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03#おっさんと一緒に旅をします。


 皆さん、昨日ぶりです。

 わたしです。アルアクル・カイセルです。

 ごくごく一部の方に「食いしん坊勇者」だと思われているようですが、違います!

 わたしは食いしん坊じゃありません! 人より食べることが好きなだけです!

 あと、食べる量が人より多かったりしますが、でも、本当にそれだけです!

 断じて「食いしん坊勇者」じゃありません!

 そこのところ勘違いしないでください! よろしくお願いします!

 それにしても……あんなに食べてるのに、どうしてわたしはいつまで、つるーんで、ぺたーんなんでしょうか……? 世の中は不可解なことばかりですね。

 いえ、理不尽……といった方がいいのかもしれません……。




 さて、ドラゴンを退治してお祭り騒ぎがあった次の日。

 わたしはファクルさんとともに、村の人たちと冒険者の皆さんに盛大に見送られて、出発することになりました。 


「それでファクルさん。ファクルさんはこれからどうするんですか?」


 隣を歩くファクルさんを見上げながら、わたしは言いました。

 ずんぐりむっくりした体型のファクルさんですが、わたしより大きいので、どうしても見上げる形になるのです。


 そしてファクルさんから果物の匂いが漂ってきます。やっぱりいい匂いです。くんくんしたくなります。

 してしまいました。仕方ありません。久しぶりにファクルさんと一緒に過ごせるんですから。くんくんしないわけにはいかないのです!


「これからか……って嬢ちゃん、何してるんだ?」


「ファクルさんの匂いをかいでました」


「そうか――じゃねえ! 何してるんだよ!? ……もしかしてくさいか?」


 ファクルさんが自分の匂いをかぐように、鼻を動かします。


「いいえ! まったく!」


「そうか。なら一安心――」


「むしろおいしそうな匂いです!」


「安心していいのかそれ!? というか、前にもそんなこと言ってたな」


 ファクルさんが呆れたような顔になりました。


「嬢ちゃんは本当に食いしん坊だなぁ」


「なっ、違います! わたしは食いしん坊じゃありません! 断固抗議します!」


「はいはい、わかったわかった」


「全然わかってくれてませんよね!?」


「なら、おやつにしようと思って用意してきたドーナツ、俺が食べてもいいよな?」


 ファクルさんが村の宿屋の厨房を借りて作ったのでしょう。

 ファクルさんが作るお料理はどれもほどおいしいわけですが、デザートは格別に素晴らしいのです!

 わたしは『ぷりん』とかいうのがお気に入りですが、『どーなつ』とかいうのも、大好きだったりします。


「ファクルさんは女の子をいじめる、悪い大人です!」


「ちょ、人聞きの悪いことを言うなよ!」


「本当のことだから仕方がありません!」


「いやいや、本当のことじゃねえから!」


「なら、どーなつ……わたしに多くくれますか?」


「わかった。やるよ。やればいいんだろ?」


「言わされてる感が満載で、誠意が感じられません。やっぱりファクルさんは悪い大人です」


「そんなことありません! 嬢ちゃんに心の底からドーナツを多くあげたいと思っています!」


「そうですか。ファクルさんがそこまで言うなら仕方ありません。受け取りましょう。本当に仕方なくですからね? 勘違いしたらダメですよ?」


「……やっぱり食いしん坊じゃねえか」


「何か言いましたか?」


「腹ぺこ勇者って言ったんだよ」


「食いしん坊よりひどい感じに聞こえます!?」


「あははは」


「笑って誤魔化さないでください!」


 まったくもうと怒っているのに、ファクルさんは笑いながらわたしの頭をぽんぽんと撫でまくります。

 こんなことでわたしの機嫌が直るとでも思っているのでしょうか? 失礼な人だと思いませんか?

 今回だけ――そう、今回だけ、特別に許してあげますけど。えへへ。


「で、俺がこれからどうするかって話だったよな」


「え、何がですか?」


「……嬢ちゃんから聞いてきたと思ったんだけどな」


「わ、忘れてたわけじゃないですよ?」


「……嬢ちゃん、勇者だし、めちゃくちゃかわいいんだけど、割とポンコツだよな」


 ファクルさんがわたしに聞こえない小さな声で何かを呟いて、とてもやさしい眼差しで見つめて来ます。

 何でしょう? 少しドキドキしますね。


 ファクルさんがため息を吐き出してから、話してくれました。


「王子様たちに役立たずだからってパーティーを追放されて……って嬢ちゃん、そんな悲しそうな顔するな。俺ならもう気にしてないから」


「でも!」


「美人が台無しだ。だからほら、笑ってくれ」


 び、美人って言われました!

 あ……何とかという王子様たちに同じようなことを言われていましたが、ちっとも心に響かなかったのに。

 どうしてファクルさんに言われると、こんなにドキドキするんでしょう。不思議です。謎すぎます。


「それによ、本当にもう気にしてないんだ。だって、思い出したんだよ」


「思い出した、ですか?」


「ああ、そうだ。俺、食堂を開きたかったんだよ」


 ファクルさんは教えてくれました。


 ずっと昔、わたしぐらいの年齢だった頃、ファクルさんは自分が作った料理を振る舞う、食堂を開きたいと思ったことを。

 けど、実家が貧乏ですぐにでもお金を稼ぐことができる冒険者になることしかできず、日々、冒険者として過ごしているうちに、食堂を開きたいという夢はすり切れ、忘れてしまっていたということを。


「俺は所詮、Cランクの冒険者だ」


 冒険者ギルドにはランクがあります。

 下からF、E、D、C、B、A、S、SS、SSSとなっていて、Cランクになって、ようやく一人前の冒険者と認められるらしいです。

 で、そこから上のランクになるには実力だけでなく、運やら何やらが必要になってくるそうで。


 ファクルさんにはそれが足りずに、万年Cランクで燻っているおっさんだと、冒険者ギルドでは陰口を叩かれていたらしいです。

 その人たちはファクルさんの何を見て、そんなふうに思ったのでしょうか。まったく腹立たしいです。

 ファクルさんはとってもすごい人なのに!

 わたしにいろんなことを教えてくれた、本当にすごい人なのに!


「所詮なんかじゃありません! ファクルさんは凄腕のベテラン冒険者です!」


「そんなことを言ってくれるのは嬢ちゃんだけだ」


 困ったように、でも、どこか照れくさそうに、ファクルさんは笑いました。


「まあ、けど、そんなのはもうどうでもいいんだ。今回のことがキッカケになった。踏ん切りがついたんだ。俺は冒険者を辞めて、食堂を開く。自分のペースで、のんびり、ゆったり。あれだな、引退冒険者のスローライフってやつだ」


 覚悟を決めたのでしょう。言い切ったファクルさんの顔には迷いなんてものはなくて……その横顔に見とれてしまいます。


「? どうした嬢ちゃん、ぼーっとして」


「ファクルさんに見とれていました」


「は?」


「あ、な、何でもありません!」


「そ、そうか」


 なぜか熱くなってしまった顔をファクルさんに見られたくなくて、わたしはそっぽを向きます。

 だから知りませんでした。ファクルさんがわたしと同じように、耳まで真っ赤になっていたなんて。

 もしこの時、わたしがそっぽを向いていなかったら、きっと視線を逸らして照れた顔を隠すファクルさんの姿を見ることができたのに。




 馬車や人が踏み固めてきた道を、わたしたちは歩き続けます。


「その食堂はどこで開くか決めてるんですか?」


「いや、まだ決めてない。その前に故郷に戻って、家族に顔を出してもいいかなって思ってて」


「なるほど。ちなみにファクルさんの故郷は?」


「ヌーリ地方の田舎だよ」


「けっこうな長旅になりそうですね」


「だな――――――ってちょっと待て」


 ファクルさんが足を止めました。どうしたんでしょうか?


「嬢ちゃん、ついてくるつもりか?」


「はい、そうですけど?」


「いや、そこで不思議そうに首を傾げられてもな。……かわいいが」


 ファクルさんが最後、聞こえない声で呟きます。


「何でだ? どうしてついてくる?」


「そんなの決まっています。好きだからです!」


 ええ、そうです!

 ファクルさんにわたしがついて行く理由はひとつしかありません!


「大好きなんです! ファクルさんの作るお料理が……!」


「くっ、わかっちゃいたけど……このポンコツ娘の発言は心臓に悪いっ!」


 ファクルさんが胸元を押さえて、苦しそうな表情をします。


「てか、その物言いはなんだ!? あれか? 俺の純情を弄んでいるのか!? そうなのか!?」


「あの、ファクルさん……大丈夫ですか?」


「え? あ、ああ、大丈夫だ。別に何ともない」


 言いながら、ファクルさんがわたしの頭を撫でました。

 心配かけて悪かったな、と言いながら。


「って、悪い。嬢ちゃんのこと、撫ですぎだよな。今さらだけど」


「そんなことありません。わたし、好きですから」


「ま、またか。……どうせあれだろ。撫でられるのがとか、そういう話だろ?」


「そうですね。ファクルさんに撫でられるの大好きですし」


「……え、俺限定?」


「それに、ファクルさんの手は大きくて、ごつごつしていて、何だかとっても頼りがいのある感じがして、好きなんです」


「……………………そ、そうか」


「はい!」


 どうしたんでしょうか。ファクルさんがそっぽを向いてしまいました。わたし、何か変なことを言ってしまったんでしょうか?

 気になって聞きましたが、ファクルさんは教えてくれませんでした。


「ファクルさんはケチです!」


 ファクルさんの肩の辺りを叩きます。


「ああ、もうケチでいいよ……」


 なぜかとても疲れたような顔で言われてしまいました。

 ケチでいいとか、ファクルさんは変な人ですね。


 そんな感じで、わたしたちが街道を歩いていた時でした。

 道の真ん中に馬車が止まっているのが見えました。

 それだけなら気にせず通り過ぎたのですが、その周囲に人が倒れていたのです。


「どうかしたんでしょうか?」


「倒れてる奴らの装備からすると……盗賊とか、そんな感じか?」


 だとすると、襲われたということなのでしょうか。

 わたしたちは顔を見合わせ、駆けつけます。

 馬車の中から切羽詰まった声が聞こえてきます。


「クリス様、しっかりしてください!」


「どうした!? 何があった!?」


 ファクルさんが馬車の中に乗り込みます。 中にいたのは、わたしと同じような金色の髪をした女の子と、その女の子に必死に呼びかけるイケメン二人でした。

 そして話を聞けば、旅をしていたところ、盗賊たちに襲われ、何とか撃退したものの、盗賊のうちの一人が毒のついた刃でもってク……何とかと呼ばれた美少女を傷つけたというのです。


「なるほど、そういうことですか。なら、わたしに任せてください」


 イケメンさんが「何を言っているんだこいつ?」という顔をした後、わたしを見つめ、ぼーっとします。

 わたしの顔に、何か変なものでもついているんでしょうか?

 気になりましたが、今は時間がありません。


「わたし、回復魔法を使えますので」


 神官さんが使っているのを見ていたら、覚えることができたんです。


「頼む、嬢ちゃん」


 ファクルさんにそう言われたら、がんばらないわけにはいきません!

 それに、この美少女には、他の人には感じることができないものを感じられるのです。


 それが何なのか……とても複雑で、とても言葉に表すことはできません。

 それでもあえて形にするとすれば……同志、でしょうか。

 同じつるーんで、ぺたーんな人生を強く生きましょう……!


 さて、そんなわけでわたしは気合いを入れて、回復魔法を美少女に施しました。

 わたしの手のひらから目映いながらもやさしい光が放たれ、美少女の体に吸収されていきます。


「これで大丈夫です」


 それからさほど時間が経たないうちに、美少女が目を覚ましました。

 わたしを見て、呟きます。


「女神様だ……」


 この子は何を言っているのでしょう?

 わたしは普通の女の子です。


「もう大丈夫だと思いますが、しばらくは安静にしておいた方がいいと思います。それでは」


 心の中で同志を励ましながら、わたしはファクルさんとともに、歩き出します。

 そんなわたしたちを、美少女が引き留めます。


「あ、あの! 僕と結婚してくださいっ!」


 何を言っているんでしょう?


「女の子同士では結婚できませんよ?」


「え? もしかしてあなたは男性なんですか?」


「いえ、わたしは女の子です」


「なら、大丈夫です! 僕は男ですから!」


「……わたしの耳がおかしくなったんでしょうか?」


 ファクルさんを見ます。


「大丈夫だ。俺にもちゃんと聞こえたから」


「では……本当に? あなたは男性なんですか?」


「はいっ! だから結婚しましょう!」


「お断りします」


 内心、裏切られました! とショックを受けながら、わたしはそう言いました。

 男の人なら、つるーんで、ぺたーんなのも当然ですね。ぐぬぬ……仲間を見つけたと思ったのに。


「そうですかっ。では結婚式を挙げ――って、今、なんて!? 僕の聞き間違いでなければ、断るって言いましたか!?」


「大丈夫ですよ、聞き間違いじゃありません。ちゃんと言いました」


「そ、そんな……僕と結婚したいという人は星の数ほどいるというのに……」


 そんなにたくさんの方にプロポーズされているんですね。


「すごいな、おい」


 ファクルさんが感心しています。


「興味があるんですか?」


「あ、あれ? なんか嬢ちゃん、怒ってる……?」


「怒ってません!」


「いや、怒ってるだろ!?」


「怒ってないでぷー!」


「かわいいな、おい! じゃなくて。怒ってるよな!?」


 本当に怒ってません。ただちょっと、胸の奥がモヤモヤしただけです。

 何ででしょうか。ファクルさんがたくさんの方にプロポーズされているのを羨ましそうにしているように見えただけなのに。それだけで……なんでこんな感じになるのでしょう? とても不思議です。


「話がそれだけなら、わたしたちはこれで失礼しますね。いきましょう、ファクルさん」


 わたしはファクルさんの脇腹をつねりながら、その場から立ち去ります。


「い、痛い、痛いぞ嬢ちゃん!」


「これぐらいの痛み、ファクルさんならへっちゃらです! わたし信じてますから!」


「何そのよくわからない信頼感!?」


 驚きながらも、ファクルさんは何だかうれしそうでもありました。痛いのがうれしいんでしょうか? だとしたらファクルさんは変な人です。まったく困った人ですね。ふふっ。


「ていうか、いいのか嬢ちゃん? あいつはけっこうなイケメンだぞ……? それなのにプロポーズを断っても」


「興味がないので」


「その顔を見る限り本気で言ってる感じなんだよなぁ……」


「もちろんです。これっぽっちも、微塵も、まったく興味がありませんからね」


「も、もう辞めてあげて! あいつの生命力はもうないから!」


 ファクルさんが、馬車から飛び出してわたしたちを追いかけてこようとした美少女――じゃなかったですね。

 男の子のことを、そうやってかばいました。


 無理もありません。回復魔法で傷を治して、体から毒を抜いたとしても、体力まで戻ったわけじゃないですからね。

 だから、馬車から飛び出すなんて無茶な真似をしたら、生命力が大変なことになるのは当然です。

 でも、一緒にいるイケメンさんが何とかしてくれるはずです。

 今も「気をしっかり持ってください! 若様!」「大丈夫ですよ、若様はかっこいいですから!」「さす若!」とか応援してますし。


「……まあ、王子様たちのプロポーズを蹴ったくらいだもんなぁ。顔がいいってぐらいじゃ、嬢ちゃんがなびくわけねえか」


 ファクルさんが何か呟いて、苦笑しました。


「そんなことより、ファクルさん。ファクルさんがどんな食堂を開くのか知りたいです! 間取りとか、メニューとか! デザートは出ますか? ぷりんとか、どーなつは絶対に出して欲しいです! あとはあとは……!」


「落ち着け、嬢ちゃん。時間はいっぱいある。ちゃんと話すから」


「はい……!」


 時間はいっぱいある。

 それはファクルさんがわたしの同行を認めてくれたということ――ですよね?

 そう思ったら、わたしはうれしくてたまらなくなってしまいました。


「ファクルさん、ありがとうございます!」


「何だよ急に、礼なんか言って」


「えへへ、秘密です!」


「……変な嬢ちゃんだなぁ」


 ファクルさんが笑います。

 わたしも笑います。


 これから先も、こんなふうに過ごせるんですね。ファクルさんと一緒に!

 わたし、本当にうれしいです!

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