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風砂の王国  作者: 藤木一帆
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序章《 伝承 》  第一章 『そして火種は降ろされた』

はじめまして。この小説は、ハイファンタジーにみせかけた、非常にたちの悪いハイテンションコメディです。作者が15年ほど前に同人誌でコピー本で配布していたものを、誤字脱字をチェックしながら再録しております。大元は某有名出版社への投稿作品でした。

全13章、原稿用紙換算にして450枚を超える長編を、2章くらいずつ順番に掲載していきますので、どうぞごゆるりとお付き合いください。


序章《 伝承 》


柔らかな暖かい日だった。人々が行き交う街の路地。それはいつもの平和な光景。絶対不可侵の現実。

だが、『彼女』はそこに静かに佇んでいた。まるでそんな穏やかさとは無縁だとでも言うように、少し厳しい顔をして。そしてその目の前には、盲目の吟遊詩人が一人、ひっそりと空気のように座っていた。

「『勇者の英雄譚』は、できるか?」

少し鷹揚な口調でそう尋ねる『彼女』。吟遊詩人の青年は、光を持たない瞳にわずかに笑みを浮かべて、首を少しだけ傾けた。その答えに満足げに『彼女』は頷くと、体を通行人の邪魔にならぬように小さくかがめながら、腰をおろす。

「それを聞きたい。頼めるか?」

その言葉に、彼は無造作に路上に直に置いていたハープをおもむろに手に取った。そしてそっと撫でるように弦をつまびくと、ポロン、と音がはじける。思いもよらぬ、身体の奥底にまで染み渡るような澄んだ音色が、辺りにゆっくりと染み渡った。

「はるか昔に起こりし事、千の月夜を超えてなお、語り継がるは勇者の意思」

朗々と、耳に心地のよい少し高めの声が、英雄譚の序章を詠み上げる。その幻惑的な光景に、何人かの通行人もふと足を止め、立ち止まり、いつしか吟遊詩人の周りには小さな人だかりができ始めていた。聴衆は、ただ静かにその美しい旋律に耳を傾ける。


今より千と幾月の昔 

アスティナの国に魔王の勢が押し寄せた


国は一夜で滅び去り その面影は露と消ゆ


魔王の御名はダリュス=ダナル 

国を奪いし魔族の王

この世は混乱混沌を経て

やがて荒れゆく定めを負うた


人は嘆き風はすさび やがて息吹も枯れはてる


しかしこの世に救い来る

彼の者の名はソナウ=ドナウブ

  

閃光のように現れ魔王を倒し

アスティナに救いをもたらした


閃光はやがて太陽となり 

人々に希望の灯をともしゆく


再び国は栄え

人々はまた平穏な暮らしに安堵する 


だがそれは泡沫 それは幻


勇士に与えられし国は砂漠の国 

彼は砂漠に小さな国を 

建てることを望みて消えた


風と砂に阻まれた 

誰も知らない蜃気楼の果てに 

ドナウブの国は建てられた


最早勇士は砂の中 最早閃光は風の彼方

再び戦乱巻き起こり 

アスティナの国は滅びさる

しかし勇士は風の奥 しかし閃光は砂の先


やがて戦乱おさまりて

人はようやく平穏にある


風と砂の彼方に消えし かの勇士の末裔は 

やがて世界を救うのだと 

人は信じて生きてゆく


誰も知らぬ砂漠の国 ドナウブの国は霞の先

勇者ソナウはもういない


それでもなお人は呼ぶ それでもなお人は望む

そして彼の国は伝説となる


すなわち救国の勇者ソナウ=ドナウブ

すなわち幻の国ドナウブ王国

すなわち風砂の王国 風砂の勇者と


謳うように夢見るように紡がれた最後の一言が、余韻を持って辺りに溶け込む頃、ようやっと聴衆は我に返ったように熱心な拍手を贈りはじめた。

いつのまにか、『彼女』の後ろには黒山の人だかりが出来上がっている。

『彼女』はゆっくりと立ち上がると、口の端に妖艶な笑みを浮かべて懐から一枚の銀貨を取り出した。      

それを、自らの帽子の中にいれて、吟遊詩人の前に置いてやる。

「さあ、お代はこの中だよ!」

わあっ、と歓声が上がった。我先にと、聴衆達がお金を投げ入れていく。当の青年は、何が起こったのか理解できぬように、ぽつりとそこに座っていた。

やがて人々の波が引いたころ、青年はずっしりと重みを増した帽子を渡された。

「実に良い詩であった。これでお前の目を治すくらいの金もあるだろう。足りなければ私の帽子も売って良いぞ」

青年が、困ったように何かを言いかける。が、『彼女』はそれを制止した。

「気にするのではない。これは私が仕組んだ策略なのだ。お前はそれに協力をしてくれたからな。あいにく私には手持ちがない。それで聴衆を集め稼いだのだ。それはお前の金だよ。自ら稼いだのだから、遠慮などいらないだろう?」

そこまで一気にまくしたてると、『彼女』はまた薄く笑う。

「またどこかで会うこともあるかも知れんな。その時はまた詩をよろしく頼む。次はその美しい瞳に光りが灯っていることを祈ってるよ」

青年は、僅かに首を傾げた。『彼女』はそれで満足だった。

「しかし、実にいい詩だった。聴衆が聞き惚れていた。ソナウの詩は絶大だな。やはり勇者は人気がある。また聞きたいものだ」

そう呟きながら、『彼女』は青年を一人残し、踊るような足取りで街の雑踏へと消えていった。

そして、その夜を境にして。街は一夜にして滅び去るのである。何の前触れもなく、跡一つ残すことなく、突然に。


第一章  『そして火種は降ろされた』


それは、暖かで穏やかな午後だった。日差しはどこまでも優しく、行き交う人々にもゆるやかな時間が流れている。これを平和というのならば、確かに間違いなく、それは平和だった。あくまでも過去形で、の話だが。

そう、確実に彼にとって数分前までは、それは何ということのない日だったのだ。

「店主! すまぬがこちらに酒を一杯、樽酒を一樽、それにミルクじゃ!」

明らかに場違いな、しかし美しく明るい声が、酒場に明瞭にこだまする。

奇妙な沈黙が酒場に訪れた。酒場といっても普通の酒場ではない。どれほど平和な街にも、必ず闇はある。明るい表通りを少しでも奥に外れると、そこはいきなりスラムと化すなんてことはザラだ。そんな路地裏の安い酒場である。

まだ日も高いというのに、客はすでに幾人か酒を飲んでいる。そこにあるのは、少しすさんだ空気と、行き場のない失望感。そんな場所に、その奇妙な三人組はいた。

一人は、先程の声を発した女性。誰の目をも惹く美しい顔だちに、少々つり目気味の真紅の瞳が強烈な印象を与える。濃紫の髪は肩で切りそろえ、その髪に巻かれた真紅のターバンは、彼女の美しさをより一層引き立てている。

そして何よりもその服装だ。男物の綿服をばっさりと胸の辺りで切り落とし、完全に腹を無防備にさらしている。それはそのまま豊かな胸を強調し、匂い立つような妖艶さを放っていた。腰には飾り布を巻きつけており、まるで酒場の踊り子のようである。

目立つというより、もうそれは『浮いている』としか形容のしようがない。それほど、この場にそぐわない華やかな雰囲気を纏っていた。

その彼女の隣に立っているのは背の低い少年。見たところ十歳前後といった所であろうか。三白眼の瞳からはいたずらっぽそうな色を見て取れるが、困ったような顔で女性をなだめている様子からは、そこはかとない落ち着きと気品が感じられる。

同じく紅いターバンで黒髪をまとめあげており、首元にはマフラーのように長い布を巻き付けている。あとは、低い身長に合わせるように、小さなチョッキとハーフパンツをはいている。さながらこま使いといったところであろう。

そして、最後の一人。彼の状況は、少々他の二人とは違う。なぜなら、彼だけが何故か、仲間の美女に首もとを掴まれて引きずられているのだから。

青年というよりは、少年といったほうが近いかもしれない。まるで少女のように愛らしい、くるっとした紅玉の瞳に、幾分幼さの残るその顔だちは、どことなくその美女に似ている。

目の覚めるようなマリンブルーの長髪を背中で一括りにしている姿は、女性と見紛うばかりだ。これまた同じようにその髪を真紅のターバンで纏め、額と両耳に、同じ石……恐らくルビーであろう、サークレットとイヤリングをしている。

まあもっとも、今現在の彼は、その美しさ全てが無に帰す程に、非常に不機嫌な顔をしているが。

この、いやがおうにも目立つ三人は(正確に言えば目立っているのはその美女だけなのだが)、唖然とする酒場の雰囲気などまるで無視するようにカウンターへ歩みを進めると、少年をひきずったまま空いた席へ悠々と腰を降ろした。

ここは、アスティナ大陸。その昔、伝説の勇者ソナウ=ドナウブが救ったアスティナ王国のあった大陸である。

もっとも、アスティナ王国が存在したのは千年近くも昔の話だ。

今は元アスティナの都市であった六ヵ国、アガス、ドミカ、テスカ、イリナ、サガラ、ビルアが治める統治国家、いうところの合衆国となっている。特にアガス、ドミカ、テスカは当時アスティナの主要都市があり、現在はこの三国が実質的にこの大陸を治めている状態にある。

そして今現在彼らがいるのは、サガラ王国。別名『ジャッジメント』と呼ばれる、その名の通りの法治国家である。

大陸の南東に位置し、気候の温暖な土地で、あまり広さのない土地の事情を活かし、国王を中心に厳然とした法が敷かれている。

この六ヵ国中最も安全で治安のよい国家とされ、人々の暮らしも比較的安定している。大きな街道が国を横切っているため、立ち寄る旅人や観光客も多く、観光を中心に大いに繁栄しているのが特徴だ。

そして、そのサガラ王国の中でも最も人の集まる首都都市『ガラス』の中心地。そこからほんの少し外れた通りに、この酒場は位置している。

「おい、ちょっとそこのガキども……」

彼らが席につくなり、少し酒場の奥まった所で酒を飲んでいた男が、ゆらりと立ち上がりながら声を荒らげた。顔は赤くその足取りもままならない。

「酔ってやがんな……」

襟首をつかまれて引きずられている状態だった少年が、相も変わらず不機嫌そうに顔を歪めたまま吐き捨てるように呟き、そのままその男をちらりと見あげる。

「ここをどこだと思ってやがんだ。ずかずかと入ってきやがって、ここはてめえらみたいなガキの来るところじゃねえんだよっ!」

その視線が癪に障ったのだろう。ほとんど言葉にならない言葉で喚き散らしながら、男は床に引きずられている彼に蹴りをくらわそうと足を振り上げた。酒場から下びた笑い声と好奇に満ちた瞳が注がれる。誰もが少年の苦痛の声を確信していた。

が、男の足は宙を蹴った。そのまま勢い余って床に引っ繰り返ってしまう。酒場中が、一瞬にして静まり返った。

「ばーか。俺がそう簡単に蹴られてやるかよ」

男を遙かに高い場所から見下ろして、少年はにやりと笑った。

彼は上空にいた。彼の襟首をつかまえていた美女が、彼を片手で軽々と彼女の頭の高さにまで持ち上げたのである。彼は彼女の手のひらの上に、器用にバランスを取って乗っかっていた。床で情けなくしりもちをついている男が、信じられないといったような目で二人を見る。

「ふむ。ちいと気分を悪くさせたかのう。わしは争いは嫌いじゃ。ここの代はわしがおごるから、飲ましてはもらえんかのう。うちの弟に手を出されてはかなわんしな」

美しい声とは裏腹に、そのなんとも言えぬ奇妙な口調。まるで隠居した年寄りの様な喋り方だ。が、その軽い言い方の裏には、言いようのない威圧感が含まれている。

それに気押されたのだろう。絡んできた男は彼女らの側から離れると、舌打ちをしながら自らの席へ戻り、再び酒を飲みはじめた。どうやら関わり合いにならないほうが良いと判断したらしい。周りの客も、再び何事もなかったかのように、静かに酒を飲みだした。

「やれやれ……。ところで店主。注文はどーした?」

まるで何事もなかったかのように全く動じていない彼女の態度に、店主は肝をつぶしたような顔をしていた。

そして、まさか先程の注文が正気だとは思わなかったのだろう。慌てたように店の奥に引っ込むと、黙ってジョッキと樽酒とミルクを差し出した。彼女は満足げに頷くと、真先にジョッキに手を伸ばす。と……。

「おい、ちょっと待たんか、ダリアナ」

いまだ彼女の頭の上に持ち上げられたままの少年が、険悪な声で彼女に呼びかけた。相変わらず危う

いバランスを保って、彼女の手のひらにのっかったまま。

「なんじゃ、どーしたコルン」

羽根でも持ち上げているような、そんな気楽な声で答える彼女。少年―コルンと呼ばれていた―は、瞳に怒りの色を見せて何か叫ぼうとする。

が、それを遮るように、いままで黙りこくっていたもう一人の背の低い少年が、困ったように口添えをした。

「ああー。多分降ろして差し上げたほうがいいと思いますよ、ダリアナ様」

そう言って、彼はちょっと眉をしかめてみせる。姿とは裏腹に、随分と落ちついた物腰の少年だった。彼女は少々不服そうに頬を膨らませたが、それ以上は反論する気もなかったのだろう。あっけないほどにあっさりと頷いてくる。

「まあ、ウェブが言うなら仕方がないのう。ほれ」

まるでボールでも放り投げるかのように、いきなり降ろされたので、コルンは危うく引っ繰り返りそうになりながらも、何とか地面に着地した。そしてそのまま振り返る間すらなく叫びだす。

「ったく。何考えてやがんだダリアナっ! 人が折角平和に昼寝していたら、いきなり首ねっこ捕まえて裏町の酒場なんかに駆け込みやがって。挙げ句の果てにトラブル起こして酒場中の客におごるたあ、どういう了見だっ!」

「いえあの、持ち上げられていたことはどうでもいいんですか……?」

先程仲裁に入った少年ことウェブが、妙に冷静に突っ込みをいれるが、彼はおかまいなしである。まさしく鬼のような形相で、なお罵詈雑言をやめない。

その愛らしい顔に、ちょっと高めのアルトヴォイス。美少年と呼んでも差し支えないであろうその容姿からは、想像もつかない口の悪さに誰もが一瞬たじろぐのだが、当の怒鳴られている本人――ダリアナは涼しい顔でしれっと答える。

「まあよいではないか。金は使わねば意味がないじゃろう?」

「その金を誰が稼いだと思ってやがるっ!?」

叩き割らんばかりの勢いでカウンターをだんだんと叩くと、コルンはなおも身を乗り出してダリアナに掴みかかろうしている。

「ま、まあまあコルン様、ここは一つ穏便に……」

ウェブがまたもややんわりと口出しして止めようとする。が……。

「ウェブっ! お前わかってんだろ!? 前回の依頼の恐ろしいまでの大変さを! この馬鹿ダリアナが、数時間で終わるはずの仕事を一週間にしてくれたんだ。しかもヤバくなったら一人でばっくれやがって。人に仕事させるだけさせといて、もらった報酬はほとんどダリアナが持っていくなんて、おかしいじゃないかっ! なあっ!」

最早最後のほうは、涙声になっている。怒りの矛先がこちらに向いてもウェブは全く動じることはない。ひたすらに落ちついた口調で諭すように語る。

「もー、仕方ないじゃないですか。いつもの事なんですし。ここで怒鳴るだけ、体力無駄ですよ。いいからさっさと料理注文して下さい。どうせここで報酬使い切るんですから、食べとかないともったいないですよ」

悟りきったような口調で彼がそれだけ言うと、コルンはぐっと詰まる。

「はいはい、これメニューですから。あ、ちなみに私はランチのセットでお願いします」

「ウェブゥゥゥゥ……」

かなり強引な態度に、泣きながらコルンが情けない声をあげる。

「ええい、やかましいぞ、コルン。ようそんなに怒っていられるのう。カルシウムが足らんのじゃろう。ほれ、このミルクはお主のじゃ」

目の前になみなみとつがれたミルクを見て、とうとうコルンは気力も失せたのか、がっくりと肩を落として椅子に座り込んだ。

「おかしなお客さんですねえ」

余程おかしかったのだろう。店主が笑いをかみ殺しながら、彼らに声をかけてきた。ダリアナは薄く微笑むと、大仰に頷いてみせる。

「まあのう。それはわしらも一応自覚しておる。ところで店主、何かここいらで変わった事でもないか? 最近は仕事が少なくてな」

ダリアナが店主の顔を伺うように尋ねた。

古来より、酒場という場所は冒険者達の出発地点となっている。何故ならそこに人が集まり、そして情報が集まるからだ。

それゆえ、いつの頃からか、依頼者は酒場の店主に仕事を依頼し、冒険者や旅人は情報料と引き換えに店主から仕事を引き受けるようになった。

依頼には様々あるが、特にこういう後ろ暗い場所には危険な仕事が転がっている。それは当然高額の報奨金につながり……、つまりはそういう事である。

ダリアナの言葉に、しかし店主は眉根を寄せるようにして彼女を見た。

「お客さん、知らないんですか?」

「……? 何をじゃ?」

きょとんとした顔で尋ねるダリアナを見て、店主は一瞬なんとも言えない表情をする。

「最近この街の隣の小さな街が、一晩で滅んだんですよ。それが奇妙な話でね、街はまっさらな更地になってて死体一つ出てきやしないんです。消し飛んだにしては、あまりにも形跡がなさすぎる。皆気味悪がってね。本当に知りませんか? かなり大騒ぎになったんですが」

「ああ、それなら知っているよ。確か一ヵ月も前だったかな。そんな噂話を聞いたよ。そうか、ここらの近くだったんだな。俺も場所までは詳しく知らなかったんだ」

先程まで落ち込んでいたコルンが、いきなり横から話題に入り込む。そして、少し身震いしたように、腕をそっとさする仕草をした。

「何にしろ、ここのところ戦争も内紛もない、やたら平和な時代が続いたからな。何か事が起こっても、対処できる奴がいやしないだろ? 国王達も平和ぼけ、国民も平和ぼけ、総じてぼけてりゃ、どうしようもないぜ。国家のお抱え兵士達まで役に立たなかった、って話を聞いたけど、それ本当?」

態度とは裏腹に、あっさりと恐ろしいことを聞いてくる彼に、店主は苦笑しながらも小声でそっと教えてやる。

「ええ、調査に来た王国兵団が、街のあったはずの所を見てパニックに陥ったらしいですよ。逃げ出した者もいたとか。さすがに聞いて呆れましたがね」

コルンも、にまっと人の悪そうな笑みを見せて頷く。当然それに気付かぬウェブではない。やんわりとコルンを戒める。

「コルン様、口がすぎますよ。平和なのが悪いみたいな言い方、私は好きません」

その言葉に、コルンは肩をすくめると、ぺろりと舌を出してそっぽを向いた。苦笑しつつもウェブがほっと息をつく。

「お客さん、みたところホビット族みたいだけど、違うのかい?」

馬鹿丁寧なウェブを見て疑問に思ったのであろう。店主が不思議そうに尋ねてきた。

ホビットとは亜種族の一種の妖精種族で、背の小さい子供のような姿をした、陽気でいたずら好きな種族である。ウェブの姿はまさにそのホビット族なのだが、どうみてもどう考えても性格が違う。奇妙に感じるのは仕方のないことだろう。

「いえ、私ドワーフ族のクオーターなんです。だから、姿形は完全に人間のそれですが、背が伸びなくて。これでもコルン様と同い年で、今年で十六歳になったんですよ」

樽酒をがばがばと飲みながら、頬を赤く染めることもなく平気な顔でウェブが答えを返す。そして、それを証明するように、まだ半分以上酒の残っている樽を、片手でひょいと持ち上げてみせた。

ちなみにドワーフ族というのは、背の低い、髭をたくわえたがっしりした体型の、こちらも亜種族の一種である。力が強く、酒に目が無い。手先も器用で、細工物などを作らせたらかなりの腕前である。斧や棍棒などを武器に持つ、戦闘にも優れた種族だ。

当然ウェブのイメージは、それとはかけ離れていることは言うまでもない。

ついでに付け加えておくと、人間種族以外は全て一括りで亜種族と呼ばれている。普通は人間と亜種族のハーフやクオーターなどは存在しないのだが、これには少し訳がある。  

先の魔王降臨の折、人間種族よりも遙かに優れた力と能力を持つ亜種族達を恐れた魔族達は、最初に彼らを徹底的に駆逐したのである。

そのため、特に力を誇った竜族、飛翔族、ドワーフ、エルフ、獣族達の数が激減。現在では、純粋な血統を持った者が本当に存在するのかどうかさえ怪しいと言われる程にまで、その個体数は減っている。

彼らは、種をどういう形でも残したかったのか、かなりの数が人間種族と交わったらしい。その為、現在はハーフやクオーター、その他血統を数多く受け継いだ人間達が、当たり前のようにあちこちを歩き回っている。

「私、こんなナリなので、よくホビットに間違われるんです。でも皆さん、少しお話をすると、髭も生えてないし、体も細いのですが、私がドワーフだと信じて下さいますよ。実際それを買われて、このお二方のお供とお世話をさせて頂いていますしね」

それはそうだろう、と店主は心の中で思いながら、あいまいに微笑んだ。こんな腰の低いホビットがいたら、それこそ調子が狂ってしまう。

「それはまあそうと、その事件がらみの仕事はないのか? そんな世間を騒がす凄まじい事件なら、依頼の一つもありそうなもんじゃが……」

ウェブとの会話に痺れを切らしたように、ダリアナが口をはさんでくる。店主は、またも少し声をひそめて、ダリアナ達にだけ聞こえるような小声で教えてくれた。

「それがですね、無いんですよ。どうやら国家が情報を止めてるみたいでして。普通は、その滅んだ街の人の関係者から、誰それを探してくれ、という依頼が来たりするんですが、それさえもない。だから、皆がますます気味が悪いと噂しあうんです」

店主の言葉に、コルンはふーむ、とうなり声をあげる。

「なんか、陰謀の匂いがするなあ」

口調とは裏腹に、顔はにこにこと笑っている。店主は苦笑しかけて、はたと何か思い出したように顔を上げた。

「ああ、そういえば、妙な依頼が一つ……」

「妙な依頼?」

興味をそそられたのか、ダリアナが身を乗り出してくる。

「ええ。というか、もう依頼とかいう状態でもないんですが」

微妙な言い方をして、店主が大仰にため息をついてみせる。

「……? それは一体、どういう意味で?」

店主の物言いを不審に思い、コルンが問い掛けたその瞬間。


バターーーーーンッッッッッ!


凄まじい音だった。一瞬何が起こったのか、誰もが理解出来ない。ようやっと理解できたのは、酒場の扉が、吹っ飛ぶんじゃないかという勢いで開いたということだった。

酒場の客は、酒を吹き出したりビンを宙に放り投げたり、とにかくめちゃくちゃ驚いたのであろう。ひきつった顔で、動きを止めている。

もちろんコルンも例外なく、椅子ごと後ろへ引っ繰り返って、したたかに頭を打ちつけていた。もちろん、持っていたミルクも頭からかぶっていたりする。そして、その開いた扉は、その勢いで再びすさまじい音をたてて閉まってしまった。

スローモーションのように、放り投げたビンやらグラスやらが床に飛び散り四散する。そして、酒場の中は、ぎこちない妙な静寂に包まれた。と……。


ギキィ……


今度は遠慮がちに扉が開き、そこからそっと顔を覗かすようにして、一人の少女がこそこそと入ってきた。そして、呆然とする酒場の客達に向かって、思い切りこう叫んだのである。

「お願い! 誰か、誰か助けて!『魔王』が復活してしまうのっ!」

……もちろん、彼女の態度と言葉が、酒場の空気を止めるのに充分すぎたのは言うまでもないだろう。

 そして、マスターが唖然とする三人に向かって、またも小声で呟いた。

「依頼、これなんだけどね……、どうします?」

この時点で、コルンの思考は完全に消し飛んだ。


お読みいただきありがとうございました。なんとなく、頭がおかしいテンションで展開することが分かっていただければ大丈夫です。

この先、もっとおかしいテンションで進みますので、どうか気を確かにしてお進みください。

ではまた次回。

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