30#成長した勇者と七不思議?
皆さん、こんにちは。
わたしです。アルアクル・カイセルです。
ファクルさんに『いつものわたしの笑顔が好きなんだ』と言われて以来、ぎこちない笑顔しか浮かべることしかできないでいたわたしですが、ここ最近、やっとのことで、どうにかこうにか、以前と同じ感じの笑顔を浮かべることができるようになった、そんな気がしています。
というのも、ファクルさんがわたしの笑顔を見て、大丈夫かどうか心配しなくなったのです。
これってつまり……そういうことですよね?
ちゃんと以前と同じ笑顔を浮かべることができているって、そういうことなんですよね? ねっ!?
なら、ファクルさんは喜んでくれているでしょうか?
ファクルさんが喜んでくれると、わたしはとってもうれしいです……!
「はーい、『おまかせ定食』ですね! できあがりまで、しばらくお待ちくださいませ!」
せいいっぱい大きな声で告げたつもりですが、それでもわたしの声は掻き消されてしまいました。
なぜなら、今日も今日とて、ファクルさんのお店は大盛況だからです。
開店前から並んでいたお客さんたちが開店すると同時にお店の中に押し寄せてくる毎日は相変わらずで、忙しくない日がありません。
特にファクルさんの忙しさと言ったら、とんでもないものがあるのに、それでもファクルさんはとってもうれしそうです。
なぜなら、自分が作った料理を誰かが喜んで食べてくれる。こんなにうれしいことはないからだそうで。
なので、どれだけ忙しくても、まったく苦にならないそうです。
すごいですよね、ファクルさん。改めて尊敬します!
そして、そんなファクルさんの力になりたいと、今日もわたしは、一生懸命、従業員として働くのでした。
さて、そんなわけで、今日も閉店時間まで、目の回るような忙しさは続きました。
「はぁ~。今日も一日、何とか乗り切ることができました~」
お客さんのいなくなったお店の中で、わたしは行儀が悪いと思いながらも、椅子にぺしゃりと座り込みます。
はふぅ、と吐息を漏らしていると、目の前のテーブルの上に、とんっ! とやさしく置かれたものがありました。
パンです。
いえ、パンはパンなんですけど、何かが挟まっています。これはいったい……?
「お疲れさま、アルアクル。今日も一日、ありがとな」
ファクルさんです。
「いえ、大丈夫です! だってわたしは元勇者ですよ? このくらいへっちゃらです!」
ふんすっ! と気合いを入れてみせると、ファクルさんは苦笑いを浮かべながら、わたしの頭をやさしく撫でてくれました。
「確かにアルアクルは元勇者だ。けど、元勇者である前に、ひとりの女の子だろ? 疲れないわけじゃない」
そう言ってわたしを見つめる穏やかな眼差しに、わたしの胸はいつになくドキドキしてしまいます。
ダメです、そんな眼差しで見つめないでください……!
「? どうした、アルアクル。顔を背けたりして」
「べ、別にどうもしませんよ?」
「いやいや、どうもしないことねえだろ? どこか調子が悪いのか?」
「大丈夫です! 大丈夫ですから!」
だから、そんなふうに顔を寄せてこないでください!
こうなったらファクルさんの興味を別のことに逸らすしかありません!
何か、何かないですか!?
って、あるじゃないですか。とっておきのものが!
「あ、あの、ファクルさん!」
「どうした? やっぱり調子が悪いのか?」
「違います! このテーブルの上にあるパンに挟んであるもの、いったいなんですか?」
まるで糸のように細かく切られているのは、シャキシャキした食感が楽しいキャーベッシです。でも、それ以外のものは?
イズの手のひらくらいの大きさで、薄茶色くて、ザラザラした見た目で、それにほんのりと香ばしい……?
さらに、たっぷりとかかっている褐色のソース。甘いような、香辛料のような、独特の芳香が、とても食欲をそそります。
はっきり言います。食べなくてもわかる、これはとてもおいしい料理です!
まあ、ファクルさんの作るお料理はどれも食べなくてもおいしいんですけどね!
これまで毎日のようにファクルさんの作ってくれたお料理を食べてきたわたしには、わかります。
「これか。晩飯にと思って作った、クッコロバーガーだ」
「クッコロ、ですか?」
何でしょう? オークとかゴブリンを前に、女性の騎士とか戦士が、そんな言葉を叫びそうな感じがしますね。
「あ、いや、違うな。クロッケ、だったか」
ファクルさんが腕を組んで、うんうんとうなずきます。
「もしかしてこれもファクルさんの師匠さんから習ったお料理なんですか?」
「ああ、そうだ。茹でたポタトをすり潰して適当な形に整えて」
ポタトというのは、赤ちゃんの握り拳くらいの大きさの根菜です。茹でたてのものにお塩をつけて、はふはふしながら食べると、大地を食べてます! という感じがするんです。孤児院にいた時は主食として、よく食べていました。
「そうやって形を整えたポタトに小麦粉をまぶし、溶き卵にくぐらせてから、最後にパンを細かめに刻んだものをまとわせて、油で揚げるんだ」
「揚げる? なら、どーなつと同じですね!」
甘いのでしょうか?
「確かに揚げるって過程は同じだが、ドーナツみたいに甘くないからな?」
どうして思っていることがばれたのでしょう?
笑っているファクルさんを見て、わたしは首を傾げます。
「それに、これはドーナツのように木の実を絞った油じゃなくて、オークの脂を使って揚げているからコクがあるんだ。まあ、論より証拠だ。食べてみてくれ」
「ナイフとフォークがないのは、パンバーバーと同じで、手づかみで思いきりかぶりつくのがおいしいからですよね?」
「わかってるじゃないか。そのとおりだ」
ファクルさんが笑顔でわたしの頭を撫でてくれます。うれしいです。
「では、いただきます!」
わたしは生活魔法の《洗浄》を使って手を綺麗にすると、クロッケバーガーを手に持ち、「あーむ」と思いきりかぶりつきました。
「むはっ!?」
思わずはしたない声が出てしまいました。
でも、仕方ありません! だってこのクロッケバーバーはそれぐらいおいしいんですから!
まず食感が楽しいです。パンのやわらかさ、キャーベッシのシャキシャキ感、それに何より、クロッケの、外はサクサク、中はしっとりした感じ。最高です!
もちろん、最高なのはそれだけじゃありません。
ファクルさんが言っていた、オークの脂を使って揚げたというクロッケの、何ともいえない香ばしさ! それを引き立たせるのは、かかっている褐色のソースの、甘くてピリッとした感じ!
すべてが絶妙で、本当に本当においしくて、
「あ、あの、ファクルさん!」
気がつけば手の中のクロッケバーガーをぺろりと平らげていたわたしですが、
「どうした? お代わりか?」
「はい! あっ、じゃなくて! クナントカさんとイズは? あのふたりにもこのおいしさを味わってもらいたいんです!」
大好きなファクルさんのお料理を、ぜひ。
「へ?」
ファクルさんが目を開いて、驚いています。どうしたのでしょうか?
「アルアクル、今、自分が何を言ったのか、気づいてるか?」
「わたしが何を言ったか、ですか? ……大好きなファクルさんのお料理?」
「ふぁっ!?」
さっき以上にファクルさんが驚いた顔をします。なんだかかわいらしいです。
「そ、そんなこと言ってなかったよな!?」
「あ、そうですね。それは思ったことでした」
「思ったのか!?」
「はい、思いました」
「そ、そうか」
どうしてか顔が真っ赤になったファクルさんが、手で顔を扇いでいます。今日はそんなに暑くないと思うんですけど。
「わたしが言ったのは、ふたりにもこのおいしさを味わってもらいたいってことですね」
「あ、ああ、そうだ。そう言ったんだ。前、イズが俺の作った料理を多く平らげた時、自分が一番多く食べたかったって言ってただろ」
覚えています。確かに言いました。
「アルアクルも成長してるんだな」
「本当ですか!?」
「え? あ、ああ。本当だ」
何ということでしょう! 自分ではそんな実感はまったくなかったのですが。
そうですか。
つるーんで、ぺたーんな感じのわたしにさよならをする日が近い、ということなのかもしれませんねっ。ふっふっふっ。
「なんかアルアクルが胸元を押さえて変な笑い方してるんだが……」
ファクルさんが何か呟いていましたが、わたしにはよく聞こえませんでした。
「まあ、なんだ。あのふたりの分なら大丈夫だ。アルアクルの分とは別に作っておいたから。今ごろ、厨房の方で食べてるだろ」
そんなファクルさんの言葉を肯定するかのように、
「や、やばいですよ、このうまさ! あの人、本当になんなんですか!? 実力の底が見えないんですけど……!」
「ヘタレのくせに。ほんと生意気」
厨房の方からクナントカさんとイズの声が聞こえてきました。
何だかんだ言いながら、声からクロッケバーガーを喜んでいることが感じられます。
「では、安心してお代わりできますね!」
「おう。満足いくまで食べてくれ」
「はいっ!」
と、元気よく返事をしたのですが。
実際は、満足いくまで食べることはできませんでした。
「どういうことですか?」
わたしの言葉に、ファクルさんは「わからねえ」と首を横に振ります。
わたしがお代わりを希望して、厨房の方に用意してあるからと取りに行ってくれたファクルさん。
ですが、戻ってきたファクルさんは何も持っていませんでした。
どうしたのか聞けば、用意してあったはずのクロッケバーガーがなくなっていたというのです。
「犯人は僕たちじゃありませんよ! 結婚してください!」
「お断りします」
さりげなく(?)求婚してくるとか、クナントカさんは本当に変態です。
「イズでもない。イズがアルアの悲しむようなことをするわけがない。信じて」
「大丈夫です。わかっています。信じています」
「アルア、好き」
抱きついてきたイズの頭を、ぽむぽむっ、と撫でながら、では、わたしのお代わりは、いったいどこにいったのでしょう? と考えました。
「そういえば、僕、ちょっと気になっていたことがあるんですよね」
「気になっていることですか?」
クナントカさんの話は、こんなことでした。
昼間、お客さんが次から次へと押し寄せて来て大変な時、ファクルさんのお手伝いをして料理を作るのを最優先にして、お皿洗いなどを後回しにしていたのに、気がついたらお皿がすべて綺麗に洗われていたことがあったんだとか。
それも一度や二度でなく、何度も。
「それだけじゃないんですよ。僕がアルアクルさんとファクルさんの旅に同行した時にお話ししたこと、覚えていますか?」
「ああ、覚えてるぞ。確か、アルアクルに結婚を申し込んだんじゃなかったか?」
「そうですね。間違いありません」
ファクルさんの言葉に、わたしはうなずいて肯定します。
「違いますよ! 僕はところ構わずアルアクルさんに求婚していますが、あの時、僕はこう言ったんです。『店舗を購入する際の交渉や、食材の仕入れ先とか、僕がいるといろいろ捗ると思いますよ?』って」
「あー……言われてみれば、そうだった気もするな」
「でも、お店はこのとおり、ゲンジさんに譲ってもらったので、僕の出番はなくて。ならば、仕入れでがんばろうかなって思っていたんですけど」
「けど? 早く言う」
イズがクナントカさんの脇腹を突っついて、話の先を促します。
「その必要がないんですよ。気がつけば食材庫に使った分の食材が補充されているので」
「は? ちょ、ちょっと待てクリス。あれ、お前が補充してくれてたんじゃなかったのか?」
ファクルさんが驚いたような顔で、クナントカさんに詰め寄ります。
「違います。僕じゃありません。食材だけじゃありませんよ。香辛料や調味料も、使った分だけ、誰かが補充してくれていたんです」
ちなみに、お肉類は、イズ退治の旅をしている最中に倒した魔物を、わたしのアイテムボックスに保管していて、それを使っています。
「イズも似た経験した」
「イズもですか?」
わたしの言葉に、イズがこくんとうなずきました。
「客が立ち去った後の片付け、面倒くさくてやってなかったのに、いつの間にか綺麗になってた。とても不思議」
「それはわたしがやりました。ダメですよ、お仕事を怠けちゃ」
わたしは、こつんとイズの頭を軽く叩きました。
「明日からがんばる」
いつだったか、クナントカさんが言っていました。それは絶対にがんばらない人の台詞だって。
まったくもうとわたしは怒っているのに、イズは「おこアルア、げきもえ」とかよくわからないことを口走っています。
「まあ、でも――実はわたしにもあるんですよね」
ちょっと転びそうになって、運んでいたお料理を落としてしまいそうになった時、誰かに支えられたのです。
お礼を言おうとして後ろを振り返っても誰もいなくて……。
「この際、俺も告白するが――あるんだよ。テーブルの端に置いてあったはずの器具が、使おうとした時、手元に移動していたことが」
不思議なこともあるものですね。
「あの、ちょっといいですか?」
クナントカさんを見れば、ちょっと蒼ざめた顔をしています。
「自分から話題を振っておいてなんですが、この話、やめませんか?」
「どうしてですか?」
「うちの商会に務めていた人に聞いたことがあるんですよ。こういう不思議な現象を集めて『七不思議』と呼ぶことがあるって。で、そのすべてを知ってしまうと――」
「知ってしまうと……?」
「身に危険が迫るらしいんです……!」
「そ、それは……!」
と、クナントカさんの勢いに思わず驚いてしまったわたしですが、
「あの、それは具体的にはどんな危険なのでしょう?」
「え?」
「たとえば、わたしは元勇者ですから、大抵の危険は対処できる自信があります」
「イズもいる」
「そうでした! なら、大丈夫――なんですかね? どう思います、ファクルさん?」
「俺にわかるわけねえだろ」
「そんなことありません! ファクルさんにわからないことなんて、何ひとつあるわけないじゃないですか!」
「アルアクルの期待が重い! 重すぎる!」
わたしの言葉に、なぜかファクルさんが衝撃を受けていましたが、
「でも、うれしそうなんですよねぇ」
「顔がにやけてる」
クナントカさんとイズの言うとおりでした。
「う、うるせー! 今日はもうあれだ! 寝るぞ!」
というわけで。
諸々後片づけをして、わたしたちはそれぞれ眠りについたのでした。
その日の夜中、わたしは思い出したことがあって、目を覚ましました。
開店から閉店まで、決して休むことなく、手を抜くことなく、一生懸命、調理師続けて疲れていたファクルさんに代わって、お店の戸締まりをしたんですけど。
一カ所だけ、窓の鍵を閉め忘れたのを思い出したんです。
わたしが自分から『お店の戸締まりは任せてください!』って、ファクルさんに言ったのに。
わたしたちがいるこの場所は、迷いの森と呼ばれています。
精霊王の許しがなければ、立ち入ることはできません。
なので、不審な誰かが入ってくることは、ほとんどないと思います。
いえ、そんなこともないですね。だって、先日の件があるじゃないですか。ダーシェル兄です。精霊王がまた気を利かせて、余計なことをする可能性も、決してないわけじゃありません。
もちろん、それ以外にも、誰かが侵入してくることがあるかもしれません。
ファクルさんのお料理が食べた過ぎて、とか。
可能性、ありまくりです!
だから、わたしは寝間着姿のままベッドから抜け出し、窓の鍵をかけにいきました。
いざとなったら聖剣と聖鎧を召喚すればいいだけです。
果たしてわたしは、そこでとんでもないものを目撃することになりました。
わたしが鍵を閉め忘れた窓を、懸命に閉めようとしている、あれは! あれは………………………………………………いったい、なんでしょう?
ふわふわの……毛玉?
わたしの頭くらいの大きさで、細長い手足がついてます。
「じー」
わたしがそうやって見ていると、わたしに気づいたみたいです。
手をわちゃくちゃさせて慌てています。
そして、すぅ……っと、透明になって消えていくじゃないですか。
「待ってくださいっ!」
思わず、むんずと鷲づかみにしてしまったのは、その、何となく握りやすそうだなとか思ったからじゃないですからね?
――というのは嘘です、ごめんなさい。
わたしの手の中で、慌てふためいている毛玉。
なんか、かわいいです!
じゃありません。
「あなたは……なんですか?」








