04#おっさんの料理は世界一。
皆さん、こんばんは。
わたしです。アルアクル・カイセルです。
最近、「女神様よりずっと女神様っぽい勇者様」と呼ばれることがあったのですが、女神様なのか勇者様なのか、いったいどっちなのでしょう……?
勇者は本当のことですが、女神様だったとしたら恐れ多いですよね。だってわたしは普通の女の子なんですから。
さて、ファクルさんとふたりきりで、ファクルさんの故郷を目指す旅をしていた……はずなんですけど。
どうしてなのでしょう。いつの間にか、同行者が増えていました。
「なるほど、アルアクルさんは勇者様だったんですね!」
数時間前、盗賊の毒攻撃で大変なことになっているところを、わたしが回復魔法を使って事なきを得た、ク……何とかという美少女――じゃなくて、男の子です。
この子が女の子だったら、つるーんで、ぺたーんな同志だったのに。本当に……本当に残念で仕方ありません。ぐぬぬ。
でも、この子、本当に女の子みたいなんですよね。
白くてきめ細かい肌、長いまつげに縁取られた大きな瞳、ゆるく波打った眩い金髪。
身につけているものも、かなり上等な感じです。
って、話が横に逸れてしまいましたね。ク……何とかさんが同行することになった理由です。
『確かに僕のことを何も知らないのに、いきなり結婚してくださいというのも無理な話ですよね。なので、あなたたちの旅に同行させてください! そして僕のことを知ってください!』
と言い出したからです。
わたしはこの人と結婚するつもりはありません。
だから貴重な時間を奪うだけですとお断りしたのですが、それでもク……何とかさんは諦めないと言って。
そしてファクルさんが言ったんです。旅は道連れ、同行者が多い方がいろいろ安心できるだろうって。だから一緒に行くのもいいんじゃなかって。
ファクルさんの言いたいことはよくわかります。
あ……何とかという王子様たちがいた時も、同行者が多いということでいろいろ安心――――――あれ? あまり安心できることはありませんでした。
あの方たちがいたことで、行く先々で女性に関するトラブルに巻き込まれましたし。
この人もたくさんの女性にプロポーズされたと言っていたぐらいですから、きっと同じようなことになるはずです。というか、なります。断言できます。
わたしがそのことを告げると「僕はもうあなた一筋ですから!」とか、「快適な旅を提供しますから!」とか、すがるように言われてしまって。
最終的にファクルさんが執り成す形で、同行することになったのです。
今、ク……何とかさんの馬車の中で、ファクルさんとク……何とかさんが楽しそうに話しています。
……残念です。せっかく、ファクルさんとふたりきりの旅だったのに。
あれ? わたし、今、どうして『残念』なんて思ったのでしょう?
「嬢ちゃん、大丈夫か?」
考え込むわたしの顔を、ファクルさんがのぞき込んできます。
やさしい垂れ目が、心配そうな光を宿しています。
不謹慎ですが……ファクルさんに心配されていることをうれしいと思ってしまうわたしがいました。
「大丈夫です。考えてもよくわからなかったので」
「考え事をしてたのか」
「はい。ファクルさんとふたりきりの旅じゃなくなったことが残念だなと思った理由を考えていたんです。でも、それがよくわからなくて」
「は? 俺とふたりきりじゃなくなったのが残念……?」
そのとおりだったので、頷く。
「へ、へぇ……そ、そうか。ふーん」
どうしたのでしょう。ファクルさんが挙動不審です。
真っ赤になったと思ったら、目がきょろきょろと泳ぎまくりです。目が溺れてしまんじゃないかと思ってしまうぐらいです。
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫らりょ!?」
ファクルさんが噛みました。
そしてさっき以上に真っ赤になったファクルさんは、顔を両手で覆って隠すと、ぷるぷる震えながらうずくまってしまいました。
いったい何があったのでしょう。
それにしても、このファクルさんは、ちょっとかわいいです。
「くっ……僕のつけいる隙はなさそうだっ。でも、諦めきれないこの恋心! アルアクルさん、僕と結婚してください」
「お断りします絶対に無理ですごめんなさい」
「あ、諦めませんからぁ……!」
こんな感じで、わたしたちの旅は続きます。
それから馬車に揺られること、しばらく。
わたしたちは、ちょっと大きめの町にたどり着きました。
「で、ク……何とかさん」
「はい、クナントカですよ! アルアクルさん!」
「いや、違うだろ!? お前、クリスって名前だったろ!?」
ファクルさんがツッコミを入れます。
「そうなんですけど。アルアクルさんがそう呼ぶなら、いっそのことクナントカに名前を変えるのもありかなって」
「いいのか!? お前、大商会の跡取り息子なんだろ!?」
そうなのです。このク……何とかさんは、大きい商会の跡取りさんらしく。
こうして旅をしているのは、将来、店を継ぐときのために見聞を広めているらしいのです。
「いや、まあ、本人がそれでいいならいいんだけど……本当にいいのか?」
「はいっ! むしろ一周回ってご褒美みたいな感じだと思いません!?」
「思わねえよ! 何だよお前、変態じゃねえか」
「そんなに褒めないでくださいよ~」
「褒めてねえ! どこにも褒めてる要素がねえ!」
二人が何だかとても楽しそうです。むう。
「って嬢ちゃん、頬を膨らませてどうした?」
「別に、何でもありません」
「めちゃくちゃ何でもあるって顔で言われてもな。……ドーナツ食べるか?」
「何ですかそれ。わたしには食べものを与えておけば問題ないみたいな対応は、いかがなものかと思うんですけど」
「とか言いながら、しっかりドーナツを受け取って食べてるんだよなぁ」
どーなつに罪はないですから。
それにしても、本当にファクルさんの作るものはおいしいです。いえ、おいしすぎます。
……って、違います違います!
どーなつを食べて満足している場合じゃありません!
「あの、クナントカさん」
「はい! 今後ともぜひそのままクナントカと呼び続けてください!」
とてもうれしそうです。
顔の造作はとても整っているのに……何というか残念な感じです。
女性たちが見たら、がっかりするのではないでしょうか。
「この町においしい食堂があるという話でしたけど」
馬車の中で、わたしとファクルさんが、ファクルさんが開こうと思っている食堂の話をしていたら、参考になるかもしれないと教えてくれたのです。
「その食堂はおいしそうな匂いが外にまで漂っていて、いつも人がいっぱいで、とても混雑しているんですよ!」
クナントカさんの説明に、わたしはそのお店のことを頭の中に思い浮かべます。
「ファクルさんが開く食堂の参考になるといいですね」
「ありがとな、クリス」
「いえ、気にしないでください」
ファクルさんにお礼を言われて、クナントカさんが微笑みます。
くっ。羨ましくなんて思わないですからね! 本当ですよ!
「あの、ファクルさん! わたしにできることがあったら、何でも言ってくださいね! わたし、がんばりますから!」
「どうした嬢ちゃん、いきなりそんなこと言い出して」
首を傾げながらも、ファクルさんは「その時が来たら頼むな」と微笑んでくれました。
とてもやさしい感じの、素敵な笑顔です。
クナントカさんには、こんな笑顔じゃありませんでした。
「なんか勝ち誇った感じの笑みをアルアクルさんが向けてきてるんですけど! かわいいなぁ!」
クナントカさんが小声で何かを呟いて、うれしそうです。
変な人ですね。
「あ、もうそろそろだ。この道を曲がったところがそうです……さあ、つきました!」
クナントカさんに続いて、わたしとファクルさんは馬車を降ります。
馬と馬車の面倒は、御者も勤めていたイケメンさんたちにお任せです。
「この店か………………本当に?」
ファクルさんが首を傾げます。
わたしもその意見に賛成です。
だって、おいしそうな匂いは漂ってきませんし、人がまったくいません。
「僕の記憶に間違いはないんですけど……」
「まあ、とりあえず入ってみるか」
ファクルさんに続いて、わたしたちは店の中に入っていきました。
お店の中には、人がいませんでした。
あ、いえ、います。
このお店のご主人でしょうか。女の人です。いらっしゃい、とわたしたちを出迎えてくれました。
適当に食べるものを注文して、料理がやって来るのを待ちます。
「お待ちどう」
出された料理は、肉や野菜が入ったスープです。それに固そうなパン。
おいしそうな匂いがしないどころか、肉の臭みや野菜の青臭さが漂ってきますが……食べてみたら、意外とおいしいということがあるかもしれません。
さっそくいただきました。
わたしもファクルさんもクナントカさんも、黙りです。
なぜなら、まったくおいしくなかったからです。
「クナントカさん、ここまで大変お世話になりました。ここから先はわたしとファクルさんだけで旅を続けたいと思います」
「ま、待ってください! これには事情があるんですよ! ……たぶん」
最後、声が小さくなってしまったのは、自分の発言に自信がないからでしょうか。
「女将、ちょっと話を聞きたいんだが、いいか?」
ファクルさんがこの店のご主人に呼びかけ、話を聞くことになりました。
わたしたち以外、お客さんがいないということで、話に応じてくれました。
で、話を聞いたところ、こういう事情があったのです。
元々、このお店のご主人は女将さんの旦那様でした。
ですが、魔王に率いられた魔物がこの町を襲い、ご主人は武器を持って立ち上がりました。
この町を――いいえ、この町で暮らす女将さんを守るために。
立ち上がったのは、ご主人以外にもたくさんいました。
その甲斐もあって魔物を退治することはできましたが……ご主人は亡くなってしまいました。
「ごめんなさい! わたしがもっと早く魔王を倒していれば……!」
魔王を倒した今、魔物の動きは沈静化しています。例外は存在しますが。
わたしの言葉に困惑する女将さんに、ファクルさんがわたしが勇者であることを説明してくれます。
女将さんがわたしを見ます。
真っ直ぐなその瞳を、わたしは見返すことができません。
「ありがとう、お嬢さん」
本当は言いたいことがいっぱいあるんだと思います。
どうして早く魔王を倒してくれなかったのか。そうしたら自分の旦那様はなくなっていなかったかもしれないのに! と。
それなのに、女将さんは、お礼を言ってくれたのです。
「お嬢さんが魔王を倒して……これから平和な時代になっていくんだね」
そんなふうに言われたのは初めてでした。
だって、一緒に旅をしていた、あ……何とかという王子様たちは、わたしが魔王を倒した直後には「国に帰って結婚しよう!」だとか、「盛大なパレードを行おう!」とか、そんなことばかり言っていて……。
「勇者様ががんばっているって話は聞いてたけど……そうかい。お嬢さんみたいな女の子が、あたしたちのためにがんばってくれてたんだねぇ」
違います。わたしは、わたしの身近にいた人を守りたくて。その人たちのために、自分ががんばれるならって。そんな理由で……。
「ありがとうね、お嬢さん」
女将さんに抱きしめられました。
わたしは母親を知りません。
でも、女将さんの胸の音を聞きながら、お母さんはこんな感じなのかもしれないと、そう思いました。
女将さんの胸で、わたしは少しだけ泣いてしまいました。
ファクルさんに気づかれてないか心配です。
だって気づかれていたら、恥ずかしいですから。
でも……声を出して泣いていたので、きっと気づいていますよね。
だけど……ファクルさんはただ笑顔で「よかったな」とわたしの頭を撫でてくれました。
クナントカさんが真似して撫でようとしてきましたが、丁重にお断りしました。わたしの頭を撫でていいのはファクルさんだけです。
「くっ、僕もアルアクルさんを撫で撫でしたいっ!」
「ダメです。わたしの頭はファクルさん専用ですから」
「……嬢ちゃん、その発言はいろいろと誤解されやすいからやめて」
顔を背けてぷるぷる震えるファクルさんにそう言われましたけど、何を誤解されるのでしょう?
ともあれ、このお店にはそういう事情があったのです。
旦那様が守ってくれたこの町で、この店で、生きていくと。
ただ、見てのとおり、お客さんがいません。
女将さんは料理が苦手だったのです。
このままでは、そう遠くないうちに立ちゆかなくなるでしょう。
「あの……ファクルさん、お願いがあるのですが」
「わかってる。この店の力になってくれって言うんだろ?」
「はい。ダメ……ですか?」
「ダメじゃねえよ」
ファクルさんが女将さんに、厨房を見せて欲しいとお願いします。
「いいけど……」
不安そうです。
ファクルさんはいかにも冒険者という見た目です。
そんな人に何ができるのかと思っているのかもしれません。
「大丈夫です! ファクルさんの作るお料理はすごくおいしいんです!」
わたしはファクルさんの作るお料理がどれだけおいしいか、それはもう一生懸命、力説しました。
「……というわけで、ファクルさんのお料理は心の奥がぽかぽかしてきて、しあわせな気持ちになれるんです!」
「嬢ちゃん、それ以上は勘弁してくれ! 恥ずかしすぎて死ねるから!」
ファクルさんに止められてしまいました。
あと十時間近くは語れるのに……とても残念です。
それからファクルさんは厨房を覗き、みそ? とかいうのと、しょーゆ? とかいうのを見つけて、
「旦那さんは料理が好きだったんだな」
と言いました。
聞けば『みそ』とか『しょーゆ』というのは、使い方が難しいそうで、ファクルさんもお師匠様に教わってようやく使えるようになったらしいです。
そのお師匠様直伝の料理を、ファクルさんが作ってくれました。
「オークの肉を使ったトン汁に、同じオークの肉を使ったカトゥ丼だ」
トン汁にカトゥ丼……聞き覚えがあります。
魔王退治の旅を一緒にしていた時、いつか作ってくれると約束していたお料理です。
「これがそうなんですね」
「ああ、食べてみてくれ」
カウンターに出されたお料理を、わたしたちはそろっていただきました。
一口食べた途端、意識が飛ぶほどのおいしさでした。
女将さんも驚いた顔をしています。
「あんた……ただの冒険者だと思っていたのに、本当にすごいんだね」
「そうです! ファクルさんは本当にすごいんです!」
「なんで嬢ちゃんがそんなにうれしそうなんだよ」
「ファクルさんが褒められているからですよ! 当たり前じゃないですか!」
「お、おう、そうか。当たり前か」
ファクルさんがむせています。大丈夫でしょうか。心配です。
「この料理ならそう難しくないし、名物になるだろ」
「いいのかい、こんなにうまい料理の作り方を教えてくれて」
「もちろん。何せ勇者様の願いでもあるからな」
ファクルさんがわたしを見て、ニカッと笑いました。胸の奥がドキッとなりました。
それから数日、この町に滞在して、ファクルさんは女将さんにトン汁とカトゥ丼の作り方を教えることになりました。
いい匂いがするとお客さんが集まってきて、わたしとクナントカさんは給仕のお手伝いをしました。
トン汁とカトゥ丼を食べたお客さんはそのおいしさに驚き、近所の人たちにその話をして、その話を聞いたお客さんがやってきて……というしあわせな連鎖が続いて。
お店はクナントカさんの話に聞いていたとおりの賑わいを取り戻しました。
わたしたちのお手伝いはこれで終わりです。
「ありがとう、皆さん。これからもがんばるから。近くに来ることがあったら、ぜひ寄ってね」
「はいっ! 必ず寄ります!」
旅立つわたしたちを、女将さんはいつまでも笑顔で見送ってくれました。
わたしはこの町での出会いを、絶対に忘れません。
また、そんな出会いを作ってくれた人にも感謝しないといけませんね。
「ありがとうございますね、クナントカさん」
「アルアクルさんにお礼を言われた! 結婚してください!」
「ごめんなさいそれは絶対に無理です」
「わかってました!」
こんなふうに断ってもすっごい笑顔を浮かべるなんて、クナントカさんは変な人ですね。