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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第4章

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31#思いがけない再会の仕方。


 皆さん、こんばんは。

 わたしです。アルアクルです。

 夜中、ファクルさんのお店の窓の鍵を閉め忘れていたことに気づいたわたしが、寝間着姿のまま、戸締まりに向かって、そこで目撃したものは――――――――いったい、なんなのでしょう?




 わたしはむんずと鷲づかみにした謎の存在をまじまじと見つめます。

 やっぱりかわいいです……!

 じゃありませんね。落ち着かないとダメです、わたし。

 手の中で、毛玉……? さんも、わちゃわちゃ慌てているじゃないですか。

 ……というか、これ。

 もしかして……いえ。

 もしかしなくても、わたし、怖がられていますか?

 自分よりも大きな存在に、頭? いえ、体? を、むんずと鷲づかみにされている――つまり、自分の生命が握られているところを、自分の身に置き換えて想像してみたら……。

 間違いなく怖いですね。

 まあ、わたしはそんな状況になる前に、そんな存在は倒してしまいますが。わたし、勇者だった経験があるので。

 ですが、この毛玉……? さんは違います。


「だ、大丈夫ですよ? わたし、あなたを傷つけたりしませんから。だから、安心してください。ね?」


 できる限りやさしい声で言いました。

 そのことが功を奏したのでしょうか。

 さっきまですごく慌てていたのに、すべてを諦めたかのようにぐったりとして――。


「って、なんで諦めているんですか!? わたし、傷つけないって言いましたよね!?」


 わたしがそう言った時でした。


「アルアクル?」


 後ろから声がしました。

 振り返らなくてもわかります。でも、わたしは振り返りました。


「ファクルさん……!」


 思い描いていたとおりの人がそこにいて、わたしはうれしくなりました。

 自然と顔が緩んでしまいます。

 って、そんな場合じゃありません! わたしは慌てて顔を、ぱんぱんっ! と叩いて、引き締めることに成功しました。ふふっ、わたしはやれば意外とできる子なのです。

 どうしたのかファクルさんに尋ねると、何だか騒がしいので目が覚めたというじゃないですか。

 どう考えてもわたしのせいです。ごめんなさい。

 謝ったわたしは、どうして騒いでいたのか、ファクルさんに話しました。

 ファクルさんの代わりに戸締まりを任されたのに、一カ所だけ、閉め忘れたところがあったこと。

 それを閉めに来たら、謎の毛玉さんがいたこと。


「毛玉? 毛玉って何だ?」

「これです!」


 わたしは、毛玉さんをファクルさんに見せました。


「…………どこに?」


 ファクルさんがあごに手を当てて、首を傾げます。

 かわいいです!

 じゃありません。


「どこって、ここにいるじゃないですか」


 わたしは自分の手の中を見て、ようやくファクルさんの言葉の意味がわかりました。

 いないのです。わたしの手の中に。毛玉さんが。

 いったいいつの間に!? ――と思ったわたしでしたが、すぐに思い出しました。

 ついさっき、ファクルさんに会えたうれしさに緩んだ顔を治すため、ぱんぱんっ! と頬を叩いた時、手放してしまったのです。

 慌てて周囲を見回すものの、毛玉さんの姿はすでにありません。


「ほ、本当にいたんです! こう、これくらいの大きさの毛玉さんが……! 信じてください!」

「大丈夫だ。俺はアルアクルが嘘を吐くなんて思ってないから。信じるよ」

「ファクルさん……ありがとうございます!」


 わたしのことをこんなに信じてくれるなんて――。

 胸の奥から思いが溢れ出します。


「ファクルさん、大好きです!」

「ぐふぉっ!?」


 わたしの頭を撫でようと、手を伸ばしていたファクルさんでしたが、わたしが胸の奥から溢れ出した思いを言葉にした瞬間、むせてしまいました。

 それから顔を真っ赤にしながらも真剣な雰囲気で、


「あ、あのな、アルアクル、お、俺もお前のことが……!」


 と、何かを言いかけたのですが、わたしが、


「ふぁっ」


 と、欠伸を漏らすと、


「…………………………………………………………もう遅いからな。早く寝た方がいい」


 長い沈黙の果てに、そう言ったのでした。


「でも、ファクルさん、わたしに何か言いかけていましたよね? それは?」

「べ、別に大したことじゃねえから!」


 そうなのでしょうか。その割に何だかとても真剣な感じがしたのですが……。

 わたしが気にしていることに気づいたのでしょう。

 ファクルさんはガシガシと頭を掻いてから、


「あー、その、なんだ。本当に大したことじゃないんだ。だから気にするな――って言っても気になるんだよな」

「はい」

「まあ、なんだ。いつもがんばってくれているアルアクルに、俺はめちゃくちゃ感謝してるってことを伝えたかったんだ」

「ファクルさん」

「ん?」

「わたしががんばるのは当然です。なので、そんなふうに感謝されると、くすぐったくなってしまいます」

「当然なのか?」

「はい!」


 わたしが即答すると、ファクルさんはうれしそうに笑いました。


「即答か。うれしいよ、アルアクル。本当にありがとな」


 ファクルさんの手が伸びてきて、わたしの頭をやさしく撫でてくれます。


「なら、明日もがんばってくれるんだろ?」

「もちろんです!」

「なら、早く寝るんだ。睡眠不足で手伝えない、なんてことにならないようにな」


 確かに、そんなことになったら大変です!


「おやすみなさい、ファクルさん!」

「ああ、おやすみ。アルアクル」


 わたしは笑顔のファクルさんに見送られて自分の部屋に戻ってきたわたしは、しあわせな気分のまま、ベッドの中に入りました。

 でも、たったひとつ。気になることがありました。

 あの毛玉さんです。

 結局、あの毛玉さんは、なんだったのでしょう?




 その思いは次の日になっても、わたしの中から消えることはありませんでした。

 なので、朝食の席で、わたしは皆さんに聞きました。

 こういう毛玉さんを見かけたことはないですか、と。

 ファクルさんをはじめ、クナントカさん、イズ、みんな見たことがないと首を横に振ります。

 ただ、クナントカさんは見たことがないと言った後、


「でも、うーん」


 と、首を傾げていました。


「どうかしましたか?」

「見たことがないのは確かなのですが、そういう毛玉に心当たりがあるような気がしたんですが……何だったかなぁ。喉元まで出てるんですけど」


 そう言って、クナントカさんが喉をさすりました。


「まったく役に立ちませんね」

「なっ、ちょっと待ってくださいよ、アルアクルさん!」


 ばんっ! とテーブルに手をついて、クナントカさんが立ち上がります。

 真剣な顔つき。

 見ようによっては怒っているようにも見えますが――。


「褒められると思っていなかったので、心の準備ができてなくて……。すぅぅぅ、はぁぁぁ……。はい、準備できました! さあ、思う存分、褒めてください!」

「褒められてねえよ。クリスの変態レベルはどこまで上がれば気が済むんだよ……」


 ファクルさんが呆れたような表情で呟きます。


「そんなの天井知らずに決まってるじゃないですか!」

「だよな! 知ってた!」


 クナントカさんとファクルさん、ふたりとも声を出して笑っていますが、ふたりとも笑いの質が違います。

 クナントカさんは心の底から楽しそうに。

 ファクルさんはとても渇いた感じです。

 何にしても、クナントカさんはあれです。もう手遅れということで、放置するしかありません。

 とはいえ、それはそれで、


「くぅぅ、こうやって放置されるのも、また乙な感じでいいんですよねぇ!」


 と喜ばせてしまうので、困ってしまうのですが。

 まあ、今は触れない方向でいきたいと思います。

 それよりも毛玉さんです。


「そうですか。見たことありませんか」


 わたしはがっくりと項垂れました。

 もしかして、昨日、わたしが見たと思った毛玉さんは、わたしだけに見えた幻――というか、わたしの勘違いだった可能性も出てきたような気がします。

 わたしは自分の手を見下ろしました。

 むんずと掴んだ感触を思い出せます。だから、わたしの勘違いというわけではないと思うのですが……。


「それにしても話を聞く限り、なんか不細工な感じっぽいですよね」


 クナントカさんがよくわからないことを言いました。


「何を言っているんですか? 毛玉さんは不細工などではありませんよ? むしろ、かわいい感じでしたよ?」

「アルアクルさん、本気で言って……いるみたいですね。その感じだと」

「もちろんです」

「前から思ってましたけど、アルアクルさんって、ちょっと独特な感性の持ち主ですよね。まあ、だからこそ、アルアクルさんが選んだ人はファクルさんなんだなと、納得するわけですが」


 うんうんと腕を組んでうなずくクナントカさんを、ファクルさんが睨みつけます。


「おい。その話の流れだと、俺がちょっと独特な感じの奴ってことになるんだが?」

「ははは、嫌だな、ファクルさん。そう言ってるんですよ?」

「おい! そこは否定するところだろ!?」

「了解しました! 全力で肯定させていただきます!」

「違う!」


 このお店の厨房で一緒に働くようになってから、ファクルさんとクナントカさんは、以前よりずっと仲良くなったような気がします。

 むぅ。何だか面白くありません。

 こうなったら、あれしかないです!


「ファクルさん! わたしも全力で肯定しますよ!」

「何でだよ!?」


 ファクルさんに怒られました。でも、うれしいです。えへへ。


「ファクル、イズも全力で肯定する」

「意味がわからない! どうしてイズヴェルまでそんなことを言い出した!?」

「乗るしかなかった、この大波に」

「わけがわからん!」


 そんなふうにいつもの、でも、とても楽しいやりとりをしているうちに、わたしは毛玉さんのことをすっかり忘れていました。




 それから何日から過ぎた頃。

 夜、いつもどおり大盛況でお店を終えた疲れを感じながら、みんなで夕食を取り、後片づけをわたしとイズでやっていた時のことでした。


「思い出しましたよ、アルアクルさん!」


 ファクルさんと、明日、お店で出すメニューのことを相談していたはずのクナントカさんが、そんなことを言い出したのです。


「いきなりどうしたんですか?」

「結婚してください!」

「生理的に無理です」

「はぅっ! 『生理的に無理』をいただきましたっ!」

「思い出したのって、それですか?」

「まあ、ここ最近、あんまりアルアクルさんに求婚してなかったなって思ったのも事実なんですが」

「思い出さなくてよかったのに」

「そんなこと言わないでくださいよ! アルアクルさんにお断りされるのが僕の生き甲斐なんですから!」


 わけがわからない生き甲斐ですね。


「まあ、それはさておき。思い出したのは、数日前の話ですよ」

「というと……ファクルさんが香辛料の調合中にくしゃみをして、香辛料を全部吹き飛ばしてしまった時のことですか?」

「なっ!? 見てたのか……。誰にも見られていないと思っていたのに」


 ファクルさんが驚きの眼差しを向けてきます。


「どんなファクルさんも、わたしは見逃しません!」


 わたしはその時のファクルさんの姿を克明に語りました。


「がっくりと落ち込む姿が何ともかわいらしくて……!」

「忘れてくれ! 頼む!」

「それは無理な相談です!」

「ぐぬぬ!」


 なんてことをやっていたら、クナントカさんに止められました。


「そんな話じゃありません! 僕が言いたかったのは、毛玉のことですよ」


 言われて、思い出しました。

 わたしが夜中に遭遇した、不思議な毛玉さん。


「毛玉の正体ですが、家に取り憑く妖精だと思います」

「妖精ですか」

「ええ。妖精が気に入った家に取り憑いて、その家に関するあれこれを手伝ってくれるらしいです」


 あれこれというのは、掃除だったり、後片づけだったり、そういうことらしいです。

 確かに、そんな感じの不思議な現象が、ここで起こっていたことは事実です。

 なら、あの毛玉さんはこの家に取り憑いている妖精ということになるのでしょうか?

 わからない話ではありません。

 ゲンジさんから受け継いだこのお店は、あたたかい気持ちになれる、とても居心地のいいお店ですから。

 毛玉さんが気に入ったというのは、納得できます。


「それにしてもクリス、お前、よくそんな話知ってたな」


 ファクルさんの問いかけに、


「アルアクルさんたちに出会う前、商人としてあちこち旅をしていた時、そんな感じの話を聞きかじったことがあるんですよ」


 と、クナントカさんは答えてくれました。

 毛玉さんがそんな存在とはつゆ知らず、この前のわたしは、毛玉さんをむんずと掴んで、とても失礼なことをしてしまいました。

 もう一度会って、謝ることができればいいのですが……。

 クナントカさんの話によると、人前に姿を現すことは滅多にないそうなので、もう会えないかもしれないです。


「そんな妖精に会えたなんて、あれだな。アルアクルの日頃の行いがいいからだな」


 ファクルさんがそんなことを言ってくれました。

 ファクルさんにそんなふうに言われると、うれしいやら、照れくさいやらで、どんな顔をすればいいのかわからず、困ってしまいます。


「ありがとうございます」


 そういうわたしの隣で、食器を洗っていたイズが「ぐぬぬ」となっているのに気がつきます。

 どうしたのか尋ねれば、ふわふわしたモコモコを見つけたので、食器洗いに使えるのではないかと思い、使ってみたところ、


「なんか無駄に動いて使いづらい」


 ということらしいです。

 動くって何でしょう?


「どれですか。見せてください」

「ん」


 イズが差し出したものを受け取ったわたしは、それをまじまじと見つめました。

 手に載るほどの大きさで、ちっちゃい手足がついていて――って、これは!?


「毛玉さん!? 毛玉さんじゃないですか!」


 そうなのです。

 イズが食器洗いに使っていたのは、この前、わたしがむんずと捕まえた、あの毛玉さんだったのです。

 もう二度と会えないかもしれないと思っていたのに……まさかこんな形で再会するとは思ってもいませんでした。

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