第十一章 『ふりだしに戻る!』
大変お待たせいたしました。1日あいてしまいましたが、最終章です。もう一回、最後に終章というオチ回がありますが、物語の真相は大体ここで明かされています。
ネタばらし回その2です。
第十一章 『ふりだしに戻る!』
「さあて、まずはどこから話そうかのう」
そう呟いて、ダリュスはちらりとコルンを見た。その視線を受けて、コルンは小さくダリュスを指差して、うなずいてみせる。
「……そうじゃな、まずはわしらのことかの。『魔族』というのは、この世界とほんの少し空間がずれた世界に暮らしているのじゃ。『魔族』などとは呼ばれているが、正確には『魔法族』の略称でな。この世界よりも遥かに魔法技術の発達したところなんじゃよ」
そう言って、少し悲しげに笑う。
「ここからは、遠い遠い昔話じゃ。わしらがこの世界の存在に気がついたのは、かなり大昔のことじゃ。特に、この世界で魔法が発達した千年程前から、わしらの世界へ迷い込んでくる者が随分おってな。それで、わしらはこの世界に興味を持った。ちゃんと使節を派遣して、国交を結ぼうと思うたのじゃ。それで、数人の使節団がこの世界へ入り、当時アスティナを治めていた国王に謁見した。……じゃが」
そこで、ダリュスの瞳がぎりっと怒りに燃えた。
「アスティナ国王は、わしらの使節を問答無用で惨殺したのじゃよ。アスティナの最後の国王は、とんでもない独裁者で、人間種以外の種族を差別する男だったんじゃ」
まんじりとも動かずに、話を聞いているサラをゆっくりと見つめながら、ダリュスは唇を噛む。怒りを内に押し込めるように。
「当然、我ら『魔族』は怒り狂った。しかし、怒りと報復は何も生まぬ。じゃから、わしはそれを諌め、数人の精鋭とともに直にこの世界へ訪れたのじゃ。そして、再び『アガス』にいたアスティナ国王に会ったが、やはり返り討ちにされての。黙って殺されるわけにもいかず、仕方なく応戦して、わしらは今の『イリナ』国境付近まで撤退することにした」
そう皮肉げに笑って、ダリュスは間を置いた。
「……だが、奴らはそれでは済まさなかった。わしらがこの世界に攻め込んで来たのだと言うて、こともあろうに『モンスター』を別の世界より召還して、この世界に放ったのじゃ。それをわしらの仕業ということにしてな」
深いため息と共に吐き出された言葉に、サラが眉一つ動かすことなく、小さく問いかけた。
「……つまり、『モンスター』の発生は、『魔族』の仕業ではないと?」
「そのとおりじゃ。この世界におる『モンスター』は、また別の世界の生き物なんじゃよ。魔界にもあのようなものたちは存在せん」
ダリュスは苦笑すると、再び一息おいて、話を再開した。
「わしらは迷った。このまま魔界に帰ればわしらは助かるが、濡れ衣を着せられたままでは癪に障る。そこで、『アスティナ』のやり方に、いい加減腹を立てていた『イリナ』が、わしらを匿ってくれたのじゃよ。よって今でも、『イリナ』は唯一、『ドナウブ』と国交がある。もちろん内緒じゃが」
「なっ!?」
思わずあげたサラの驚愕の叫びに、コルンが人が悪そうな笑顔でにまっと笑った。
「驚いたか? 旅が始まってすぐに、俺たちは『イリナ』の『ゲート』を破壊しただろ? 実はあれは、最初からダリアナが予定していた行動だったんだ。俺もウェブも全く知らされてなかったんだけどな。国王のパタと連絡を取り合って、どこのゲートの結界塔が乗っ取られているのか、最初から話はついていたんだよ。もちろん、いつ『ゲート』に突入して、いつ破壊するかもな。だからこそ、ダリュスは街道をショートカットする、なんて常識外れのことをやったんだ」
そこまで言って、コルンは一旦言葉を置いた。そして、思い出したように付け加える。
「そうそう、それと『ゲート』だ。知っているか? この『ゲート』が創られたのが、約千年前だって。そんな千年も破壊されなかった『ゲート』が、馬車の暴走程度でいともあっさり壊れるなんて、有り得ないよな?」
その問いかけに。サラが大きく目を見開いた。
「ま……まさか!」
「そのまさかじゃよ。わしらが『イリナ』の『ゲート』を創ったのじゃ。匿ってくれた礼としてな。じゃから、『結界』の構造を知り尽くしておる。当然、破壊する方法もな。でなくては、簡単に壊せるものか。わしとソナウの『最高傑作』がな」
ダリュスはそう告げると、自慢げに胸を張ってみせた。
「そ、そんな……。じゃあ、ダリアナさんの行動には、ちゃんと意味があったっていうの……?」
サラが、意外だ、とでもいうように、呟く。
「そうだよ。大体ダリアナの行動は、逐一全てがいい加減で無茶苦茶なんだが、こいつは無意味なことをする奴じゃない」
「と、信じたいんですけどねぇ……。街道で跳ね飛ばしてきた人はどうなったんでしょうかね……」
遠い目をして呟くウェブに、コルンが乾いた笑いを返した。が、そのまま無視すると、続ける。
「ま、今回のことはダリアナが勝手に計画を進めていてね。俺もウェブも、最初は本当に、全く知らなかったんだ。気付いた時には母上が国にいなくて、俺自身も訳が分からないまま、三ヶ月前位からダリュスに旅に連れ出されていたしな。ようやく事態を理解したのは、この『ゲート破壊』の時だな。あまりのわざとらしさにいい加減気付いて、ダリュスを問い詰めたら案の定だ」
そう言って、肩をすくめる。
「それにな。『イリナ』国王の『パタ』。あいつは、俺の幼なじみ。つい二か月前に一緒に遊んだところだ。だから、あいつが他人行儀な態度を取ったから、すぐにダリュスが何か関わってるって分かったんだけどな」
言葉を失うサラを見て、ダリュスがコルンをたしなめた。
「とりあえずそこまでにしておけ、コルン。さて、話を戻すか。わしらが匿われて姿を隠したあと、奴らの行動はエスカレートしての。アスティナ国王は、わしらを探しだせない腹いせに、『魔族』が『亜種族』ならば、他の『亜種族』達も同様に敵だ、などととんでもないことを抜かしおって。そこから『人間』による、『亜種族』の大量虐殺が始まったのじゃよ」
その言葉に、ルナティスアが顔をしかめる。そして、ソナウとウェブも。
「いくら亜種族が人間より強大な能力を持っているとはいえ、『モンスター』を集落に放たれ、一気に攻められてしまえば、さすがに最強と呼ばれた『竜族』でさえも、ひとたまりも無かったのじゃ」
そう言って、ダリュスはルナティスアを見た。わずかな生き残りの一人である彼女は、静かな微笑を浮かべて小さく頷いてみせる。
「当然、世界は荒れに荒れまくった。世に放たれた『モンスター』は、区別なく人間、亜種族を殺して回っておる。これが、世に言う『魔王降臨』の事の顛末じゃ。それを『アスティナ』は、わしら『魔族』の所業と吹聴し、それで納まりがつかなくなったころに、『人間』種族の中から『勇者』を募ったのじゃ。そして、どこをどう間違ったのか、選ばれたのが、この『ソナウ』じゃった」
名前を呼ばれて、ソナウは場違いなほどに、全開の笑顔でにっこりと笑った。
「あはは。僕は昔から本当にとろくてね。生まれた街では苛められてたし。それで、嫌がらせのために、勝手に勇者候補に応募されちゃったんだ。僕はちっとも気付いていなかったんだけどねぇ。で、何故か『勇者』に選ばれて、旅に出ることになったんだよ」
やけにのんきなことを言いながら、ソナウが再び邪気の無い笑顔で笑う。
「まあこのとおりソナウは、村中の苛めにも気付かないほどの、とんでもない天然ボケでな。ただ、恐ろしく剣の腕に優れ、何より魔力に長けていた。それを買われて、ただ一人、『魔王退治』へと派遣されたのじゃ。『アスティナ』側は、もちろんソナウが一人で『魔族』を倒せるなどとは、思うてもいなかったがの。要は、国家が動いているという見せ掛けのための、スケープゴートにされたのじゃ」
そこまで言ってから、ダリュスは静かにため息をついて、頭を抱えた。
「そうそう。僕はそんなこと何にも知らずに旅に出たから、あんまり色んなもの、用意してもらえなくてさ。旅の途中であっという間に路銀が尽きちゃって。食料なくなって、行き倒れちゃったんだよね。で、餓死寸前ってところで、偶然『イリナ』から『テスカ』へ向かって歩いていた、ダリュスに救われたんだ」
そう言って、へらっと笑う。コルンが小さく頭を抑えて呻いた。だから行き倒れはだけは、やるなと代々伝えられているとかなんとか、呟いている。
「それが出会いさ。その時僕が一目惚れしたんだよ」
「いや、それはわしも一目惚れだったんじゃが」
珍しく本気で照れながら、ダリュスが付け足す。
「まあそういうわけで、わしらは『勇者』を仲間にすることになったのじゃよ。ここからは簡単じゃ。まずは『魔王』を倒したという話をでっちあげ、魔法でわしの首を作り、それをソナウに『アスティナ』国王へ届けさせた。そして、勇者という『力』を誇示するため、そのままソナウは『モンスター討伐』の旅に出て、わしら『魔族』と『イリナ』、そして生き残りの『亜種族』たちが結束して、『モンスター』を滅ぼして回ったのじゃよ。世界は、はた目からは『勇者』が『魔族』から世界を救ったように見えたじゃろうな。この活躍により、ソナウは『英雄』として、『アスティナ』から国土を与えられることになったんじゃ」
そう言って、ダリュスがちらりとソナウを見た。
「ほんとはね、『アスティナ』もこの時点で滅ぼしてしまおう、という意見が大半だったんだ。この先、平和になったからと言って、『亜種族』が安心して暮らせる保障も無かったしね。それに、あちこちに逃げて潜んでしまった『モンスター』の脅威も消えていないし、何よりも、これらを呼び出す力を持った『アスティナ』は世界には間違いなく害悪だった。それでも僕は同族……つまり、人間と対立するのは反対だった」
そう言って、ソナウは苦々しげに笑う。
「そこで、僕は考えた。争うことなく、僕らが安心して暮らせ、なおかつ『アスティナ』を見張り、そして『モンスター』を監視する状況を作るためには、何をすべきかってね。で、思いついたんだよ。国土をくれるというなら、西の砂漠を全部もらおうってね。あそこなら、人間の目に触れることなくひっそりと、『魔族』も『亜種族』も一緒に暮らすことができるから。幸いにして、砂漠を取り巻く『森』には『エルフ』の村もあった。だから、その森を国境付近すべてに広げ、それを中心に結界をはってしまえば、人間には簡単に出入りが出来なくなる。何より僕らには『安全』が必要だった。その砂漠の奥に『消えてしまう』のは、とても合理的だったんだ。それに」
そこで、ソナウはふふふ、と笑った。
「僕らの『勇者』の活躍が『伝説』になりやすくなる。こういうお話、人間って大好きなんだよ。英雄譚がいつまでも語り継がれるのはよく分かっていたから、利用することにしたんだ。『アスティナ』国王は馬鹿だったから、こっちの思惑も知らず、僕の願いをあっさり受け入れてくれたよ。僕が国民に物凄い人気が出ちゃったから、呈のいい厄介払いが出来たと思ったみたいで。でも実際は逆さ。僕らが完全に『消えて』しまったことで、『ソナウ』の名前は伝説になった。ますます人気が出たわけさ。最初のうちは、噂を消そうと国王もやっきになってたみたいだけど、まあこれだけ色々やってれば、そりゃ国民が当然反乱を起こすよね。そうして、勝手に『アスティナ』は滅びていったのさ」
にこにこと笑顔を絶やさないまま、ソナウがとんでもないことを平気で口にしている。
「俺の毒舌は先祖代々なんだよな」
コルンがぼそりと呟いた。サラは、ただ何も言わずに話を聞いていた。その表情は、呆れているというよりも、どちらかといえば、打ちひしがれているようにコルンには見えた。
「あとは歴史のとおりじゃよ。わしらは、ソナウの名前を借り受け『ドナウブ王国』を建国した。絶滅寸前の『亜種族』たちと、一部の国家に反逆した人間たちを連れてな。そして、ソナウはその身を捧げて『結界』を張り、世間にこの国が晒されぬようにしてくれたのじゃよ。そして、わしらは晴れて結ばれ、こうして平和に今も暮らしておる」
照れたようにそう言って笑うと、ダリュスはぴたりとソナウに寄り添った。
「……ちょっと待ってください」
長い沈黙を破って、サラが呟いた。その言葉に、皆が彼女に注目する。
「じゃあなんですか。『魔王』と『勇者』がお互い一目惚れして、それで世界が救われたってことなんですか、それは。それで、結婚して、その子孫がコルン君ってことなんですか? じゃあ、コルン君は、『勇者』の子孫でありながら、『魔王』の子孫でもあるってことなんですね?」
「まあ、平たく言ってしまえばそうじゃのう」
ダリュスがあっさりと認める。
「いやあ、これは実に実に愉快な生活であった。なにせ砂漠に引っ込んでからというもの、誰の邪魔も入らないもんじゃから、やりたい放題じゃったしの。まずは、早々にソナウを『伝説の勇者』に仕立てあげ、人間の姿を借りて、あちこちに『吟遊詩人の詩』として、魔王との対決の偽話を吹聴して回ったのじゃ。その詩は今でも健在であろ? 一言一句たがわず、わしが作ったまま、今でも世界中で謳われておる。おかげでソナウは、『ソナウ教』ができるまでに神格化されたしな。まあ、その宗教の大元の手引きもわしらがやったんじゃが。形はどうあれ、裏から世界を支配する状態じゃったな」
実に楽しそうな、ダリュスのその言葉に。サラが、ぐっと小さく言葉を飲み込んだ。
「私の憧れの勇者様がああああああ魔王様があああああああ! ひどいいいいいいいい! みんな、みんなめちゃくちゃ嘘つきいいいいいいいいいい!!!」
本気で泣きながら、サラが絶叫する。が、その言葉を受けて、コルンが冷たく言い放つ。
「嘘つきはお互い様だ。大体、俺に至っては嘘は一つもついていないぞ。『イリナ』でダリュスの作戦を知ってからはある程度芝居をうっていたが、少なくとも、俺は『ダリアナ』を一度も『姉』とは呼んでないし、ルナスを『彼』とは言っていない」
自信満々に告げるコルンに、サラがそれでも叫ぶ。
「嘘おっしゃい! あっちこっち嘘だらけじゃないですか! ダリアナさんの魔法が『魔族の魔法』だって知らなかったって言いましたし! 名前だってずっと嘘ばっかり! ダリアナさんも、ルナスの名前も全部偽名じゃないですか!」
その言葉に。コルンはむっとした顔でサラを見た。
「いいや、嘘はついていない。だって俺、本当にこれが『魔族』が使う魔法だって知らなかったんだよ。俺の国じゃ、誰もが当たり前に使う魔法だったからな。人間が使えないのは知っていたけど、魔族由来のものなんて知るわけないしな。あと、名前か? ダリュスは魔族の読み方で、人間たちの発音だと『ダリアナ』なんだし、母上も『ルナティスア』って呼ばれずに、『ルナス』って国では呼ばれているんだ」
「そっ、そういうのを詭弁っていうんです! じゃあ街が消えた理由、あれは一体なんなんですか!? 分からないとかずっと言っていましたよね。私は『ガシュー』に街をいくつか消すように命令はしたけど、あの勢いで無くなっているのは想定外だろう、ってさっき言ってましたよね! つまりそれ、理由を知ってたってことじゃないですか。そちらが街を消していたんでしょ!?」
一気にそれだけ叫んでから、サラは肩で息をついた。その様子を冷たく見つめながら、コルンが口をゆっくりと開く。
「ああ、街な。あれは本当に俺もずっと分からなかったんだけど。俺が気付いたのは、『砂』を見てからだな。これは策略だよ。『最初の街』を消そうとしたのは、確かに君で、『ガシュー』が滅ぼそうとしていただろうな。だが、こちらが先手を打った。街を消したのは『ガシュー』じゃない。母上さ」
「ルナスが!?」
その言葉に、サラが叫んで、そのまま絶句する。
「ああ。『最初の街』に旅人を装って母上が潜入し、吟遊詩人に『勇者の英雄譚』を語らせて、その言葉に魔力を持たせて街中に響かせたんだ。正確には『結界』をはるというよりも、『隔離』と言ったほうがいいか。外界から一切干渉が出来なくなった街は、一晩で滅びたように見えるだろうが、実はそうじゃない。あれは、『森』に隠したんだ」
その言葉に、ルナティスアが言葉を受け継いだ。
「今回は、亜種族の中の『エルフ』族の力を借りたの。『エルフ』は魔力が強く、こと『結界魔法』においては、素晴らしい技術を持っているのは知ってるでしょ? 彼らは別名『森の民』と呼ばれていて、その力を借りて『結界』をはったの。武器が街の入り口に山積みにされていたのは、自然の『森』というものが、極端に鉄とか人工物を嫌うからなのよ。そうすると魔法の威力も落ちてしまうしね」
そして、ちらりとサラを見る。
「あなたの『ガシュー』は本当に適当ね。消すはずだった街が、先に消えていたから、これ幸いとあなたに自分が消したと報告していたのよ。こちらは、最初の街を消してから、ほとんどの街を走り回って『消して』回っていたのにね。まあ、大体どこの街でも問題が無かったのだけど、森が少ない『ドミカ』には、ちょっとばかり手を加えて森を増やしたりしたわ。あと、大きな国をたくさん消すのは大変だったから、『テスカ』では『ドナウブ』の力を使うため『砂の魔力』も借りたのよ。だから王城に砂がたくさんあったでしょ?」
そこまで説明してから、彼女はにこりと笑ってコルンを見た。
「そういうこと。『ドミカ』『テスカ』の街も、母上が街道沿いにある街をくまなく回って、自分は現代の勇者と称される『ルナス=ティア』で、世界に危機が迫っているから結界を張りたい、許可するまでじっとしていてくれ、とか言えば効果は抜群。人々は街の中で、息を潜めてくれていたよ。今まで俺達が通り過ぎてきた街は、あれは見えないだけで、実は街はちゃんとそこにあったんだ」
ルナティスアの言葉を受け継いで、コルンが説明をしていく。
「なにより、首都国家三国のどこの国が、君と共謀してるか分かったもんじゃなかったからな。それを探る意味もあって、母上は先行して動いていたんだ。そして、君と共謀していないことを確認してから、『結界』を張っていった。要するに、見えない国は、俺たちにとっては『安全』っていう印でもあったのさ」
コルンは話を一度止めて、意味深にルナティスアを振り返った。
「覚えてるか? 最初に酒場で無意味にウェイトレスがダリュスに料理を持ってきただろう? よく考えてみりゃ、あんな場末の酒場に、若い女性のウェイトレスなんかいてたまるかよ。あれは母上の変装だったんだ。どうやらあの食事、どうやって決めたのか知らないが、暗号になっててな。
あの料理で、ダリュスに『サラが敵』だということを伝え、同時に『敵が本格始動』したってことと、『こちらの作戦開始』を伝えたんだ。あの時点で、実はダリュスは、君が『アガスの姫』だと確信を持てずにいたんだよ。それくらい、君は別人になりきっていた。完璧な変装だったんだ。それは認めるさ」
その言葉に、ルナティスアとダリュス、そしてソナウが大きく頷いてみせる。
「ま、俺がそのことを知ったのは、もっとずっと後だけどな。そうすると、色々納得いくだろ? 最初に国境で『ルナス』が『ガシュー』から助けてくれた時に、『最早アガスだけだ』って言っただろ? あれは、さらに母上が調査して、『他国は協力していない』っていう、俺達に向けたメッセージだったのさ」
そこまで話し終えて。コルンはふと気付いた。サラが何事かを考えていると。そして、しばらくの沈黙の後、その疑問を誰にともなく呟いた。
「ちょっと待って……。それは、どこから私は騙されていたってことなの?」
一瞬間を置いて。その場にいた全員が失笑した。くすくすと笑いながら、取り成すようにウェブが声を上げる。
「はは、これは困りましたね。ここは一つ、順を追って説明をしてさしあげては?」
馬鹿にされたことで怒りに顔を染めるサラを見ながら、しかしそれをあっさりと無視して、にこにこと笑いながら四人を見回す。
「そうじゃのう。わしの遠い昔話もすんだことじゃしな。説明してやろうかの」
そう言って、ダリュスはにっこりと笑った。
「まず、どこからわしが知っておったかということじゃな。ずばり言おう。最初からじゃ。お主が計画を立て、それを実行する前から知っておる」
「なんですって!?」
予想もしていなかった全く意外な一言に、サラが絶叫する。
「お主の計画は、まず『ドナウブ』を調べることから始まったじゃろ? まあ、いつの時代にも、必ずお主のように、『ドナウブ』を発見して支配してやろう、と考える不埒者がいての。それを監視するために、全ての国家に『ドナウブ』のスパイが派遣されておるのじゃ」
ダリュスは笑いながらそこまで言ってから、ふと思い出したように呟く。
「そうそう、わしの師『ルクソス』老師も、『ドナウブ』の息のかかった者での。魔術に優れておったのじゃが、ひどい人間嫌いでな。だから、弟子を取らなかったのじゃ。ま、わしは特別じゃな。お主の存在を確認するために、どうしても自ら王城に仕える必要があったでな。三賢者の一人の、しかも『ルクソス』の弟子ならば、すぐに雇ってもらえるからの」
「ここからは、私ね」
ダリュスの言葉が終わるのを待って、今度はルナティスアが話し出す。
「ダリュス様が『ルクソス』老師に弟子入りするときに、私も『アガス』に派遣されたの。最初から、ダリュス様が『ルクソス』老師の元にいるのは二年、という約束だったから、その間に私は有名になって王城に入り込む必要があった。『アガスの剣』がソナウ教のお祭りの時に公開されるでしょう? その時に部下を数人使って騒ぎを起こし、とっさに剣を抜いて見せるというお芝居を打つことにしたのよ。おかげで、私はすぐに英雄扱い。『特別司祭』としてソナウ教の最深部に入り込むことに成功したの。おかげで、『アガス』の王城にも入りたい放題になったしね。それで、あなたにすぐに近づくことが出来たし、狙い通りに『ルナス=ティア』の籠絡にかかってくれたものだから、私もとても助かったわ」
そう言って、視線をソナウに送る。
「ああ、僕の番? えっと、君が色々調べていると知ってから、まず『偽の情報』を流すために、『偽の文献』と『偽の証言者』をでっちあげたんだ。君は、ダリュスの用意した『偽の教本』で、『魔族召還』をしただろう? 数人の人間を生贄として『魔界』に取り込まれながら。僕が『偽の教本』を作ったんだけど、本当ならば、その生贄は、『ドナウブ』にやってくるはずで、こちらが用意した『魔族』が君につく予定だったんだけどね」
微妙に言葉を濁したソナウの言葉に、ウェブが苦笑しながら言葉を付け足した。
「実はですね、サラさん。最初に『ガシュー』を呼び出した魔法が間違っていたんです。スペル間違いが上手く噛み合って、本当に『魔界』につないでしまったんですよ。ダリュス様の、故郷に」
その言葉に、サラがえっ、と呟く。
「そこだけが、僕たちの唯一の誤算だったんだけどね。後で『魔界』から『人間が数人来た』って怒られて、彼らが強制送還されてきたから、そこで事態が発覚してね。まあ、丁度良かったんで、送還されてきた人達から話を聞いて、君の計画の細部まで知ることが出来たんだ」
ウェブの言葉を継いだソナウは、そこで一旦間をおいた。サラは、ただ言葉も無く立ち尽くしている。
「だから、君の動きは全てがこちらに筒抜けだったんだよ。その後、君が呼び出した『ガシュー・ダライア』を使って、裏で密かに動き出した。そして、ダリュス教の信者を増やすために、怪しげな『魔王ファンクラブ』なんてものを作って、『魔王復活』が行われるような兆しをみせはじめた。そうすれば、当然上は黙っちゃいない。今度は『ソナウ教の民間司祭』として『サリティア=ドゥーバス』という者が調査部隊に選ばれた。つまり、アガスの王女、君だね。そして、同行者に『ルナス=ティア』が勇者として、ソナウ教の司祭と共に派遣されることになったと」
「そうそう、その時に私、ちょっと命の危機を感じたものですから、『最初の街』を先手を打って、『結界』に封じ世間から隔離させたんですよ」
ソナウの続けた言葉に、今度はそれを再びルナティスアが受け継ぐ。
「『ガシュー』は、自分が滅ぼすはずだった『最初の街』が既に滅びていたことに、たいそう驚いていましたね。まあ、目的は果たしていることだし、と大して気にもとめずに、あなたの元へ戻って、『滅ぼしてきた』と報告したのよ。よっぽどガシューのほうがペテン師だと思うわ」
そして、そのままコロコロと鈴のような音で笑う。
「でも、それほど彼がうかつで助かりました。さすがに殺されては叶いませんので、酒場ではコルンたちに本気で突っかかっておきましたけど、雰囲気変えすぎちゃってコルンたちに気づいてもらえなくて焦りました。ダリュス様が機転を利かせてくださったので、ついでにガシューの名前をあなたたちに告げて、そのまま私は姿を隠したんです。一度も、『最初の街』になんて戻っていませんわ」
「えええええ?」
サラが思わず間抜けな叫び声をあげる。
「うふふ、きっと、ガシューはあなたに言ったでしょうね。最初の街で落ち合って、ルナスは殺した、とかなんとか。そんなわけないのよ。だって私、戻っていませんもの。姿を現さないから、じゃあ殺したことにしておこう、とか判断したんでしょうね」
その言葉に、ダリュスが苦笑した。
「あやつはな、まだ年の若い、『反魔王派』という輩の一人での。こやつらは、人間と仲良くするわしのことが、もー気に食わなくて気に食わなくて、仕方の無い連中なんじゃ。わしのことを『魔王』とも気付かぬ愚か者の集団じゃったがな」
そう言って、ため息を一つつく。
「まあ、こうしてお主はまんまとわしらの計画のとおり、『ルナス=ティア』を引っ張りだしてきた。まあまさか、『ルナス』を世の中に存在させないという、たったそれだけの理由で、『最初の街』を滅ぼすのは想定外じゃったがな。おかげで『ルナス』の仕事が百倍くらいになってしもうた。まあ、何故あの街を選んだのかも、大体見当はつく。あそこはまさしく名前の通り『最初の町』。ソナウの生まれ故郷なのじゃからな。まあ、世間にはあまり知られておらぬがの。ある意味、それは『ドナウブ』への宣戦布告でもあったわけじゃ」
ダリュスはそうして、ルナティスアを見た。彼女はにっこりと微笑むと、再び言葉を受け継ぐ。
「そう。本当に大変だった。さすがに私でも、あなたの目をかすめて村を助けることは出来ない。だから、そちらが『ルナス』を殺す、という計画を、まんま利用させてもらったの。酒場で善戦しちゃったのはさぞかし驚いたでしょうけど、おかげでそこで『消える』ことが出来た。ガシューもうかつにも、最初の街に戻ってこない私を『殺した』とかあなたに嘘ついてくれるしで、おかげでもう、私の仕事は増えに増えたけど、とにかく動きやすいこと!」
本当に嬉しそうに笑いながらルナティスアが話す、ことのあらましを聞いてから。コルンが苦笑しながら呟いた。
「なんだ。つまり全部、『ガシュー』がまぬけだったんじゃないか、それは」
その言葉に、サラが大声で反論した。
「なによ! そんなことないわ! 『ガシュー』は精一杯やっていた! 実質、コルン君たちは十分苦しめられたじゃない!」
「いや、『ガシュー』はまぬけじゃったよ」
怒りにまかせて何かを叫ぼうとしたコルンを制して、ダリュスが静かに告げた。その言葉に、サラが鋭い視線を彼女に向ける。
「どれほどまぬけか、ここで言うてやろうか。あやつは部下の『魔族』の一人を使って、『イリナ』の『ゲート』を支配しようとした。国家防御の要である『イリナ』を牽制することは、作戦の上でもかなり重大じゃからな。ま、うまいこと『イリナ』に潜り込んで、『ゲート』のコントロール塔を支配したまではよいのじゃがな。ここからが大問題じゃ。奴ら、乗っ取ったはいいが、その力を操りきれずに、潜り込んだ『魔族』が結界のせいで外に出られなくなってしまったんじゃ」
その話を聞いて、サラが思わず吹き出した。
「なっ、なんですって!?」
「本当なら、『ゲート』を乗っ取り、そこで大量の『魔族』を召還して、『イリナ』を乗っ取ってしまう計画だったんじゃろう。ところが、潜り込んだ奴も動けなければ、結局『ゲート』も消しきれず、誰も入れないし出られない状況が出来上がってしもうた。そこへ、またわしらが世間の常識なんてものを無視したスピードで、国境の『ゲート』までたどり着いてしもうたからの。奴は何も出来なかったんじゃ。だから『イリナ』国内は、異常に平和だったんじゃよ」
「ていうか、『イリナ』が平和って時点で、それくらい思いを巡らせておけよ、お前も馬鹿だろ、実は」
さきほどのお返しとばかりに放たれた、きついコルンの一言に、サラは何も言えずに俯いた。
「まあ、お主の計画はことごとくはずれ、『イリナ』で足止めを食らわせることにも失敗してしもうた。恐らく一番最初に首都国家全てを回りたいと言い出したのも、要は時間稼ぎの為じゃろうしな。ま、足止めの理由としては、遅れ気味じゃった『魔王復活』の儀式をなんとかするためかの。生贄の『ダリュス教』信者を砂漠に集めるのにも、苦労しておったようじゃしな」
ダリュスの言葉に、ソナウが再び全開の笑顔で言い放つ。
「そうそう。折角見つけやすい場所に、わざわざあんな判り易い神殿を建ててあげたのにね。君が神殿を発見して、大喜びしている様子は、僕も嬉しかったよ。それなのに、折角『偽の教本』に書き込んだ、大量の『生贄』となる信者がちっとも集まってこないんだもの。このままだと、ダリュス達のほうが先に神殿に着きそうだったから、僕が思わず信者のふりして移動の指揮をしちゃったよ。ま、そのおかげで、サラに渡すように仕向けた『偽の教本』の原本も信者たちからあっさり回収できたし、ついでにその時にディランにも会えたから、色々そこで作戦も立てられたしね」
屈託の無い笑顔でそう言うと、ソナウはコルンを見た。その笑顔に本気で困り果てた顔をしながら、コルンが肩をすくめてみせる。
「ほら、なんとなく、物凄く旅が遅れているような気がしていただろ? でもさ、普通に考えれば、有り得ないスピードで俺たちは旅をしていたんだ。本来なら五日かかる道のりを二日で行ってみたりな。ただ、ダリュスがとんでもないことばっかりやって、微妙にあちこちで足止め食ってただろ? 心理的に、物凄く旅が遅れているように感じちまったんだ」
そう言って、苦笑いする。
「それにほら、サラが気絶している回数も尋常じゃないから。正直、絶対この旅の間に数回死んでてもおかしくないくらい、とんでもないことになってたし。丈夫だよな、お前」
「コルン様、それはそれで、ちょっとあんまりな気もしますけど……」
無言のサラを見やって、ウェブが小さくコルンをたしなめてから、そのまま今度はウェブが話を再開させる。
「というわけで、平和に『イリナ』を抜けたあとに、更なる足止めのために、『テスカ』で『ガシュー』を私たちにぶつけることになったと思うんですけど。ここであなたに予想外のことが一つ。殺さずにいたぶる、という命令を無視して、『ガシュー』が本気で私たちを殺そうとしてしまいました。私たちも、まさかコルン様の魔法が全く効かないなんて思いませんでしたし、ろくに武器もない状態では、いくら私達だとて『魔族』相手には太刀打ちできません。実際本当にまずい状況だったので、コルン様が『本物』の『砂の剣』を抜こうとしていたんですが、それではこちらの計画も狂ってしまいます。そこで、仕方なくルナティスア様が予定よりも早く現れて、『ガシュー』を撃退することになりました。『ルナス』を始末したと聞いていたあなたが混乱する様は、ちょっとお気の毒でしたけどね」
本当にそんなことを思っているのか、淡々と語るウェブの言葉を、コルンが引き継ぐ。
「ま、『ガシュー』を倒したあとは、母上が結界で隠した『テスカ』と『ドミカ』の街道沿いを進んでいったんだけどな。で、『アガス』にたどり着いてすぐに、また『ダリアナ』が騒ぎを起こすだろ? あれも計画の一つだったのさ」
と、そこで。サラがふと、顔をあげた。
「……そうよ。父上よ。父上にすら、私が娘だと判らなかったのに。それほど完璧に別人になっていたのに。『アガスの姫』は放浪癖があって、城をすぐ抜け出すじゃじゃ馬なんて言われてまで、『サリティア=ドゥーバス』という『ソナウ教民間司祭』に化けていたのに……。なんでなの? どうしてここまで……」
絶望に打ちひしがれたその言葉に。ダリュスがたまらず、大声で笑い声を上げた。
「あっはっはっは! それはの、お主の変装も完璧じゃったが、ルナスのそれは、もっと完璧じゃったということじゃよ!」
そう言って、ルナティスアを指差す。
「わしが『アガス』の国王『ダーレン』と知り合いというのは真の話じゃ。しかし、『ダーレン』もお主の変装が判らぬほど、もうろくはしておらん。では、何故『地下牢』と『謁見控えの間』で、お主を『娘』と見破れなかったのか。答えは、簡単じゃよ。あれが『ダーレン』では無かったからじゃ!」
その言葉に、サラが間髪入れずに怒声をあげた。
「嘘です! それだけは有り得ない! この私が父上を見間違う!? どうやって……!!」
そこまで言って。思い当たったのであろう、ばっとルナティスアを振り向いた。
「まさか!!」
「そのまさかよ。あの国王は、私が『変身』していた姿だったの。ダリュス様が騒ぎを起こした理由は、普通に王城にたどり着けば、こちらの準備無しに、『本物の国王』と謁見が成立してしまうからよ。あの国境で警備していたのは、こちらからの回し者だったの。それで、『アガスの地下牢』に似せて作った、別の場所にあなたたちを繋ぐことに成功したのよ」
ルナティスアは、そう言いながら、サラをじっと見つめる。
「薄暗い地下牢で、声も反響しているから、少々違いがあっても、私が偽物だとばれることはないっていう自信があったわ。もちろん、その辺りはダリュス様もコルンもウェブも理解していたわよ。だからこその、芝居だったのだし」
しかしそこで、サラが言葉を遮るようにして叫んでいた。
「待って! それは絶対におかしいわ! ならばあの『控えの間』! あそこは私でもよく知っている所よ! そこを見間違えるって言うの!? 住んでいた、この私が!?」
「間違えたんじゃよ」
あっさりと言い放って、ダリュスはサラを見た。
「間違えたんじゃ。何故なら、あそこはわしが作ったのじゃからな。正確には、『アガス』の王城そのものを作ったのじゃ。『王城』のすぐ近くの森の中に、『結界』を張り巡らしてな。その城に仕え、破壊してはそれを直し、そして『控えの間』で何度も控えておった、このわし自ら手がけたわ。国王の『ダーレン』はおろか、城を作った技師ですら、間違うであろうよ」
ダリュスの言葉に、今度こそサラが言葉を失った。蒼白になって、ダリュスの顔を見つめている。
「じゃから、『控えの間』に現れたのもルナスなんじゃよ。何故ルナスを『ソナウ教』に派遣し、そして『特別司祭』にまでしたのかと言えば、お主を『アガスの剣』で釣るための餌と監視をするためと、何よりダーレンの側で、奴の行動を『コピー』するためだったんじゃよ。ルナティスアは天性の女優でな。一度見た仕草は、決して忘れない。様々な事態を想定して、ダーレンの所作のコピーも頼んではおいたのじゃが、ここまでやってもらうことになるとは思わなんだがの。まあ実際のところ、ダーレンは『控えの間』に現れるような、気安いことをする奴では決してないんじゃ。それは娘であるお主もよう知っておるじゃろう? じゃが、わしが『アガスの魔女』と呼ばれた天才魔術師で、そして何よりダーレンの友であるという事実で、それは覆い隠されてしまい、娘であるサラにさえも気付かれずに済んだのじゃがな」
そう言って、肩をすくめてみせる。その様子を見て、コルンが口をはさんだ。
「実際、ひやひやものだったんだぜ。いくら母上の『変身』が完全で、ダリュスが完璧に『アガス王城』を再現したと言っても、国王の身内で、しかも城に住んでいた奴なんだ。見破られないっていう保障はどこにもないしな。それで、あの謁見をさっさと引き上げさせ、細かい間違いとかに気が回らなくなるように、俺がわざと倒れてみせたのさ。まあ、君のほうでも城をうろつけばボロが出るだろうから、余程のことがないとうろつかないとは思っていたんだが、念には念を入れてな。俺が倒れたせいで、実際ろくに城内を回らずに、『ダリアナ』と一緒に俺の側かウェブの側にいただろ? 苦肉の策だったが、うまくいったってことだな。で、夜の闇に紛れて、正門ではなく裏口からこっそり『ドナウブ』に出発した。あれも、ちょっとでも君に怪しまれないための作戦だったのさ」
そう言って、コルンはため息を一つついた。
「随分大掛かりな仕掛けで、本当にここでばれるかも、とかなり私も気を揉みましたよ」
コルンに続いて、ウェブもため息を落とす。
「まあ、後はごらんの通りです。砂ミミズの暴走も、ちょうど儀式の最中に神殿に突っ込むための、ダリュス様の時間稼ぎでしたしね。そうそう、砂漠の前の森を抜ける時と、砂ミミズのことも、ダリュス様の策略でしたね」
「まだあるんですか!?」
悲鳴をあげるサラに、コルンが苦笑した。
「そう、まだある。いい加減俺も気付いた時には、その余りの綿密で緻密な嫌がらせにも近い計画に、おんなじ悲鳴をあげたくらいだからな」
そう言って、ちろりとダリュスを見やって、苦笑してみせる。
「砂漠との『国境』となっているあの森、あそこは『エルフ』の管轄になっていてな。知ってのとおり、地図上ではあれほど短い距離にも関わらず、本来なら抜けるのに『道案内』をつけても三日かかるんだよ。でも、俺たちは半日で抜けちまった。さっきもルナスが言ったとおり、今回の一件には『エルフ』が絡んでいる。当然、『迷わない』ようにしてくれたのさ。ほら、『ダリアナ』がむちゃくちゃを散々やったおかげで、この異常事態が全然気にならなかっただろ? 今回の『ダリアナ』の暴走にも近い暴挙は、全部こうした心理的なことも計画されていたんだ」
「そんなことまで計算されていたんですか!? 私はてっきりダリアナさんの天然だと……」
サラの至極正直な言葉に、ウェブが乾いた笑いを返した。
「いえ、天然でそういうことされる方なんですけど」
何気に酷い言葉に、コルンも乾いた笑いを返す。
「まあ、それはともかく。で、砂ミミズだが。君が裏で手を回して砂ミミズを用意していたことに、ダリュスは気付いていたんだ。それで、更に君の裏の裏から手を回した。実はここで大きなミスがあってな。君は気付かなかったらしいが、俺達はルナスが化けた『アガス』国王に、一度も『ウェブ』って愛称で呼ばなかったんだ。でも、砂ミミズを連れてきた使いの者は『ウェブ』って呼んでただろ。正直気付かれたかと肝を冷やしたが、その顔を見ると、本気で今まで気付いていなかったみたいだな」
苦笑しながら、驚きに顔を歪めるサラを見て。コルンは静かに告げた。
「つまりね。完全に君は、ダリュスにはめられたんだよ。少しずつ狂ってはいたが、おおよそ君の計画通りに事が進んだだろ? それはこっちのシナリオ通りってことだったんだ」
その言葉に。サラが喘ぐように、涙ぐみながら呟いていた。
「あ、あんまりだわ……。こんな、私だけじゃなく世界を騙すような仕打ち……」
だが、その言葉を、ダリュスが鋭く咎めた。
「騙したのは、最初は『人間』じゃぞ。じゃからわしらは、姿を隠して生きておるのじゃ。復讐をしなかったことを感謝してもらいたいぐらいじゃよ」
だが、その言葉に。サラは怒りにまかせて叫び散らした。
「それはソナウが『人間』だったからでしょう!? だから『人間』と対立したくなかっただけじゃない! そっちの都合のくせに、助けてやったみたいに恩着せがましく言わないで!」
一瞬、ダリュスは黙った。そして、呆れたようにソナウを見る。彼は一瞬困ったような顔をして、そして笑顔でサラの顔を見た。
「ははは。面白い人だ。僕が『人間』だって? 大体僕、今は幽体だけど、生きてるって言ってるじゃない。人間って千年も生きられる程長命じゃないでしょ? それに僕が『結界』をはったって言ってるのに、まだ気付かないの?」
その言葉に。サラは大きく瞳を見開いた。
「まさか……!!」
もう何度叫んだか分からない、その言葉を叫んで。サラのその様子を見ながら、やれやれといったように、ソナウが呟いた。
「そう。僕はね、『エルフ』なのさ。人間とのハーフだけどね。だから耳も尖っていないし、髪も金髪じゃない。『エルフ』の特徴は何も持っていないけど、その類い稀なる魔力は受け継いだのさ。だから人間に苛められていたんだし。『アスティナ』国王もほんと馬鹿だよね。あれだけ『亜種族』を嫌っていたのに、結局知らなかったとはいえ、『亜種族』の僕が英雄になっちゃったし。それと後ね、僕の母上は、『エルフ』の『長』なんだ。今回の作戦にこれほど『エルフ』が絡んでいるのは、そういうことなんだよ。……『エルフ』は最初に人間に襲われて、もっとも数が減った種族だからね。普通なら、人間を助けるための作戦なんて、手伝ってもくれないよ」
そう言って、笑う。
「馬鹿だなあ、サラ。だからさっきから言ってるだろ? 全部策略なんだって」
コルンが小馬鹿にしたように、サラに憐れみの視線を投げかけた。
「ついでにもう少し言ってやるよ。偽魔王はソナウだっただろ? それにしちゃ凄まじい『邪気』を放っていたけれど、あれはダリュスが『邪気』を操っていたからさ。で、あっさり『ドナウブ』の結界が壊れただろ? その理由は、結界を守っている『ソナウ』の魂を、より動かしやすくするために、一時的にこの辺りの結界だけ解いたのさ。……さあ、サラ。まだ何か質問はあるか? なんでも答えてやるぞ。全てがダリュスの策略だった、とな」
コルンの言葉に。驚き、怒り、そして落胆に崩れることを何度も繰り返していたサラが、急にぴたりと動きを止めた。
「なるほど。お話はよく分りました……」
そう呟いて、ふう、と大きく息を吐き出す。
「私はつまり、思いっきりあなたがたに騙されたと、そういうことですね」
やけに落ち着き払ったサラの言葉に。嫌な予感を覚えて、コルンが小さく身構えた。
「では、私も一つ。あなたたちの唯一の誤算が、私に大きく味方をしてくれたってことを」
その瞬間。コルンは横へ大きく飛びのいた。一瞬遅れて、巨大な爪あとがその場所を深くえぐる。
「……ちっ。やはり、呼び出しておったか」
ダリュスが小さく舌打ちして、サラのほうを見た。
そこには、サラを守るようにして、三人の男が立っていた。一目でそれが『魔族』だと分かる。
「なるほどな。『ガシュー』だけを呼び出したわけじゃなかったってことか」
コルンの言葉に、サラがにやりと笑う。
「当たり前よ。誰がそんな少ない戦力で戦うものですか。『ガシュー』の召還に成功した後、彼が『魔界』との道を開いて、彼の仲間を四人呼んだのよ。一人は、『イリナ』の『ゲート』で殺されたけどね」
そして、すっとコルンを指差した。その瞬間、コルンの持っていた『砂の剣』が、猛烈な勢いで跳ね上げられた。たまらず、コルンが剣を手放して、衝撃に痺れた腕を抱えるようにしてうずくまる。
「やはりまだ生きておったな! 『ガシュー』!」
ダリュスの叫び声は、そのまま『呪文』となっていたらしい。いきなり迸る電撃が、コルンの側に一気に収束する。
「あっぶねえな! 俺に当たったらどうすんだ!」
かろうじてそれを避けながら、コルンが怒鳴る。
「母上! 危ないから下がっててくれ! ウェブとダリュスは、あっちの三人を頼む。ソナウ!」
名前を呼ばれて、ソナウがすっとコルンの横に立った。こうして並ばれると、どちらがどちらだか、本当に分らなくなる。
「やれやれ。こちらが全部騙されていたんですね」
目の前に立ったのは、確かに消滅したはずの『ガシュー・ダライア』だった。やはり、傷一つ付くことなく、その場に悠然と立っている。
「……不死身かってんだ」
小さくコルンが毒づくと、ソナウが呟く。
「ああ、なるほどね。そういうことですか。……コルン、ちょっとこっちに顔向けて」
とりあえず言葉の意味が理解できず、ぽかんとして素直にソナウの方をコルンが振り向く。と、彼はいきなりコルンの額に、ぴしっと手刀をくらわした。
「ってええええええええええええ!!」
相当痛かったのだろう。コルンが額を押さえて絶叫する。ソナウはそれに構わず、今度はコルンの両耳に手を伸ばすと、彼の耳につけられた『竜の牙』のイヤリングを、ふつんと外した。
「さ、おしまい。思いっきりやっておいで」
にんまりと笑って、ソナウが呟く。コルンが額をさすりさすり起き上がった。彼が額にしていた『サークレット』がものの見事に破壊され、額が赤く腫れ上がっている。
「もうちょっとやり方ってもんがあるだろ! 痛いだろーが!」
がなり散らしながら、しかしコルンは油断なく気を配っていたのであろう。ふっと、いきなり背をかがめた。当然、ソナウも一緒に。その上空を、猛烈な勢いで炎の風が渡っていく。
「てめえも、こっちが揉めてる間っくらい、おとなしくしてろよ!」
振り向きざま、ガシューに叫んでから、コルンはふう、とため息を一つ落とした。
「つくづく緊張感のかけらもない方達ですね。だから、嫌いなんですよ。『ドナウブ』に移り住んだ生ぬるい『魔族』も、人間に肩入れする『魔王』もね」
顔を歪めて、ガシューが言い放つ。
「許せないんですよ。私たちよりも遥かに弱い『人間』なんかと一緒に暮らして、何の得があるというんです。弱い者が強い者に支配される。これは自然の摂理というものでしょう」
その言葉に、ソナウは表情を引き締めた。
「それは酷い驕りだね、ガシュー。そんなんだから、こちらの策にまんまと騙されたりするんだよ。何度となくダリュスは警告も兼ねて、お前達にヒントを出していたのに、それにすら気付かないんだもの」
静かに怒りを抑えながら、ソナウが告げる。
「旅の途中、ダリュスは『ダリアナ』だとお前に名乗っただろう? この名前、魔族の発音で読めば『ダリュス』と読めるんだ。それに気付かなかったのなら、相当な間抜けだね」
その言葉に、ガシューは小さく顔を歪めた。だが、それでも自信を無くした様子もなく、にっと笑ってみせる。
「ええ、そうですね。確かにそちらの策略だと気付かなかった。正直、『ドナウブ』と『ダリュス』を甘く見ていたことは認めますよ。完敗です」
そこで、ガシューはすっとコルン達を指さした。その仕草に、魔法が飛んでくるのかと慌ててコルンとソナウが伏せるが、予想に反して魔法は飛んでこなかった。
「別にいいんですよ。私が間抜けだろうと、どれだけ騙されようとも。この世界は必ず滅びるのですからね。あなた方が犯した唯一の失敗が、この私だ。それが取り返しのつかない失敗だったのですよ。見なさい、あなた達がどれだけあがこうとも、既に彼らは動きだしている」
その言葉に。コルンとソナウは同時に背後を振り向いた。そこにいたのは、『人間』だった。しかも尋常な人数ではない。恐らく数千人はいるだろう。
そして、それが先ほど砂漠へと逃げ出した『ダリュス教』の信者だというのは、一目で知れることだった。
「間抜けはあなた方ですよ。『人間』を救うためにここまで奔走しておきながら、結局『人間』に裏切られるのですからね。あの『ダリュス教』の信者達は、全てが『召還』を出来るのですよ。私のような『反魔王派』の魔族をね。しかも、生贄の人間無しに。さあ、どうします? なんの武器もなく、これだけの人間と、そして『召還』される魔族、そしてこの不死身の私にどうやって立ち向かうというのですか? ドナウブ国王陛下」
高らかに謳いあげるように叫ぶガシューに対して。コルンは俯いたまま、肩を震わせた。その仕草に、思わず隣にいたソナウがぎょっとしてあとずさる。
思いもよらぬ、威圧感を感じて。
「別に。いらねえだろ、武器なんか。てめえに効くのは、こっちだよ」
そう呟いて、コルンは額から手を外した。
そこには、『ドナウブ』の紋章が浮かび上がっていた。ソナウと同じ位置に、同じ紋章……否、紋章はわずかに違っていた。ソナウの紋章の『リバース』、つまり逆の紋章が刻まれている。
それに気付いて、ガシューが何かを言う前に。コルンは小さく呟いた。
「ゆけ。『砂の息吹』」
それは、力ある言葉のはずだった。が、何の変化も起こることはなく、思わず身構えたガシューが、きょとんとして辺りを見回している。
「……失敗?」
同じくきょとんと周囲を見回しているソナウの一言に、コルンは失礼な、と苦言を呈しておいてから。
「砂よ……」
再び発せられたその言葉と共に、コルンの手のひらには、『砂の剣』が現れていた。
「なに!?」
ガシューの叫び声に、コルンは不敵な笑みを浮かべた。
「こいつは『砂の剣』。姿形が『砂』のように自在に変化するからつけられた名前って訳じゃなく、『砂』の魔力で作られた剣だから、そう呼ばれるんだ」
そう言って、その剣を一回、大きく素振りする。
そして、一瞬後には、大きな剣戟が響き渡っていた。かろうじて、ガシューがその剣の一撃を、己が剣で受け止めている。
「さすがだね、今の動きが見えたんだ。では、これ」
囁き声であったにも関わらず、その言葉に含まれた恐ろしい響きに、ガシューは飛び退いた。瞬間、その場に電撃が巻き起こり、避けきれずにガシューの剣が一気に燃え尽きる。
「……な……」
二の句が告げず、ガシューが喘ぐ。
「……お前と対決しているときに、俺はほんとに悔しくってな。砂の力を使えないがために、お前みたいな雑魚に、やられなきゃいけないってことに。今更ここに来てまで、なお一つの真実を理解しない、こんな奴なんかにな」
唐突に攻撃の手を休めて、心底悔しそうにコルンが告げる。
「というわけで、おとなしくやられろ。俺は、本当はむちゃくちゃ怒ってるんだ。俺に黙ってこんな計画立てたダリュスにも、それに手を貸したソナウにも、一緒に動いていた母上にもな。だが、こいつらに当たろうものならば、俺の命が危うい。というわけで、ガシュー。諦めて俺の犠牲になれ」
どすの効いた声で、とんでもないことを言っているコルンに、ソナウが冷や汗をたらしながら呟く。
「なんかむちゃくちゃ言ってる……」
その言葉に、ぎろりと視線だけでソナウを黙らせてから。再びコルンは、ガシューを見た。
「……分らないのか? ガシュー。俺は、『ソナウ』と『ダリュス』の血を引き、しかも『エルフ』の女王の血も引いている。この力の強さは、母上の『竜族』譲りだ。その全ての力を引き継いだ俺に、誰が勝てると?」
その言葉に、ガシューはごくりと唾を飲み込んだようだった。が、一瞬躊躇いをみせたものの、ガシューは再び、コルンに向かってきた。
「あなたの血筋がどうであれ、あなたは私に敗れている。手も足も出せないままにね。ルナスの邪魔さえ入らなければ、殺していたはずなのに。それに、状況をまだ理解していないようですね」
そこで、ガシューは大きく息を吸うと、あらん限りの声を張り上げた。
「さあ、『人間』達よ! 今こそ『召還』をしなさい!」
その言葉に、コルンは大仰にため息をついた。
「……やはり、気付かないのか。残念だ」
瞬間、ソナウは慌ててその場に伏せた。何が起こったのか分からないまま、辺りが一気に砂煙に埋められてしまう。
「な、なにしてるんですか! コルン様!」
わずかに離れた場所で、サラを取り巻いていた三人の魔族と対峙していたウェブが、思わず叫ぶ。
「……腹が立った。お前ら、手を出すな。俺が全員片付ける。いいな、これは命令だ」
砂塵の中からその声が聞こえるや否や、あちらこちらから、ぐう、と呻く声や剣戟の音が響き始めた。
「コルン! 無茶をするでない!」
ダリュスが、方向を定められずにでたらめな方向に向かって叫ぶが、音は激しさを増すばかりである。
そして。五分ほどして、唐突に音がやんだ。それと同時に、渦巻いていた砂塵が、霧が晴れるようにさっと引いていく。
そこには、大地に倒れて動かない魔族が三人と、ガシューの姿。それを遠巻きに眺めたまま、何故かその場からぴくりとも動いていない信者達。そして、『砂の剣』を静かに大地に下ろしたコルンと、何故かもう一つ『砂の剣』を持ったまま、苦笑しているソナウの姿があった。
そして何より。とてつもないものを見た、という顔で、サラが放心状態でその場にへたりこんでいた。
「……な、なにを……?」
その光景に、思わずウェブがあとずさりしながら、コルンに問いかける。
が、コルンはそれには答えずに、ガシューと三人の魔族に向けて、手をかざした。
「何度も言わせるな。お前達は、完全にダリュスに騙されたんだよ。お前達が少しでもそれに気付けば、もう少し手加減してやれたんだがな……お別れだ」
その言葉と共に、コルンの手のひらに光が宿った。
「コルン! 殺してはならん!」
ダリュスが悲鳴のようにあげた声に、しかしコルンは動じることなく、何事か呪文を唱えた。そのまま、四人が跡形もなくその場から消え失せる。
「……コルン……」
ダリュスの絶望の声に、しかしコルンはすがすがしい笑顔を浮かべて、笑ってみせた。
「大丈夫。殺してねえよ。『魔界』に帰しただけさ。当分動けないだろうが、それは自業自得だろ」
その言葉に、ダリュスとルナティスアが、心底から安心した笑顔を浮かべる。
「……さて、サラ。どうしてあの『ダリュス教』の信者達が動かなかったのか、分からないだろう。 覚えているか? ダリュスがさっき、各国にスパイが派遣されていると言ったことを。要するに、『ダリュス教』の人間が、その『スパイ』なんだよ。じゃなきゃ有り得ないだろ、普通。『魔王崇拝』の信者が、『勇者崇拝』の信者と、ただの一度も戦争も衝突もしたことが無いだなんてな。彼らは、どちらの宗教にも属さない『ドナウブ』の国民なんだ。実に、『ダリュス教』の九割が『ドナウブ』の関係者なんだよ。まあ、残り一割がその実態を知らない一般信者で、今回はそいつらが『魔王ファンクラブ』なるものを作っていたんだけどな。……分かるか? あそこにいる信者達は、君の息がかかった『ダリュス教信者』ではない。残り九割の俺達の仲間だ。今回の事件を知って、芝居をうって協力してくれたんだよ。さあ、どうする? これだけの人数を前に、まだ俺と戦うのか? 相手するぜ」
先ほどと全く立場が逆転した、コルンのその言葉に。サラは無言でかぶりを振ると、小さく何かを呟いて、顔を覆って泣き出していた。
「何度も言っただろ。お前達は騙された。実質、裏で世界を完全に支配しているダリュスには、勝てるはずが無かったんだよ」
憐れみを帯びたコルンの言葉に、サラは涙に濡れた虚ろな瞳をコルンに向けた。そして、その瞳の奥に何かを見たのか、ガタガタと震えながら、がっくりと砂の上に膝を落とした。抵抗する気配は、最早かけらも見られなかった。
……そして。それは、そのままこの事件の終幕を意味していた。
こうして、『ドナウブ』の『結界』は再びソナウによって張り直され、『ドナウブ』の存在が世間に知られることにはならなかった。
また、サラは、この事件と『ドナウブ』の真相を誰かに喋ったら『砂ミミズ』になるという呪いをかけられて、『アガス』に強制送還され、消えていた街も、エルフの女王とソナウとルナスが魔法を解いて、全て元に戻った。
コルン達は、そのまま『アガス』に舞い戻ると、ことの顛末を『アガス』にいる本物の『ダーレン』に話し、『アガスの姫』の不祥事に対する慰謝料と、その姫の悪辣さの口止め料も含めて、たっぷりとお金を受け取り、意気揚々と『アガス』を後にした。
もちろん、この交渉を行ったのは『ダリアナ』であり、『ダーレン』は相当脅されて肝を潰したという。
こうして、世界を巻き込む恐ろしい事件は、世間のほとんど誰にも知られることがなく、また誰の目にも触れないまま、解決を迎えたのである。
お楽しみにいただけたでしょうか。多分、ここまで読んでいただいてから最初から読み返すと、「ああ!?」っていう部分がいくつかあると思います。なんかおかしな違和感のあるところは、大体このあたりのお話に繋がっていたのでした。
だいぶ書きなおしたのですが、まだおかしい気がしています。まあ、もう若さゆえということで許してください……それでは残すところ終章のみです。また次回。




