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雪の華  作者: 遊々
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06 矛盾した心 ※リアム視点

「おい、アディール、いるか?」

「いるわよーちょっと待ってなさい!」


 私がやって来たのはロレーヌ侯爵家の庭園。オルレアン家でも良かったのだがカミーユには聞かれたくない話をするのでアディールのいるロレーヌ家にやってきた。姿と声を人間には認識できないようにしているのでロレーヌ家の人間には誰にも気付かれてはいない。


「あんたがここに来るなんて珍しいこともあるのね。まぁ、あたしがここにいるのも珍しいんだけど。それで今日はどうしたの?」

「お前の契約者が腹立たしいので文句を言いに来た」

「ちょっとそんなことでここに来たの!?やめてよね、私だって今はユーゴと少し距離置いてるんだから!あいつに関する話をわざわざ聞いてやるつもりはないわよ!」

「なんだ、最初の頃の距離感に戻ったのか。何かあったのか?」

「何かじゃないわよ!カミーユと婚約解消したじゃない!それ以来ユーゴのことちょっと見損なって距離置いてるのよ、悪い!?」

「別に悪いとは言ってないが…」

「そもそもよ!そもそも私があの子と少し仲良くなろうと思ったのはカミーユがいたからなの!あの子ってちょっと思考が斜め上にいってるとこあるじゃない?そこが面白くってね!気に入った人間に短い間に二人も出会えるなんて稀じゃない?だから距離を詰めたのよ。いつも二人でワンセットになっていることが多かったからね、気に入った人間に囲まれているととても幸せだったわ!」

「私はそれが気に食わなかったがな」


 思い出すと腹立たしい。ユーゴの奴め。あいつが来るといつもカミーユは私から離れてあいつの所へ行ってしまう。兄妹の様で仲睦まじかったが、私はそれが悲しかった。





 久々に気に入った人間がいたので契約をした。それがカミーユだった。

 カミーユは穢れの無い魂をしていて私はその魂を守りたくなったのだ。あそこまで綺麗な魂を見たのは久しぶりだった。胸が焦がれるようだった。私は美しいものに目がなかったので契約を申し出た。

 契約をして名前を貰った時、彼女が「よろしくね!」ととても嬉しそうに私に笑いかけた時、私は嬉しくて嬉しくて堪らなかった。今までのように契約した時とは違う、溢れる気持ちが私の中に湧き出ていた。

 私はその気持ちを忘れたくなくて、精霊にしては珍しく契約者であるカミーユに寄り添うように彼女との日々を重ねた。

 最初はこの気持ちがなんなのか分からなかったが、これが恋だと気付いたのは彼女が14歳、ユーゴと婚約を解消したときだった。


 何故こんなにも彼女を見ていると胸が焦がれるのだろう。何故ユーゴと一緒に彼女が時を重ねるのを見ていると、胸が押しつぶされるような思いをするのだろうと思っていた。愛しているのには違いないのに。

 何が前の契約者たちと違うのか。前の契約者たちと変わらずに愛しているはずなのに、と。


 ユーゴが婚約解消を願い出たと聞いた時、腹立たしくてしょうがなかった。何故、何故、と。

 何故お前は彼女と添い遂げる権利を持っているのにそれを手放してしまうのか。私とは違う、婚約者という立場で彼女の隣に平然と立っていられる権利を持っているのに、別な者の隣に立とうというのか。

 そんな風にイライラしているときに、アディールに言われたのだ。


「あんた、人間みたいね」


 精霊は、気に入った人間と契約し、その人間を愛でる。そこにあるのは恋情ではない。芸術作品を愛でるように、可愛い動物を愛でるように愛するのだ。恋ではない。

 だから私は人間みたいだと言われたときに、こういう気持ちは人間に置き換えると何と呼ぶのだろうと考えた。そして気付いたのだ。


 恋なのだと。


 それからは私は彼女への愛し方を少し変えた。

 家族にするようなハグから恋人にするようなハグへ。

 額にするキスは以前よりずっと優しく。

 彼女の頭を撫でる手は壊れ物を扱うように。


 だが彼女は鈍いところがある。私が愛し方を変えても気付かないかもしれない。


 彼女にこの気持ちに気付いてほしい。でも気付かないでほしい。もしこの想いに彼女が気付いたら以前のままの関係ではいられなくなってしまうかもしれないから。

 私が苦しくとも、今のままの彼女との関係は捨てがたい。変わらぬ関係でありたい。でも違った形の関係にもなりたい。そう、ユーゴの持っていた権利である、婚約者という関係のような。きっとそうすれば彼女に縁談はもうやってこないのだから。私が彼女を独占できるのだから。


 この国では精霊との結婚が認められている。以前この国にいた精霊で私と同じように人間に恋した者がいたのだ。その精霊は契約した人間と添い遂げられなければこの国の人間とはもう契約はしない、と言って脅したのだ。その時にこの国に精霊との結婚制度が設けられた。

 精霊と結婚しても子は望めない。なので精霊と結婚しても国に利益はない。精霊は契約者が亡くなると別の国に移動してしまうから。愛する者を失った悲しみを忘れる為に。契約者がいた国に留まると、契約者を思い出していつまでも悲しみを忘れられないからだ。


 精霊は気まぐれで、こちらから契約を申し出てもこちらの事情で勝手に契約を破棄したりもするが、基本は契約すると契約者を深く愛する。私たちは長い時を生きるので悲しみに暮れるとその時間もとても長い。だからその時間を少しでも短くする為に国を移動して忘れようとするのだ。

 そうして精霊は転々と移動しているので、もうお前の国の人間とは契約しないと言われると、他の国に流れていってしまう。契約をしてくれる精霊ばかりではないため、一人も逃したくはないのだろう。

 それ故にこの国にはそんな制度が設けられたのだ。


 だが精霊と人間との結婚はこの制度が設けられてから700年ぐらいの時が経つが、数えるほどしかない。

 精霊が人間に恋をするということはほとんどない。もし恋をしたとしても人間側に必ず受け入れてもらえる訳ではない。昔いた精霊で、契約した人間に恋をしたが人間側に受け入れてもらえず、悲しみのあまり消えてしまったということがあった。だからこそ、数えるほどしかないのだ。


 故に、私は考えてしまう。彼女に受け入れてもらえなかったら?

 私は彼女の一生に寄り添っていたい。彼女の命が燃え尽きるその日まで、彼女と共に在りたい。

 もし私の想いを受け入れてもらえなかったら私はかの精霊のように消えてしまうのだろうか?そしたら彼女のこれから重ねていく時間を見届けられなくなってしまうのだろうか。


 そうした幾重にも矛盾した想いを抱いたまま、私はあの日から今まで、彼女に恋をしている。





「で、用は何よ。ただ文句言いに来ただけじゃないんでしょ?」


 めんどくさそうにしながらも、本題を早く言えとばかりに私を見る。

 普通、精霊同士であまり交流を図ったりはしないのだが、私たちの場合、両方の契約者が婚約者同士だったのとどちらも人間と積極的に関わりに行っていたのもあって、ある程度交流がある。

 そのため人間の言葉で言う、「友人」のような関係になっている。


「…私は以前お前が言った通り、人間のようになってしまったのかもしれん」

「今更ね」

「今更だとっ!?」


 予想を遥かに上回る答えに思わず声を荒げる。


「だってあんた、カミーユに恋してるんでしょ?」


 頭を鈍器で殴られたようだった。


「知って…いたのか」

「とっくの昔に知ってたわよ、それこそあんたと出会った頃から」


 

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