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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第3章

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28#苛立ちと怒り、その先にある感情は。


 皆さん、こんばんは。

 わたしです。アルアクルです。

 何だか変なことになってしまいました。

 わたしを自分の家に連れて行こうとしていたダーシェル兄だったのに、気がつけばファクルさんに勝負を挑んでいて――。




 ファクルさんとダーシェル兄の間に、緊迫した空気が漂い始めます。

 なのに、それをぶち壊しにする人が現れました。


「あふっ」


 誰かが欠伸を漏らしたのです。


「くっ、なんてかわいい欠伸。さすがアルア。あざとい。いいぞもっとやれ……!」

「アルアクルさん、お代わり希望です……!」


 イズとクナントカさんの言葉で、もうおわかりですね。

 そうです。

 緊迫した空気をぶち壊したのは、わたしでした。

 ごめんなさい!

 でも、仕方ないと思うんです!

 だって……!


「まあ、いつもなら店の後片づけをして、飯を食って、風呂に入って、そろそろ寝るかって時間だからな」


 ファクルさんの言うとおりでした。

 そのファクルさんがわたしをやさしい眼差しで見つめて来ます。

 どうかしたのでしょうか? ――って、そうです!

 わたし、ついさっき、欠伸をしているところを見られたのでした。

 は、恥ずかしいですっ。

 ううっ、穴があったら入りたいとは、まさにこのこと。

 穴、穴はどこかにありませんか!?

 なんならいっそのこと、攻撃魔法を使って穴をぶち開けるのもいいかもしれません!

 なーんて。もちろんそんなことしませんからね? 本当ですよ?

 ――なんてことを思っていたら、ファクルさんが再び口を開きました。


「ダーシェルさん。勝負は明日にしないか?」


 最初は「だが!」とか「逃げるのか!」とか文句を言っていたダーシェル兄でしたが、「逃げるつもりもないし、明日、ちゃんとやるから」というファクルさんの言葉に渋々納得して、そういうことになりました。




 というわけで、次の日になりました。

 二階にある宿屋に宿泊したダーシェル兄が、朝起きてからずっと、勝負をしろとうるさいです。


「やっぱり逃げるつもりじゃないか!」


 ダーシェル兄はいったい何を言っているのでしょう?

 ファクルさんが何をしているのか、見えていないのでしょうか?

 ファクルさんは今、お店で出すお料理の下拵えをしています。

 毎日、多くのお客さんが、ファクルさんのお料理を楽しみにやってきます。

 それに応えるため、ファクルさんは毎日、本当にがんばっているのです。

 どれだけクタクタに疲れても、


「俺の料理を楽しみにして来てくれる人がいるからな。がんばらないわけにはいかないだろ」


 そんなふうに笑って。

 ダーシェル兄に対する苛立ちが募ってきます。


「もう少し待って欲しかったが……わかった。勝負しよう」


 ファクルさんは残りの下拵えを、クナントカさんに任せてもいいか尋ねました。

 クナントカさんは親指を立てて、笑顔で「任せてください!」と応えます。

 わたしがお料理できたら、がんばるのに……!

 今日ほど、自分の料理の腕が壊滅級にひどいことを悔やんだことはありません。


「で、何で勝負する?」

「あんたの得意なことでいい」

「俺の? ダーシェルさんの得意なものじゃなくて?」

「ああ、そうだ。あんたの得意なもので勝負して俺が勝つ! そうすればアルアクルも、あんたなんて大したことないと目が覚めるはずだ!」


 ダーシェル兄がわたしに視線を向けてきましたが、わたしはその視線を無視しました。


「……俺の得意なものってことになると料理になるんだが」

「なるほど、料理か。確かにこんなぼろい店でも、一応、切り盛りしてるみたいだからな」


 ぼろい? 今、ダーシェル兄はぼろいと言いましたか?

 ゲンジさんとその相棒さんが大事にしてきた、このお店のことを――ぼろい?

 苛立ちが頂点に達して爆発しそうになります。

 でも、そうはなりませんでした。

 なぜなら――。


「俺が勝ったら、今の発言を取り消せ」


 ファクルさんが怒ったからです。

 あんなにやさしいファクルさんを怒らせるなんて。


「あいつ、すごい。才能がある。ある意味、尊敬する」

「ねえ、イズ。ある意味をつけてる時点で、まったく尊敬してないですよね」

「衝撃。どうしてわかった?」


 全然、衝撃を受けてない感じで言われても。

 というか、何ですか。その小首をちょこんと傾げた姿は。

 かわいくて思わず抱きしめたくなってしまいそうになるじゃないですか……!

 でも、わたしはグッと我慢しました。

 ふふっ、わたしはやればできる子ですからね?

 ですが、イズの方からわたしに抱きついてきました。


「ドヤ顔をするアルアが尊くて」


 意味がわかりません。


「くぅ~っ、百合百合しい展開! きましたよー!」


 変態が奇声を発しました。

 さて、そんなわけでお料理で対決することになりました。

 ファクルさんとダーシェル兄、それぞれがもっとも得意とする料理を作って、よりおいしいものを作った人の勝ちです。





「勝者、ファクルさんです!」


 わたしの宣言に、イズとクナントカさんが賛同してくれます。

 テーブルの上に並んだファクルさんとダーシェル兄のお料理を食べ比べた結果は、つまり、三人とも同じということです。

 ちなみにファクルさんが作ったのは、パンバーバー? とかいう、パンでハンヴァーグ? という、とてもやわらかいお肉と、新鮮な野菜を挟んで、マヨソースという信じられないくらいおいしいソースで味付けしたものでした。

 そのあまりのおいしさに、お代わりをついついしてしまったのは、ここだけの秘密です。

 一方、ダーシェル兄が作ったお料理は、オークのお肉を焼いて塩を振りかけただけのもので。

 正直なことを言えば、これを料理と呼ぶのはちょっと躊躇われる感じのものでした。

 わたしが食べたのはちょっと焼きすぎで、イズとクナントカさんが食べたのはちょっと生焼けでした。

 この時点で食べるまでもなく結果はわかっていましたが、食べてみてやはり納得の結果でした。

 それでもファクルさんはちょっと不安だったのかもしれません。

 結果を聞いた時、ほっと胸をなで下ろしていました。

 これだけすごいお料理を作れるのに、ファクルさんは謙虚ですね。

 さすがです。尊敬します!

 あと、胸をなで下ろす仕草がちょっとかわいくて胸の奥がきゅんとなりました。

 結果が出た以上、もう勝負はおしまいです。

 わたしたちは当然のようにそう思っていましたが……。


「う、嘘だ! そんなことあるはずない!」


 ダーシェル兄はその結果を受け入れられなかったみたいです。

 顔を真っ赤にして、怒鳴り散らしました。

 テーブルを、ドンッ! と激しく叩きもしました。


「そもそもアルアクルたちが審査員をすることが間違っているんだ! だってそうだろ!? おっさんとアルアクルたちはいわば身内だ。身内に甘くなるのは当然じゃないか!」


 確かに。

 身内に対して甘くなってしまうのは、ダーシェル兄の言うとおりかもしれません。

 ですが、


「そんなこと絶対にしません! ファクルさんはわたしたちがそんなことをしても喜びませんし、そもそもそんなことを求めませんから!」


 わたしの言葉に、ファクルさんがうれしそうな顔をします。


「だいたい、イズたちが最初に審査すると言った時『俺のうますぎる料理を食って驚くなよ』と言っていた」

「ですよね。文句を言うなら、あの時に言ってもらわないと。自分に都合の悪い結果が出てから言うなんて……ちょっとアレじゃないですかね」


 わたしたちの言葉に、ダーシェル兄は「うぐっ」となりましたが、それは一瞬だけでした。


「う、うるさいうるさいうるさい! 俺は公平な審判を希望する!」


 言いがかりにもほどがあります。

 でも、ファクルさんはそれを受け入れました。


「なら、どうする?」

「そ、それは……」


 ダーシェル兄が困ったように唇を噛みしめます。

 わたしたちの視線に晒され、その顔に汗が滲み始めます。


「そうだ! ここは食堂だろ? なら、ここに来た客に判断してもらおうじゃないか!」


 それなら公明正大な判断が期待できると、ダーシェル兄は言いました。

 まるでわたしたちが公平じゃないみたいな言い方です。

 さっきも言ったとおり、ファクルさんが有利になるように判断するとか、そんなことするわけがないのに。

 本当にダーシェル兄のお料理がおいしかったら、わたしはダーシェル兄の勝ちだって言っていました。

 だから、この結果を受け入れようとしないダーシェル兄に対してわたしは苛立って……。


「……いえ、違いますね。この気持ちは……」


 開店時間に向けて、ダーシェル兄が気合いを入れ直していました。




 お客さんたちに事情を説明して、ファクルさんとダーシェル兄のお料理、どっちがおいしいか判断してもらいました。

 その結果、ダーシェル兄の――。


「圧倒的負け、ですね」


 ギリッと、ダーシェル兄が歯を食いしばる音がわたしの耳まではっきりと聞こえてきました。


「……そ、そもそもおっさんの料理を食べに来た連中だ! まともに判断するわけがなかったんだ!」


 そうしてダーシェル兄が言い放ちました。


「……さすがに呆れた。これだけ客観的事実を突きつけられているのに、それでもまだ自分の負けを認めようとしないなんて」

「毎日アルアクルさんに告白して振られている僕ですが、それでもこれはちょっと引きますね……」


 イズとクナントカさんの言葉に、お客さんたちが激しく同意を示しました。

 わたしは、黙ってダーシェル兄を見つめています。

 イズが言うように、これだけ客観的事実を突きつけられても、ダーシェル兄は負けを認めようとしません。

 いえ、こうなったら、何をやっても負けを認めようとしないのかもしれないです。

 ダーシェル兄にファクルさんが言いました。

 なら、どうすると。

 料理勝負に納得がいかないなら、どうすれば納得がいくのかと。

 ダーシェル兄が選んだのは、武器を持って戦うことでした。

 自分は冒険者だからと。

 しかも聞いてもいないのに、Bランク冒険者だと告げてきます。

 自信満々でした。

 確かに実力はすごいのかもしれません。

 いえ、普通にしていてはなれないランクです。

 相当がんばったのだと思います。

 孤児院の卒院を余儀なくされたみんなを受け入れるためのお家を作るために。

 その志は立派だと思いますし、純粋に尊敬もできます。

 ファクルさんはお客さんたちに申し訳ないと断りを入れてから、ダーシェル兄と戦うことにしました。

 お店の前に出て、ふたりが向かい合って対峙します。

 お互いの手には武器が握られていて。

 張り詰めた空気が、弾けます。

 一閃、でした。

 ファクルさんの刀が閃いたと思ったら、ダーシェル兄の剣を見事に真っ二つにしていたのです。

 この結末に誰より驚いていたのはダーシェル兄でした。

 始まる前、自分から冒険者ランクを告げたほどですから。

 よっぽど自信があったのだと思います。


「……嘘だ、こんなの絶対に嘘だ! 俺は絶対に認めないぞ! 何か、そう、何かインチキしたに決まってるんだ! 汚いぞおっさん! 正々堂々と俺と――」


 戦え、とそこまで言った時、乾いた音が響き渡りました。

 ぱん、と。

 それはダーシェル兄の頬が叩かれる音。

 叩いたのはファクルさんです。

 わたしが叩く前に、ファクルさんが叩いていたのです。


「いい加減にしないか。アルアクルが悲しんでいるのが、ダーシェルさんにはわからないのか?」

「え……?」


 呆然とした表情で、ダーシェル兄がわたしを見ます。

 そうです。

 ダーシェル兄のワガママというか、自分勝手な行動に最初は苛立ち、怒りを覚えていました。

 でも、それが頂点に達した時、わたしの中にあった激しい感情は、すべて悲しみに変わりました。


「昔、一緒に遊んだ時、わたしが怪我をしてダーシェル兄がおんぶしてくれましたよね」

「あ、ああ」


 突然、わたしがそんなことを言い出した理由がわからないのでしょう。

 ダーシェル兄が困惑しています。


「夜、なかなか眠れないとみんなが騒いでいた時、お話ししてくれたこともありました」

「……そうだな」

「あの時はダーシェル兄のお話が楽しすぎて、逆に眠れなくなって。院長先生に怒られたりして」


 その時のことを思い出して、わたしは笑いました。


「本当に、いろんな思い出があります。でも、もう忘れます」

「え……?」

「自分の負けを決して認めようとしない。人に迷惑をかけているのに、そのことを少しも申し訳ないとも思わない。そんな人と知り合いだなんて思われたくないですから。だから、ダーシェル兄――いえ、あなたとのすべてを忘れることにします」


 普通に言ったつもりでした。

 でも、そうじゃなかったんですね。

 わたしはファクルさんの胸に抱きしめられていました。


「……泣くな、アルアクル。アルアクルには笑顔の方が似合ってるんだから」


 やさしい声がわたしに降り注ぎます。

 そうですか。

 わたし、泣いているんですね。

 ファクルさんの胸に、わたしは自分の顔を押しつけました。

 やさしい、ファクルさんの匂いに包まれます。


「どうする、ダーシェルさん? まだ勝負するのか?」


 ファクルさんに抱きしめられたわたしの耳に、かすれたダーシェル兄の声が届きます。


「………………………………………………………………………………………………………………ま、負けました」


 と。

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