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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第6章

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38#しあわせすぎる毎日、でも。

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よろしくお願いします……!

 皆様お元気ですか?

 わたしです。アルアクル・カイセルです。

 アモルちゃんとフォルティくんは、わたしたちの仲間として、もうすっかり馴染んでいます。

 どれぐらい馴染んだかと言えば、ファクルさんのお店の常連客の皆さんに、わたしとイズがいなくても余裕でやっていけると太鼓判を押されるくらいです。

 それぐらい皆さんはふたりの働きぶりを評価してくれていて……あ、あれ、ちょっと待ってください。

 もしかしてそれって……わたしたち、まったく役に立っていないってことになりませんか!?

 なりませんよね……?

 え、何ですか、イズ?

 そんなことになったら愛の逃避行をすればいいだけ、ですか?

 なるほど――なんて言いませんからね?

 わたしはファクルさんのお店の従業員として、立派に働くという使命があるんですから!

 確かに、未だに()()()()()()失敗をしてしまうこともありますけど……。

 ですが、逃避行なんてしません!

 ……だけど、少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 ファクルさんとふたりきりで旅をした頃のことを思い出して。

 それは本当に短い間のことでしたけど。

 ファクルさんとふたりでまた旅に出るというのもちょっといいな、なんて。

 そんなことを思ってしまったのは、ここだけの秘密ということでお願いしますっ。




 朝、瞼に眩しい光を感じて目覚めた時は、きっと今日はとっても素敵な一日になるに違いありませんっ!

 ……なんて、そんなふうに思っていたのに。


「イズヴェルさんは間違っています! アルアクル姉さまにはこっちのかっこいいものの方が似合いますっ!」


 アモルちゃんが全身のもふもふ――じゃなくて、毛を逆立ててそう言えば。


「イズにはアモルが何を言っているか理解不能。アルアに似合うのはこれ。フリルいっぱいでかわいさてんこもりのやつ」


 アモルちゃんの激しい視線をいつものどこかぼーっとした感じの表情で受け流しながら、イズがそう言って。


「アルアクル姉さま、こっちの方がいいですよね!?」

「アルアはこれがいいに決まってる」


 アモルちゃんとイズのふたりがわたしに、ずずずい! っと迫ってきます。

 手に、それぞれ違う制服を持って。

 この制服はわたしたちが暮らしているこの大きな木のお家の中を、正式に一緒に暮らすことになったアモルちゃんとフォルティくんのふたりに案内している時、フォルティくんがよく見ないとわからないところに部屋があるのを発見して(何だか怪しい匂いがしたからとフォルティくんは言っていました。さすがは犬の獣人です!)入ってみたら、その中にあったのです。

 かわいらしい制服をはじめ、かっこいい制服や、面白い感じの制服まで、いっぱいいろいろありました。

 このお店は元々ゲンジさんとその相棒さんが営んでいたものなので、その時に使っていたものなんじゃないかというのがファクルさんの意見で、わたしもそう思います。

 それで、こうして見つけることができたのなら、これを使うのもいいんじゃないかという話になったのまではいいんですけど……。

 その日以来、アモルちゃんとイズのふたりが、わたしに似合う制服はどれ!? と激しく意見を戦わせることになってしまったのは、はっきり言って誤算でした。

 ふたりがそれぞれわたしに似合うだろう制服を選んでくれるのはとってもうれしいんですけど……。


「そ、それじゃあイズの方を――」


 と言った途端、イズが眩しい笑顔を浮かべたのはいいんですけど。

 反対にアモルちゃんの表情がみるみるうちに曇ってしまって。


「あ、え、えっと、やっぱりアモルちゃんが選んでくれた方が――」


 いいかなぁ、と続くはずだった言葉は、イズのしょんぼりした雰囲気を前に、しおしおと萎んでしまい。

 どっちを選んでも必ずどっちかがすっごく悲しそうな、落ち込んだ表情をして……もう、わたしはいったいどうしたら!?




 というようなことをファクルさんに聞いてもらいたいと思ったわたしは、今日はイズの選んだ制服を着込んで厨房に向かいます。

 ちなみに明日はアモルちゃんが選んでくれた服を着るという約束して、アモルちゃんには笑顔になってもらいました。

 そうしたらイズがむくれてそれはそれで大変だったんですけどね!

 ふたりが本気でわたしに似合うのを選んでくれているのがわかるからこそ、本当にどうすればいいかわからなくて……。

 うう、なんだかお腹の上あたりが痛いです。どれだけたくさん食べてもお腹が痛くなったことなんてないのに。

 わたしは回復魔法をこそっと使いました。

 厨房の入口までやってくると、いつものように

「おはようございます!」

と挨拶しようとして、慌てて口を閉ざします。

 厨房の中、ファクルさんがとても真剣な眼差しをしていたからです。


「……味付けにこだわるだけじゃなくて、見た目もこだわりたい。なら、どうする? どうすればいい?」


 腕を組んで、材料を見据えて小声で何か呟いている姿……かっこいいです!

 普段、お料理をしている姿も当然とてもかっこいいんですけど、いつものそれとは雰囲気みたいなものが違いました。

 気迫……でしょうか。並々ならぬものを感じます。

 その時、ふとこんなことを思いました。

 もし、あの眼差しが自分に向けられたら、って。

 その途端、大変なことになってしまいました。

 胸の奥が大きく脈を打ったかと思ったら、ものすごくドキドキしてきたのです。

 落ち着いてください、わたしの鼓動……!

 いくらそう願っても、ダメでした。

 鼓動は信じられないくらい早鐘を打ち、顔が熱くなってきます。

 いえ、顔だけじゃありません。

 耳の先まで熱いです。

 きっと驚くくらい真っ赤になっているに違いありません。

 こんな顔、ファクルさんに見られたくないです!

 それならこの場を離れればいいだけなのに……それができないのはファクルさんを見ていたいから。

 とてもかっこいいファクルさんの姿を目の奥に、心に、しっかりと刻みつけておきたいから。

 でも、やっぱりこんな顔を見られたくなくて……。

 離れたい、離れたくない。

 そんな相反する気持ちの間で揺れ動いていたからでしょう。


「アルアクルじゃないか。おはよう」


 ファクルさんがわたしに気づいていることに、気がつくのが遅れてしまいました。


「おはようございます! でも、その、あの、えっと、これは違うんですっ!」

「違う?」

「はい、そうですっ! 絶対に違うんですっ!」


 何が違うのか。どう違うのか。それを伝えなければファクルさんにわかるわけがないのに。

 それでもファクルさんは

「そうか」

とやさしく笑って、深く追求したりはしませんでした。

 ……やさしすぎませんか、ファクルさん。

 信じられません。


「大好きです」

「え?」


 ファクルさんの驚いたような顔がかわいらしくて、ついさっきまでのかっこよさとの激しい落差に、わたしは自分が思わず心の内を呟いてしまったことを忘れて、噴き出してしまいました。


「あ、あれ? 何で俺、笑われてるんだ?」

「それは」

「それは?」

「秘密、ですっ」


 わたしの言葉に、ファクルさんが呆気にとられます。

 この顔もかわいいです。

 耳まで真っ赤になったファクルさんもかわいいですし、視線をあちこち彷徨わせて照れているのを誤魔化すファクルさんもかわいいですし。

 何でしょう。ちょっとだけ、イタズラをしてみたくなってしまいます。

 イタズラ……になるかどうかはわかりませんが、わたしはずっとファクルさんを見つめていたことを告げました。


「真剣な様子のファクルさんは、とてもかっこよかったです……!」

「お、おおおおう。そ、そそそそそうか」


 ふふ。『お』と『そ』が多いです。動揺しているんですね、ファクルさん。顔がびっくりするぐらい真っ赤になって、とってもかわいいです。

 しかも動きがカクカクしたぎこちない感じになっているところも、微笑ましくっていい感じです。


「……って、俺を見てまた笑ってるな?」


 お師匠様直伝の深呼吸法(ひっひっふー)をして何とか動揺を鎮めたファクルさんが目つきを鋭くしてわたしを睨んできますけど、元が垂れ目なのであまり恐くありません。


「別に笑っていませんよ?」

「嘘つけ」

「本当です?」

「疑問系になってるんだが」

「不思議ですね!」

「まったくだ」

「まさか肯定されるとは!?」

「不思議ですね?」

「それ、わたしがさっき言った台詞です!」

「本当です?」

「それもです!」


 わたしが笑いながら抗議すると、ファクルさんも笑い出しました。

 空気というか、雰囲気というか、そういうものが緩んでいくのがわかります。

 それは胸の奥をぽかぽかとあたたかい気持ちにさせてくれて。

 ファクルさんといるとドキドキしたり、胸の奥がこうしてじんわりあたたかくなったり、本当にいろんなことが起こって、不思議な気持ちになります。


「あのー……ここには僕もいるってことを思い出して欲しいんですけど」


 そんな声が聞こえてきて、見ればそこにはクナントカさんがいるじゃないですか。


「いったいいつの間に?」

「最初からいましたよ!? まさか僕の存在が忘れられていた……!? だとしたらものすごいご褒美なんですけど!」


 ここで肯定したらクナントカさんを喜ばせてしまいます。それだけは絶対に阻止しないといけません!


「いえ、気づいていましたよ?」

「気づいていながら、あえて気づいていないフリをしていたというわけですか!? それはそれでご褒美です! ありがとうございます! 結婚してください!」

「絶対に無理です」

「今日も朝からお断りしていただきました! 本当にありがとうございます!」


 何をしてもこんなに喜べるクナントカさんは、さすが変態の申し子という感じでしょうか。

 近づいたら変態が感染するかもしれません。


「ファクルさん、クナントカさんとは一定の距離を保つようにしてくださいね?」

「お、おう?」


 ファクルさんは腑に落ちないという感じの表情をしながらも、うなずいてくれました。




 さて、朝ご飯の時間です!

 6人で暮らすとなるとリビングで食べるにはちょっと大変で、それなら食堂で食べよう! ということになりました。

 普段はお客さんたちが使っているテーブルや椅子に腰掛けると、胸の奥がそわそわして落ち着かない気持ちになります。

 朝の日差しがやわらかく降り注ぎ、もう少ししたらここはとても賑やかな場所になります。

 でも、今だけは、わたしたちだけの場所です。

 わたしたちだけの、しあわせな場所です。

 今、この瞬間、ここにはしあわせなものがいっぱい集まっています。

 キラキラ眩しいみんなの笑顔、心が弾む楽しい会話、それにファクルさんのお料理!

 ファクルさんのお料理はどれも本当においしくて、食べた瞬間、世界がぱーっと広がる感じがするんです!

 今まで食べたことのあるお料理でも、口に運ぶと新しい発見というか、驚きに満ちあふれていて。

 わたしはファクルさんの大事なお話が、新しいメニューが楽しみになってきました。

 だからわたしはそのことをファクルさんに伝えました。

 きっと喜んでくれるだろうと、そう思って。


「おう。そうか。ありがとな」


 喜んでくれている――のは間違いないとは思います。

 でも、それだけじゃないような……? 何だかそんな感じがしました。

 あれ……?

 わたしは違和感を覚えて、これまでのことを振り返りました。

 そう言えば、これまで新しいメニューを楽しみにしているとファクルさんにお伝えした時も、何だかそれだけじゃなかったような気がしてきました。

 ファクルさんの新しいメニューが楽しみすぎて、その気持ちが強すぎて、それ以外のことに対する注意が散漫になっていたかもしれません。

 わたし、もしかして何かやらかしてしまったのでしょうか……?

 パッと思いつくのは料理です。

 何せわたしの料理は殺人兵器。一口で魔王であるイズを倒すことができたくらいですから、その威力はとんでもないものがあります。

 でも、わたしは料理をしていません。

 真剣に料理に向き合うファクルさんの後ろ姿を見ていて、その隣に並び立ち、一緒に作ってみたいと夢見ることはありますが、それだけです。

 では、それ以外ではどうでしょう?

 接客での失敗? それともまた妖精さんとばかり遊んでいた?

 どれも違う気がします。


「あの、ファクルさん」


 と、ファクルさんに尋ねようとした時でした。

 突然、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた人物がいたのです。

 その人物は誰か?

 フォルティくんでした。

 わたしはもちろん、お姉ちゃんであるアモルちゃんも、あまりにも突然のことに、ただただ驚くことしかできませんでした。




 今日もファクルさんのお店は常連客の皆さんが押しかけ、大盛況です。

 ですが、わたしが気にしていたのはフォルティくんのことでした。

 心配するわたしたちに対して、何でもないと、いきなり泣いたりしてごめんなさいと謝って、いつもどおり、一生懸命働いています。

 笑顔でお客さんの注文を聞き取っている姿を見れば、確かに何でもなかったのかなと思ったりしますけど、本当に何でもなかったのなら、泣いたりしないと思うのです。

 本当は今すぐにでも本当に大丈夫なのか、何かあったのなら話して欲しいと伝えたいです。

 でも、常連客のお客さんが次から次へとやってきて、それどころじゃなくなって。

 ようやくゆっくりお話をする時間が作れたのは夜になってからでした。

 一緒に寝る時、話そうと思ったのに、


「アルアクル姉、あの、僕、今日からひとりで寝るから」


 フォルティくんはそう言って、部屋を出て行ってしまったのです。

 いったいどうしてしまったのでしょう?


「アモルちゃん、心当たりはありませんか?」

「ありません。何か気にくわないことでもあったのかな……」


 それなら言って欲しいです。


「ひとりで寝るって言ってるんだから、放っておく。あいつにもいろいろある」


 イズはそう言って、自分の隣をぽんぽんと叩いて早く寝ようと言ってきます。


「いろいろって何ですか?」

「いろいろはいろいろ。寂しくなったら戻ってくる」


 そうかもしれませんけど……。

 わたしはフォルティくんが出て行ったドアを、しばらくの間、見つめていました。

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