25#広がる波紋。
皆さん、こんにちは。
わたしです。アルアクルです。
わたしのことをよく知る人物との再会はうれしさをもたらしてくれました。
でも一方で、思わぬ波紋を広げることになりそうで……。
「お前、アルアクルか!?」
その人はわたしを見るなり、大声で叫びました。
ぼろぼろに傷ついた革の鎧を身にまとって、腰にはロングソードがつり下げられています。
食材を持参してきた。
すでに常連になりつつあったドラゴンさんがそんなことを言って差し出してきたのは、傷つき血だらけになった冒険者さんでした。
食材というのはもちろんドラゴンさんの冗談で、実際はファクルさんのお店のすぐ前で倒れていたらしいです。
ここは迷いの森と呼ばれる場所。
精霊王さんの導きがなければ、たどり着くことができません。
ならばこの人にも、精霊王さんの導きがあったのでしょう。
意識を失った冒険者さんを、二階の宿屋に連れて行きました。
最初はファクルさんが運ぼうとしたのですが(さすがファクルさんです!)、ファクルさんがいなくなったらお料理が出せなくなってしまいます。
クナントカさんもお料理はできますが、ファクルさんのそれにはまだまだ及びません。
なので、わたしが運ぶことにしました。
こう見えてわたしは勇者で、力持ち。
さらに回復魔法も使えます。
それにあれです。
接客しかできない、ダメな店員ですからね。わたしがちょっと席を外しても大丈夫です!
べ、別に全然気にしてないですからね!? 勘違いしたらダメですよ!
でも、時々考えるんですよ。
わたしだって練習すればお料理できるんじゃないかって。たぶんなんですけど。
………………。
すみません。ちょっと見栄を張ってしまいました……!
そんなこんなで二階の宿屋まで冒険者さんを運んだわたしは、ベッドに寝かしつけると、回復魔法を使いました。
効果は抜群で、傷はすぐにふさがりました。
荒かった呼吸も落ち着きを取り戻し、じきに意識も取り戻すはずです。
そう思ったわたしはお店に戻ろうとしました。
こうしている今もお客さんは押し寄せてきていて、大混雑しているはずですからね。
接客しかできないわたしとしては、華麗にお客さんを捌いて、ファクルさんのためにがんばりたいのです! ふんす!
でも、それはできませんでした。
その冒険者さんが意識を取り戻して、わたしを見て、わたしの名前を呼んだのです。
どうしてこの人がわたしの名前を知っているのでしょう。
そう思っていると、冒険者さんがさらに言葉を重ねてきます。
「俺だよ俺! ダーシェルだよ!」
「ダーシェル……?」
どこかで聞いた覚えがあります。でも、どこで聞いたのでしょう?
うーん。
「あー、やっぱり覚えてないかぁ。昔からアルアクルは人の名前を覚えるのが得意じゃなかったからなぁ」
その言い方……まるでわたしのことを昔から知っているみたいです。
「初めて会った時もそうだったし、しばらく経ってからもやっぱりそうだったし、やっと名前を覚えてもらえた時はすっげーうれしかったんだよなぁ」
冒険者さんが懐かしむような口ぶりで呟き、顔をくしゃくしゃにする感じで微笑みます。
この笑顔、見覚えがあります!
でも、わたしの記憶の中にある人は、目の前の人よりずっと幼くて……。
いえ、それは当然ですね。
だって、この人はずっと昔、「冒険者になる!」と息巻いて、孤児院を卒院していって、こうして会うのは数年ぶりなんですから。
「お久しぶりです、ダーシェル兄」
「思い出してくれたのか!?」
冒険者さん――ダーシェル兄が破顔しました。
久しぶりの再会に、わたしとダーシェル兄は昔話に花を咲かせました。
みんなで一緒に湖に遊びに行ったこと。
そこで大きな魚を釣り上げて、みんなで食べたこと。
話題は尽きることなく次から次へと溢れてきます。
「それでダーシェル兄、どうしてあんな怪我をしていたんですか?」
「それは……」
ダーシェル兄が言うには、冒険者ランクを上げるため、無理とわかっていても、この付近に最近ちょくちょく現れるようになったドラゴン退治を引き受けたのが原因とのこと。
……ドラゴンって、あのドラゴンさんのことですよね?
だとしたら、原因はファクルさんのお料理ですか。
普通の人にしてみたら、ドラゴンは充分に脅威ですからね。
お客さんとして接している分には、そんなことまったくないんですけど。
というか、あれですね。
「ダメじゃないですか、ダーシェル兄。そういう見極めができるかどうかも、冒険者にとっては必要なことなんですよ?」
「申し訳ない」
しゅんと項垂れる姿は、昔と変わっていませんね。
「えっと、俺の怪我を治してくれたのってアルアクルだよな?」
「そうです。わたしです」
「ということは、やっぱり噂は嘘だったのか」
「噂ですか?」
「アルアクルが勇者として魔王を退治したって噂だ。回復魔法が使えるのは神官だろ?」
確かに。一般的にはそう言われています。
「それに、アルアクルみたいな女の子が勇者のわけないよな」
「いいえ? わたしは勇者ですよ?」
「は?」
信じられないという顔をしているので、聖剣と聖鎧を召喚して見せました。
これは勇者にしかできないことですから。
「ほ、本当だったのか」
どうやら信じてもらえたようです。
「でも、じゃあ、なんでこんなところにいるんだ? だってこの世界を救った勇者なら、国王様とかに褒美とかいっぱいもらえたんじゃないのか?」
首を傾げるダーシェル兄に、わたしはここに至るまでの話をしました。
ファクルさんとの出会い、過ごした時間の大切さ。
クナントカさんやイズが合流したこと。
それからの日々、いろんなことがあったと。
あ……何とかという王子様たちに関する部分は思い出したくもないことなので語りませんでしたが、それ以外は楽しいことばかりで、気がつけばダーシェル兄が呆気にとられるほど饒舌に語っていました。
「わ、わかった! わかったから! もう充分だから!」
ファクルさんについて、まだまだいっぱい語ることがあるのに……とっても残念です。
わたしの話を遮ったダーシェル兄は、ファクルさんたちに挨拶がしたいと言い出しました。
それを拒む理由がありません。
なので、わたしはダーシェル兄を連れて、食堂に向かいます。
食堂はまさに修羅場でした。
いつも以上に混雑しています。
「アルアクル、いいところに来てくれた! アルアクルがいないとどうにも回らなくて……手伝ってくれるか?」
ファクルさんのお願いを、わたしが断るわけがありません!
「もちろんです! 任せてください!」
ダーシェル兄にはちょっと待ってもらうことにして、わたしはお店を手伝いました。
混雑はすぐに解消しました。
「ありがとう、アルアクル。アルアクルのおかげで助かった」
ファクルさんに頭を撫でられます。うれしいです! えへへ。
でも、まだまだ気は抜けません!
なぜなら閉店時間までまだありますから。
というわけで、最後までがんばりました。
閉店後、ぐったりしていると、ダーシェル兄が所在なげにしていることに気がつきました。
すっかり忘れていました。
わたしは慌ててダーシェル兄をファクルさんたちに紹介します。
「わたしと同じ孤児院にいたダーシェル兄です」
「よろしく」
途端、騒ぎ出したのはクナントカさんです。
「アルアクルさんのお兄さんなんですか!?」
ただ同じ孤児院で育ったというだけで、血のつながりはありません。
ダーシェル兄と呼んでいるのは、他のみんながそう呼んでいたからです。
「つまり、アルアにとってこいつは『ダーシェル兄』という名前という認識?」
イズの言葉にうなずきます。
「よくわかりましたね?」
「イズはアルアのことが大好きだから」
イズが思いきり抱きついてきます。
わたしはその頭を撫で撫でしますが、微妙に返事になっていませんよね?
それと、わたしの胸にぐりぐりと顔を埋めた後で、何やらドヤ顔をファクルさんに向けているのは、どうしてでしょう?
「ヘタレにできないことをやってのけるイズ。さすがは魔王。そこに痺れる憧れる」
イズが何を言いたいのか、わたしにはよくわかりません。
ですが、ドヤ顔のイズはかわいいので、さらに頭を撫でてあげました。
かわいいは正義。
クナントカさんの言葉を用いるのは苦々しいというか、釈然としませんが、でも、まさにそんな感じとしか言いようがありません。
で、そのクナントカさんですが。
「お兄さん、アルアクルさんを僕にください!」
わたしの話を聞いていたのでしょうか。
ダーシェル兄とは血のつながりはないと言ったはずなのに。
「ごめんなさい無理ですお断りします」
「今日も『ごめんなさい』いただきました! ありがとうございます! ありがとうございます!」
今日も喜んでいますね。クナントカさんは本当に変態です。
「ああっ! アルアクルさんの蔑んだような眼差し! 背筋がゾクゾクしますっ!」
なんでそんなにうれしそうなのでしょう。日々、変態磨きに余念がないですね。
そして最後に、ファクルさんが挨拶をしました。
「この店の店長のファクルだ。よろしく」
ファクルさんがダーシェル兄に手を差し出します。
ダーシェル兄はその手を握るとばかり思っていたのに――違いました。
「……………………」
黙っています。
いえ、違います。
よく見れば、細かく震えているような?
「アルアクルが楽しそうに話していたから、どんなに素晴らしい人たちと一緒に暮らしているのかと思えば」
「ダーシェル兄?」
「変態に」
クナントカさんのことですね。
「魔王に」
イズですね。
「おっさんだと……?」
これはファクルさんのことでしょう。
「しかもこんなこき使うように働かされて……アルアクル、俺は許さないぞ! こんな劣悪な環境で暮らすことなんて絶対に!」
ダーシェル兄はどこまでも真面目な顔で、そう言い放ちました。








