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09#名前で呼んで。


 皆さん、大変です! 危険が危ない感じです!

 あ、わたしです。アルアクル・カイセルです。

 魔王と対峙した時にも、最後まで感じることがなかった、嫌な感じに襲われているのです。

 その原因となっているのが……。




 わたしのすぐ目の前で、ファクルさんと、ぼんっ、きゅっ、ぼ~ん! のお姉さんが見つめ合っています。

 お互い、何も言葉にしていないのに、通じ合う何かがあるみたいな、そんな雰囲気が醸し出されています。

 何でしょう。大ピンチって感じがします。どうしてそう思うのかは、さっぱりわからないのですが。

 とにかく、このままじゃいけません! とわたしの第六感的な何かが叫んでいます。


「あ、あの!」


 わたしは声をかけました。

 二人がわたしを見ます。あ、そういえばいたんだ、みたいな感じでファクルさんがわたしを見たのは、わたしの気のせいですよね?

 とりあえずそれはわたしの勘違いということにして――どうしましょう。

 とにかくこのままじゃよくないと思って声をかけたのはいいものの、そこから先、どうすればいいのか、まったく考えていませんでした。

 どうしましょう、どうしたらいいんでしょう!

 考えてください、わたし!

 魔王や魔物たちと戦っていた時以上に、頭をせいいっぱい使って、考えました。

 まずは――そうです。二人の関係!

 これを問いただし――ではありませんね。聞いてみたいと思います。


「あの、ファクルさんとお姉さんは、その、どういう関係なのでしょう?」

「俺とインウィニディアの関係?」


 ファクルさんの言葉に、わたしは「はい」と頷きます。


「単なる幼なじみだよ」


 幼なじみですか。

 なるほど、わたしにとってのダニーやマックなどみたいな感じでしょうか。

 長い時間一緒に育つことで醸し出される、独特な信頼感。

 何やら通じ合っていたのも納得です。

 ……いえ、待ってください。

 それはそれで、何だか胸の奥がモヤモヤします。

 だってこのお姉さんは、わたしの知らないファクルさんを知っているということです。


「ちょっとファクル。『単なる』はないんじゃない?」


 お姉さんが腕を組んで言いました。

 そうすると胸が強調されて、とんでもないことになっています。

 わたしたちのそばを行く男の人が思わず視線を注いでしまうぐらい。

 ファクルさんは……特に見ていませんでしたが、まだ安心はできません。油断大敵です。注意深く観察する必要があると思います。


「おい、インウィニディア。何を言い出すつもりだ」

「何って、あんたがあたしのことを好きだったこととか、大きくなったら結婚しようと約束していたこととか、そういうことは言わないから安心して?」

「言ってるじゃねえか!」

「あたしったら、ついうっかり。ごめんね?」

「心から謝ってねえだろ……」

「えー、そんなことないわよ? すっごく反省してるに決まってるじゃない」

「本気で反省してる奴は、そんな笑顔を浮かべたりしねえんだよ」

「あはは、バレた? でも、いいじゃない。昔のことなんだし。時効よ、時効」


 そう言って、お姉さんはファクルさんの肩を気安く叩きます。

 ファクルさんが……お姉さんを好きだった?

 大きくなったら……結婚しようと約束していた?

 な、な、なんてことでしょう!?

 わたしは衝撃に打ちのめされました。

 でも、どうしてそんなふうになるのか、自分のことなのに、よくわかりません。


「久しぶりに会ったのに、こんなところで立ち話もなんだし。ちょっと話そうよ」

「あー、まあ、そうだな。……嬢ちゃんはそれでもいいか?」

「え、あ、ああ、はい。大丈夫です」





 ということで、わたしたちは食堂にやってきました。

 冒険者の方や、商人、旅人……たくさんの人で繁盛しています。

 ファクルさんが適当に注文した料理が運ばれてくると、それに舌鼓を打ちながら、話が進みます。


「お、この味、懐かしいなぁ」

「でしょ?」

「給仕の子は変わったが、おばちゃんはまだまだ元気なんだな」

「実は違うのよ。おばちゃん、あんたがこの町を出てしばらくしたら引退して、後進に店を譲ったの」

「マジか! あの殺しても死なないようなおばちゃんが……」


 ファクルさんたちが昔話で盛り上がります。

 わたしも「そうなんですか」とか「へえ」とか、そんな感じで相づちを打ちますが、でも、それだけです。

 深く会話に混ざることができません。

 そうすると必然的に、テーブルの上に並ぶお料理を食べることしかできなくて……あ、これ、おいしいですね。

 ファクルさんのお料理ほどではないですが、ついつい手が伸びてしまいます。

 癖になる味、というのでしょうか。そんな感じです。


「あたしも好きな料理を気に入ってくれたのはうれしいけど……ほら、口の周りが汚れちゃってるわよ?」


 わたしの向かい側に座っていたお姉さんが腰を浮かせて、手を伸ばし、わたしの口許についたお肉をつまんで、ぱくっと食べてしまいました。

 何だか色っぽい仕草だったこともそうですけど、そんなふうにされたことがなかったわたしは、ドキッとしてしまいました。


「あら、真っ赤になっちゃったわね。ごめんなさいね?」

「い、いえ」


 大人の余裕というやつでしょうか。

 それとも……胸が大きいからですか?

 わたしにはないものばかりです。ぐぬぬ。


「そういえばファクル、聞いたわよ。魔王退治をするための勇者パーティーに同行していたんでしょ? この町でも、あんたのことで持ちきりになってたんだから。あんたのことを知りもしない奴が、あんたの友人を名乗って自慢げにいろいろ語ってた時は、あんたの代わりにぶん殴っておいたから」

「手加減はしたんだろうな?」

「当たり前でしょ。きっちり懲らしめておいたわ」

「微妙に答えになってないんだが……」


 ファクルさんは苦笑しながらも、揺るぎない何かをお姉さんに抱いているみたいな眼差しをしていました。

 そんな眼差し……わたしに向けてくれたこと、ありません。


「確かに俺は勇者パーティーに同行したが、途中で追放されちまった」

「へぇ、そうなの――って、はぁ!? 何言ってるのよ! 嘘でしょ!?」

「本当だ」


 ファクルさんは、自分が追放された時のことをお姉さんに語りました。

 勇者であるわたしがパーティーを離れる状況を作り出して、その隙にファクルさんを追放する。

 すべては、わたしがファクルさんを慕っていたから。

 わたしに慕われていたファクルさんは、あの王子様たちにとって、邪魔な存在だったのです。


「何それ、ひどくない!?」


 ファクルさんの話を聞いたお姉さんが憤ります。


「ですよね! ファクルさんを追放するとか、意味がわかりませんよね! だってファクルさんはすごいんですよ!? わたしに魔物との戦い方を教えてくれましたし、わたしが失敗した時には何がダメなのかきちんと叱ってくれて」


 ファクルさんには、たくさんゲンコツを頭に落とされました。


「何よりファクルさんの作ってくれたお料理はどれも本当においしくて……!」


 わたしがファクルさんの作ってくれるお料理について、熱く小一時間ばかり語り始めようとしたところ、お姉さんから待ったがかかりました。


「あ、あれ……ちょっと待って。確か魔王を退治した勇者様って蜂蜜色した髪の女の子で……まさか、あなたが!?」

「……そういえば自己紹介してませんでしたね。アルアクル・カイセルです。そうです。わたしが魔王を倒した勇者です」

「こんなかわいい子だったの!?」


 お姉さんが本当に驚いたという顔をしました。

 それに、こんな綺麗なお姉さんに、かわいいと言ってもらえたのは、ちょっと……いえ、かなりうれしかったです。




 それからの話は、魔王退治の旅のことが中心になりました。

 特に魔王がどんな感じだったのかを、ファクルさんとお姉さんに語りました。


「そういえば魔王ってどんな感じだったの?」

「あ、俺も聞いてねえな」


 ということがあったからです。

 魔王は蛇の体に、獅子、虎、狼、鷲、鷹の頭を持った、王城並に大きな存在でした。


「よくそんなの倒せたな」

「がんばりました!」

「がんばってどうにかなるのか? ……いや、でも、倒したのは事実だし。嬢ちゃんがすげえ勇者だって、改めて実感したよ」


 ファクルさんが褒めてくれます。うれしいです。


「で、魔王を倒したアルアクルさんは、王都での凱旋パレードやパーティ、王子様たちのプロポーズを振り切って、ファクルを追いかけてきた、と」

「そうです」

「ちなみに、王子様たちのその後がどうなったかって聞いてる?」

「いえ、聞いてません。まったく興味がないので」

「そうなんだ」


 お姉さんが苦笑します。

 お姉さんの話によると、魔王を退治したわたしを連れて帰ることができなかった王子様たちは、王様や国の偉い方々に、それはそれはとても怒られたそうです。


「さっきのファクルの話を聞いた後だと、ざまあみろとしか思えないわね」


 その意見には賛成です。

 魔王退治の旅の話もあらかた終わると、今度はお姉さんに話に移りました。


「そういえばインウィニディアは、今、冒険者ギルドの受付嬢をやってるんだって?」

「どうして知ってるの? ……って、さっき追い払った冒険者が言ってたっけ」


 そのとおりです。


「そうよ。炎髪の受付嬢って、恐れられてるの」

「お前、昔から厳しかったから。あの時と同じ調子で、冒険者たちに対応してるんだろ?」

「あら、あたしは悪くないわよ? 薬草の採取とか、街の清掃とか、そういう常設依頼は受けたくない、冒険者なんだから危険な魔物退治をしたいって、実力が伴わないのに無謀なことばかり言ってる冒険者たちに、身の程を教えているだけよ」

「それがお前なりのやさしさだってことは、お前を知ってる奴はわかるが……初めての奴はただ厳しいだけだって思って、反感を買うだけだからな? 気をつけろよ」

「……………………ええ、そうね。気をつけるわ」


 でもまあ、とお姉さんは続けました。


「嫌われたり恨まれたりしてでも、冒険者の身を守るのが、あたしの役目だもの」


 そう語るお姉さんの眼差しはとても真剣なものでしたが、影が差しているようで、気になりました。




 その後は他愛ないお話をして、お別れしました。

 去って行くお姉さんの後ろ姿を、ファクルさんが見つめています。じっとです、じっと!

 これは……どういう意味でしょうか?

 むむむ。むむむむむ!

 なんだか面白くありません!

 何が面白くないのかわかりませんが、面白くないのです!

 わたしはファクルさんの腕に抱きつきました。


「ちょ、嬢ちゃん、いきなり何を!?」

「知りません!」

「知りませんって……」


 だって、わたし自身、なんでこんなことをしているのか、わからないんですから。

 答えようがありません!


「こんなに密着されてると歩きづらいっていうか」


 確かに、歩き出したのはいいもの、ファクルさんの言うとおりです。


「離れた方がいいと思うんだが」

「無理です」

「え、えっと……」

「無理ですから。離れませんから!」

「お、おう」


 ファクルさんが困っています。

 でも、わたしもどうしたらいいのか、わからないのです。


「なあ、嬢ちゃん。怒ってる……よな?」

「怒ってません」

「いや、怒ってるって! 頬とか、めっちゃ膨らんでるし!」

「ファクルさんは失礼です! わたしのほっぺたがおまんじゅうみたいになってるとか、ひどすぎます!」

「そこまで言ってねえ!」

「……………………似たような感じのことは言いました!」

「今、答えるまでに間があったような」

「ありません」

「あ、はい」


 ファクルさんが頭をガリガリと掻きむしります。

 そんなに掻きむしって大丈夫でしょうか。

 わたし、知っているんです。ファクルさんがこっそり髪の毛を気にしていることを。

 回復魔法でどうにかなるんじゃないかと、淡い期待を抱いていることを。

 なので、ファクルさんが寝ている時にこっそり使ってみました。

 ダメ、でした……。

 ごめんなさい、ファクルさん……。

 わたしは勇者ですが、無力でした……。


「あ、あれ? なんか今度はいきなり落ち込んだんだが」

「落ち込んでません」

「お、おう。そうか」

「そうです」

「あー、えっとさ。どうすれば嬢ちゃんの機嫌は直るんだ?」

「……わたし、怒ってないって言ったじゃないですか」

「言ったな。ちゃんと聞いた」

「だったら」

「だが、俺はいつもの嬢ちゃんに戻って欲しいんだ。だから、これは俺のワガママだ」


 ……ファクルさんは悪くないです。

 だって、わたしがわけのわからない感情に振り回されて、こんなことになっているんですから。

 悪いのはわたしです。


「教えてくれ、嬢ちゃん」

「そんなに、いつものわたしに戻って欲しいんですか?」

「ああ、戻って欲しい」

「……そう、ですか」


 どうしてでしょう。

 その言葉だけで、胸の奥がドキドキしてしまうのは。

 怒ってないと、機嫌は直ったと、言ってしまいたくなるのは。

 でも……ファクルさんがこんなふうに言ってくれたのなら。


「ひとつだけ……いいですか?」

「おう、何でも言ってくれ!」

「これは……わたしのワガママなんですけど」


 実はずっと不満に思っていたことがあるのです。


「わたしのこと……名前で呼んでくれませんか?」

「え……?」

「だ、だめですか……? だ、だって、その、他の皆さんは名前で呼んでるのに……わたしだけ、いつまで経っても『嬢ちゃん』って呼ばれていて……わたしだけ特別なんだって、そう思おうとしたこともあったんですけど、なんだかやっぱり寂しくて……えっと、その……」

「………………悪い」


 ファクルさんが頭を下げました。


「あ、あの、ファクルさん、頭を上げてください……!」

「いや、ダメだ。これだけの付き合いになるのに……いつまでも『嬢ちゃん』はねえ。全面的に俺が悪かった。本当に申し訳ない!」


 しばらくの間、ファクルさんは頭を下げ続けました。

 そしてガバッと顔を上げると、


「これからはちゃんと名前で呼ぶ」

「本当ですか!?」

「ああ」

「じゃあ、呼んでください!」

「おう。呼ぶぞ?」

「はいっ!」


 ああ、ファクルさんがわたしの名前を呼んでくれますっ!

 いったい、どんな感じなのでしょう!?

 想像するだけで、ドキドキしてきましたっ!


「あ、ある……ある……ある……」


 もしかして忘れてしまったのでしょうか?


「ファクルさん、わたしの名前はアルアクルです。アルアクル・カイセルです」

「大丈夫だ、ちゃんとわかってるから」


 なら、どうして呼んでくれないのでしょう?


「……くそっ。今さら名前を呼ぶのがこっ恥ずかしいとかって、ガキか俺は!?」

「ファクルさん?」

「何でもねえ!」


 ちっちゃな声すぎて聞こえなかったのですが。


「言うぞ、言うからな!? ほ、本当にいいんだなっ!?」

「もちろんです! よろしくお願いしますっ!」

「……くぅっ、覚悟を決めろ! 俺っ!」


 ファクルさんが再びちっちゃな声で何かを呟いてから、頬をバチーンと叩きます。


「あ、あるあきゅる……!」


 噛みました!

 ファクルさん、顔が真っ赤です!

 ぷるぷる震えています!

 すごくかわいいです……!


「……忘れてくれ」

「無理です!」

「即答!?」

「絶対に忘れません!」

「さらなる駄目押し!? ……というか、噛まずに呼べって話だよな」


 ファクルさんがわたしを見つめます。

 黒い瞳に、わたしが映ります。


「……あ、アルアクル」

「………………っ!!」


 これは……思っていた以上の衝撃ですっ。

 ドキドキ? いえ、そんな言葉では足りませんっ。

 どうしましょう!? すごく……すっごくうれしいですっ!


「ファクルさん、もっと呼んでください!」

「お、おう。アルアクル」

「もっと」

「アルアクル」

「もっとお願いします!」

「アルアクル!」

「あと1回……いえ、あと1000回はお願いします!」

「おう! って1000回は無理だ!」

「むぅ、残念です。――でも」

「でも?」

「これからはずっと、名前で呼んでくれるんですよね?」

「ああ」

「なら、いいです!」


 わたしはうれしくなって、ファクルさんを見つめました。


「……機嫌、治してくれたみたいだな。いつもの……いや、いつも以上に眩しい笑顔だ」

「そう、ですか?」


 まったく自覚がありません。

 でも、それは当然だと思います。

 だって、やっと……本当にやっと、ファクルさんに名前で呼んでもらえたんですから。


「わたし、ファクルさんに初めて名前を呼んでもらった今日を、絶対に忘れません!」

「アルアクルは大げさだな」


 ちっとも大げさなんかじゃありません!

 今日は大切な記念日です!

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