36#勇者の行動がもたらす影響。
皆さん、こんばんは。
わたしです。アルアクルです。
皆さんには、よかれと思ってしたことが裏目に出たことはありますか?
いえ、そこまで大げさな話じゃなくてもいいです。
自分にとっては些細なことのつもりでも、相手にしてみればそれは触れて欲しくない大問題だったりしたことは?
自分の言葉、自分の行動によって、誰かが傷つくかもしれない。
そう思うと怖いです。
いっそのこと、誰とも関わり合うことなく生きていけたら――そんなふうに思い詰めてしまうことも、あるかもしれません。
実際、そうやって人と関わることを断ってしまおうとする人もいるでしょう。
皆さんはどうですか?
わたしは――。
夜になりました。
ゲンジさんからファクルさんが受け継いだ大きな木のお家。
その4階にある共同のリビングに集まったファクルさんたちの顔には、明らかに疲れが滲んでいました。
当然です。
だって、いつもはわたしを含めて4人で働いているのに、わたしが抜けて3人体勢で働いていたわけですから。
「アルアはいるだけいい。それだけで癒しになるから」
イズが言って、わたしに抱きついてきます。
「そうですね。忙しく働く中、時々注文を間違ったりして『はわわ!?』となっているアルアクルさんを見ていると、心の奥が何だかあたたかくなって、結婚したくなってくるんですよね」
クナントカさんが相変わらずわけのわからないことをのたまうので、わたしは
「寝言は寝てから言ってくださいね?」
と答えておきました。
え、クナントカさんの反応ですか?
いつも以上に喜んでいましたよ。
発言だけでなく、存在自体がわけがわかりませんよね。これだから変態は……。
「確かにな。アルアクルがいるだけで活力が沸いてくるっていうか、がんばろうって思えるんだよな」
ファクルさんの言葉に、わたしはうれしくなります。
だってわたしがいるだけで力が沸いてくるって、何だかすごくないですか?
わたしはファクルさん専用の元気の素です! なんちゃって。えへへ。
……あれ? でも、ちょっと待ってください。
さっきからファクルさんたちの話を聞いていると、わたしはいるだけでいいみたいな感じになっているような……?
いえ、それが嫌だというわけじゃありませんよ?
けど、なんと言えばいいのか……。
「あ、あの」
「ん? どうした、アルアクル」
ファクルさんがやさしい眼差しを向けてきます。
どんな感じでも、いつだってファクルさんはかっこいいです!
――って、違います!
「わたしがいなかった分、仕事の量が増えたから……だから皆さん、いつもより疲れた感じなんですよね? そうですよね?」
当たり前のことですが、大至急、確認しておく必要性を感じたのです。
「「「え?」」」
三人の声が揃いました。
「あ、ああ、うん。そうだな。アルアクルの言うとおりだな」
「ですねですね!」
「アルア、大好き」
な、なんということでしょう……!
わたし、ほとんど役に立っていない疑惑が発生してしまいました!?
「冗談だ。アルアクルもちゃんと役に立ってくれているよ」
「そんなこと言われても信じられません! どんなふうに役に立っているか、具体的に言ってください!」
「具体的か」
ファクルさんが顎に手を当てて、考え始めました。
曖昧な言葉で誤魔化そうとしてもダメですからね。ふんす!
「言葉が通じない客の思いを一生懸命翻訳して伝えてくれているだろ」
常連になったお客さんでも、毎日、同じ注文をするとは限りません。
その日の気分によって、注文内容が変わります。
なので、言葉が通じないお客さんとは身振り手振りを交えて、何が食べたいのかを聞き出すのです。
「で、客がどれだけうれしそうに食べたか、それを俺に逐一報告してくれる」
ファクルさんの言うとおり、わたしはお客さんの食べている様子を観察して、それをファクルさんに伝えています。
ファクルさんの作った料理がどれだけ喜んでもらえたのか、ファクルさんに知って欲しいからです。
「それがどれだけ俺の励みになっているか。いつもありがとな、アルアクル。本当に感謝している」
他にもファクルさんは、わたしが妖精さんと一緒に食器を片付けていたり、お客さんにファクルさんの料理がどれだけおいしいか熱弁を振るってお客さんの食欲を大いに刺激して注文に貢献しているかなど、具体的にどれだけわたしが役に立っているのか、話してくれました。
「それだけじゃない。まだまだあるぞ」
「も、もういいです! わかりました! わかりましたから!」
これ以上ファクルさんの話を聞いていたら、うれしくなりすぎて、わたしが大変なことになってしまいます!
「そうか。残念だな。アルアクルがどれだけ役に立っているのか、あと半日近くは語っていられる自信があったのに」
「そんなにですか!?」
「当たり前だろ?」
何の気負いもなく言われてしまい、わたしの顔は熱くなります。
いえ、今までもすでに充分熱くなっていましたが、さらに熱くなってしまって。
きっと耳まで真っ赤になっているに違いありません。
「イズヴェルさん、気づいてました? アルアクルさんとファクルさん、いつもと立場が逆転していることに」
「もちろん。いつもはアルアがヘタレをやたらと美化してあれこれ語ることでヘタレを照れさせているのに、今日は逆。ヘタレがアルアを正当に評価してアルアを照れさせている。悔しいけど、ヘタレが褒めた時のアルアの照れ顔は萌える」
クナントカさんとイズが何か言っていましたけど、顔の熱さが気になって仕方ないわたしの耳には届いていませんでした。
「ご、ごほん!」
いろいろ気持ちを切り替えるために、わたしは咳払いをしました。
「え、えっと、その、あれです!」
気持ち、うまく切り替えられませんでした。
不覚っ。
「だいじょぶ?」
「ありがとうございます、イズ。大丈夫です」
イズが一生懸命背伸びして、わたしの頭を撫でてくれました。
かわいいですね。思わずぎゅっとしたくなります。
ぎゅっとしました。
癒されます。
魔王なんですけど。イズは。
「皆さんにお知らせしたいことがあります。聞いてください!」
「もしかして僕と結婚してくれる気になったんですか!?」
違います。クナントカさんは意味不明です。
「なら、イズの嫁に」
なりません。
「獣人の子どもたちに何かあったのか?」
ファクルさんの言葉に、クナントカさんとイズの顔に緊張が走りました。
「あの子たちが目覚めたんです!」
ですが、わたしがそう告げた途端、緊張感は一気に霧散、代わりに喜びの声がリビングを満たしました。
みんな、それだけあの子たちのことを気にかけていたということなのでしょう。
わたしはまるで自分のことのようにうれしくなりましたが、話はまだ終わっていません。
「皆さん、あの子たちが話があるらしいんですけど、連れてきても大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ。二人はどうだ?」
ファクルさんがクナントカさんとイズに尋ねると、二人とも大きくうなずきました。
というわけで、3階の宿屋の一室を使っていた子どもたちをリビングまで連れてきました。
ファクルさんたちの前に立って、子どもたちが自己紹介をします。
二人は犬の獣人で、双子。
言われてみれば、確かに顔がよく似ています。
いえ、それだけじゃありません。
獣耳の形とか、しっぽの感じとか、白い毛並みの具合もそっくりです。
女の子がお姉さんのアモルで、男の子が弟くんのフォルティです。
「アモルちゃんにフォルティくんですか」
「アルアクルが一発で名前を覚えただと!?」
ファクルさんが衝撃を受けていますが、確かにそうですね。
「クリスなんて未だに名前を覚えてもらっていないというのに……」
「嫌だな、ファクルさん。僕はこの世界に生まれ落ちたその瞬間から、クナントカですから。変なことを言うと、二人が混乱しちゃうじゃないですか」
「変なことじゃないからな? 正しいことだからな?」
ファクルさんの指摘を、クナントカさんは笑って取り合いません。
アモルちゃんたちはお互いに顔を見合わせると、ファクルさんたちに向かって大きく頭を下げました。
「「助けてくれてありがとうございます!」」
二人の言葉に、今度はファクルさんたちが顔を見合わせました。
「助けたのはアルアクルで、俺たちは何もしていない」
「ファクルさんの言うとおりです。君たちを見つけたのも、傷を治したのも、その後の面倒も、全部、アルアクルさんが見ていたんです」
「だから感謝ならアルアにするべき」
アモルちゃん、フォルティくんが驚いたような目をわたしに向けてきます。
別に大したことはしていないので、そんなふうに言われると恥ずかしいですね。
なんて思っていたら、アモルちゃんの眼差しが揺れ始めました。
「アモルちゃん、どうかしましたか?」
「あ、あたし、その、助けてくれたなんて知らなくて……ひどい勘違いで意識を失ったりして……ごめんなさい!」
「そのことなら、もう謝ってくれたじゃないですか。だから大丈夫です」
どんな勘違いをしたのか。わたしは聞いていません。
気にならないと言ったら嘘になります。
けど、アモルちゃんが意識を失うほどのことですから。
聞くことでアモルちゃんが傷つく可能性があると思うのです。
わたしはその方がずっと嫌です。
それにですけど、何となく想像はできます。
アモルちゃんたちをあんなに傷つけた人のことを思い出してしまったのではないでしょうか。
二人が傷だらけで倒れていたことを考えると、その人に用済みだと捨てられたか、あるいは逃げ出してきたか。
どちらでもいいです。かまいません。
いつか……いつかアモルちゃんたちが自分から話せるようになったら、その時に聞きたいと思います。
わたしは申し訳なさそうにしているアモルちゃんに目線を合わせて微笑みます。
本当にもう大丈夫ですから――そんな意味を込めて。
わたしを見るアモルちゃんの顔色はまだ少し悪くて、心の傷が深いことを浮き彫りにします。
申し訳なさそうな顔をしていましたけど、わたしが微笑みを崩さないでいると、小さくうなずいてくれました。
よかったです。
「それで、あの……助けていただいたお礼をさせて欲しいんです!」
アモルちゃんの隣で、フォルティくんも、こくこくとうなずいていました。
次の日です。
常連のお客さんたちで賑わうファクルさんの店の中に、アモルちゃんたちの姿がありました。
といっても、お客さんとしているわけではありません。
働いているのです。
お礼というのが、これでした。
もちろん、わたしをはじめ、ファクルさんたちみんな、最初は反対しましたよ。
二人がお礼をする必要なんてないって。
そもそも、アモルちゃんたちを助けたのは、わたしがしたくて勝手にやったことですからね。気にする必要はないのです。
でも、アモルちゃんは頑として譲りませんでした。
『いいえ! お礼をさせてください! お願いします! お礼をさせてくれるまで、その、あの、絶対にここから動きません……!』
そう告げる姿には鬼気迫るものがあって。
最終的に折れたのはわたしたちの方でした。
アモルちゃんたちは、まだ子どもです。
身長でいえばイズより低く、見た目もイズより若干幼い感じがします。
でも、それは当たり前です。
年齢を聞けば、まだ九歳というじゃないですか。
この子たちを傷つけていた人は、いったい何を考えているのでしょう。
絶対に許せません……!
――と、いけません。怒りに我を忘れるところでした。
今はアモルちゃんたちのことです。
アモルちゃんたちがお礼として働きたいと言った時、アモルちゃんたちには悪いと思いながらも、失敗ばかりすると思っていました。
そしてその失敗をわたしたちが対処しなければならず、かえってお店が大変なことになるとすら考えたのです。
でも、実際はどうでしょうか?
「ご注文、確かに承りました……!」
「少々お待ちください。ただいま、席をご用意いたしますので……!」
最初こそ、常連のお客さんたちが普通じゃないことに驚き、戸惑っていましたが、すぐに慣れて。
ちっこいながらもてきぱきと働く姿は実に堂に入っていて、わたしよりよほど立派に働いているようにしか見えないんですけど。
「アルアクルさんは休んでいてくれていいですから!」
「僕たち、がんばる」
「あ、はい」
思わずうなずいている場合じゃないですよ、わたし!
アモルちゃんたちの働きっぷりがあまりにも見事で、わたしが何もしなくてもお店が回っています。
いえ、違います。
わたしが働いている時より、よほどスムーズに回っています。
大変です! このままだとわたし、いらない子になってしまいます……!
「だいじょぶ。落ち着く、アルア。あの子たちが働いている分、アルアにはアルアしかできないことをすればいい」
「わたしにしかできないこと、ですか?」
イズの言葉に、期待が膨らみます。
そんなものがあるなら、ぜひ聞いてみたいです!
「このまま、イズといちゃいちゃする。イズもいなくても、あの二人がいれば平気。店はやっていける」
「そんなの絶対にダメです!」
確かにわたしたちの代わりにあの二人がいれば、お店はやっていけそうですけど……!
「こうなったら……あれしかないかもしれません!」
「あれ?」
「料理です!」
わたしの料理は、その、ファクルさんたちによって封印指定を受けるほどの破壊兵器ではありますが、もしかしたらあるいは、そういう料理が食べたいという奇特なお客さんがいるかもしれません!
「アルア、それだけは絶対にダメ」
「でも」
「ダメったらダメ。自重して」
普段、どれだけ喜んでもほとんど表情に変化の見られないイズの顔に、目に見えてわかるほどの焦りというか、必死さが見えて、わたしはうなずくことしかできませんでした。
「わ、わかりました。自重します」
「よかった。イズは世界を救った……」
イズが何やら呟いていましたが、声が小さすぎてよく聞こえませんでした。
仕方がありません。
「こうなったら、いつも以上にがんばって働くしかありません……!」
その結果、どうなったかと言うと……。
いろいろ失敗してしまい、わたしが皆さんに迷惑をかけてしまいました。
おかしいです。
颯爽と仕事をこなして、みんなから賞賛される予定だったはずなのに。
どうしてこんなことになってしまったのでしょう!? ぐぬぬ。
「ぐぬぬってるアルア、尊い」
「がんばればがんばるほど失敗するって、結婚して欲しいくらい最高ですよね」
イズとクナントカさんがはっきりと聞こえる声で何か言っていましたが、わたしは全力で聞こえないことにしました。
さて、そんなことが十日ほど続きました。
って、わたしの失敗が十日連続で続いたとか、そういうことじゃないですからね!? 勘違いしたらダメですよ!?
十日というのは、アモルちゃんたちがファクルさんのお店で働いた日数のとです。
お礼なら最初の一日で充分だと言ったのに、二人――特にアモルちゃんがそれではダメだと強く言い張って。
それじゃあもう一日だけと延長しました。
それがよくなかったのです。
アモルちゃんたちは本当に有能で、普段の目の回るような忙しさが目に見えて改善されました。
そのことに気づいてしまったわたしたちは、アモルちゃんたちの提案に甘えてしまい、もう少し、あと少しだけと手伝ってもらっているうちに、今日まで続いてしまったのです。
でも、さすがにこれ以上はダメです。
お店が終わった、直後。
わたしはアモルちゃんたちに声をかけました。
「疲れたでしょう? 後片付けはわたしたちがやるので、アモルちゃんたちは休んでも――」
「大丈夫です」
「けど」
「本当に大丈夫ですから」
笑顔で言い切られてしまいました。
しかも、元気溌剌な感じで、疲れをまったく感じさせない声です。
これが若さというものでしょうか?
確かに一番若くはあるのですが。
アモルちゃんたちはわたしたちを労ってくれます。
水を差しだしてくれたり、肩を揉んでくれたり。
「二人とも、そんなに気遣う必要はないんだぞ?」
ファクルさんの言葉に、クナントカさんがうなずいています。
「気遣いとかじゃありません。ただ、あたしたちがやりたいからやっているだけで……ダメですか?」
「あー、いや……ダメじゃないが」
「なら、後片付けもやっておきますね」
「ちょ、おい!」
止める間もなく、後片付けを始めてしまいました。
出番を取られてしまった妖精さんはわたしの頭の上に陣取り、しょんぼりしています。
アモルちゃんたち、いい子すぎです。
ファクルさんたちが気づいているかどうかはわかりません。
いえ、二人が不自然過ぎるぐらい、いい子であることには気づいていると思います。
休みを取ることなく一生懸命働き、それだけじゃなくてわたしたちのことを気遣ったりして。
わたしはそういう子を見たことがあります。
というより、一緒に過ごしました。
わたしが育った孤児院で。
その子たちは親に捨てられ、自分の居場所を失っていました。
だから二度と捨てられないよう、無理をしてでもいい子を演じていたのです。
あの子たちとアモルちゃんたちの姿が重なります。
わたしは休むことなく後片付けに奮闘するアモルちゃんたちに近づきました。
「ちょっといいですか?」
「何でしょう? ……あ、もしかして何かして欲しいことがあるとか?」
アモルちゃんとフォルティくんが後片付けの手を休めて、わたしを見上げてきます。
「いいえ、違います」
わたしは首を振りました。
髪が揺れて、背中をくすぐります。
ファクルさんたちの視線を背中に感じながら、わたしはアモルちゃんたちに向き合いました。
「二人が手伝ってくれているのはとてもうれしいです。でも、無理をする必要はないんですよ?」
「……何を言っているんですか。あたしたち、無理なんてしてません」
「いい子じゃなければここから追い出すなんて真似は絶対にしません。ここにいたいのなら、いつまででも、好きなだけいていいから」
だからと続けようとした時、アモルちゃんの表情が変わったことに気づきました。
頬がカッと赤くなって、目つきが険しくなって。
「別に無理はしてないし、あたしたちは元々こんな感じだから……!」
「本当ですか?」
フォルティくんを見ます。
「あ、あの、僕は……」
フォルティくんは何かを言いかけたものの、アモルちゃんを見て、口をつぐんでしまいました。
わたしはアモルちゃんに向き直ります。
「アモルちゃん。アモルちゃんたちは、もっと素直になっていいんですよ」
無理をしていい子を演じなくたって。
そんなことをしなくたって。
ここにいる人たちは、ファクルさんをはじめ、みんな、アモルちゃんたちを受け入れてくれる人たちばかりですから。
そんな思いを伝えたいのに……どうすればうまく伝えられるのでしょう? 難しいです。
「……偉そうに上から目線で。恵まれた人たちに、あたしたちの苦労なんて絶対にわからないんだ」
アモルちゃんが何か呟きましたが、声が小さすぎて聞こえませんでした。
「素直になっていいって言いましたよね?」
「え、ええ、はい」
「素直になった途端、手のひらを返したり」
「そんなことしません! 何をしても絶対に怒りませんし、どんなことだって受け入れます!」
今、大事なのは、アモルちゃんたちのことを受け止めること。
そのためには、何をされても怒ったらダメなのです。
「本当に? 嘘じゃなくて?」
「もちろんです!」
わたしは胸を張って告げました。
「そうですか」
アモルちゃんがにっこりと微笑みます。
とてもかわいらしい笑顔で、思わず抱きしめたくなります。
「なら、その髪を切ってください。あたし、長い髪が嫌いなんで」
「え?」
「聞こえなかったんですか? それとも嘘だったんですか? あたし、素直になったんですけど」
わたしの後ろで、ガタッという音がして、見ればファクルさんたちが気色ばんでいるのがわかりました。
「おい、お前。調子に乗るなよ」
イズが本気で怒り出す気配が伝わってきます。
「ほら、やっぱり。素直になったのに怒られて。いいことなんて何もないんだ」
「いい加減にしろ。素直になるのだって限度ってものがある」
「でも、どんなことだって受け入れるって言ったのはそこの人じゃないですか」
アモルちゃんが蔑むような眼差しでわたしを見ます。
「できもしないことを口にして――」
わたしは聖剣を召喚しました。
頭の上でまとめている髪を掴むと、断ち切ります。
「これでいいですか?」
「え……なんで……どうして」
どうしても何もありません。
どんなことだって受け入れる――そう言ったのはわたしです。
その約束を守っただけです。
アモルちゃんは驚きの表情で固まっています。
いえ、アモルちゃんだけじゃありません。
ファクルさんたちも、同じように固まっていました。
4階にある共同のリビングに、わたしたちは集まっていました。
アモルちゃんとフォルティくんはいません。
3階の客室で、今頃、寝ているはずです。
ファクルさんたちの視線がわたしに集まっているのがわかります。
何か言いたそうな、でも、言いにくそうな、そんな感じです。
わたしは短くなった髪を触りながら、
「あの、そんなに似合いませんか?」
「アルアは何を言っている? アルアに似合わない髪型なんてない。今のアルアも最高にかわいい」
イズが褒めてくれました。
「そうですよ、アルアクルさん! 僕史上、未だかつてないくらい、アルアクルさんに結婚を申し込みたくてうずうずしているくらいですから……!」
クナントカさんにはそのまま永遠に我慢し続けてもらいたいと思う今日この頃です。
ファクルさんは……どう思っているでしょうか。
聞きたいような、聞きたくないような。
相反する気持ちで、胸がいっぱいです。
「そうするしかなかったのか?」
そういうファクルさんの表情は何か苦いものを食べてしまった時みたいな感じでした。
「……他にも、何か方法はあったのかもしれません」
ファクルさんたちに嘘はつきたくありません。
だからわたしは正直に告げました。
「でも、わたしにはこれしか思いつかなかったんです」
アモルちゃんたちをこれ以上放っておくことができなくて。
わたしにできることは、先に言ったとおり、アモルちゃんの言葉を受け止めること。
だから、髪を切りました。
「……そうか」
ファクルさんがわたしの頭を撫でてくれます。
「……よく似合っていたのにな」
そう言われると、残念な気持ちになります。
「だが、アルアクル、後悔はないって顔をしてる」
そのとおりなので、わたしはうなずきました。
「正直、めちゃくちゃ驚いたし、今も衝撃が抜け切れてないが……納得はしてる。なんかアルアクルらしいよなって」
「ファクルさん……」
「誰かのためにがんばることができる。そんなアルアクルさんだからこそ、勇者に選ばれたのかもしれませんね」
珍しく真面目な表情でクナントカさんが言いました。
「人は誰かのために行動を起こしたいと思っても、なかなか行動に移すことは難しい。だからそれをやってのけたアルアクルを、俺は心の底から尊敬する」
ファクルさんがとてもやさしい眼差しで、わたしのことを見つめてきます。
わたしは胸の奥がくすぐったくなって、
「あ、え、えっと、その! あの子たちのこと、ちょっと見てきますね!?」
わたしはその場を離れました。
「アルアが逃げた」
イズ、変なことを言うのはやめてください。
これは違います。逃げたわけじゃありません。ただちょっとだけ、この場を離れようと思っただけで。本当にそれだけなんですから。
あるいはもしかしたら、ファクルさんたちに怒られるかもしれないと思っていました。
いくら何でもやりすぎだって。
もし、わたしがファクルさんたちの立場だったら、きっとそう思っていたはずですから。
ですが、ファクルさんたちは怒りませんでした。
むしろ受け止めてくれました。
それがすごくうれしいです。すごくすごく、すっごくです!
ここにいれば、アモルちゃんたちも心の底から笑えるようになると思います。
わたしたちに見せていたような、作った感じの笑顔じゃなくて。
本当の笑顔を取り戻すことができると、そう思います。
いえ、確信しています。
わたしはアモルちゃんたちが休んでいる部屋の前に立ちます。
寝ていたら、起こしてしまうかもしれないと思って、ドアはノックしないで、静かに開けました。
「え……?」
間の抜けた声を出してしまいました。
だって、あり得ない光景が広がっていたのです。
空のベッドがあるだけで、誰もいないという光景が。








