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風砂の王国  作者: 藤木一帆
10/12

第十章 『…………はずだった、その結末』

大変遅くなりました。第10章です。大変なネタバレその1。

お話を楽しむためには、この章からではなく、最初から読むことを推奨いたします。

それでは、物語の本当の開幕、お楽しみください。

 第十章 『…………はずだった、その結末』


随分と長い沈黙だった。瞳を大きく見開いたまま、サラはコルンを見つめていた。その沈黙のなか、何故か『魔王』も動きを止めていた。さらさらと静かに乾いた風が駆け抜け、二人の間を砂が舞い踊るようにして通り過ぎていく。

「……コ、コルン君。いきなり何を言い出すんですか? 私が『アガス』の名を持つって?」

たっぷりと時間が経過してから、明らかに動揺した声で、サラが沈黙を破って叫ぶ。

「何を言い出すも何も、俺は真実を言っているんだ。君は確かに『サリティア=ドゥーバス』だ。だが、俺は知っている。王族ってのは、普段偽名で過ごすんだってな。本名を知られれば、それを媒介に呪いをかける魔法もあることだしな。俺の知る限り、『アガス』の姫の名前は、『サーシャ=アガス=ドゥリア』だ。……偽名のほうはな」

コルンは、眉一つ動かすことなく、淡々と語り続けた。刃の切っ先は、一瞬たりともぶれることなく、サラの喉元を狙っている。

「まさか『本名』でくるとは思ってもみなかった。髪の色から仕草、口調。全てがこちらの情報とは違っていたからな。だから、俺は最初は別人だと思っていたんだ」

コルンはそこまで言ってから、ちらりと視線を動かしてサラを見る。

「ある程度の時点で確信は持ったが、それにしても恐れ入った。大勢のダリュス教の信者を魂の生贄として、あんな『魔王』まで復活させてな」

 コルンは、もう一度『魔王』に視線を送った。何故か戸惑ったような色を瞳に浮かべて、こちらの成り行きを見守っている姿が確認できる。

「コルン君……。一体どうしたんですか? 頭でも打ったんですか? 私が『姫』ですって? しかも『魔王』を復活させたのが私だと? おかしいじゃないですか。あなたたちを偽って、一体私に何の得があるっていうんですか。大体、あなたたちの方がよっぽど怪しいわ。何故『アガスの姫』の情報なんて持っているの? それに、『ドナウブ』を知っているなんて言っていたけど、どうして? それこそ、そちらのほうがおかしいわ」

幾分落ち着きを取り戻したのだろう。サラがコルンの瞳をまっすぐに見つめ、少々小馬鹿にしたような口調で、挑むように問い掛けてくる。

「……まあ、しらばっくれるつもりなら別にいいんだけどな。じゃあ説明してやるよ。俺も名前じゃ分からなかったんだ。別にそれで白状させようってつもりでもなかったしな」

コルンはそう言ってから、依然強い自信を瞳に宿したサラを見ながら、一息おいた。

「最初におかしいと思ったのは、『ガシュー・ダライア』の名前を君が呟いたことだ。その名前を知るはずがないのに、何故か君は知っていた」

その言葉に、サラはあからさまに眉をしかめた。

「はあ? いきなり何言ってるんです? ガシューに酒場ごと魔法で吹っ飛ばされた時に、みんなが聞いているでしょう? 私も魔力の渦の中で爆風に吹き上げられて、それで気絶する前に確かに……」

「それがおかしいって言ってるんだ」

コルンがサラの言葉を遮った。

「俺は、魔力が発動し始めて、まだ爆発が起こる前に聞いてる。君、そのときにはまだ、がっちり耳を塞いで、しっかりと目を覆っていたよな。それは俺がはっきりと確認している。その証拠に、あの魔法、本当はダリアナが唱えたってことを、君は知らなかっただろ? ……にもかかわらず、どうしてその時に名乗った奴の声が聞こえるんだ?」

コルンの言葉に、サラが驚いたように目を見開いた。

「……やっぱり! あの魔法はダリアナさんが唱えていたんですね! ……でもまあ、そんなことはどうでもいいです。それより、あっちは魔族なんだし、頭の中に直接話しかけるとか、そういうことくらいあるでしょ? 私はそれを聞いたのよ」

不服そうに訴えるサラに一瞥をくれると、コルンはそこで、一旦黙った。そして、何かを思い出したかのように、にやりと笑ってみせる。

「それは有り得ないな。あの『ガシュー・ダライア』の名前。あれさ、もしテレパスとかで伝えられたんなら、全員が聞いているはずだよな、その声を。でもな。俺しか聞いてないんだよ。ダリアナもウェブも、聞こえていなかったんだ」

「なんですって!? まさかそんなはずは……」

思わず叫んで、サラがはっと口をおさえる。その様子を見て、コルンはそのまま畳み掛けるようにはっきりと告げた。

「絶対に聞いていない。君が奴の名前を呟いた後、俺はダリアナとウェブに、ちゃんと答えを聞かなかったんだけどな。後で確認をしたら、二人は聞いていないと言ったんだ。それに、奴は俺の『目の前』に来て、はっきりと『口を動かし』て、自分の名前を名乗った。はっきりと『声』だったよ。そして、側には誰もいなかったと断言する。だから、君にその声が聞こえることだけは、絶対に有り得ない」

その言葉に、サラが真っ青になって俯いた。

「そ、そんなこと今更言われても……。だ、大体、死んだ人に確認は出来ないでしょう? だったらこれは、証明できない、ですよね?」

気を取り直したように、挑むような口調で突っかかってきたサラに。コルンは、ちょっと口の端を緩めると、苦笑しながら先を続けた。

「ああ、そうだな。ま、いいさ。実はそれはたいした問題じゃないし」

あっさりと、コルンはサラの主張を認める。その言葉に、サラが幾分か安堵の表情を見せた。が、コルンはさらに言葉を続けた。

「だが実際、『ガシュー』については奇妙なことが多かった。二度目の戦いのときに、あいつ、ダリアナの魔法を『魔族の魔法』だって言って、酷く驚いていただろう? でも、最初の戦いの時にダリアナが唱えたのも、その『魔族の魔法』だったんだ。にもかかわらず、あの驚きよう。考えられる可能性は、こいつがものすごく物忘れが激しいか、もしくは……最初とは『別人』だってことだ」

その言葉に、安堵しかけていたサラが、再びギョッとしたように肩を震わせる。

「そう考えると、なんとなく納得がいくんだよ。多分、最初に俺たちの前に現れた『ガシュー』。あれは、実は『ルナス』だったんじゃないか? で、二度目からが本物の『ガシュー』さ。その証拠っちゃなんだけど、最初『ガシュー』は魔法を使わなかった。『フォースシールド』なんて、最初から誰かがかけときゃいいだけだし、それに俺が吹っ飛ばされた力は、全て魔法ではなくて、『剣戟』だった。達人クラスの奴になら、出来るからな。おかしいとは思ったんだよ。殺気は酷かったが、そこまでの強い『邪気』が感じられなかったし。大体、『邪気感知』のできる君が、はっきりと俺たちに言っていたぞ。何かいるんですか? って。俺はちゃんと覚えている」

そこで、コルンは一旦言葉を切った。そして、探るようにサラを見やる。その行動に腹を立てたのか、サラはぎっとコルンを睨んできた。

「……有り得ませんよ。例え本当にそうだったしても、その作戦は成り立ちません。『ルナス』は弱かった。『アガスの剣』を抜けはしたけど、本当に剣の腕はからっきしだった。だから、剣戟で吹っ飛ばしたのが『ルナス』だなんて有り得ません。万が一有り得たとしても、『弱い』と思っている彼を、あの『ガシュー』の代役に立てる? ……余程の馬鹿じゃなければ、そんなことしないわ」

冷静なサラの言葉に。コルンは、何か考えるような素振りをした。そして、身じろぎ一つせず睨み付けているサラを見てから、再び何事も無かったかのように、言葉を続ける。

「で、二度目に奴が現れた時な。君は、奴が何かする前に、即座に彼の名前を言ったよな。たった一度しか会っていない、しかもほとんど耳を塞いで目を背けていた君が、なんであれが『ガシュー』だなんて分かったのか。あの時はこっちも気が動転してたから、気にも留めなかったんだが。今思うと、おかしな話だよな」

その言葉に、サラはぐっと詰まった。怒りにまかせて何かを叫ぼうとするが、言葉にならないでいる。

コルンはちらりと視線をダリアナとルナスへ向けると、いまだぴくりとも動かない二人を見ながら、静かに続けた。

「そして、決定的なのは、『ルナス=ティア』が現れた時の反応さ。婚約者だとか言っていた割には、反応がおかしかったよな。……まるで、亡霊でも見たような反応だった。普通なら、感動の再会ってことになるんだろうにさ」

「べ、別に私は……。ただ、本当に驚いてしまっただけで……」

言い淀む彼女に、コルンはにまっと笑ってみせた。

「もう少し言わなきゃ駄目か? まあ、君がソナウ教の民間司祭で、精鋭部隊に選ばれたのは本当のことなんだろう。そして、その素晴らしい『邪気感知』の能力もな。その立場と能力を利用して、『ルナス=ティア』に取り入ったんだ。そして、『ルナス』に黒ずくめの服装をさせ、更に『容姿変化』の魔法をかけて、俺たちに差し向けた。婚約者ってくらいだからな。『ルナス=ティア』は、君が思うままに動いたはずだ」

沈黙が一瞬、辺りを支配した。サラが、猛烈な怒りに肩を震わせながら、俯いていた顔を上げる。

「だから! 有り得ないと言っています! コルン君といえども、いい加減にしてもらわないと、本気で怒りますよ? 大体、こんな計画を立てるにしたって、私と『ガシュー・ダライア』の繋がりが全く無いじゃないですか! あなたの言うとおりの作戦だったなら、私にメリットが何も無い!」

厳しい表情で詰め寄るサラに、コルンは再び、小さくため息をついた。

「いちいち全部言ってやらなくちゃ駄目なのか? じゃあ、全部答えてやるよ」

その言葉に、サラが再びびくりと体を震わせた。まさか、という一言を口に出しかけて、小さく呑みこむ。気の毒なほどに蒼白なサラの表情を見やってから、コルンは淡々と言葉を続けた。

「まず君と『ガシュー』との繋がりだが。それはまあ、簡単だよ。『ガシュー・ダライア』は、君が召還したんだ。動かぬ確かな証拠もあるぜ」

そう言って、コルンは『旅珠』から一冊の古びた本を取り出すと、それをサラに投げてよこした。そして、読んでみろよ、と目で合図をする。

サラは、渋々といった様子で、その本をぱらりとめくってから。一ページと読み進まないうちに、顔面蒼白になった。

「これ……」

「ああ。『魔王召還』の手引書だよ。さっき神殿の中で、信者が読んでいたやつだ。これは、その原本さ。君の持ち物だ」

そう言って、コルンは指差した。そして唱える。

「『オーラ感知』『具現化』」

連続して唱えられた魔法に反応して、その本から小さくオーラが立ち上り、そして、サラの姿を形造っていく。

「今のは、持ち主のオーラを具現化する魔法だ。君の姿を造っただろ? つまり、これは君の持ち物だってことになる」

そう言って、コルンは本から目を一時も離さないサラに、さらに言い放つ。

「なんでここにあるのか? って顔してるな。まあ簡単だよ。『ディラン師』さ。お前、あの人利用しただろ」

「な!?」

サラが驚いて思わず叫ぶが、コルンは構わずに続ける。

「お前、『アガスの魔女』なめんなよ。ダリアナが三賢者筆頭の『ルクソス老師』の弟子だってことは、当然三賢者全員とも繋がってるんだよ。もう随分と前に、『ディラン師』からの言伝で、ダリアナが手に入れてたんだよ。そのあと行方不明になっちまったけどな」

そうして、コルンは小さく一息ついた。

「ま、『ディラン師』は別にいいさ、あとで紹介してやろう。ああ、ついでにもひとつ。そいつはな、ダリアナが準備した『偽物』だよ。そのまま唱えようがなんだろうが、『魔王』なんて復活しやしないさ」

「嘘!?」

思わずサラが叫ぶ。

「嘘よ! だって、この魔法は……!!」

そこで、言葉を切る。気の毒なまでに蒼白な顔が、何とも痛々しい。

「ま、その話はもうちょっと後でな。で、話を戻すが。『ルナス』を『ガシュー』の代役に立てるメリットだったか? こんなのも簡単なことだよ」

そう言って、コルンは言葉を切った。笑いを噛み殺したのか、それとも怒りを隠したのか、口元を覆って、サラを見る。

その行動に、サラは再び怒りを露にして叫んだ。

「な、なんだっていうんですか! 失礼にも程があるわ! 『ルナス』は私の婚約者よ!? 私がそんなことする理由は! 言いなさいよ!!」

コルンは、にいっと笑った。そして、言い放つ。「簡単さ。君は『ルナス』を殺したかったんだ」

その一言に。サラが一気に蒼白になった。それを見て、コルンは畳み掛けるようにまくしたてる。

「君にとって、『ルナス=ティア』は邪魔だった。いや、正確には、『アガスの剣』を抜けることが邪魔だったんだ。君の目的は、まず間違いなく、『魔王』を復活させ、この世界を意のままに支配しよう、ということだ。そんな『魔王』を復活させたくてたまらない奴が、この状況を歓迎できるはずがない。ま、『アガスの剣』があったって、『ルナス』はそれを抜けるだけで扱えないはずだったんだけどな。それでも、脅威には変わりがない。そう考えると、全ての説明がつくんだよ」

そこまで言ってから、コルンは一旦言葉を切った。サラが反論してくるかと一瞬身構えるが、呆然としてコルンを見ているだけである。

その態度に、コルンは自分の意見の正しさを再認識した。そして、続ける。

「俺達に『ルナス』を差し向けたのは、それで俺達を始末するつもりだったからじゃない。俺達に『ルナス』を『始末させたかった』からだ。君が、唯一の『ルナス』の武器である、『アガスの剣』を最初から持っていたことが何よりの証拠だよ。しかし、予想に反して、『ルナス』は善戦してしまった。そして、生き残ってしまったんだ」

そう言って、コルンはため息を落とした。そして、再び倒れている『ルナス』へと視線を送る。

「だが、君の計画は抜け目がない。恐らく、姿を消した『最初の街』辺りが妥当だろうな、失敗しようが成功しようが、そこで『ルナス』と落ち合うことになっていたんだろう。そこで、本物の『ガシュー』が『ルナス』を殺す手筈になっていた。そして、君は報告を受けていたんだ。『ルナス』は死んだのだ、とな。さぞ驚いたことだろう。いきなり『テスカ』国境で現れたんだからな。『アガスの剣』でガシューを斬りつけた奴を『ルナス=ティア』だとすぐに断定しなかったのは、『ルナス』が死んだと思い込んでいたからなんだろう? だから君は黙っていたんだ。『ルナス=ティア』のことも、『アガスの剣』のことも。どこからばれるか分からないからな」

コルンの指摘に、サラは顔を伏せた。

「まだ、言い逃れるつもりか?」

ほとんど、最後通告に近い言葉だった。手にした剣に、思わず力が籠もる。

サラの肩が、小さく震えた。訝しげにコルンが彼女を覗き込んで、ぎょっとしてあとずさる。

……彼女は、笑っていた。

「ふふ……ふふふふ……あーっはっはっはははは! あー驚いた。もっとぼんくらなお坊ちゃんだと思ってたけど。意外に鋭いのね。はいはい、参りました。『ドナウブ』王国第一六代国王『コルン=ドナウブ=ダナウェイ』様?」

突然、豹変した口調で発せられたその言葉に。コルンは不敵に笑った。

「なんだ。やっぱり知っているんじゃないか、俺のことを」

そう言って、コルンはさらに一歩、サラから下がって間を空ける。もちろん剣は突きつけたままで。

「そうさ。俺は『ドナウブ』王国の現国王、『コルン=ドナウブ=ダナウェイ』だ。『アガス』の姫が不穏な動きをしていると伝え聞いてね。わざわざ直々に、この世界へ出てきたわけさ。囮になるためにな」

その言葉に、サラがケラケラと笑い声をあげた。もう、あの素朴な感じのする、ソナウ教民間司祭の面影は微塵も無かった。自信に満ちた瞳、人を見下したような表情。まるで別人のようだった。

「ふふっ。調べるのに苦労したのよ、あなたのこと。『ドナウブ』が存在することは薄々気付いていたわ。砂漠に入った者たちが、長く行方不明だった後、記憶をなくして帰ってきたりすることがあったからね。だから、調べたのよ。そうしたら、無くした記憶を思い出したって人物に出会って、色々話を聞けたわ。そして、あなたの事を知ったのよ。『ドナウブ』には年若い国王がいるってね。これはチャンスだと思ったわ」

「……何のチャンスだい?」

せきを切ったようにベラベラと話し出したサラを見ながら、コルンは静かに尋ねた。

「この『アスティナ大陸』を、再び『アガス』が統一するチャンスよ」

さらりと恐ろしいことを告げてから、サラはにぃっと笑った。

「『ドナウブ』を発見したとなれば、私は間違いなく英雄になれるわ。しかも勇者の子孫である『国王』を虜にしてしまえば、それを利用して世界を跪かせることも夢じゃない。世界を一度滅ぼした『魔王』をこの手で復活させて意のままに操り、それを倒した勇者の末裔を利用すれば、愚民たちはなんでも私のいいなりよ」

にやにやと顔面に嫌な笑みを張り付かせながら、サラは人差し指でコルンを指差した。

「私は古い文献を徹底的に探し集めて、『魔王』が砂漠に『封印』されていることも突き止めた。計画を完全にするために、まずは、あの『ガシュー・ダライア』を召還した。この本を使ってね」

そう言って、手に持った先ほどの皮塗りの本を、軽くぱん、と叩いてみせる。

「コルン君、あなたさっき、この本はダリアナさんが用意した『偽物』だって言ったわよね? でも、多少の犠牲は払ったけれども、確かにこの『ガシュー・ダライア』を召還できたのよ。『魔王』の召還方法も載っていたけど、大量の生贄が必要だったからね。諦めたわ。でも、別の魔族ならば、数人の命で事足りる」

「なるほどな。砂ミミズの上で叫んでいた、数人の犠牲を払って『魔族召還』をしたっていうのは、本当の話だったってわけだ」

コルンの言葉に、サラが頷く。

「ええ、そうよ。失敗したなんて言ったけど、あれは嘘。成功したのよ、彼を召還することに。そして、『魔王』復活の儀式から何から、全てを彼に教わったわ。そして、『ドナウブ』が『結界』に守られた国で、その『結界』を解けば『魔王』が完全復活するってこともね」

そこまで話してから、サラはちらりと視線を動かした。視線の先には、ルナスが倒れていた。

「そして、『ルナス』よ。彼は実に使いやすい存在だったわ。私は髪の色、瞳の色、性格から何から全てを変えて、『サリティア=ドゥーバス』として彼に近づいたの。ソナウ教の民間司祭という身分を捏造してね。『ルナス』は純朴だったわ。親切にしてあげたら、ころっと私に惚れてくれて、あっという間に婚約。もちろん、指一本だって私には触れさせなかったわ。だって、ソナウ教の民間司祭は、結婚式をあげるまでは、純潔を保たねばならないからね。そういう教えだし」

ふふ、とサラは妖艶に笑うと、さらに言葉を続ける。

「私と一緒に居たい、愛しているっていう、その純粋な想いを利用して、私はソナウ教の内部に入り込んだわ。そして、そこから『魔王ファンクラブ』なんてものを蔓延させたわけ。面白いくらい、ソナウ教の若い信者たちがこちらにハマってくれたわ。その時に、『ディラン』にも目をつけた。若さと力を持つ故の奢りがみえる彼を籠絡するのはたやすかった。あの『魔王復活の書』をちらつかせて、復活させた『魔王』を倒せば、あなたは英雄よ、と吹き込んだら、ころっとこちらに寝返ったわ」

「それはお前が騙されてたんだけどな」

コルンが苦虫を噛み潰したような表情で呻く。ディラン師は、その誘惑に乗ったふりをして、こちらに情報をリークしたのち、行方不明になったのだ。恐らく、ダリュス教の信者に巻き込まれ、催眠状態になっていたと思われる。つくづく気の毒なことをしたものだ、とコルンはため息をそっとついた。

「大きな誤算だったわね、それは。まあ、でもいいのよ別に、『魔王』さえ呼び出す媒介になってもらえれば、彼のことはどうだって良かったし」

さらりと恐ろしいことを呟いてから、サラは再び話を続ける。

「で、ルナスよね。あなたたちの居場所を突き止めてから、私は『婚約者が行方不明の哀れな民間司教』という体であなたたちに接触した。なにせ、あなたを籠絡しなきゃ意味がないからね。だから、ちょっとした芝居をしたのよ。どうせ『魔王の復活』なんていっても、あなたは信用しないでしょう?だから、ルナスに『魔族』の真似事までさせて、本当に魔族が動いている、と信じ込ませたわけ」

「なるほどな。まあ、確かにあの時点では、俺は確かに『魔族』が復活している、と思ったしな」

コルンの相槌に、サラは得意満面で頷いている。

「そうでしょうそうでしょう。まあ、これで彼の用はここまでよね。後は、折角『魔王』を復活させて、私の下僕にした挙句、恐怖政治を敷く題材にしようとしてる計画の邪魔になっちゃうからね。『アガスの剣』が抜けるなんて、いくら剣の腕がぼんくらとはいえ、脅威には変わりないわけだし。庶民の偶像として据えておくには最適だったけど、『ドナウブ』国王さえ見つかれば用無しよ。だからさっさと殺すことにしたの」

「……魔族なんかより、よっぽどお前のが悪魔みたいだよ……」

コルンが呆れたように呟く。が、サラは意に介した様子もなく、続けた。

「こうして私は、着々と準備を進めたわ。あなたと仲間になることに成功して、城においてある影武者も皆にばれることは無かったし、計画は順調だった。『ルナス』を合法的にこの世界から『消す』ために、ガシューに『最初の街』を滅ぼしてもらうのも、嘘みたいにあっさりいったわ。本当は、『ルナス』にはあなたにあっさりとあの酒場で殺されて欲しかったのだけど、なんかバカみたいに強いから、焦ったわよ。こっちだって、弱いフリしてなきゃだから、手助けも出来ないしどうなることかと思ったけど、まあダリアナさんがあの勢いで暴走してくれて、結果オーライよね」

「ほんとに悪魔の所業だな。ただ一人、『ルナス』を殺すカモフラージュのためだけに、村を一つ滅ぼしたっていうのか?」

コルンのげんなりとした声に、サラはあっさりと肯定の言葉を口にした。

「そうよ。街一個くらい、この先を思えば大したことないわ。ただ、ガシューがなんであんな奇妙なやり方をしたのかは、分からないのよね。滅ぼせとは言ったけど、完全な消滅なんてどうやったんだか。魔族って怖いわよね。まあ、ルナスが生き残っちゃう可能性も考えて、あなたたちを脅したあとにあとから『最初の街』でルナスとガシューに落ち合ってもらう算段を最初からつけておいたのだけど。結局、どういうわけか『ルナス』は生きてたし。『ガシュー』は確かに殺したって言ってたのにね。そこは大きな誤算だったわ」

サラが苦々しげにつぶやくが、まるで他人事のような言い方だった。

「まあ、『アガスの剣』を私の手元に置いておくのが本来の目的だったし。脅威は自分で持っていたかったしね。色々誤算はあったけど、何よりダリアナさんにだいぶ命の危険に晒されたけど、概ね『世界の滅亡』ぽいものを各国でみてもらえたし、まんまとあなたたちは私の作戦にのって、私を砂漠まで運んでくれたってわけ」

ふふふ、と楽しげにサラは笑った。

コルンは、再び一歩下がった。明らかに警戒心を強めての行動だ。

「お前、そのためだけに、『ドミカ』と『テスカ』を滅ぼしたのか?」

「そうよ」

あっさりと首肯すると、サラはにんまりと笑った。

「あなたが一筋縄で私に落ちてくれるような人じゃないと分かったから、途中から方向転換したからね。滅びた街なんてどうでも良かったけど、旅の途中でそこらを見せつけてやれば協力もしやすくなるでしょうし、何より、あなたを落とせなくても『魔王』を支配してしまえば関係ない。殺せばいいだけだし」

淀みない澄んだ瞳で、サラは嬉々として話を進める。いっそ、それは『邪気』よりも恐ろしい、あまりにも純粋な『欲望』だった。

「あなたの役割は、『私に惚れる国王』ではなくて、『ドナウブの居場所を教える囮』に変わった。実際、ダリュス教の信者たちから少しずつ命を奪って、そして何よりディラン師ね。すっかり洗脳が効いて、その膨大な魔力と召喚の知識を如何なく発揮してくれたわ。そして、復活の『儀式』は成功。砂ミミズで邪魔されることも作戦のうちだったわ。だって、一番巨大な砂ミミズを連れてくるように、私が指示したんですもの」

「お前が?」

コルンの言葉に、サラは大きく頷く。

「ええ、『イリナ』の『ゲート』破壊でピンときたの。神殿は、ダリュス教の狂信者たちが、それこそ随分大昔から、こっそりと建てていたものだけど、あんなのはただのフェイク。大体『魔王』を呼び出すのに、あんな神殿なんていらないし、第一邪魔だし。とっとと壊したかったのよね。だから、ダリアナさんのことだから、きっと暴走して『神殿』もろとも破壊してくれると思っていた。それに、だからこそ、最後の仕上げがやりやすくなったのよ。最終的に私の『アガスの血』でもって、『魔王』を呼び出し、意のままに支配するっていう目的を達成するためのね。まあ、こんな目的だったから、ガシューに真意を知られでもしたら、こっちがの命が危なかったけど。どさくさに紛れてうまくいったわ。むしろ、ここまで『ルナス』が生きていてくれて、逆に正解だったわね。あっさりと用無しのガシューを殺してくれた。まあ、結果オーライよ」

そう言って、額の傷と流れる血を指差しながら、サラは再びくすくすと笑った。悪びれた様子もなく、実に愉快そうに声をあげる。

「本当に、魔族よりも性質が悪いなお前。そうまでして、この『アスティナ』を支配したかったのか。俺たちの国『ドナウブ』を乗っ取って、幻の国を支配したことを自慢して、……その先に一体何があるっていうんだ?」

コルンの哀れみを含んだ言葉に、サラは心底不思議そうな顔をした。

「それに、街ごとあれだけの勢いで消しまくってたら、支配するも何も、支配する民がいないじゃないか。世界はほぼ、壊滅したんだぜ?」

「違う!!」

サラが、コルンの言葉を遮って叫んだ。そこには明らかに、動揺の色が見てとれる。心なしか顔色も青い。今までの饒舌が、実は何かに怯えていたのだ、ということを、コルンは確信した。そして、にんまりと笑ってみせる。

「……街を消したのは、君じゃないってことか? いや、滅ぼせ、とはガシューに命令したけど、『全部』なんて言ってないってことか。そりゃそうだろう。これに関しては予定外も予定外。誰がこんなことをやっているのか、想像もつかなかっただろうさ」

コルンの言葉を、サラはよく理解できなかったようだった。睨みつけるようにして、何も言わずにコルンをぎっと見つめている。

だが、コルンはその件に関してはそれ以上述べず、未だ困ったようにこちらをじっと眺めている『魔王』に目を向けた。

「それにだ。大体、今の君の言葉には、明らかに色々事実と矛盾があるぜ? 大体『ルナス=ティア』がここまで剣を扱える奴だとは、君は知らなかったんだよな? そうなると、ますます話がおかしくなってくるんだよ」

そうして、コルンはサラに視線を戻した。彼女はただ黙って、コルンを見ていた。そして。

「……コルン君。あなたがどこまで知っているのか知らないけれど、ほんっとに邪魔だわ、あなた。消えてくれる?」

ぞっとするような笑みを浮かべて、サラがコルンをびっと指差した。

「そこの『魔王』! 私の血の契約で蘇りし全ての魔を統べる者よ! 私の命に従い、この愚かな人間を殺しなさい!!」

その命令に。コルンはしかし、全く動じることなく、ただ黙ってその場に立っていた。そして、魔王もまた、その命令に従う様子もなく、その場からじっと動かない。

「……どうして!? 私の『血』を与えたでしょう!? それで復活しているんでしょう!? だったらば何故『マスター』の命令を聞かないの!」

血相を変えて叫ぶ彼女に、しかし『魔王』は全く無反応だった。その様子を黙って見ていたコルンが、そっと口元を覆った。まるで笑いを隠すように。

「……あれが『魔王』……くっ、くくくくく……」

 その言葉に。サラがカッとなって、叫ぶ。

「何よ、その態度! 少しは怖がったらどうなの!? あれこそが伝説の『ダリュス=ダナル』本人なのよ!! そしてあれは、私が『血の契約』によって呼び出したの! だから、あれは私の命令を忠実に実行するはずなのよ!!」

その言葉に。小さく、くくっと呻くような声が響いた。その音を聞いて、コルンは表情を緩めた。口元が笑った形になり、それでも必死に我慢しているのか、頬のあたりが引きつっている。

その様子に激昂して、サラが何かを言う前に。

「あっはっははははははははははははははは!!」

唐突に。あちらこちらで、笑い声が同時に巻き起こった。驚愕の表情で、サラが慌てて振り仰ぐ。まず笑っていたのは、コルンだった。……そして。

「何故!? どうして『生きて』いるの!?」

悲鳴にも似た声で叫ぶサラ。その瞳に映ったのは、確かに先ほどまでぴくりとも動かなかったダリアナとウェブ、そして『ルナス=ティア』が転げまわって爆笑する姿だった。そして、何故か『魔王』までもが上空で爆笑している。

「あーはっははは! 駄目じゃもーわしは可笑しくて可笑しくて。おちおち死んでもいられぬわ」

「もーダリアナ様ったら。途中からずっと吹き出しそうになってて、もーこっちもハラハラでしたよ本当に。柄にもなく俯いて震えてると思ったら、笑っているんですから! 神殿にたどり着いてからずっとなんですもん、どうしようかと思いましたよ!」

ウェブが隣でげらげらと笑いながら、ダリアナをたしなめている。

「あはははは。もー本当に、我慢大会みたいな感じでしたよ。苦しくってもう……」

あれほど冷静を装っていたルナスまでもが、涙を流しながらダリアナにもたれかかって大笑いをしていた。その光景に唖然として、サラは完全に言葉を失っている。

「まったくもう! しょうがない奴らだなお前らも。おかげでシリアスな会話が台無しになっちまったじゃねえか! もうちっと我慢してろよ」

コルンが大声でダリアナたちに文句を言うが、しかしこちらも、目に涙を浮かべて笑っていたりする。

「おーい。そこの『魔王』。もー笑っちまったから、いいから降りてこいよ!」

コルンは涙を拭いながら、気楽に『魔王』に声をかける。一人上空で爆笑していた彼は、その言葉にあっさり従うと、すとんと地上に降り立った。そして、コルンの隣へとやってきて、立ち止まる。

言葉も出ないのだろう。口をぱくぱくさせて、サラが何事かと目を白黒させている。

「分からないって顔をしてるな。一体今、何が起こっているのか、さっぱり理解できないだろう。さあ、これからがショウタイムだ。嘘、やらせ一切無しさ。真実を教えてやるよ。な、ダリアナ?」

その言葉に、ようやく笑いから帰ってきたダリアナが、黙ってサラを見据えた。

「こ、これは一体どういうこと、なんですか? どうして生きているの……? だって、確かに『生命の息吹』を感じられなかったのに……」

ようやく、喘ぐようにして呟いた彼女の言葉に、しかしダリアナは、小さな笑みを一つ返しただけだった。

「お主、忘れてはおらぬか? わしは『アガスの魔女』と呼ばれた魔法使いじゃぞ。腐っても司祭を名乗るお主じゃから、生きているか死んでいるかは、そのオーラで分かるじゃろうと踏んでな。そのオーラを『断ち切る』魔法を使ったのじゃよ。まあお主は、わしらをペテンにかけたつもりだったんじゃろうがな。上には上がいるということじゃよ」

しかし、その言葉に、サラは訝しげにダリアナを見た。そして、小さく叫ぶ。

「……そんな魔法、聞いたことも無いわ……。ダリアナさん。あなたの存在の意味が、私にはわからないわ……。あなたは、一体何?」

その問いかけに、ダリアナがからかうような笑顔で、サラを見やる。 

「ほほう。それはどういう意味かの? コルンのことを調べている間に、わしの存在が一切確認でもできなかったか? それに、わしが『アガスの魔女』であるということも、事前に分からなかったと?」

その言葉に、サラがぎくりとして身を引く。が、すぐに彼女はそれを肯定した。

「……ええ。そのとおりよ。『ドナウブ』の国王お付きの『ウェイスター』の存在は、出会う前から確認していたわ。でも、コルン君に『姉』がいるなんて話は、ちらりとも聞かなかった。存在の気配すら感じなかったのに。それなのに、あなたは存在している。長いアスティナの歴史上、最も恐れられる稀代の英雄、天才魔術師『アガスの魔女』として」

そう言って、疑惑の瞳をダリアナに向ける。答えたのは、コルンだった。

「そりゃそうさ。……ダリアナは俺の姉なんかじゃねえもん。調べるもなにも、調べられるはずがないさ。なあ?」

気軽に発せられたその言葉に。その答えを予想していなかったのであろう、サラが驚きに目を見開いてダリアナを見た。

「コルンの言うとおりじゃよ。わしはコルンの姉ではない。まあ、似たようなものなんじゃが。便宜上『姉』とは名乗ってはおるがの。コルンは絶対に認めてくれんのでなあ。だから『血縁』とか『姉みたいなもの』とかしか言うてくれぬが。ただ、略歴に嘘偽りはないぞ? わしは、確かに『ルクソス=ライダ』老師の一番弟子にして唯一の弟子。そして、アガスの王城に勤め、ルナスをも知っていた。……わしは、こういう者じゃ」

その瞬間だった。すさまじい『邪気』があたりに渦巻いた。先ほどの『魔王』復活の時の比ではない。体ごと持っていかれそうなほどの、凄まじい勢いである。

思わずサラは身を伏せかけて、ぞっとした。コルンたちは誰も伏せていない。それどころか、笑っているのだ。まるでそよ風でも吹いているかのように、涼しい顔でサラを眺めている。

サラは、喉が張り裂けんばかりに絶叫した。サラの能力ははっきりと告げていた。その恐ろしい『邪気』を発しているのが、他ならぬダリアナであると。

「ダリアナさんっ! あなたは一体なんなんですか!? どうしてこれほどの……」

半狂乱で叫ぶサラに、ダリアナは困ったように呟いた。

「まあ『邪気』くらいで驚かれてものう」

その言葉と共に、『邪気』の渦が幾分か収束しはじめる。だが、そこにある強烈な威圧感は、依然去る気配がない。

慄くサラに向かい、ダリアナは静かに歩みを進めた。その歩みにおびえたように、サラがずるずるとあとずさっていく。

「何を恐れる? サラ。このわしこそ、お主が復活を渇望した、千年前にこの世界を一夜で滅ぼした、『ダリュス=ダナル』本人なんじゃよ」

今や『邪気』はほとんど収束していた。歩みを進めるダリアナの姿が、一瞬ぼんやりと霞み、そして、再び姿を確認できたときには、ダリアナの姿に大きな変化が起こっていた。

美しい濃紫の髪は腰まで伸び、紅みがかった瞳は、獣の瞳のような金色に変化して輝いている。踊り子のような服装は、この世界では見たこともない模様を施した甲冑と、黒衣の仕立ての良い服に変化していた。

そして、なにより。彼女の額には、ダイヤ型の小さな紋章がはっきりと刻まれていた。それは、この世界に広く知られている、ダリュス教の刻印だった。

「……そ、そんな……」

よろよろとサラが半歩下がる。

「嘘でしょう!? だって『魔王ダリュス=ダナル』はここに、今ここに復活して、ここに立っているじゃない! それに、『魔王』は男だったって! 文献では確かにそうあって……」

そこまで叫んでから、サラは唐突に何かに気が付いたのであろう。ぴたりと言葉を止め、そして小さく息を呑んだ。その様子を見て、ダリアナ……いや、ダリュスが苦笑する。

「別に、わしは『男』だとは一度も名乗ってないのじゃがな。名前が男みたいじゃから、勝手に人間が勘違いしたんじゃよ。大体文献じゃとか言うておるがの。それはわしが用意したフェイクじゃよ。というか、『ドナウブ』に関するこの世界に広まる情報や伝承、果ては噂に至るまで、何もかも全てが、わしが『造った』のじゃ。すべて、わしの用意したフェイクじゃよ。お主に渡された情報も、当然こちらから操作しておったからな。お主は、わしらにまんまと騙されたのじゃよ」

ダリュスの言葉に、サラは、すがるような瞳でコルンを見た。

「じ、じゃあ、私が苦労して呼び出した、この『魔王』は!?」

コルンの隣に無言でちょこんと立っている『魔王』を指差して、サラが叫ぶ。

「ああ、こいつ? おい、ウェブ」

何故か突然、コルンがウェブを呼ぶ。彼は一言、かしこまりました、と呟いてから、ずっと頭に巻いていたターバンを取った。その額には、見たこともない紋章が輝いている。

ウェブは、口の中で何事が呪文を唱えると、さっと右手を上げた。額の紋章が、それに呼応して一際強く輝く。

それを合図に、『魔王』の姿が一瞬掻き消え、また一瞬後には、そこに姿を現していた。……ただし、姿を全く変えて。

「……コルン君が二人!?」

サラが驚愕して叫ぶ。それを聞いて、コルンは苦笑した。

そう、『魔王』は、まさしくコルンに瓜二つに姿を変えていた。服装はおろか、マリンブルーの美しい髪、紅玉の愛らしい瞳、それら全てが、双子でもこうは似ないだろう、という程にまで、そのままに。

ただ、若干、『魔王』の姿をしていた彼のほうが、穏やかで優しい雰囲気を纏っており、何より額には、ソナウ教の紋章が刻まれていた。

彼は、にっこりと微笑むと、すっかり驚きに打ちのめされたサラに向かって、恭しくお辞儀をした。

「サラさん。ご紹介しましょう。このお方が、かの救国の勇者、『ソナウ=ドナウブ』様御本人です」

お辞儀をしたままの彼の側に移動して、ウェブが静かに告げた。

言葉も無く立ち尽くしているサラに、コルンが説明を加えてやる。

「驚いたか? 『ソナウ』はまだ生きているんだよ」

「一体、どういう……」

サラが、息も絶え絶えといった体で呟く。先ほどの自信に満ち溢れた姿は、もはや面影もなかった。

「ソナウはな、この『ドナウブ』を守る結界の『要石』の役割をはたしているんだ。この王国を守る代わりに、自分では外を自由に出歩けない。だから、有事の際は俺たちが出るんだが、それでも『ソナウ本人』の力が必要なこともある。そういう時、その魂を召還をしているのが『ディオナ家』なのさ。ウェブ、つまり『ウェイスター=ディオナ』は、ディオナ家の当主なんだよ。俺達のお目付け役っていうのが建前で、本当は『ソナウ=ドナウブ』の魂を唯一、この世界に『降臨』させられる奴なんだよ」

そう言って、ウェブを呼び寄せると、彼の肩をぽんと叩く。

「まあ、切り札みたいなもんだな。今回は君が『魔族』を呼び出し、『魔王復活』を目論んだだろ? でも復活も何も、ダリュスはこれこの通り、俺の隣でピンピンしてるからな。俺はずっと言っていただろう? 『魔王なんて復活するわけがない』ってな」

コルンの言葉に、サラはがっくりとうなだれた。

「ま、不穏分子はどの時代でも湧いて出るんだ。今回は丁度いいから、お前の計画そのものを利用させてもらったんだ。復活したと見せかけるために、ちょっと『勇者ソナウ』に『魔王』 の役をやってもらって、ついでに思い知らせるために、『ドナウブ』を見せる『結界崩壊』の演出をさせてもらったのさ」

何か言いたげに、ただ何も言葉にならずに、サラは口をぱくぱくとさせたまま、喘いだ。その様子をみて、ソナウがコルンをちょんちょん、とつつく。

「ねえ、コルン。彼女は、僕と君の姿に驚いているみたいだよ?」

コルンに似た涼やかな声で、ソナウが微妙に的外れな意見を発する。その言葉に、コルンは小さく苦笑した。

「ああ、それね。俺は、『ソナウ』に生き写しなんだよ。先祖がえりって奴だな。まあ、残念だったな、サラ。たくましい体の美青年なんかじゃなかったんだよ、こいつは」

そう呟いて、コルンは自嘲気味に苦笑した。そして、黙ってにこにこと笑っているだけの『ルナス=ティア』に視線を移した。ルナスは、コルンと瞳が合うと、にっこりと笑ってみせる。

「驚きついでに『ルナス=ティア』だけど。いい加減もう元の姿に戻ったら?」

「ルナスまで偽者なの!?」

ほとんど最後の砦だったのであろう『ルナス』の名前が出て、サラが小さく悲鳴をあげる。

「いや、偽者っていうか……。まあ、実のところ『ガシュー・ダライア』以外は全員、俺たちの関係者だよ。あいつだけは確実に君の味方で、そして『魔王』復活を望む『魔族』だったのさ。『ダリアナ』が『魔王』だとも知らない、暴走気味の若い魔族だったけどな。それにしてもだ。婚約者ってなんだよ。最初聞いた時、死ぬほど驚いたぜ。……ねえ、母上」

コルンの口から出た衝撃の一言に。

『ルナス=ティア』は、ゆっくりと顔の布をはずした。そこに現れたのは、やはり先ほど見た、あの美しい顔である。

だが、次の瞬間。ルナスは衣服をぐっと引っ張った。その衣服に姿が隠れた後、再び現れた顔は、全く別人のものだった。

少し垂れ目の紅玉の瞳に、飴色のセミロングの髪が優しく揺れている。そして、頭には大きな紅いリボンがつけられ、服は人形のようにかわいらしいドレスになっていた。どこからどう見ても、十代前半の、完全無欠の美少女である。

「……これが『母上』?」

とりあえず色々置いておいて、サラが突っ込んだのはそれだった。

「おう。これでもこの人八百歳超えてるから」

気持ちはよく分かる、とばかりに答えたコルンの一言に、『ルナス』がコルンの頭をぺち、と叩いて戒める。

「一言余分よ、コルン。……改めまして、サラ。私は『ルナティスア=ドナウブ』。コルンの母親ですわ。名前を少しいじって男の名前を使っていたのだけれど、正真正銘、女性よ」

そう言って、『ルナス』ことルナティスアは、ころころと笑う。

「ごめんなさいね? あなたに近づくために、色々と変装をさせてもらったから。うぶなふりして、あなたに惚れ込んだ『ルナス=ティア』という存在を、ずっと演じていたの。あなたの監視役としてね」

言葉とは裏腹に、さっぱり悪びれた様子もなく、ルナティスアが告げる。

「……お、女……? だって、そんな全然……そんな気配すら……」

途切れ途切れに呟くサラに、彼女は笑って告げる。

「そうそう、いやもう、あなたが民間司祭で助かったわ。だって、『結婚するまでは純潔を保つ』なんていうルールがあるのだもの。指一本触れられない、はね、逆よ。『指一本触らせなかった』のよ」

コロコロと鈴のなるような声で笑ってから、ルナティスアはひたりと視線をサラに固定した。

「ちなみに私、人間でもないのよ。私は、この世界からほぼ絶滅したと思われている『竜族』の末裔なの」

亜種族の一派で、最強の戦闘力を誇った『竜族』は、名前こそ『竜』とついているが、実際には人間と変わらぬ姿をしている。彼らは『変身』の能力に長け、同時にもの凄まじい『炎』の力と『怪力』を特徴にする種族である。長命でも有名で、エルフ種族と並んで何千年も生きるという種族だ。

「あなたも知っているでしょう? 『竜族』が『変身』を得意とする種族だって。男になるのも女になるのも、息をするのと同じくらい簡単なことなのよ。それにね、私、コルンが生まれる前までは、『ドナウブ』の中で、舞台女優をやってたのよ。だから、芝居なんてお手のもの。誰にも気付かれない自信はあったわ。それにしても苦労したのよ。『アガスの剣』を抜くのは問題なかったんだけど、あなたを油断させる為に、何年もこれを『使えない』ふりをして、生活するっていうのはね」

そう言って、自らが先ほどまで手にしていた、砕け散った『アガスの剣』を見つめる。

「申し訳ないわ、ダリュス様。折角お上手に作ってあった『アガスの剣』でしたのに。ソナウ様の魔力が凄まじすぎて、壊れてしまいました」

そう言って、申し訳なさそうにダリュスにそれを渡す。

「構わぬよ。それは元々はソナウが創り、そして今回、ソナウが意図的に壊したのじゃからな。自らの『血縁者』にしか反応せぬ剣などは、わしでは作れぬよ」

そう言って、ダリュスは苦笑した。そして、ふと思い出したようにサラを見る。

「そうじゃの。この『アガスの剣』が二本ある理由も教えてやろう。この壊れたほうじゃが、わしを『殺した』ときに、その証拠として『アスティナ』の国王に、当時『ソナウ』が渡したものでな。言うまでもなく、偽者じゃよ。ただ、『ソナウ』の子孫でなければ抜けない、という『魔法』が施されておるのじゃがな」

その言葉に、サラがはたと何かに気づいたように、さっとコルンを振り返った。

「ち、ちょっと待って? 確か以前、コルン君、これを抜けないって……」

「ああ、あれね。俺は抜けないんだよ」

サラの疑念にあっさりそう答えてから、コルンは続ける。

「俺は、この剣の正統後継者でね。この剣は代々国王に継がれるんだが、本物のこの剣は、国王以外には抜けないんだよ。で、そっちの『アガスの剣』は、正統後継者には抜けないように造られてるんだ。偽者が現れたりした時の、いわば判断材料みたいなもんだよな」

そう言いながら、コルンは自らの手の中にある、『アガスの剣』を見た。

「言うまでもないが、本物は、コルンが今持っておる、その剣のほうじゃ。コルンが、刃が砕け散った後も、肌身離さず持っておったじゃろ? それは切り札だったからじゃよ。本当は『砂の剣』というてな。刃など無くても関係ないのじゃ。どのような姿にも変わる、『変化』の剣じゃからな」

コルンの説明を受け継いだダリュスの言葉に、サラは呆然として、未だ背中に括り付けられたままだった『鞘』に触れて、がっくりとうなだれた。

「そんな……。そんなことって……」

「さて、サラさん。一体何が起こっているのか、さっぱりお分かりにならないでしょう? 宿敵同士のはずの『魔王』と『勇者』が、どうして今、こんなところで仲良くしているのかが。……真実を知りたいですか? 一体あなたが何を相手にしようとしていたのかが、よく分かりますよ?」 

 ウェブの言葉に、サラは無言で俯くだけだった。イライラしたように、ため息を一つおいて、ウェブがダリュスを見やる。

「ダリュス様。この人間には分からせてやるべきですよ。正直私、とても怒っているんですから。この世界の支配ですよ? それも、『ドナウブ』の乗っ取りを計画し、『魔王』まで復活させようとして。おこがましいにも程があります」

彼にしては、珍しい怒りの表情だった。が、コルンが静かにそれを制止する。

「まあ、聞く気が無くても聞いてもらうよ。真実を知れば知るほど、打ちのめされるだろうからな。まずは昔話からなんだけど。これはダリュス、お前が話すべきことだと思うけどな」

コルンの言葉に、ダリュスが心底めんどくさそうに顔をしかめた。

「わしが話すのか? ……まあ、仕方ないかの。では、心して聞くがよいぞ、サラ」

呆然と虚空を見つめるサラに、一瞥をくれてから。ダリュスは、静かに淡々と語りだした。

おとぎ話の時代の、誰も知らない真実の物語を。

ありがとうございました。ええと、だいぶ直しました。というかめちゃくちゃ直しました。

辻褄合わなさすぎて当時の自分をぶん殴りたい。

これでもだいぶ良くなったほうだと思うんですが、まだまだネタばらしは続きます。

次回、過去編+完結編です。

いましばらくお付き合いください。

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