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アモルたちの歓迎会をした翌日。
ファクルはいつもどおり過ごしていた。
朝早く目覚めると同時に身支度を調えると、厨房へと赴き、今日一日分の下拵えに取りかかる。
今日のメニューはどうするか。
基本はいつもどおりだが、少しは違う料理に挑戦したい気持ちもある。
とはいえ、ファクルが営む食堂は客の要望に応えるのが基本のため、あまり過激な冒険は難しいだろう。
そんなことを考えながら、食材を選び、洗って、刻んで、ダシを取り始める頃、クリスがやってきた。
「おはようございます」
柔和な雰囲気だけを見れば美少女と見紛うほどで、しかしその中身は残念すぎる変態だ。
「おう、おはよう」
簡単に挨拶を済ませると、そのままいつものように仕事を始めるかと思いきや、違った。話しかけてきたのだ。
「ファクルさん」
「ん、どうした?」
「何だか機嫌がよさそうですけど、何かあったんですか?」
「そうか? そう見えるか?」
「ええ。心なしか浮き足立っているというか、目尻がだらしなく下がってる感じもしますし、表情にも締まりがないですし」
「そんなにか。いやあ、別に大したことじゃないんだけどな?」
「そうですか。なら、聞く必要ありませんね。僕はいつもの仕事に取りかからせていただきます」
「何でだよ!? 聞けよ! そこは聞く流れだろ!?」
「別に興味ないので」
「持ってくれよ! というか、話を振ってきたのはクリスからだろ!?」
「仕方ありませんねぇ。どうしても聞いて欲しいというのなら……それ相応の誠意の示し方というものがあるんじゃないですか?」
「お願いします! 俺の話を聞いてください……!」
ファクルは姿勢を正し、頭を下げた。
「わかりました。聞きましょう」
「…………何でこんなことに。おかしくないか?」
「話さないんですか? いいんですよ、僕は。別に聞かなくても」
「話すから聞いてくれ! 実は昨日のことなんだが……アルアクルに大事な話があるから聞いて欲しいって伝えたんだ」
あの時はヤバかった。緊張のしすぎで口の中はカラカラになったし、心臓はバクバクしっぱなしだった。高レベルの魔物を前にして死を意識したことは何度かあるが、そういう時とはまた種類の違う感じで死ぬかと思った。
だが、結果はどうだ。自分はきちんと伝えることができた。大事な話をしたいと。この成果は自慢してもいいのではないか。
クリスもこの偉業を認め、さっきまでの態度を謝るに違いない。
「え、それだけですか?」
おかしい。ファクルが想像していたような態度ではない。
それどころか、心底呆れているような眼差しを向けられているのだが。
「ものすごいドヤ顔をしているから、いったいどんな話を聞かされるのかと思っていたら、まさかその程度だったとは」
「おい、その程度って何だ!? 俺はなけなしの勇気を振り絞ったんだぞ!」
「はいはい、よくがんばりましたね。偉いです。……いや、まあ、確かにヘタレなファクルさんにしてみればがんばった方だとは思いますけど、ドヤ顔をするにはちょっと程度が低すぎませんかねぇ」
「うるせえ! そ、そもそもドヤ顔なんてしてねえから!」
「そういうことにしておきましょう」
クリスは笑いながら、自分の仕事に取りかかり始める。
ファクルが睨みつけるものの、どこ吹く風と相手にしていない。
まったく腹が立つ、と心の中でファクルは呟いた。本当にドヤ顔などしていない、とも付け加えて。
それからも他愛ない雑談を交わしながら下拵えを進めていると、軽やかな足音とともにアルアクルがやってきた。
「おはようございます!」
窓から差し込む朝の光を浴びて輝くアルアクルの笑顔に、ファクルはドキッとした。
アルアクルが美少女であることも理由のひとつではあるが、最大の理由は昨日の夜のことを思い出したからだ。
鼓動が早まり、顔が自然と熱くなってくる。
自分で見ることはできないが、間違いなく赤くなっているだろう。
「お、おはよう、アルアクル」
声が震えてしまった。
今から緊張してどうするというのだ。大事な話を告げるのは、まだ先のことなのに。
「ファクルさん、ファクルさん」
アルアクルが近づいてきて、つま先立ちする。どうやら内緒話をしたいらしい。
ファクルは身を屈ませた。
「あの」
やわらかい声が耳をくすぐる。
「食堂の新しいメニュー、楽しみにしていますね!」
「おう! ……………………って、何の話だ?」
てっきり大事な話のことを言われるのかと思っていたら、まったく違ってぽかんとする。
「何って、大事な話のことですよ?」
ファクルが昨日告げた大事な話というのは、アルアクルに自分の思いを告げることであって、食堂の新しいメニューのことではない。
なぜ、そんな勘違いをしているのか。
「なあ、アルアクル。それって――」
「わたし、すごく楽しみにしていますから!」
違う、そうではないと訂正しようにも、アルアクルはアモルに呼ばれて行ってしまった。
ファクルは呆然とその場で立ち尽くす。
「食堂の新しいメニュー、僕も楽しみにしていますから」
その声に振り返れば、クリスが朗らかに笑っていた。中身はどうしようもない変態だが、そうしていると絵になった。
「任せとけなんて言わねえからな!?」
ファクルの言葉にクリスが笑みを深める。
とにかく訂正しなければいけない。
大事な話の中身が、食堂の新しい新メニューなどではないことを。
だが……。
その時はなかなかやってこなかった。
下拵えが終わると同時に朝食が始まり、自分の作った料理を一生懸命、しかもものすごくおいしそうに食べてくれているアルアクルに話しかけるのは躊躇われた。
ならばその直後はどうかと言えば、店を開く前からすでに並んでいる常連客のことを考え、急いで食堂を開店させなければならず、店を開いたら最後、閉店するまでファクルは料理を作ることに忙殺される。
それでもこのままではマズいと考えたファクルは、客の注文を聞いて厨房にやってきたアルアクルを捕まえて、話をする機会を作ることに成功した。
「アルアクル、ちょっと待ってくれ。話があるんだ」
「何ですか?」
「大事な話のことなんだ」
「食堂の新メニューのことですね!」
「それなんだがな、実は……」
と、ファクルは訂正しようとしたのだが、
「わたし、どんな料理なのか、考えてみたんです! でも、全然思い浮かびませんでした。だってファクルさんの作る料理は本当にすごいですから! だから楽しみで仕方ないんです。今からドキドキワクワクして、その日が来るのがとっても楽しみで!」
「そ、そうか。任せとけ! ものすごい料理を考えてるからな!」
「はい!」
新しい客がやってきて、それに対応するためにアルアクルが立ち去る。
そんなアルアクルをじっと見ていると、背中にクリスの視線を感じた。
「……何だよ」
「言っていいんですか?」
「……ダメだ」
「どうして言わなかったんですか? せっかくのチャンスだったのに」
「おい、俺はダメだって言ったはずだがな?」
「聞こえませんでしたから」
悪びれもせずいうクリスを、ファクルは睨みつけることしかできない。
「……言えるわけねえだろ。お前も見てたなら気づいたはずだ。あのアルアクルの真っ直ぐな眼差しを。キラキラして、期待に輝いていて。それを裏切るような真似、俺には絶対にできねえ!」
「なら、どうするんです? このままだと、大事な話は本当に食堂の新しいメニューのことになってしまいますよ。ファクルさんはそれでいいんですか?」
「いいわけあるか!」
そもそも、どうして大事な話が食堂の新メニューなんて話になってしまったのだ。
頭を抱えて小一時間ばかり唸っていたい。
だが、殺到している客の注文が、それを許してくれない。
ファクルはどうにもならない苛立ちを発散するかのように料理に集中し、イズヴェルがいつの間にか背後に立っていることにしばらく気がつかなかった。
「って、イズヴェル!? いるならいるって言えよ。……客の注文か?」
「違う」
「なら、腹が減ったのか?」
「イズはアルアじゃない。四六時中、お腹を空かせているわけじゃない」
「じゃあ、どうした?」
尋ねるものの、イズヴェルはなかなか言い出さなかった。
もしかして何かやらかしたのだろうか?
だが、何を?
店の中を見るものの、特段、変わったところはない。
「……カッとなってやった。反省はしていない」
「何の話だ?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………だ」
「だ?」
「……大事な話のこと」
長い沈黙の果てに紡ぎ出された言葉は、ファクルの思考をわずかな時間、停止させた。
「お前か!? イズヴェル、お前が俺の大事な話が食堂の新メニューだって、アルアクルに吹き込んだのか!?」
「……そういう可能性も否定できないような気がしなくもないかもしれない?」
「イズヴェル、俺がどれだけ勇気を振り絞ったか、わかってんのか!?」
「そんなの知らない。むしろ未だに告白できてないファクルが悪い。このヘタレ。反省しろ」
さすがは魔王だ。まったく悪びれた様子がないどころか、こっちが悪いと言い出す始末。手に負えない。
……いや、待て。本当にそうか?
イズヴェルは基本的に傍若無人だ。
しかし、今はどうだ?
申し訳なさそうな感じに見えないか?
よく見ないとわからない程度の、ごくごくわずかな感じではあるが。
反省しているのだ。
たぶん。
……おそらくは。
視線を微妙に逸らし、だが、そのくせチラチラとファクルの様子を伺っているイズヴェル。
こんなイズヴェルを責めることができるのか?
ファクルは天井を見上げ、頭をガリガリと掻きながら野太い声を出した。
「あー……その、なんだ。気にすんな」
「ファクル、怒ってないのか?」
怒っている。
「お前の言うことにも一理あるからな。未だに告白できていない俺も悪い」
告げた途端、イズヴェルの表情がほっとしたように見えた。
「そのとおり。ヘタレが悪い」
訂正。ほっとしたように見えたのはファクルの勘違いで、そもそも本当は申し訳ないとか微塵も思っていない。
「俺も悪い、だ。いい加減にしろ。メシ抜きにするぞ?」
「そんな横暴は許されない。アルアに密告する。ヘタレがイズをいじめるって」
アルアクルの名前を出されたら、強く言えない。
「でも、いいんですか、ファクルさん」
と、クリスが話に入ってきた。
「いいって、何がだ?」
「大事な話のことですよ。このままだと食堂の新メニューのことになっちゃいますよ。あれだけ期待している以上、実は違ったなんてことになると、アルアクルさん、相当がっかりすると思うんですけど」
そうなんだよなぁ、とファクルは泣きたくなった。
がっかりして落ち込むアルアクルは見たくないし、アルアクルに思いも告げたい。
なら、どうする?
「新メニューも考える! でもって、告白もする! そうすればいいだけだ!!」
ファクルが気合いを入れて言い切れば、
「……ヘタレのくせにかっこつけるなんて生意気。今日の夕食、豪華にしろ」
と、イズヴェルが言って、
「でも、正直な話、今のファクルさんには抱かれてもいいと思いましたよ!」
と、クリスが頬を赤く染める。
「クリス、気持ち悪いことを言うな! あとイズヴェル、今日の夕食は関係ねえだろ?」
ファクルのツッコミに、ふたりともどこ吹く風という表情をしてみせる。
まったく、とファクルは苦笑した。
それから気持ちを切り替える。
いいじゃないか、新メニュー。二年目の出会いを記念して、考えてみよう。
幸い、時間はまだあるのだから。
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