、コルンがダリアナの首もとを掴んで、がくがくと揺する。さすがに命がかかれば、ウェブも黙ってはいない。一緒になって、必死にダリアナにしがみつきながら、コルンと共に懇願する。

「分かった分かった、二人とも。仕方がないのう」

そう呟いて、渋々といった様相で、ダリアナが呪文を唱える。が……。


ガクン。


体に妙な衝撃が起こった。一瞬何が起こったのか理解しかねるが、すぐに状況の変化にコルンが真っ青になる。

どういう訳だか、明らかにスピードが上がったのだ。

「おい、おいっ! ダリアナっ!?」

「二人とも、すまん」

言葉とは裏腹に、全開の笑顔でダリアナは一言告げた。

「解呪したらスピード上がったわ」

「何でっ!?」

およそ不安になったのであろう。ほろの中から御車台に顔を出していたサラが、思わず叫ぶ。

と、ここでコルンはピンと来た。そして、その考えが恐らく正しいであろうことに絶望する。解呪してなお魔法効果が落ちない。そんなことが起こりうる条件はただ一つしかない。

「『精霊力強化』までやったな、お前!」

「『精霊力強化』?」

サラとウェブが、同時に疑問を投げかける。

「この馬鹿、四大精霊の一つ『風のジン』を呼び出して、そいつに『精神力強化』の魔法をかけた上で魔法を使わせたんだ! だから、ダリアナが『ジン』にかけたその魔法は解呪できても、『ジン』が発動させた魔法の解除は出来ないんだよ。精霊っていうのは特殊だからな。およそ人間には不可能な力を出す。ダリアナの魔法じゃ、精霊の魔法の解呪ができないんだ。ていうか、人間種にそんなことが出来る奴なんかいない」

イラついたように答えてから、コルンは必死に頭を巡らせた。

『精霊力強化』というのは、簡単に言ってしまえば、魔法の威力を何倍にもする、ブースターのような役割を果たす魔法である。通常は術者本人にかけ、魔法の持続力をあげたり、威力を強化することを目的とする。

普通、魔法を使うには、2種類の方法がある。先ほど述べたとおり、世界の理に介入する方法と、精霊の力を借りる方法である。ダリアナが今回使っているのは後者の方で、割と簡単に誰でも行使できるものである。

ただ、実力差は理への介入よりもより分かりやすい。何故なら、術者の魔力量と力量如何によって、精霊の力をどこまで行使できるかが決まるからだ。力が強ければ強いほど、より強力な精霊を呼び出すことが出来、そして長時間使役することができる。

ちなみにダリアナが時折唱える奇妙な魔法というのは、理の魔法のアレンジ版なのであろうが、また形態が異なることを付け加えておく。

今回ダリアナが呼び出したのは、風を司る『ジン』である。火、水、土、風が四大元素とされており、その四大精霊の一つで、もちろんおいそれと呼び出せる精霊ではない。それを、何時間も召喚し続けているのである。普通の人間なら、せいぜい5分持たせるのが関の山。それでも十分実力者として世間に通用するのである。

それほどの強力な精霊である『ジン』が、この馬車にかけた呪文は、恐らく『加速』の呪文だろう。ただでさえ強力な精霊に、さらに『精霊力強化』まで施してあるのだ。威力は考えるまでもない。

この魔法をダリアナが解いたことによって、一時的に呪文の威力と出力は落ちるのだが、再びそれを補うために、呼び出されたままの『ジン』が、『加速』の呪文をかけなおした為に、さらにスピードが上がった、というのが真相である。

「ありえねーだろ。四大精霊の長みたいなのを、長時間召喚しっぱなしって、お前ほんと非常識にもほどがあるぞ!?」

ほとんど絶望的な気分になりながらも、コルンはダリアナが握っている手綱を見た。馬車のスピードはどんどん上がっているが、決して馬のコントロールが不可能になっている訳ではないようだ。また、それと同時に顔に当たる風が強くなるはずだが、それが感じられない。恐らく、風圧結界が同時に張られて、空気抵抗が少なくなっていると考えられる。

ということは、少なくとも魔法が暴走しているわけではないことになる。つまり、岩に激突するのもなんとか避けられる方法があるはずなのだ。

「あの、コルン様。お考え中の所失礼ですが、もう岩が目前です」

ウェブの冷静な声に、一瞬コルンは固まって。そして、叫んだ。

「だわあああああああっっっ! ダリアナ、右へカーブしろ、馬の手綱引け!」

「分かっておるわ! さしものわしでも岩にぶつかると痛いからの」

そう言って、喚くコルンにしっかり捕まっておれ、と言い置いて、ダリアナがぐうっと手綱を引く。

岩が目前に迫った間一髪の所で、馬車は大きく右にカーブを曲がった。途端に、体に激しい重力と揺れが襲い掛かる。無理なカーブで、馬車部分は相当な勢いで傾いたが、片輪走行でどうにか倒れずにバランスを保っていた。

「ひいいいいい、倒れる倒れる倒れる!!」

思わず叫びながら、3人が慌ててほろの中にしがみつく。幸いというか、どうにか横倒しにはならずにすんだが、馬車の勢いは当然止まらない。

そのまま勢い余って街道を大きく脱線していたが、勢いは留まることを知らない。再び、以前のような激しい揺れが馬車を襲う。

周囲が荒地だったから良かったものの、ここが街の中であったら、今頃は廃墟が出来上がっているであろう。何せモンスターすらも跳ね飛ばしている勢いである。ぼんやりとコルンがそんなことを考えていられるほど、かなりの距離を悲鳴と共にたっぷり進んでから、ようやっと馬車は街道に戻ってきた。

「ふう……、まだスピードは落ちないが、何とか一息だな」

揺れる馬車に腰を何度もぶつけて、かなり痛い思いをしていたが、コルンは微妙に落ち着きを取り戻していた。

とりあえず、馬車を止める手立てを考えなければならないと、コルンが再び考えを巡らそうと腕組みしかけたその時、またもウェブが、沈痛な面持ちで呟いた。

「コルン様。前方見てください……」

「……………………………………」

黙るより他無かった。肉眼で見ても、はっきり近いと分かる距離に、見覚えのある、石造りの重々しい塔がそびえたっているのだ。

そういえば、聞いたことがある。『サガラ』から『イリナ』へのルートには、大岩のならぶカーブがあって、そこを抜けるとすぐに国境にそびえる結界塔、すなわち『ゲート』にたどり着く、と。

『ゲート』の前にはいくらかの人だかりが出来ているのが確認できた。その人々が、こちらの馬車の異常に気がつき、何かわあわあと手を振ったり喚いたりしている。

「ああああああ、どいて、どいてくれええ、どいてえええええええええ!」

コルンとサラが、必死に大声で叫び散らす。完全に逃げ場はない。

ここはすでに国境なのだ。脇に逸れれば強烈な電撃魔法が飛んでくる結界魔法が、引き返すにしても、今このタイミングでUターンなどすれば、間違いなく荷馬車部分が『ゲート』を避けきれずに突っ込んで、崩壊するよりない。大惨事になることはいずれにしろ間違いないのだ。

ならばせめて犠牲者を少なくしよう、そうコルンは考えたのである。もちろん言われるまでもなく、『ゲート』の前にいた人だかりは、クモの子を散らすように逃げていく。

「もー激突するなら操縦はどうでもいいかのう?」

「あああ、ダリアナ様、せめて手綱引いて操縦してくださいって」

「お願いだから真面目に操縦しろ! せめて被害を最小限に……!!」

「いやあああ、死にたくない、こんな所で私死にたくないのおおおおお!」

四人の様々な叫びを残して。

大音響と共に馬車は『ゲート』に激突し、その衝撃に対して強烈な電撃魔法が馬車を何度も直撃した。    

それで止まるかに思われたのだが、それでもなお、『ジン』の精霊力が上回ったのか、馬車は壊れるどころか傷一つ付くことなく、そのまま結界を破壊し、『ゲート』そのものを崩壊させた。

加えて、かなり長時間パニックに陥った馬が散々その場で暴れまくり、馬車も塔もすっかり跡形もなく大破してから、ようやく馬車は止まることができたのである。

暴走しました。気持ちよく。わりとずっとこんな感じです。

ドラマにしたら声優さんの喉がつぶれるパターンですw

ずっと叫んでるアニメってありますよね……

次回、暴走回収回です。

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