27#兄の心、勇者は知らず。
ああ、どうしましょう!? どうしたらいいのでしょう!?
今ならわたし、空を自由自在に飛べるかもしれません!
……って、違います違います!
み、皆さん、ごきげんよう。
わたくし、アルアクルです――って、まだ落ち着けてません!?
こういう時は深呼吸です!
ひっひっふー。
よし、ばっちり落ち着きました。
どれぐらい落ち着いているかといえば、燃えさかる火山のごとくです!
……あれ? やっぱり落ち着いてませんね?
ま、まあ、それはさておきです!
ファクルさんがわたしのことを『大事な人』と言ってくれました!
あのファクルさんにですよ!?
こんなにうれしいことはありません!
今日を『ファクルさんに大事な人と言ってもらえた記念日』として、一生涯忘れることなく、祝い続けていくことをここに違いたいと思います……!
「おい、クナントカ。さっきからアルアの顔の締まりがなくなって、とても大変なことになっている」
「確かに美少女がしてはいけない感じの表情ですね……でも、イズヴェルさん。あれはあれで何というか」
「尊い」
「そのとおり……!」
イズとクナントカさんが両手を高く掲げて打ち合わせる音に、わたしはハッとしました。
いけません、いけません。
気持ちを引き締めなければ……!
だって、ダーシェル兄の問題は、まだ片付いていませんから!
わたしは頭を振って、桃色に染まった思考を追い払います。
頭の天辺でまとめた蜂蜜色の髪の毛先が、たしたしっ! と顔にぶつかります。
痛いです。
でも、そのおかげもあって、ちゃんと気持ちを切り替えることができました。
さあ、問題を片づけるため、がんばりますよ!
「もう一度言う! アルアクルは俺の大事な人だ! だからダーシェルさん、あなたに渡すわけにはいかない!」
な、な、何ということでしょう……!?
ファクルさんったら、もう一回言ってくれましたよ!?
しかも、さっきより強い口調だったような気がします!
「ファクルのやつ、さっきの勢いを利用して、もう一度告白してきた」
「というより、今言っておかないと、今後告白できないと思っているからだと思いますよ」
「さすがはヘタレの中のヘタレ」
「極まってますよねぇ」
「おいそこの魔王と変態ちょっと黙れ!」
「図星を指されたからと言って、そんな顔を真っ赤にして怒らなくてもいいじゃないですか」
「おっさんの照れ顔とか誰得」
「本当黙ろうな!?」
ファクルさんとイズたちが楽しそうにやりとりしています。
「というかファクル。どうせなら『アルアクルは俺のすべてだ』くらい言えばいいのに」
「なっ、ちょっ、それは……!?」
「それなら、むしろ『アルアクルは俺の命だ!』の方がよくないですか?」
「いっそのこと、『アルアクルなしじゃ、俺は生きていけない!』ぐらい言い切った方がいい」
イズたちが言うたびに、ファクルさんが「はぁっ!?」とか「うぇっ!?」とか「そこまで!?」と口にしながら、その顔がどんどん赤くなっていきます。
実際、ファクルさんの口からそんなふうに語られたら、わたし自身、大変なことになります! 断言できます!
だって、想像しただけで、頭がぽーっとなって、胸の奥で心臓が大変なことになっているんですから。
だから、その、あれです。
今はまだ、そういうのは早いということでお願いしたいです。
勇者なわたしですが、それはまだ耐えられない気がするので。
ぜひ!
そんなふうに思っていたら、
「って、俺のことを無視するなぁっ!」
ダーシェル兄が叫び出しました。
そういえばさっきから妙にぷるぷる震えているなと思っていたのですが……叫ぶ前の溜めだったんですね。
「「「あ」」」
ファクルさん、イズ、クナントカさんの声が重なりました。
「本気で忘れてたのか!?」
みんな、ダーシェル兄と視線を会わせようとしませんでした。
変な空気が漂う中、ダーシェル兄が何度か咳払いをしました。
どうやら変な空気を払拭したいみたいです。
ファクルさんも同じように咳払いをして、ダーシェル兄に協力していました。
ふふっ、ファクルさん、やさしいです! 尊敬します!
「ん? どうした、アルアクル?」
「大好きです!」
「ぶはっ!?」
ファクルさんが盛大に噴き出しました。
「い、いきなり何を言い出して――!?」
「あ、すみません! さすがファクルさんと言おうとしたんですけど、ちょっと間違えてしまいました」
失敗です。
「大丈夫、問題ない」
「なんでイズヴェルが応える?」
「決まってるじゃないですか。応えたいからですよ!」
「いや決まってないからな? というか、クリスが自信満々に言うことじゃないよな……?」
「ヘタレのくせに細かい」
「ですよねー」
「今日の俺はヘタレじゃねえし!」
「その言い方だと、普段はヘタレだと認めているようなもの」
「ぐっ、うるせえな!」
なんて。
和気藹々に盛り上がるファクルさんたちでしたが、再びダーシェル兄がぷるぷる震え始めました。
「だから俺のことを無視するなよっ! 何回指摘させれば気が済むんだっ!」
だんだんっ! とその場で足を踏みならします。
「くそっ、お前らいったい何なんだ!? 仲良すぎるだろ!」
「こいつは何を言っている? イズたちが仲がいいとかあり得ない」
「そのとおりですよ! 僕たちはアルアクルさんを巡って恋の火花を散らす者同士! なれ合うことは決してありません!」
「クナントカの言うとおり。絶対になれ合わない」
「ですよね!」
「ふたり一緒にうなずいている姿を見せられても納得できねえと思うんだが」
ファクルさんがジト汗を流しながら言いました。
「てかあれだよ。さっき聞き逃せないことを聞いた気がするんだけど……アルアクル」
ダーシェル兄がわたしを見ます。
何でしょう?
「お前、あのおっさんのことが好きなのか?」
「何を言ってるんですか?」
「だよな、そんなことあり得るわけ」
「好きに決まってるじゃないですか……!」
当たり前のことを言わせないで欲しいです!
「マジかよ!?」
なぜダーシェル兄は衝撃を受けているのでしょう?
不思議です。
「あいつ、おっさんだぜ?」
「そうですよ?」
「目は垂れ目だし、顎髭も微妙な感じで伸びてるし、おまけにずんぐりむっくりしてるんだぜ?」
「最高に素敵ですよね!」
「いやいやおかしいだろ!?」
「え?」
わたしがよくわからないという感じで首を傾げると、ダーシェル兄も同じような感じで首を傾げます。
ちょっと意味がわからないですね。
「ダーシェル兄は何を言っているんですか?」
「それはこっちの台詞だ! あんなおっさんのどこがいいんだ!」
「知りたいですか!?」
わたしは前のめりになりました。
「出ますよ! アルアクルさんによるファクルさんのいいところをつらつら挙げまくる、怒濤の攻撃、いえ、口撃が!」
「そしてヘタレが悶えるまでがお約束」
クナントカさんたちが何か言っていましたが、わたしはファクルさんの素敵なところをダーシェル兄に語りました。
ファクルさんのことなら、どれだけでも語れる自信がありますから!
ファクルさんの魅力は外見に留まらず、その立ち居振る舞い、そのあり方、お料理――本当に多岐にわたっていろいろありすぎます。
外見の魅力を語り終え、立ち居振る舞いに移ろうとした時でした。
「もういいっ! もう聞きたくないっ!」
ダーシェル兄が耳を塞いでしまいました。
まだまだあるのに。残念です。
「ダーシェルさん、まあ、その、なんだ。すまんな」
わたしが語っている間、真っ赤になってゼェハァ悶えていたファクルさんが、ダーシェル兄に謝ります。
なのに、ダーシェル兄はそんなファクルさんを睨みつけると言いました。
「おっさん、俺と勝負しやがれ! 俺が勝って、おっさんなんて大したことないって、アルアクルに気づかせる! アルアクルの目を覚まさせてやるぜ!」
えっと、どういうことでしょう?
そんなわたしの疑問に、
「簡単な話。アルアに好かれているヘタレに嫉妬しただけ」
イズと、
「ようするに、自分の方がすごいんだってことを証明して、自分のことを好きになってもらいたいっていうことですよ」
クナントカさんが教えてくれました。
なるほど、そういうことですか。
ファクルさんが負けるはずがありません。
だってファクルさんはすごいんですから!
でも、あれ?
わたしの記憶が確かなら、そういう話をしていたわけじゃなかったような気がするんですけど……あれ?








