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06#おっさん、帰郷する。


 皆さん、わたしです。アルアクルです。

 お元気ですか? わたしは……どうでしょう。

 そわそわ? ふわふわ? なんだか少しだけ落ち着かない感じでいます。

 というのも、これからファクルさんのご家族に会うからです。

 ファクルさんのご家族……いったいどんな方たちなのでしょう?

 きっとファクルさんに似た感じなのだと思います。

 だとしたらファクルさんがいっぱいいるということに……!?

 何ですかそれ! うれしすぎるのですが!

 どうしましょう。ご家族を前にして正常でいられるか、ちょっぴり不安になってきました。




 わたしたちがその町に到着した時は、お昼を少し過ぎたくらいでした。

 今まで立ち寄ってきた町より、建ち並ぶ建物は立派で、人も多く、活気に溢れているように感じます。

 道行く人たちの顔には笑みが浮かんでいて、しあわせな感じが伝わってきました。


「ここがファクルさんの生まれ育った町なんですね」


 わたしの言葉に、ファクルさんが頷きます。


「何だか輝いていますね! 他の町とは、まったく違います!」

「いや、そんなことはないから」

「そんなことないことないです!」


 そこは絶対に譲れないところだったので、わたしは ふんす! と気合いを入れて言い切りました。

 さらに、さっき思ったことも伝えます。この町にいる人たちがしあわせそうであることなどです。

 わたしの言葉を聞いたファクルさんは顎髭を弄りながら、


「……あ、ありがとな」


 そう言ってくれました。ちょっと頬が赤くなっているでしょうか? ふふっ、照れているんですねっ! かわいい感じですっ!

 わたしはこの町で過ごした、幼い頃のファクルさんのことを想像してみました。

 ヒゲ……はないですよね。身長……もここまで高くなかったはずです。目つきはどうでしょう? ちょっと垂れ目で、やさしげな感じは、昔と同じ気がします。

 だって、ファクルさんはとってもやさしい人ですからね。

 そうでなければ、あんなにおいしいお料理は作れないと思うのです。

 あれは食べる人のことを考えて作らなければ、できない味だと思うのです。

 わたしがそう言った時、ファクルさんは、


『……俺が好きなようにやってるだけだ』


 なんて言ってましたけど、あれは絶対に嘘ですね。

 わたしが暮らしていた孤児院の院長も、料理をする時は食べる人のことを考えて、その人の気持ちになって、作ることが大事なんだと言ってましたし。

 ファクルさんはやさしい人です。

 まあ、魔物との戦いとか、旅の最中とか、厳しくなる時もありますけど。

 それでも、わたしのことを思って、いろいろ注意してくれたんだって、わたしはわかっています。


「あの、すみません」


 わたしがファクルさんのことを考えていると、クナントカさんが声をかけてきました。


「僕、顔を出してきたいところがありますので」


 お話を聞けば、この町にクナントカさんの商会の支店があるらしいです。


「なるほど。ここでお別れですか。今までありがとうございました」


 馬車での旅はなかなか快適でした。


「戻ってきますからぁ!」

「え?」

「……嬢ちゃん、クリスに対しては容赦ねえな」

「大丈夫ですファクルさん、僕にはむしろご褒美ですから! なのでどんと来いですよ!」

「お、おう。そうか……出会った時はあんなにイケメンだったのに。残念になっちまったな」

「嫌だなぁ、ファクルさん。そんなに褒めないでくださいよぉ」

「まったく褒めてないんだよなぁ」

「え?」

「え?」


 ファクルさんとクナントカさんがお互いにちょっと驚いたみたいな顔をして、見つめ合います。


「とにかく、必ず戻ってきますから!」


 そう言い残して、クナントカさんとイケメンさんたちが、人混みの中に消えていきました。


「さて、それじゃあ家に行くか」


 ファクルさんが歩き出します。


「それって、わたしにファクルさんのご家族を紹介してくれるってことですか?」

「家族を紹介って……嬢ちゃん、それってどういう意味だ?」

「どういうって、そのまんまの意味ですけど。ファクルさん、それ以外の意味があるんですか?」

「あるって言われればあるような」

「そうなんですか!? どんな意味ですか? 教えてください!」

「そりゃああれだよ、あれ」

「あれ?」

「まあ、いろいろだよ!」

「何ですかそれ! 気になります! 教えてください!」

「そのうちな」

「絶対ですよ!? 約束ですからね!?」

「はいはい」

「えへへ、ファクルさんと約束しちゃいましたっ」


 うれしくなって、その場でぴょんぴょんしてしまったわたしを見て、ファクルさんが微笑みます。

 それに気づいたわたしは、自分の行為が急に恥ずかしくなって、頬を赤らめてしまいました。




 わたしたちが向かったのは、この町の外れに位置する、ちょっと大きなお屋敷でした。


「立派ですね。ここがファクルさんのおうちなんですか?」

「古いだけだ」


 ファクルさんはそう言いますけど、積み上げられた石には苔など生えておらず、きちんと手入れされていて、やっぱり立派に思えます。

 そのまま中に入ろうとしたら、門番の方に足止めされてしまいました。

 ファクルさんが門番さんを見て、笑いかけます。


「久しぶりだな、アラン」

「誰だ俺のことを呼び捨てで……って、ファクル様? ファクル様じゃないですか!」

「親父たちは元気か?」

「もちろんですよ! どうぞ、お入りください! おかえりなさいませ、ファクル様!」

「ああ、ただいま」


 頭を下げて、門番さんに通してもらいます。

 それにしても……ファクル様、ですか。

 もしかしてファクルさんはすごい人だったのでしょうか?

 いえ、ファクルさんがすごいというのは、これまで一緒に過ごしてきたことで、充分わかっています。

 今のわたしがいるのは、ファクルさんのおかげですし。

 何も知らなかった、ただの女の子だったわたしが、勇者として魔物と戦えるようになったのは、ファクルさんに厳しく鍛えていただけたから。

 ですが、この場合のすごいというのは、それとはちょっと違うというか……。

 お屋敷の中に入るまでも、庭師さんや下働きの方たちに声をかけられて、ファクルさんが慕われていることがとても伝わってきました。


「いちいち足止めされて悪いな、嬢ちゃん」

「気にしないでください! それより、みんなに慕われていて、ファクルさんはすごいです!」

「そうか?」

「そうです! すごいです! ファクルさんと一緒に旅をしてきたことを、わたし、誇りに思います!」

「それはいくら何でも大げさすぎだ」

「そんなことないです! むしろ過小評価著しい感じです!」


 わたしの言葉に苦笑しながら、ファクルさんが頭を撫でてくれました。

 大きな手はやさしくて、でもちょっと不器用な感じで。

 以前はそうされるととても落ち着いたのに……今は少しだけそわそわします。どうしてでしょう。




 お屋敷の中に入ると、狼の執事さんに出迎えられました。

 獣人です。獣耳や尻尾などが生えているだけの人もいますし、見た感じは獣だけど二足歩行している感じの人もいます。

 他にもこの世界には、エルフやドワーフなどもいて、亜人とひとくくりにされて、差別の対象になっていたりするところもありました。

 魔王退治の旅をする中で、わたしはそれを知りました。

 一緒に旅をしていた王子様たちは敬遠していましたが、わたしとファクルさんは普通に接します。

 この執事さんは獣に近い感じです。とてもワイルドです。


「大きくなられましたな、坊ちゃま」

「辞めてくれ、坊ちゃまって呼ばれる年齢じゃない。それより元気そうで何よりだ」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 狼の執事さんが見事な一礼を決めた時でした。


「何やら騒がしいと思ったら、お前か」


 大広間の脇にあった階段から、壮年の男性が下りてきました。

 がっしりした体躯。髪は栗色、瞳は蒼。

 彫りが深くて、立派に蓄えられたヒゲが、威厳を醸し出しています。


「親父」


 どうやらファクルさんの父さんのようです。


「元気だったか?」

「兄貴」


 次に現れたのは、ファクルさんのお兄さんです。

 すらりとした男前。やはり髪は栗色で、蒼い瞳の持ち主です。


「あらあら。私に顔を見せてちょうだい」

「母さん」


 ファクルさんのお母さんは、かわいらしい方でした。ちょっとくすんだ金髪に翠色の瞳。目尻に刻まれた皺はやさしげで、豊かな胸はいかにも母性溢れる感じです。

 お母さんがファクルさんを抱きしめ、お兄さんが頭を撫でて、ファクルさんが困っています。

 やめて欲しいと懇願しても、お二人とも聞き入れようとはしません。むしろもっともっとという感じで迫っていきます。

 そんな光景をお父さんが見つめていました。

 心温まる、やさしい光景です。

 ただ、その中心にいるファクルさんは黒髪黒目で。

 しかも、ずんぐりむっくりした体型。

 なんだか似ていないと思ってしまったのは、わたしだけでしょうか?

 そんなことを思っていたら、ファクルさんのお父さんがわたしに気づきました。


「あなたは……もしかして勇者殿か?」

「はい、そうですけど」


 どうしてわかったのでしょうか。

 ここに来たのは初めてで、面識はありません。

 膝をついて、ファクルさんのお父さんが頭を垂れます。


「世界を救っていただき、ありがとうございます。領民に代わって感謝いたします」


 領民……? ということは……え? ファクルさんのお父さんは領主様ということですか?

 え、え?

 ファクルさんを見れば「バレたか」という表情をしています。

 聞けば、ファクルさんのお父さん――いえ、領主様は子爵様らしいです。

 ということは、ファクルさんも貴族……? でも、わたしが知っている貴族の方とは、あまりにも違いすぎるというか……。

 いえ、今はそれよりも、目の前のことに向き合わなければいけません。

 領主様に跪かれるようなことを、わたしはしたということなのでしょう。

 自分がしたことの影響というか、大きさというか、そんなものを改めて実感しました。


「あ、あの、頭を上げてください!」

「いや、だが」

「親父、嬢ちゃんが困ってるんだ。頭を上げてくれ」


 ファクルさんの取りなしで、お父さん――いえ、領主様? お父様? と呼ぶべきでしょうか。

 とにかく、ようやく頭を上げてくれました。よかったです……。




 その後、一緒に食事をすることになりました。

 そのための準備と称して、侍女さんによってお風呂で体の隅から隅まで磨かれ、化粧を施され、上等なドレスを身につけさせられ――鏡に写ったのは、「え? どこのお嬢様ですか?」という感じのわたしでした。

 ……これがわたし? 信じられませんが、わたしが動くとおりに、鏡の中の美少女も動くので、きっとわたしなのでしょう。

 幻惑魔法を使われている気がします。

 ですが、わたしをここまで磨き上げてくれた侍女さんたちに「綺麗ですよお嬢様」「かわいいですお嬢様」「ハァハァしますお嬢様」と言われれば、本当にわたしなのだと思います。というか、最後の「ハァハァ」はどういう意味でしょう?

 コンコン。

 ノックです。誰でしょう。


「迎えに来たんだが、入ってもいいか」


 この声はファクルさんです! わたしがファクルさんの声を聞き間違えることは絶対にありませんから!


「どうぞ」


 わたしが返事をするより早く、侍女さんによってファクルさんが部屋の中に招かれます。

 そしてわたしを見て、言葉を失いました。


「あ、あの、ファクルさん……そんなに変ですか?」

「え?」


 惚けた声を出したファクルさんを、侍女さんたちが睨みます。どうしてでしょう?


「怖い怖い怖い! え、なんで俺睨まれてるんだ!?」


 わたしにもわかりません。

 ただ侍女さんたちは「鈍感」「昔から坊ちゃまは」「ダメダメですね」「ええ、ダメダメです」「へたれでしたし」などと口にしています。へたれ?


「おい、今へたれって言ったの誰だ!?」


 侍女さんたちがつーんと澄ました顔をして、そっぽを向きます。


「くっ、お前ら覚えてろよ」


 何だかやりにくそうです。


「って、そんなことは今はどうでもよくて。あー、えっと、その、なんだ。違うからな、嬢ちゃん。俺が言葉を失ってたのは、嬢ちゃんがめちゃくちゃ綺麗だったからだ」

「え?」


 見れば、ファクルさんがそっぽを向いて、赤くなっった頬ををかいています。


「本当ですか……?」

「ああ、本当だ」

「本当に本当ですか?」

「本当に本当だ」

「本当の本当に本当ですか?」

「ああ、そうだ。誓ってもいい。嘘じゃない」


 そっぽに向けていた瞳をわたしに向けて、ファクルさんが言ってくれました。

 黒い瞳が、やさしげな光をたたえています。


「あ、ありがとうごございます……!」


 ファクルさんがわたしを見てくれているのに……今度はわたしがファクルさんを見ることができなくなってしまいました。

 こんな感じは初めてです。

 胸がドキドキします。

 何なのでしょう、これは。

 侍女さんたちが何かを呟いています。「あら、初々しいわ」「かわいらしいですね」「ですね」「ハァハァですね」また出ましたハァハァ。どういう意味でしょう?




 それからファクルさんに手を引かれて、食堂に向かいました。

 華美すぎない素敵な調度がそろえられた食堂には、すでに皆さんが揃っていました。

 皆さん、美形揃いなので、正装がよく似合っています。

 食事をしながら歓談します。

 お母様はファクルさんの話を聞きたがりました。どんなことをしていたのか、危ないことはしていないか。

 面倒くさそうにしながらも、ファクルさんはきちんと答えています。

 家族だから、多少砕けた感じはありますが、礼儀正しい受け答えに、いつもと違った凛々しさを感じて、胸の奥が弾みます。


「勇者殿、旅の道中、うちのバカ息子が迷惑をかけませんでしたか?」


 お父様に話しかけられました。


「そんな、ファクルさんが迷惑をかけるわけがありません! むしろわたしの方が足を引っ張ったくらいですから!」

「え、勇者殿が?」


 信じられないという顔をされました。お父様だけでなく、お母様、お兄様にも。

 そこでわたしは、初めてゴブリンと対峙した時の話をしました。

 どれだけファクルさんがすごいかを熱弁したのです。


「つまり、今のわたしがいるのは、ファクルさんのおかげと言っても、決して過言ではないのです!」

「過言だから! 俺、そんな大したことしてないから!」

「謙遜しないでください」

「謙遜じゃなくて本気なんだが……」

「わたしも本気です!」

「……知ってるんだよなぁ」


 ファクルさんが頭を抱えています。頭が痛いのでしょうか、心配です。


「そうか。ファクルが……」


 そう呟きながらファクルさんに向けるお父様の眼差しは、厳しいながらも、やさしさの感じられるものでした。

 もっとファクルさんの話を聞きたいと、お母様にせがまれました。

 顔を真っ赤にしたファクルさんが辞めるように言ってきますが……ごめんなさい! それは無理なんです。

 だって、ファクルさんの話、たくさんしたいんです!

 ファクルさんにはいっぱいいいところがあって、そのすべてを語って、ファクルさんがどれだけ素敵なのか、すごいのか、知って欲しいんです!

 わたしは大いに語りました。

 その間中、ファクルさんは「やーめーてーくーれー!」と叫びながら、ごろごろ床を転がっていました。

 貴族の方たちとのパーティーと言えば、王都に連れて行かれた時、出席したことがあります。

 わたしは王子様たちにエスコートされ、魔王退治の旅が終わったら結婚して欲しいとプロポーズされました。

 魔王退治する前だったのに、何を暢気なことを言っているのでしょうと思ったものです。

 それはさておき、そのパーティーはまったく楽しくありませんでした。

 でも、今は違います。とても楽しいです。

 王都でのパーティーの方がずっと豪華で、煌びやかだったのに。

 どうして、今の方が楽しいのでしょう?

 ファクルさんはごろごろ転がるのを辞めて、部屋の隅にうずくまり、狼の執事さんに注がれたお酒をあおっています。何だかかわいいです。

 そんな夢のような、しあわせで楽しい時間がしばらくの間、続きました。

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