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07#一緒に眠りましょう!


 皆さん、ごきげんよう。

 わたしです、アルアクル・カイセルです。

 ごきげんようという挨拶は、わたしには背伸びしすぎでしょうか。

 だってほら、お嬢様っぽいというか、ちょっとかしこまった感じがするじゃないですか。

 わたしは勇者だったりしますが、孤児院育ちの普通の女の子ですから、そういう挨拶は似合わないですよね。

 大丈夫です。ちゃんとわかっていますから。

 でも、言ってみたくなったんです。

 きっと、自分でもよくわからない、変な感情を持てあましているせいだと思います。




 ファクルさんと、そのご家族とのお食事会は、大盛り上がりのうちに終わりました。

 そして気がつけば、もう夜です。

 おやすみなさいの時間です。

 ……楽しい時間というのは、あっという間に過ぎるものなんですね。

 そういえば、こんなに楽しい時間を過ごしたのはいつ以来でしょうか? 孤児院にいた時?

 わたしは侍女さんに案内され、休むための部屋にやってきました。


「どうぞ。このお部屋をお使いください」

「あ、はい。どうもありがとうございます」


 一礼して、侍女さんが出て行きます。

 それを見送ったわたしは、改めて部屋の中を見渡します。

 大きなお部屋です。

 客間……という感じではないですね。

 シンプルながらも、使い勝手がよさそうな調度は、この部屋の元々の主の性格が表れている感じがします。


「この家具……わたしは好きな感じです」


 質実剛健というか、実直というか。家具ですから。そういうストイックさは素敵だと思うわけです。


「それにしても……この部屋の本来の持ち主を差し置いて、わたしが使ってもいいのでしょうか?」


 腕を組んで、むむむと考え込んでしまいました……けど。


「大丈夫ですよね? だって、問題があればここに案内されるわけがないですし」


 うん、そうです。

 というわけで、わたしは元々の持ち主さんに心の中で使用させていただくことをお詫びしつつ、遠慮なくベッドに潜り込みました。


「ん……」


 匂いを感じました。

 持ち主さんのものだと思います。

 でもこの匂い……どこかで嗅いだことがあるような気がします。

 どこでしょう?

 思い出せませんが、安心する匂いです。

 枕元にあったランプに手を伸ばし、明かりを消します。


「おやすみなさい」


 誰にでもなくそう言って、わたしは瞼を閉じました。




 それからどれくらい経ったのでしょう。

 カチャッ。

 ドアが開く音がして、誰かが入ってきた気配に、わたしは目を覚ましました。

 勇者として旅をしている時、野営することもあり、魔物たちの気配を感じられるようにファクルさんに鍛えられたのです。

 ですが、今日はあまりにも楽しい時間を過ごすことができたおかげで、頭がなかなか覚醒しません。

 ぼうっとしています。

 そのうちに、入ってきた人物はゆっくりと近づいて来たと思ったら、ベッドの中に入ってくるじゃありませんか。


「え?」

「は?」


 入ってきた人物と視線がぶつかります。

 何と、入ってきたのはファクルさんだったのです。


「お、お前、何やってるんだこんなところで!?」


 本気で驚いている、そんな声です。


「寝てました」

「あ、うん。だよな。見ればわかる」

「それは何よりです」

「って、違ぁぁぁぁぁああああぁう!」


 ファクルさん、渾身のツッコミです。

 いつになく力が入っていました。


「なんでここに――俺の部屋にいるんだよ!?」


 なるほど、ここはファクルさんの部屋だったんですね。

 ベッドから嗅いだことのある匂いがした理由もわかりました。

 ファクルさんの匂いでした。

 ……くっ、ファクルさんの匂いなのに気づけなかったとか、わたしとしたことがっ。

 それよりも、わたしがここにいる理由を気にしているファクルさんに、答えました。


「侍女さんに案内されたからです」

「侍女に……? ……………………ああ、なるほど、そういうことか。あのバカ親が」

「バカ親? あの、どういうことですか?」

「母親が余計な気を利かせたんだろうよ」

「はぁ……? 余計な気、ですか? それってどういうことでしょう?」

「あー………………まあ、嬢ちゃんは気にしなくていい」


 そう言われても気になりましたが……今はそれどころじゃないのでした。

 わたしはいそいそとベッドから抜け出しました。


「嬢ちゃん、何をしてるんだ?」

「何って……出て行くんですよ?」


 だって、とわたしは続けます。


「ここはファクルさんのお部屋ですからね。侍女さんに言えば、別のお部屋を用意してくれますよね? あ、何なら馬小屋でも大丈夫ですよ」


 孤児院育ちを舐めないでくださいね?

 わたしが育った孤児院はびっくりするぐらい貧乏だったので、すきま風とかひどかったんですよね。

 なので、わたしたちはいつもひとかたまりになって寝ていました。一番幼いミシェルを中心にして。

 男の子たちはなんでかいつも顔を真っ赤にしていましたけど。


「嬢ちゃん、ここが子爵の屋敷だってこと忘れてるだろ?」

「なるほど。つまり、馬小屋も立派なわけですね」

「違う!」

「え、立派じゃない?」

「いや、そうじゃなくて。馬小屋とかじゃなくても部屋はあるから!」

「そういうことでしたか」


 納得して、わたしは部屋を出ようとしました。

 ガチャガチャ。


「……どうした、嬢ちゃん」

「ドアが開かないんです」

「は?」

「鍵でもかかってるんでしょうか?」

「それなら内側から開けられるだろ。どれ」


 ファクルさんがやってきて、鍵を確認してくれます。


「……かかってねえな」

「なら、どうして開かないのでしょう?」


 わたしが言った時でした。

 ドアの向こうから、声が聞こえてきました。

 わたしをここまで案内してくれた、侍女さんの声です。


「申し訳ございません。部屋の鍵が壊れてしまいまして、今日だけ、ドアを開けることができなくなってしまいました」

「なるほど。そういうことですか。納得――」

「できるわけねだろ!?」


 わたしの言葉は、ファクルさんに遮られてしまいました。


「変なこと言ってないで開けろ!」

「それは無理な相談でございます、坊ちゃま」

「何が無理な相談だ!」

「どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ」

「おい!」


 ドアの向こうは、うんともすんとも言わなくなってしまいました。


「……わりい、嬢ちゃん。どうやら閉じ込められちまったみたいだ」

「自分の部屋に閉じ込められるって、なんだか変な話ですね」

「確かに――って、よく落ち着いていられるな」

「どういう意味ですか?」

「どういうって……ほ、ほら、俺とふたりきり、なんだぞ?」

「あ、はい。そうですね」

「そうですねって、他に何かあるだろ?」

「他に、ですか?」


 そのとおりだと、ファクルさんが腕を組んで、大きく頷きます。


「ファクルさんを独り占めできますね!」

「ふぁっ!?」


 ファクルさんが変な声を出しました。


「お、俺を独り占めって!?」

「あれ、違いますか?」

「違う! 違うんだが――あー、もういい。もう寝よう」


 そう言って、ファクルさんは床に横になりました。


「何してるんですか、ベッドで寝ないんですか?」

「ベッドは嬢ちゃんが使ってくれ」

「それはいけません! ここはファクルさんのお部屋ですよ? 床で寝るのはわたしです!」

「いやいや、嬢ちゃんを床で寝かせるわけにいかねえだろ!?」

「大丈夫です! わたし、勇者ですから! こう見えて丈夫なんです!」


 むんっ、と力こぶを作って見せます。


「いいから嬢ちゃんはベッドで寝ろ!」


 ファクルさんがわたしを強引にベッドに押し込み、自分は床で寝ようとします。


「ファクルさんを差し置いて、わたしがベッドで寝るわけにはいきません! 絶対です!」


 というわけで、わたしも床で寝ることにしました。


「これでよし」

「全然よくねえ!」

「ファクルさん……けっこうわがままですね」

「俺か? 俺が悪いのか!?」


 ファクルさんが頭を抱えてしまいました。


「なら、こういうのはどうでしょうか。わたしとファクルさん、一緒のベッドで寝るんです」

「なるほど――なんて言わないからな!? ダメだろそんなの!」

「どうしてですか? このベッド、けっこう大きいですから、ふたり一緒に寝ても大丈夫だと思うんですけど」

「そういうことじゃなくて……」

「ファクルさん、二人とも床で寝るか、二人ともベッドで寝るか、答えは二つに一つです!」

「第三の選択肢を要求する!」

「却下します!」

「………………………………仕方ねえ、一緒のベッドで寝るよ」

「本当ですか?」

「ああ。嬢ちゃんを床で寝させるわけにはいかねえからな」


 わたしのため、ですか。

 ふふ、やっぱりファクルさんはやさしいです。


「それじゃあ寝ましょう!」

「これから寝るってのに、何でそんなに元気なんだよ……」


 ファクルさんに苦笑されてしまいました。

 わたしたちは一緒にベッドの中に入りました。

 といっても、ファクルさんは端っこの方です。


「わたし、寝相はいいですから、もっとこっちに来ても大丈夫ですよ?」

「……そんな心配はしてねえんだよなぁ」


 ファクルさんが何かを呟きましたが、よく聞こえませんでした。


「いいから、早く寝ろ」

「わかりました。おやすみなさい」

「おやすみ、嬢ちゃん」


 目を閉じます。

 いつもならすぐに眠気がやってくるのに、全然眠くありません。


「あの、ファクルさん。もう寝ちゃいましたか?」

「……ああ、寝たぞ。爆睡だ」

「素敵な家族でしたね」

「俺は寝たって言ったんだけどな?」

「寝た人は自分で『寝た』なんて言いませんよ?」

「……自慢の家族だよ」


 わかっています。

 お食事会の時、ファクルさんがご家族を見つめる眼差し、とてもやさしかったですから。

 家族のことを大事にしているというのが、とてもよく伝わってきました。

 でも、あの時にわかったのは、それだけじゃありません。


「ファクルさん、皆さんに愛されていますよね」

「……………………そうか?」

「そうですよ。見ていればわかります」

「……………………そうか」


 さっきと同じ言葉です。

 でも、そこに込められた思いは、さっきと違う感じがしました。

 やわらかくて、あたたかくて。

 ファクルさんの、大事な何かを感じることができました。

 上手く言葉にできないのがもどかしいのですが。


「ありがとな、嬢ちゃん」


 ファクルさんが笑いました。

 その瞬間、わたしの胸がドキッとなりました。

 ファクルさんの笑顔を、初めて見たわけじゃありません。

 これまでに何度も見たことがあります。

 でも、こんなにやさしい感じで笑った顔は、初めて見ました。


「嬢ちゃん? 寝ちまったのか?」


 寝ていません。胸が苦しくて返事ができないだけです。


「そうか、寝ちまったか」


 そう呟いてからしばらくして、ファクルさんの寝息が聞こえてきました。

 ですが、わたしは胸のドキドキが収まらなくて、なかなか寝付くことができません。

 ようやく眠気が襲ってきたのは、窓の外が明るくなってからでした。

 こんなことは初めてです。

 いったい、どういうことなのでしょう?

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