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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第3章

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24#忙しくも、しあわせな毎日。しかし……。


 皆さん、元気してますか?

 わたしです。アルアクル・カイセルです。

 わたしも元気です――と言いたいところですが、言えません。

 ちょっと疲れが残っていると言いますか。

 原因はここ最近の目の回るような忙しさにあります。

 というのも、精霊王さんに認められたあの日から、ファクルさんのお店はずっと大反響状態が続いていまして……。




 夜になってお店を閉めた後、わたしたちはテーブルに体を預けて、ぐったりしていました。

 朝、開店前からできていた行列はお店を閉めるその瞬間まで途切れることがなかったからです。

 しかも、それがここ最近、毎日続いているんですから。

 ファクルさんのお店が大人気なのはうれしいことですが、これはさすがにちょっと大変です。

 これでもわたし、元は勇者です。

 体力には自信があったのですが……どうやらまだまだだったみたいです。


「さて、それじゃあみんなの分の飯を作るか」


 ファクルさんが厨房に向かいます。

 一番疲れているはずなのにです。


「僕も手伝いますよ」

「悪いな、クリス」


 本当ならわたしもお手伝いをしたいところですが、わたしが料理を作ると大変なことになってしまうので。

 ここはぐっと我慢です。

 しばらくして、厨房からいい匂いが漂ってきました。

 くたくたすぎて、食欲もないと思っていたのに。

 わたしのお腹は、ぐぅぅぅ、という音を響かせます。

 ファクルさんたちは仕方ないという顔をしていますが、恥ずかしすぎます。

 同じテーブルをみんなで囲んで、ちょっと遅めの夕食が始まろうとしていた時でした。

 ばたん! と大きな音を立てて、ドアが開きました。

 まだお店がやっていると勘違いしたお客さんが、閉店後にやって来ることがあったので、きっと今回もそうだと思っていたのですが。

 違いました。

 赤い帽子に、赤い洋服をきた、小さな女の子だったのですが。

 手のひらに載るほど小さくて。

 透きとおっていたのです。

 精霊王さん関係でしょうか?




 はい、精霊王さん関係でした。

 やっぱり言葉が通じなかったので、身振り手振りで確認しました。

 しかも驚くべきことに、その女の子は精霊王さんのお嫁さん(!)だそうです。

 精霊王さんにこんなかわいらしいお嫁さんがいるなんてと驚いていたら、女の子さんは顔を真っ赤にして照れていました。

 精霊王さんと同様、とってもかわいらしくて、思わず頬ずりしたくなりました。

 もちろん、しませんでしたよ?

 勇者としての力を十全に発揮して自制しましたから。

 我ながらよくがんばったと褒めてもいいのではないでしょうか?


「アルアのキメ顔、尊い……!」

「結婚して欲しいです!」


 イズとクナントカさんが何かを言っていましたが、もちろん聞こえません。


「お断りします」


 本当に聞こえなかったのですが、何となく言っておいた方がいいと思ったので言いました。


「お断りいただきました! ありがとうございます!」


 クナントカさんが喜んでいましたが、意味がわかりませんね?

 それはさておき、精霊王さんのお嫁さんです。

 実は最近、精霊王さんがお家でご飯を食べなくなったらしく。

 どうしてなのか問いただしても、お腹が空いてないからの一点張りで。

 曖昧な答えに終始するその態度をどうにもおかしいと思って、精霊王さんの後をつけてきたら、このお店にたどり着いたとのこと。

 そこで精霊王さんのお嫁さんは、こんな結論にたどり着きました。

 このお店に精霊王さんの愛人(!?)がいるに違いない! と。

 わたしは驚きました。

 精霊さんにも愛人とか、そういう概念があるんですね!

 もちろん、すぐにその誤解は解きましたし、解けましたが……。

 でも、そもそもの問題はファクルさんのお料理にあるんですよね。

 というのも、いろいろと教えてくれたドラゴンに振る舞ったデザートの話題が精霊王さんの耳にも届いたらしく。

 次の日にやってきて、自分も食べたい! と駄々をこねまして。

 その姿は本当に愛らしくて、かわいらしくて――って、違います。そうじゃありません。

 ファクルさん謹製のデザートをお出ししたら、精霊王さん、思いっきりはまってしまったのです。

 以来、毎日、やってきてはお腹がぽっこり膨らむほど堪能しまくっているのです。

 それだけ食べたら、お家に帰ってからご飯を食べるのなんて無理に決まっています。


「そんなことない。アルアならきっと完食する。間違いない」

「ですね」

「むしろお代わりするまであるな」


 イズとクナントカさんとファクルさんが何か言っていましたが、まったく聞こえません!

 あー、あー、あー!

 聞こえないったら、聞こえないのです……!

 ――って、そんなことを思っている場合ではありません!

 精霊王さんがお家で食事をしなくなってしまった原因は愛人の存在ではなく、ファクルさんのお料理とデザートにありました。


「要するに俺が悪いってことなんだよなぁ」

「さすがファクルさん! 料理ひとつで精霊王様の家庭に不和を生じさせるとかハンパないです! 尊敬します!」

「てめえクリス! 洒落にならない冗談はやめろ!」

「果たして本当に冗談で澄むのかどうか」

「イズヴェルも恐ろしいことを言うんじゃない!」


 ファクルさんが真っ青になって、頭を抱えてしまいました。

 はらり、はらりと、ファクルさんの毛髪が舞い落ちました。

 大変です! ファクルさんの髪の毛が危険が危ないです!

 早く何とかしないと!


「大丈夫ですよ、ファクルさん!」

「アルアクル……」

「ファクルさんなら修復不能な亀裂が生じてしまったご家庭でも何とかできるって、わたし信じてますから……!」

「待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇっ!? すでに修復不能な状態にするんじゃない! まだ大丈夫だ! ……だ、大丈夫だよな?」


 精霊王さんのお嫁さんに確認します。

 大丈夫みたいです。

 ファクルさんがほっと胸をなで下ろしました。


「……だが、このままだとマズイことになるのは変わりないよな。なら、どうする?」


 ファクルさんは腕を組んで考え事を始めました。

 どれくらいそうしていたことでしょう。


「よし、こうしよう。俺が料理を教えるっていうのはどうだ?」


 ファクルさんの話をまとめると、こういうことでした。

 ファクルさんが精霊王さんお気に入りのお料理の作り方をお嫁さんに教えます。

 すると、精霊王さんがここに入り浸ることがなくなるという寸法です。

 それはいい考えだとわたしは思いましたが、お嫁さんの考えは違いました。

 お店の味を流出させるのはよくないと言うのです。

 それはファクルさんがこれまで積み重ねてきた経験であり、大事にしなければいけないものだからと。

 ちっちゃな女の子に見えても、やっぱり精霊王さんのお嫁さんなんですね。

 しっかりした考え方に感服しました。


「まあ、普通はそうなんだろうが……精霊王の家庭に修復不能な亀裂を生じさせるわけにはいかないからな」


 それに、とファクルさんは続けます。


「自分の作った料理を食べて喜ぶ精霊王の顔、見たいと思うだろ?」


 精霊王さんのお嫁さんは激しくうなずきました。


「だよな! 自分が作った料理を、誰かが笑顔で食べてくれる……料理人として、こんなにうれしいことはないもんな」


 ということで、精霊王さんのお嫁さんの特訓が始まりました。




 ですが、それはファクルさんにとって、とても負担がかかるものでした。

 当然ですよね。

 普通にお店も開きながらですから。

 ファクルさんのために何かしたいと思いました。

 でも、わたしにできることと言ったら魔王退治か、接客しかありません。

 それが悔しくて、悲しくて。

 だからといって、諦めるつもりはありませんでした。

 だからがんばることにしたのです。

 くたくたになりながらも精霊王さんのお嫁さんにお料理を教えているファクルさんの力に、どうしてもなりたかったから。

 それから十日ほど経ち、料理の作り方の伝授が終わりました。

 お嫁さんはとても眩しい笑顔で帰っていきました。

 ファクルさん仕込みのお料理を披露して、精霊王さんを驚かせることでしょう。

 その光景を想像すると、自然と笑みがこぼれてきます。

 ですが、すぐに気を引き締めます。


「ようやく肩の荷が下りた……」


 ファクルさんがぐったりとテーブルに突っ伏します。

 わたしがそんなファクルさんに声をかけようとしていると、わたしのがんばりを手伝ってくれたクナントカさんとイズが「がんばれ!」と応援してくれているのが見えました。

 なぜかボロボロになっているふたりを見て、わたしは大きくうなずきます。


「あ、あの、ファクルさん! 大事なお話があります! 聞いてくれますか!?」

「ん、なんだ?」

「その、わ、わたしの部屋に来てくれませんか!? ふたりきりで大事なことがしたいので!」

「ああ、いいぞ――ってちょっと待て!? え、アルアクルの部屋!? しかもふたりきりで大事なことがしたいってどういうことだ!?」


 ファクルさんに了解の返事をもらった時点でわたしはすでに自分の部屋に向かっていました。

 ですので、その後、ファクルさんが目をぐるぐる回して激しく混乱していた――なんてことは、知るよしがなかったのです。




 さて。

 わたしが自分の部屋で丁寧にベッドを整えていると、ドアが叩かれました。


「どうぞ、鍵は開いていますので」

「お、おう」


 ファクルさんが入ってきました。

 なぜか挙動不審です。

 ですが、そのことをどうこう言っていられる余裕が、今のわたしにはありません。

 わたしはドキドキと高鳴る胸をそっと押さえながら、ファクルさんに向かって言いました。


「あ、あの、ベッドに横になっていただけますか……!?」


 緊張しすぎて、声が裏返ってしまいました。

 恥ずかしいです……!

 途端、ファクルさんが、


「マジでそうなのか!?」


 とか、


「覚悟を決める時が来てしまったのか!?」


 とかとか、


「がんばれ俺! 超がんばれ!」


 とかとかとか。

 そんなふうに言っている声が聞こえたりしていましたが。

 違います。

 覚悟を決めるのも、がんばらないといけないのもわたしの方です。


「そ、その、なんだ。こんなこと言うのは、正直、恥ずかしいことだが……アルアクルには打ち明けたいと思う」


 ファクルさんの真剣な表情……かっこいいです! ――じゃありません!

 ちゃんと聞かなくてはいけません!


「俺、この年でもまだ経験がないんだ。だからいろいろ間違えるかもしれないが……がんばるからな」

「いえ、その必要はありません。ファクルさんはベッドに横になっていただければ、それでいいんです! あとはわたしががんばりますから!」

「いやいやダメだろ!? こういうことは男がやらないといけないもんなんだ!」


 そう宣言するファクルさんはやっぱりかっこいいですが、


「でも、わたしがファクルさんの疲れを癒やすために腰や肩を揉みたいんですよ!? それなのにファクルさんがやり始めたら意味がありません!」

「え……俺の腰や肩を揉む?」

「はい!」


 ファクルさんが「あ、あれ~!?」という声を発して、固まってしまいました。

 どうしたのでしょう?


「大丈夫です! クナントカさんやイズに実験だ――じゃなくて、ちょっとつき合っていただいて、力加減はばっちり覚えましたから!」

「……だからあいつら、あんなにボロボロになっていたのか」


 ファクルさんが「納得だ」と呟きます。


「……というか、変な勘違いして覚悟まで決めたとか、恥ずかしすぎるだろ俺!?」


 それからそんなことも呟いていました。


「変な勘違いって何ですか?」

「な、何でもねえ!」


 とても何でもない感じで言うファクルさんでしたが、追求しないで欲しい雰囲気だったので我慢しました。

 わたしは自重できる勇者なのです。


「じゃあ、よろしく頼めるか?」

「がんばります!」


 クナントカさんたちのおかげで覚えた絶妙な力加減を遺憾なく発揮して、ファクルさんにはとても喜んでいただけました。

 がんばってよかった。心の底から、わたしはそう思いました。




 それからも忙しい毎日は続きました。

 お客さんはひっきりなしに来ますし、休む時間もありませんし、閉店したあとはもう働きたくないです! って思うのに。

 それでも次の日にはまた、がんばろう! って思えて。

 こんな毎日がこれからもずっと続いて欲しいなと、そう思っていたのに。

 ある日、そんな毎日を壊す人が現れたのです。

 その人はわたしのよく知る人物でした。

 その人の正体は――。


「お前、アルアクルか!?」


 わたしと同じ孤児院で育った人だったのです。

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