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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第6章

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39#あなたのためにできること。

 皆さん、こんばんは。

 わたしです。アルアクルです。

 犬の獣人であるアモルちゃんとフォルティくんのふたりがファクルさんの店に加わって、これからは楽しいばかりの毎日になるんだって、わたしは思っていました。

 でも、思わぬ暗雲が垂れ込めます。

 フォルティくんの様子がおかしいのです。

 突然泣き出してしまったかと思ったら、ひとりで寝ると部屋を出て行ってしまいました。

 わたし、イズ、アモルちゃん、それにフォルティくんの4人で寝ていたベッドは、今もフォルティくんの分だけ、ぽっかりと空いています……。




 わたしはフォルティくんが出て行ったドアを見つめます。

 ひとりで寝ると言っていたフォルティくん、イズは寂しくなったら戻ってくると言いましたけど、それでもやっぱり連れ戻した方がいいんじゃないでしょうか。

 そう思ったわたしは行動に移そうとしました。


「やめた方がいい」


 イズが言いました。


「どうしてですか!? 心配です! だって寂しいって泣いているかもしれないじゃないですか……!」


 わたしの想像の中で、フォルティくんが膝を抱えて泣いているのです。

 ああ、今すぐ行って、抱きしめてあげなくちゃいけませんっ。


「アルア、嫌われてもいいの?」


 イズが言ったことが理解できません。


「え、どういうことですか?」


 寂しいフォルティくんを抱きしめると、嫌われてしまうんですか!?


「構い過ぎると嫌われる」


 そう言われて、思い出すことがありました。

 それは妖精さんのことです。

 妖精さんのことが好きすぎて、ふがふがと鼻息も荒く迫ったことは、記憶に新しいです。

 その結果、どうなったでしょう?

 妖精さんはわたしを怖がりました。

 もちろん、原因は他にもありました。初めて出会った時、むんずと鷲掴みにしてしまったこととか。

 それでもふがふがと鼻息荒く迫ったことで、妖精さんに恐怖心を与えてしまった事実は消えません。

 あの時、ファクルさんに言われたじゃないですか。

 自分の気持ちを押しつけてばかりじゃダメだって。相手のことも考えないといけないって。

 あの時と今の状況……似ています。

 つまり、わたしは同じ失敗を繰り返そうとしたわけです。

 そんな自分に腹が立って仕方ありません。

 何より、ファクルさんの言葉を忘れると信じられないんですけど。

 絶対に許せません!

 イズが近寄ってきて、抱きついてきます。


「どうしたんですか?」

「イズならアルアにどれだけかまわれても、アルアのことを嫌いになったりしない。だから思う存分イズをかまうべき」


 上目遣いでわたしのことを見つめてきます。

 ぶれないイズの姿勢に、わたしは苦笑を漏らしました。

 同時に、自己嫌悪に陥りそうだった自分を慰めてくれているのかもしれないと思ったのです。

 イズは一見して自分本位の行動ばかりしているように見えますが、何だかんだわたしを含め、ファクルさんやクナントカさん、それにアモルちゃんやフォルティくんのことを大事にしてくれていることをわたしは知っています。

 そのことを指摘しても、イズは絶対に認めようとしないですけど。

 だから指摘したりしません。

 その代わり、感謝はめいっぱい伝えたいと思います。


「ありがとうございます、イズ」

「アルアが何を言っているのか理解不能」


 ほら、やっぱり。

 イズは認めようとしませんでした。

 でもね、イズ。蒼い髪からちょこっとだけ覗いている耳の先が赤くなっていますよ?




 次の日になりました。

 朝起きた時、あるいはもしかしたらフォルティくんが戻っているかもしれないと思ったんですけど、そんなことはありませんでした。

 フォルティくんのために空けておいたスペースは昨日と変わらず、そのままだったのです。

 部屋の中には、朝のやわらかくてあたたかい日差しが差し込んでいるはずなのに、少しだけ寒く感じました。

 さて、昨日、部屋を出て行ってしまったフォルティくんですが、今までどおり、何も変わらない態度で接してきました。

 朝の挨拶も交わしましたし、朝食の席では話を向ければ答え、他愛ない冗談で笑ったりします。

 本当にいつもどおりで、それは食堂が開いてからも同じでした。

 接客をしながら、お客さんとの会話を楽しんでいました。

 それだけを見れば、昨日のことは何だったのだろうと思ったことでしょう。

 何か悪い夢でも見たんじゃ……なんて、そう思ったりもしました。

 でも、昨日のことは夢ではなく現実です。

 フォルティくんが泣いた姿をわたし以外にも見ていますし、フォルティくんは部屋を出て行ってひとりで寝ました。

 わけがわからず、呆気にとられていたわたしですが……それに気づくことができました。

 同じように見えるのは表面上だけで、深く接しようとすればわかったのです。

 距離があることに。

 こちらが踏み込めば、フォルティくんが一歩引く、みたいな感覚。

 いえ、違いますね。

 同じ一歩でも、ずっと大きいです。

 フォルティくんとの間に、まるで見えない壁があるみたいです。

 どうしてと聞きたいです。

 何か悩みがあるなら何でも聞くと言いたいです。

 相談して欲しいと、そう言いたいです。

 その時、妖精さんが現れてわたしの頭の上に陣取ると、上下逆さまの状態でわたしの顔を覗き込んできました。

 妖精さんのふさふさの毛の奥にあるつぶらな瞳が、わたしの瞳をじっと見つめます。


「わたしのことを心配してくれているんですか……?」


 尋ねれば、当然だという感じで妖精さんが体全体を使ってうなずきます。

 ああ!

 妖精さんのやさしさに胸の奥がぽかぽかします。

 わたしは頭の上にいた妖精さんを両手でやさしく包み込むと、抱きしめました。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 フォルティくんのことが気になりますけど、グッと我慢します。

 今も抱きしめている胸の中の妖精さんが思い出させてくれるから。

 自分の気持ちばかり優先してはいけない。自分の気持ちばかり押しつけるような真似をしては、絶対にいけないと。

 そんなことを思っていたら、誰かが頭を撫でてきました。

 やさしいこの感触は――。

 見上げたわたしの瞳と、目尻の垂れたやさしい瞳とがぶつかります。

 ああ、やっぱり。


「ファクルさん!」

「よく我慢しているな」


 朝、いつものようにファクルさんの元へ訪れた時、ひととおり話したのです。フォルティくんのことを。

 妖精さんといろいろあった時、ファクルさんに言われたことだからと告げれば、ファクルさんの顔が赤くなりました。

 照れているんだと思います。

 そのあまりのかわいらしさに思わず頬が緩んでしまいました。

 そのまま見つめていたら、ファクルさんの顔がさらに赤くなりました。


「そ、そんなに見るな」

「ふふ、仕方ありませんね。特別ですからね?」


 わたしの言葉にファクルさんは呆気にとられたような表情をしていましたけど、

「おう」

とうなずきました。

 それからわたしはフォルティくんを見ました。

 こうして見守る以外、何かできることはないのでしょうか?




 それから数日が経ちました。

 フォルティくんとの関係は相変わらずで、改善の兆しはまったく見えません。

 何とかしたいと思っている分、進展のない現状につらさが滲みます。

 一方のフォルティくんも何だか様子がおかしいです。何となく元気がない感じがします。

 大丈夫ですかと尋ねると、決まって

「……大丈夫」

と答えるんですけど、声に張りがないですし、表情もどこかぎこちなくて。

 いよいよ何とかしてあげたいと考えた結果、わたしはフォルティくんの好きなものをたくさん用意することを思いつきました。

 そこでアモルちゃんに、フォルティくんの好物を聞きました。


「好きなものをたくさん食べて、元気が出ない人はいません!」


 自信を持って告げたわたしの考えに、みんなが笑います。


「さすがアルア。腹ぺこ勇者の異名は伊達じゃない」

「ち、違います! わたしは人よりちょっと(・・・・)食べることが好きなだけです! 腹ぺこ勇者じゃありません!」


 まったく。イズは失礼です。


「腹ぺこ勇者はみんなそう言う」

「酔っ払った人が『酔ってない』って言った時にかける台詞みたいなことを言わないでください。本当に違います! そうですよね、ファクルさん!」


 わたしがファクルさんに助けを求めると、ファクルさんは笑顔でうなずいてくれました。

 ファクルさんはわかってくれています!


「ああ、そうだな。アルアクルは人よりだいぶ(・・・)食べることが好きなだけだよな」

「そうです! ――って、ちょっとじゃなくなってます!?」


 全然わかってくれていません!

 わたしが衝撃を受けていると、さらにみんなが笑いました。

 もう、本当にひどいですっ。心外ですっ。

 ですが、最終的にはみんな、賛同してくれました。

 アモルちゃんから聞き出したフォルティくんの好物は、ふたりの亡くなったご両親が作ってくれたというお料理すべて。

 アモルちゃんが言うには、ご両親が亡くなった原因は貴族による獣人の奴隷狩りでした。

 貴族に抵抗したご両親はその場で殺され、アモルちゃんたちは捕まってしまいました。

 その時のことを思い出したのでしょう。アモルちゃんの顔色が悪いです。

 わたしはアモルちゃんを抱きしめ、安心させようとしました。

 ですが、わたしより先に動いた人がいました。

 誰でしょう?

 何と、クナントカさんでした。


「嫌なことを思い出させてしまったね。ごめんね」

「いえ、大丈夫です」


 アモルちゃんをやさしく抱きしめながら、背中を撫でます。

 それはアモルちゃんの顔色が戻るまで続きました。

 わたしが見ていることに気づくと、クナントカさんが照れくさそうな表情をしました。


「あ、え、えーっと、何か言いたいことがあれば、遠慮なくどうぞ」

「別に何もないですね」

「え、本当に?」

「まあ、ちょっと意外な一面を見つけたような気はしましたけど」

「それはつまり、僕と結婚したくなったということですか!?」

「それはないです」

「ですよね! ありがとうございます!」


 やっぱり、クナントカさんはいつものクナントカさんでした。

 さて、フォルティくんの好物を知ることはできました。

 でも、ご両親が亡くなっている今、それを再現するのは難しいです。

 アモルちゃんに聞いても、一緒に作ってはいたみたいですけど、肝心の味付けは教えてもらえなかったと言いますし。

 というのも、

『いつか好きな人ができた時に教えてあげる」


 そう言われていたんだとか。

 ちなみにその料理の味付けで、アモルちゃんたちのお母さんはお父さんの心を鷲掴みにしたらしいです。

 心温まる話ではありますけど、今は、この時ばかりは、それが裏目に出ました。

 みんなが頭を抱える中で、わたしだけは違いました。

 そんなわたしをイズが不思議そうに見つめます。


「どうして?」

「ファクルさんなら再現できると信じていますから!」


 わたしの言葉に、ファクルさんが驚いています。

 どうして驚いているのでしょう?


「だって、ファクルさんは凄腕の料理人ですよ? 再現できないわけがありません!」

「――ってことですけど、どうしますかファクルさん? しっぽを巻いて逃げ出しますか?」


 クナントカさんがそう言ってファクルさんを見ます。


「はっ、バカを言え。そんな真似するわけねえだろ?」


 それからファクルさんがアモルちゃんの頭をやさしく撫でます。


「俺が再現する。詳しく聞かせてもらってもいいか?」


 アモルちゃんがわたしを見たので、わたしはうなずきます。


「はい!」


 アモルちゃんが元気にうなずきました。

 昼間はお店があるので、それ以外の時間、ファクルさんはアモルちゃんとともにアモルちゃんたちのご両親の料理の再現に時間を費やしました。

 何度も失敗しながら、それでも決して諦めることなく料理に打ち込むファクルさんの姿は真剣で、とてもかっこよかったです。

 そんなファクルさんの姿を見ているだけでドキドキしました。

 そうして試行錯誤を繰り返し、ファクルさんはアモルちゃんたちのご両親の料理を、フォルティくんの好物を完全に再現したのです。

 お母さんが作ってくれたというお料理はやさしい味付けのお肉と根菜の煮込み、炒った木の実の香ばしさが食欲をそそるサラダ。

 中でも特にフォルティくんが好んでいたというのが、お父さんが作ってくれたという魔物の血の腸詰めです。

 これは新鮮な血を使わないと作れない料理で、しかも独特の(くさ)みがあるため、香辛料を使わなければいけないらしいです。

 でも、使いすぎるとせっかく風味が損なわれるため、


「調整が難しかった」


 そうファクルさんは言いながらも、完璧に再現して見せました。

 アモルちゃんが興奮して、ファクルさんのすごさを語ります。


「ファクルさんがもう本当にすごくて……!」


 わたしは、まるで自分のことのようにうれしくなりました。

 でも、ファクルさんは言います。


「本当にすごいのはこの料理を考えたアモルたちの両親だ。味付けも風味付けも、どれも微妙な加減で、最大限のうまさを引き出している。両親がどれだけアモルやフォルティのことを大事に思っていたのかがよくわかる」


 ご両親を褒められ、アモルちゃんがうれしそうに、照れくさそうにはにかみました。

 それから完全に再現された、アモルちゃんたちのご両親の料理を食べてみました。

 お母さんが作ってくれたという料理は、素材の風味が最大限に引き出されたとてもやさしい味がしました。

 なぜでしょう。孤児院のみんなのことが思い出されたのは。

 思いきり遊んだ後、泥だらけになったわたしたちを院長先生は怒りましたが、その後、思いきり抱きしめてくた記憶が蘇ってきて、みんなに会いたくなりました。

 料理を食べた感想としては、ちょっと違うような気がします。

 でも、次から次へと孤児院での懐かしい思い出が蘇ってきたのです。

 次に食べたのは、フォルティくんの大好物だという血の腸詰め。

 ただの腸詰めは食べたことがあるんですけど、血の腸詰めは初めてです。

 果たしてどんな味がするのでしょうか。

 頬張ったわたしは衝撃を受けました。


「こ、これは……!」


 ねっとりとした食感の中に、確かな歯応えを感じます。


「食感が面白いだろ?」


 ファクルさんの言葉に、わたしはこくこくとうなずきます。


「血だけじゃなく魔物の肉や脂も入れることで食感の違いを楽しみつつ、しかも旨みを増させてるんだ」


 なるほど。さすがです。

 それに、ファクルさんが再現に苦労したという香辛料の加減も抜群でした。

 食感、旨み、風味。

 それらが渾然一体となって口の中に広がる感じは、素晴らしいの一言です。


「これはすごいですよ! 変な例えかもしれないですけど、力強い大地の味がしますね!」


 クナントカさんの言葉に同意するのは癪ですが、わたしもそう思いました。


「うますぎる。ファクル、おかわりはよ」


 イズの言葉がわたしの気持ちを代弁してくれます。

 これならフォルティくんも元気になるに違いありません。

 フォルティくんの笑顔が弾ける姿を容易に想像することができます。

 料理を披露して、フォルティくんを元気づけるのは次の休みの日に行うことになりました。

 その日が来るのが、わたしは待ち遠しくて仕方ありませんでした。




 いよいよ休みの日がやってきました。

 朝、いつもより早めに起きると、わたしはファクルさんを手伝うため一階にある厨房に向かいます。

 手伝うといっても料理をするわけじゃないです。

 わたしが料理をしたらとんでもないことになってしまいますからね。

 だから応援するんです。がんばってください、って。一生懸命、心を込めて。

 そうすることで合法的に、真剣に料理に取り組んでいるファクルさんを見つめていられるという事実を、わたしは否定しません。

 料理をしているファクルさんは本当にかっこいいんです!

 ひたむきな眼差しも、食材を刻む包丁捌きも、ファクルさんの一挙手一投足すべてに見とれてしまいます。

 心が奪われるというのは、まさにこういうことを言うのだと思います。

 今、料理をしているファクルさんの中にあるのは、フォルティくんを元気づけたいという思いでしょう。

 つまり、ファクルさんの心をフォルティくんが独り占めしている状態とも言えます。

 それはいいことなのに、フォルティくんが元気になることをわたしも望んでいるのに、少しだけ、ほんの少しだけですけど、面白くないと思う自分がいることに気づいて、わたしは衝撃を受けました。

 信じられません。

 頭を振って、そんな思いを追い払おうとしていると、ファクルさんがやってきて声をかけてきました。


「どうした、何かあったのか?」

「べ、別に何もありません……よ?」


 言えません。変なことを考えていたなんて。

 もし言ったら……ファクルさんにどう思われるでしょう?

 考えるだけで恐くなります。


「そうか」


 ファクルさんは笑って、わたしの頭を撫でてくれました。

 わたしが考えていることなんて、お見通しなのかもしれないです。

 そう思うと恥ずかしくて、何とか誤魔化さないといけない気持ちになって、


「あ、あの、ファクルさん!」

「ん?」

「料理の方はどうですか!? わたし、手伝いましょうか!?」

「それだけはダメだ。絶対にだ……!」


 ……そこまで言われると傷つきます。わかっていることですし、その通りなんですけど。

 お客さんやみんなのために料理をしているファクルさんを見て、かっこいいと思う一方、楽しそうな感じに自分も作ってみたいと思うことが時々あります。

 ファクルさんが言っていたとおり、自分が作った料理を誰かが食べて笑顔になる。それはすごいことだと思うからです。

 だから、わたしにもできたらと思うのです。

 でも、わたしの料理の腕は壊滅的にひどいです。魔王ですら倒すレベルで。ゆえにお料理をするわけにはいきません。

 わたしが落ち込んだことに気づいたのでしょう。


「人には向き不向きがある……って、慰めになってないな。それでも、アルアクルが笑顔で応援してくれているからがんばれる。だから笑っていてくれ」


 ファクルさんにそう言われると、これからも笑顔で応援しようと思います。

 肝心の料理のことを聞けば、完成したらしいです。

 最後の盛りつけを、クナントカさんがやっているのが見えました。

 気がつけば、イズやアモルちゃん、それに妖精さんも揃っています。

 あとはフォルティくんがやってくるのを待つだけ。

 フォルティくんは喜んでくれるでしょうか?


「絶対に喜ぶはず。だって、懐かしい料理ばかりだから」


 アモルちゃんの呟きに、この場にいたみんながうなずきました。

 フォルティくんが来るのを今か今かと待ちわびます。

 そして、その時がやってきました。

 フォルティくんが食堂に現れたのです!

 みんなが勢揃いしていることに驚きつつも、こちらに向かってきます。

 でも、その足が止まりました。

 どうしたのでしょう。

 そう思って見れば、テーブルの上、そこに並んだ料理を見て、目を大きく見開いているじゃないですか。

 どうやら用意した料理に驚いているみたいです。


「フォルティくん、これはファクルさんが用意したものでフォルティくんを元気づけようと思っ――」

「いらない! 絶対に食べない!」


 フォルティくんの口から飛び出した言葉が、にわかには信じられませんでした。

 フォルティくんを元気づけたくて。笑顔になって欲しくて。

 そう思っていたのに――実際はどうでしょう。


「なんで!? どうしてそんなものを用意したの!? 信じられない……!」


 叫ぶフォルティくんの顔に浮かんでいたのは、苦悶の表情。


「フォルティ、いい加減にして! みんながどんな思いで用意したと思っているの!?」


 怒ったのはアモルちゃんでした。

 ぱん、と乾いた音が響き渡ります。

 それは、立ち上がってフォルティくんに近づいたアモルちゃんが、フォルティくんの頬を叩いた音でした。

 止める間もありませんでした。

 いえ、勇者としての力を使えば、余裕で間に合ったことでしょう。

 ですが、フォルティくんの反応があまりにも予想外で、衝撃的で、そうすることができなかったのです。

 そこにきて、アモルちゃんのこの行動。

 呆然としている間にフォルティくんはアモルちゃんを叩き返して。

 さらにアモルちゃんが叩き。

 ふたりが頬を叩き合う音が響き渡ります。


「いつからそんなわがままになったの!?」

「うるさい、うるさい、うるさい! 僕の気持ちを知りもしないで……!」

「わかるわけないでしょ! 何も言わないんだから!」

「それは……!」


 それは?

 その先がフォルティくんの口から飛び出すことはありませんでした。

 フォルティくんはものすごい形相でアモルちゃんを睨みつけると、お店を出て行ってしまいました。

 しばらくの間、誰も動くことができません。

 ただひとりだけ、フォルティくんを叩いていたアモルちゃんだけが、荒い呼吸を繰り返していました。

 慌てて我に返り、すぐにでもフォルティを追いかけようと思いました。

 でも、アモルちゃんがそれを許してくれません。

 わたしの手を掴んで放さないのです。


「あんなの、放っておいていいです」


 その声は固く、強い怒りが感じられました。

 いえ、怒りだけじゃありません。

 深い悲しみもです。

 アモルちゃんが見つめているのは、テーブルの上に並んだ料理。

 アモルちゃんの記憶を頼りに、ファクルさんが懸命に再現した料理です。

 フォルティくんのために、ファクルさんががんばって、苦労に苦労を積み重ねて再現したのを、ファクルさんのそばでずっと見てきたから。

 だからアモルちゃんは悲しんでいるのだと思います。


「アモルちゃん……」


 どうしてでしょう。

 わたしたちは、ただフォルティくんを元気づけたかっただけなのに。

 どうしてふたりが喧嘩するようになってしまったのでしょう。

 さっきまで雲一つなく晴れ渡っていた空に、黒い雲が漂い始めていました。

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