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05#勇者、深淵を覗いてしまう。


 皆さん、お元気ですか?

 わたしです。アルアクル・カイセルです。

 魔王退治の旅を経てそれなりに強くなったという自負があるわたしですが……勇者の力を持ってしてもどうにもならないことがあるのだと、最近、思い知らされました。

 知っていましたか? 勇者の力は万能じゃなかったのです……。




 わたしたちは街道を旅しています。

 両脇は大きな木で遮られ、視界はよくありません。

 魔王を退治した今、魔物たちは以前のような統率の取れた動きをすることはありませんが、それでもやはり襲いかかってくることがあります。

 今がまさにその時で、わたしの出番です。


「ファクルさん、クナントカさん、ゴブリンが来ますのでいってきます!」


「あ、おい! 嬢ちゃん!」


 わたしは聖鎧と聖剣を召喚して装備すると、ゴブリンたちの元へ赴きます。

 そしてバッタバッタとなぎ倒しました。

 あ……何とかという王子様たちがいた時は「さすが勇者!」と合いの手が入るのは、このタイミングです。

 結婚するつもりもないですし、凱旋パレードやパーティーにも、まったく、これっぽっちも興味はありませんが、王子様たちの合いの手が少しだけ懐かしく――ありませんね。ええ、ちっともです。


「鎧袖一触とは、まさにこのことですね……! アルアクルさんが勇者であると伺っていましたが、想像以上の強さでした!」


 クナントカさんが目を輝かせて言いました。


「確かに、嬢ちゃんは強い」


 ファクルさんもそう言ってくれました。

 うれしいです! 飛び跳ねたくなります! わたしが全力で飛び跳ねると雲を突き抜けてしまうのでやりませんが。


「けど、一人で、いきなり飛び出していくのはダメだ。もっと強い魔物がいたらどうする」


 浮かれていた気持ちが、一瞬にしてぺちゃんこになってしまいました。


「……すみませんでした」


「反省したか?」


「はい、反省しました」


「なら、いい。……無事でよかった。ほっとした。まあ、勇者である嬢ちゃんをどうにかできる奴なんて、滅多なことじゃいないだろうけどな」


 ファクルさんが苦笑します。

 わたし、ファクルさんに心配をかけてしまったんですね。


「……えへへ」


「おい、怒られたばかりで、なんで笑ってる?」


「秘密ですっ」


 ファクルさんが心配してくれたと思ったら、うれしくなったんです。


「強いアルアクルさんは最高です! 僕、改めてアルアクルさんを好きになりました! 結婚してください!」


 クナントカさんがわたしに向かって、手を差し出してきます。

 わたしはクナントカさんに向き直ると、ぺこりと丁寧に頭を下げます。


「お断りいたしますごめんなさい」


「くぅっ、今日も『ごめんなさい』いただきました~!」


 クナントカさんがうれしそうに身をよじります。


「断られて喜ぶとか変態だな、おい」


 ファクルさんの言うとおりだと思います。


「いやだな、ファクルさん。そんな褒めないでくださいよ~」


「いや、誰も褒めてねえし」


「え!?」


「なんで驚いてるんだよ!? こっちが驚きたいよ!」


「では、どうぞ」


「びっくりしたぜ! ――って何をやらせるんだよ!」


 ふたりとも声を出して笑って、とても楽しそうです。

 一緒に旅をしているのだから、ギスギスしているより、よっぽどいいことだと頭ではわかっています。

 でも、楽しそうに盛り上がっているふたりを見ていると、胸の奥がモヤモヤしてくるのです。

 わたしの方がファクルさんとの付き合いは、ずっとずっと長いんですから! と激しく主張したくなってくるのです。


「……で、嬢ちゃん、いきなり何をしているんだ?」


 ファクルさんが聞いてきます。


「別に何もしていません」


「いや、してるだろ? 俺の腕に思いきり抱きついてるじゃねえか!」


「うわ、いつの間に。びっくりですね?」


「だなー――じゃねえ! それは俺の台詞だからな? 嬢ちゃんの台詞じゃないからな?」


「仕方ありません。では、ファクルさんにお譲りします」


「譲ってくれてありがとうよ。……てか、いつまで抱きついてるんだ?」


「ダメですか?」


「ダメだろう?」


「どうしてですか?」


「ど、どうしてって……嬢ちゃんの胸の感触が……あれ? あんまりねえな」


「今、何か言いましたか?」


 自分でもびっくりするぐらい低い声が出ていました。


「な、何も言ってない!」


「そうですか。では、今のはわたしの空耳ですね」


「あ、ああ、そうだ。空耳だ」


「わたし、つるーんとか、ぺたーんという言葉が、あまり好きじゃないんです」


「……お、おう」


 ファクルさんが冷や汗を流しています。なぜでしょうか。不思議ですね?


「ま、まあ、それはそれとしてだ。とにかくあれだ。嬢ちゃんもこんなおっさんに抱きついても仕方ねえだろ?」


「何言ってるんですか、そんなことありません! ファクルさんにこうするの、わたし好きですから!」


「……そ、そうか」


 ファクルさんが真っ赤になってしまいました。


「すごく安心……そう、安心できるんです」


 ファクルさんとこうしていると、胸の奥があたたかくなります。

 その感覚を言葉にした時、『安心』という形が浮かんできたんです。


「……そういえば嬢ちゃん、孤児院育ちって言ってたな」


「はい、そうですよ。孤児院の前に捨てられているのを、院長先生が見つけてくれたんです」


 それを寂しいとも、悲しいとも思いません。

 両親にもきっとやむにやまれぬ事情があったんだろうなとか、そんなふうにも思いません。

 生んでくれたことには感謝しています。でも、それだけです。

 わたしの家族は、あの孤児院のみんなです。

 院長先生に、カーネル、サーシャ……他にもいっぱい。

 だから寂しくありません。

 孤児院はいつも賑やかでしたしね。

 さっきまで真っ赤になって恥ずかしそうに身をよじっていたファクルさんが、穏やかな眼差しになり、わたしの頭を撫でてくれます。

 そして、しばらくの間、わたしが抱きついていることを許してくれました。




 夜になりました。

 町にたどり着くことができずに、今日は野宿です。

 勇者として魔王退治の旅をしていた時にも野宿することはありましたが、その準備のほとんどをファクルさんがしてくれていました。

 わたしも手伝いを申し出たのですが、勇者の仕事は魔王を退治することだと言ってくれて。

 ファクルさんの手際は本当に見事なもので、初めて目の当たりにした時の感動は、今でもはっきりと思い出すことができます。

 その時は興奮して「すごい! すごいです!」とファクルさんに抱きついてしまったのは、恥ずかしい思い出なので忘れたいです。

 最初はそういう準備などは冒険者がするべきと言っていた、あ……何とかという王子様たちだったのですが、そんなことがあった次の時には、自分たちがすると言い出しました。

 高貴な自分たちの方が、もっとエレガントにできるとか何とか言い張って。

 ですが、王子様たちは何もできませんでした。いえ、前衛的な何かを創り出すことには成功しましたが。

 あれがエレガントだったのでしょうか?

 だとしたら、わたしは一生、エレガントというものがわからないと思います。

 ファクルさんは『……まあ、こうなると思ってた』と呟きながらテキパキと準備をして、あっという間に野営の支度をしたのでした。

 やっぱりすごかったです。さすがはファクルさんです。

 そして今、ファクルさんが今日の野営の準備を始めています。

 ですが、ファクルさんだけじゃありません。クナントカさんも、そのお手伝いをしているのです。


「じゃあ、ファクルさん。僕がテントとか竈とかを準備しておきますから」


「そうか? じゃあ、俺は薪を取ってくるか」


 ファクルさんは腰の刀に手を伸ばしながら、木々の間を抜けて森の中に分け入っていきます。


「よし。それじゃあ僕もやりますか」


 クナントカさんが準備を始めます。

 その手際の良さはファクルさんには遠く及ばないものの、なかなかどうして、様になっているじゃないですか。


「クナントカさん、ずいぶん手慣れた感じですが……。大きな商会の跡取り息子さんだと、そういうこともできるものなんですか?」


「どうでしょう、できる人もいるかもしれないですが」


「その言い方だと、できない人の方が多い感じですね」


「まあ、商売だけできればそれでいい、という考え方もありますからね」


 そんなことを話ながらも、クナントカさんはテキパキと準備をしていきます。


「こういうことは、それこそ彼らのような者たちに任せて、ドーンと構えているのが、上に立つ者のあるべき姿だ! とか何とか」


 彼らのような者というのはイケメンさんたちのことのようです。


「でも、僕のところはこういうこともできて一人前みたいな感じでして」


「なるほど」


 そんなことを話している間に、ファクルさんが戻ってきました。


「お、テントも竈も、準備できてるな」


 それらをチェックして、大きく頷きます。


「いい感じじゃないか。クリス」


「ありがとうございます、ファクルさん。あと、僕はクリスじゃなくてクナントカなんで気をつけてください」


「いや、クリスだろ?」


「違います。僕はクナントカに生まれ変わったんです」


「……マジな顔で言ってやがるんだが」


「当たり前です! 何せこの名前は愛しいアルアクルさんがつけてくれたものですからねっ! 僕の宝物ですよ……!」


「変態だな……」


 激しく同意します。


「まあいい。これだけ準備ができてるなら、次は飯だな」


 ファクルさんが自分のアイテムボックスから調味料や調理器具を取り出します。

 アイテムボックスは生活魔法なので、魔力を持っている人なら誰でも等しく使うことができるのです。

 ただし、魔力量によって容量や性能が変わってきます。

 ファクルさんは魔力量が少ないので、冒険に必要最低限の荷物しか納めることができません。

 なので、食材などは基本的に現地調達です。

 ――が、それはファクルさんだけの場合です。


「ファクルさん、食材は何を出しますか? ドラゴン? フェンリル? それともハーピー?」


 わたしのアイテムボックスは、容量はほぼ無限で、時間経過もありません。入れた時と同じ鮮度がいつまでも保たれています。


「ドラゴンとか、フェンリルとか……そんなすごい魔物の名前がぽんぽん出てくるあたり、さすがアルアクルさんです! 結婚してください!」


「ごめんなさい」


「またまた『ごめんなさい』いただきましたっ!」


変態クリスは放っておくことにして……ショーガ焼きが食べたいから、ジャイアントボアを出してくれるか」


「わかりました」


 ジャイアントボアのショーガ焼きはファクルさんの十八番であり、わたしも大好きです。

 アイテムボックスから取り出したジャイアントボアのお肉をファクルさんに渡します。

 ファクルさんは準備に入りました。

 わたしは、ファクルさんが真剣にお料理を作っているところを見つめます。

 刀を持って戦っている時のファクルさんも凛々しくていい感じですが、お料理をしている姿もそれと同じくらい、輝いて見えます。


「そんなに見つめられると、やりづらいんだが」


「わたしは気にしません!」


「いや、俺が気にするって話だよ」


 ファクルさんはそう言いながらも、最後には見ていることを許してくれます。やさしいですよね、ファクルさん。尊敬します。


「僕も手伝いますね」


「え?」


「ショーガ焼きという料理は聞いたことがありませんが、ジャイアントボアの肉を使った料理ということは、かなりこってりした感じですよね?」


「こってりというか、どっしり系だな」


「どっしりですか。なら、さっぱりした付け合わせがあった方がいいと思うんですが」


 言いながら、クナントカさんが自分のアイテムボックスから食材を取り出します。

 キャーベッシと呼ばれる、歯ごたえのいいものです。


「お前、料理ができるのか。変態なのに」


「ええ、こう見えて一通りのことはできるようにしつけられてるんです。変態なのに」


「おいこいつ自分で変態だって認めやがったぞ」


「最高ですよね! ゾクゾクします!」


「マジで変態だな! ――だが、料理ができるというなら、見せてもらってもいいか? 俺の知らないレシピなら覚えたいからな」


「お任せください!」


 クナントカさんがファクルさんの隣に立って、料理を始めました。

 ファクルさんはジャイアントボアのショーガ焼きを作りながら、クナントカさんの手元を見て「ほほう」とか、「そんな手法が」とかとか、「なるほど、その発想はなかったな」とかとかとか、感嘆の声を上げるじゃないですか。

 これは……なんでしょう。よくない感じがします。由々しき事態、という感じです!


「あ、あの、ファクルさん!」


「腹が減ったか? 悪いな、まだかかるんだ」


「あ、はい!」


 じゃありません!


「違います! そうじゃありません!」


「そうか? ……ああ、わかった。アレだな、味見だ。相変わらず食いしん坊だな。さすがにジャイアントボアの肉を生で食わせるわけにはいかないから、……これでどうだ」


 ファクルさんが出してくれたのは、クッキーでした。


「わぁ、クッキーです! いただきまーす――って違います! それでもありません!」


「そうなのか?」


「そうです! わたしもお手伝いしたいんです!」


 魔王退治の旅をしていた時は、手伝うことができませんでした。

 それはわたしが勇者だったからで、勇者の仕事は魔王を退治することだからと言われて。

 ですが、今のわたしは違います。勇者ではありますが、魔王を退治した今、無職です!

 ……あれ? あれあれ? わたし、今、気づいてはいけないことに気づいてしまったような気がします……。

 これが俗に言う『深淵を覗く』という感覚でしょうか……?

 と、とりあえず、今はそのことは忘れましょう!

 はい、忘れました!


「付け合わせはクリスがやってくれてるし、ショーガ焼きも下味をつけて焼くだけだし」


 ファクルさんが言いました。


「それでも何かあるはずです! わたしもお手伝いしたいんです!」


「そうか。そんなに言うなら……嬢ちゃんにも何か一品作ってもらうかな」


「いいんですか!?」


「ああ」


「わかりました! 任せてください! わたし、孤児院ではお料理もやっていたんですよ! あまりのおいしさに、カーターに独り占めされるくらいだったんですから」


 カーターというのは、わたしよりひとつ年下の男の子です。

 わたしが作った料理は、いつもカーターがひとりで食べてしまって、他の子は食べられませんでした。


「それは楽しみだ」


「がんばります!」


 アイテムボックスから食材を取り出すことにします。

 何にしましょう?

 うーん……ドラゴンに決めました!

 さて、腕によりをかけてやりましょう!

 だって、ファクルさんに『楽しみだ』って言ってもらえたんですから!




 死屍累々とは、まさにこのことを言うのでしょう。

 ファクルさんとクナントカさん、それにクナントカさんの従者のイケメンさんたちが、冷たい土の上に転がっています。


「はわわ、はわわわわっ」


 何でこんなことになってしまったのでしょう。

 ファクルさんたちは、わたしが作ったドラゴン料理を食べただけなのに……!


「じょ、嬢ちゃん……」


「ファクルさんが生き返りました!」


「死んでねえから! ……いや、まあ、死にかけたことは事実だが」


 とにかく、とファクルさんが蒼い顔のまま、起き上がります。


「嬢ちゃん、あれはなんだ? 殺人兵器か?」


「違います! ドラゴン料理です!」


「食べた瞬間、ゴーストの精神攻撃と、ポイズンスネークの毒攻撃と、バジリスクの石化攻撃と、その他いろいろありとあらゆる状態異常の攻撃を食らったような感覚に陥ったんだが!?」


 それだけ聞くと、本当に殺人兵器のようですね。でも、違います! 料理を作ったんです!


「カーターだったか? 嬢ちゃんの料理を独り占めしていたのは」


「は、はい」


「おそらくそいつは、被害を最小限に留めるために、自分の身を犠牲にしていたんだ……」


「わたしが作ったものを食べるために涙を流していたのは、喜んでいたんじゃないんですか!?」


「残念ながらな……」


「そんな……!」


 ですが、ファクルさんが嘘を言うとも思えません。

 つまり……そういうことだったのでしょう。

 衝撃の事実です。


「ふふふふ、アルアクルさんの手料理を食べて逝くことができる……こんなにしあわせなことはありません!」


「おいクリス、逝くな! 還ってこい!」


 この日をもって、わたしは料理禁止を言い渡されました。

 勇者にも……できないことがあるんですね……。




 ちなみに、クナントカさんが作ったキャーベッシのサラダは、酸味のきいたドレッシングと爽やかなハーブとの相性が抜群の、とてもおいしいものでした。

 く、悔しくなんてありません……! ぐぬぬ……!



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