18#変態の義憤、魔王の憤怒、そしておっさん無双。
皆さん、こんにちは。
わたしです。アルアクルです。
今日は皆さんに自慢したいことがあります。
自分では何とも思っていない――こともないのですが。
とにかく、自分のことを悪く言われた時、自分の代わりに悲しんで、怒ってくれる……。
そんな人がいるって、すごくしあわせなことですよね!
山の裾野に位置する村に着きました。
派手な建物があるわけでもなく、素朴な感じです。
大きな町だと門番の方がいて検分されたりするわけですが、この程度の規模の村だとそういうこともなく、出入りは自由です。
わたしが村の様子をじっと見ていることに気づいたのでしょう。
「どうした、アルアクル?」
ファクルさんが話しかけてくれました。
わたしはこの村が、孤児院のあった村に似ていることを話しました。
院長先生や、一緒に育ったみんなは元気でしょうか?
「会いたいか?」
「そうですね。会いたくないと言ったら、嘘になりますね」
「だったら行くか? アルアクルが育ったところ」
「え、でも、遠いですよ?」
ここからだと、半年近くはかかるのではないでしょうか。
それに、ファクルさんが向かっている場所と、わたしが育った村とは、正反対の位置にあります。
「確かに遠いな」
「だったら」
「だが、魔王退治の旅に出てから、一度も戻ってないんだろ? なら、顔を見せたら、みんな喜んでくれるんじゃないか?」
「それは……そう思いますけど」
「けど?」
「ファクルさんの食堂を開くという夢が遠くなるじゃないですか。そんなのダメです! よくないです!」
「俺の夢は逃げないから大丈夫だ」
「それを言うなら、わたしの村も逃げません!」
「いや、案外、逃げるかもしれないぞ?」
「え、本当ですか!?」
村が逃げるって、どういう感じなのでしょう!?
とても気になります!
「嘘だよ。冗談だ」
「なっ!? ひどいです、ファクルさん! わたし、村が逃げるってどんな感じかすごく気になったのに……!」
ぽかぽかとファクルさんの腕を叩きます。
そんなわたしたちを見て、クナントカさんとイズが何か喋っています。
「くっ、アルアとファクルがいちゃついている! 早く何とかしないと!」
「甘いですね、イズヴェルさん。あれはあのふたりにとって通常運転というか、いちゃついてるつもりはないと思いますよ? アルアクルさん第一人者である僕にはわかります!」
「なん、だと……!?」
よく聞こえませんが、聞こえなくてもいいような気もします。
というわけで、気にしないことにしました。
「まあ、そういうわけだからアルアクル。村に行こう」
自分の夢が叶うのが遠くなるのに、それでもそんなふうに言ってくれるファクルさん。
魔王退治の旅をしている時もそうです。
いつだってどんな時だって、ファクルさんはわたしのことを気遣ってくれていました。
時として、わたし自身が気づかない体調不良に気づいてくれたこともあります。
あ、王子様たちは一度として気づいたことはないです。何かにつけて、わたしにまとわりついていましたけど。
「本当にやさしすぎます、ファクルさん」
「ん? 何か言ったか?」
「えへへ、何も言ってません!」
「そうか?」
「はいっ!」
「俺は特別やさしいってことはないぞ?」
「そうですか? そんなことないと思いますけど……って、聞こえてるじゃないですか!?」
「偶然な」
「ちょっとかっこつけて言ってもダメです!」
「ダメか。アルアクルは厳しいな」
「聞こえないふりをしたファクルさんがいけないんです! だから、わたしの言うことに従ってもらいます! ふっふっふ」
「その笑い方、何を言われるか怖いな」
「じゃあ、言いますよ? よーく聞いてくださいね?」
深呼吸をして、わたしは言います。
「村には行かなくていいです!」
「え、けど」
「言ったはずです、わたしの言うことに従ってもらいますって。……確かにみんなに会えないのは寂しいですし、会いたい気持ちもありますけど……でも、それより今は、ファクルさんの夢をお手伝いしたいんです!」
「……まったく。本当にやさしいのはどっちだよ」
「え、何か言いましたか? ファクルさん」
「別に、何も言ってねえよ」
「そうですか? でも、わたしはやっぱりファクルさんの方がやさしいと思います!」
「聞こえてるじゃねえか!」
ファクルさんが笑いながら、わたしの頭を撫でてくれます。
えへへ、さっきのお返しです!
なんてことを思っていたら、またクナントカさんとイズが話しています。
「クナントカ、お前の目は節穴? あれでいちゃいちゃしてない?」
「ええ、していません。あれがふたりにとって平常運転です」
「恐ろしすぎる……」
イズが何やら驚愕していました。
何かあったのでしょうか?
まずは今夜の宿を決めようと思ったのですが、わたしたちが向かったのは食堂でした。
だ、だって仕方ないじゃないですかっ。
通りまでものすごくいい匂いが漂っていたんですから!
お腹が鳴ってしまうのは、誰にでもあることだと思います!
わたしがそう力説すると、ファクルさんたちは「あー、まあ、そうだな」「ある」「よくあります!」と笑顔で肯定してくれましたけど……。
微妙にいつもと笑顔の質が違う気がしました。何となく釈然としません……!
それに、こんなにいい匂いがするなら、ファクルさんが開く食堂の参考になると思うのです!
と、とってつけた理由じゃないですからね!? 本当ですよ!
さて、いい匂いのする食堂は、人でごった返していました。
かわいらしい女性の給仕さんが、入ってきたわたしたちを見て、ちょうど空いていた席に案内してくれます。
そして席に着いたわたしたちは、おすすめのものを四人前お願いしました。
「来るのが楽しみですね!」
「だな」
ほくほく笑顔で待つことしばし。
いい匂いのするお料理たちが運ばれてきました。
「これはお肉を焼いたものですか?」
「火炎熊のステェーキだな」
「ファクル、食べてもないのにどうしてわかる?」
「ファクルさんがすごいからですよ!」
「アルア、それ説明になってない」
そうでしょうか。そんなことないと思うんですけど。
「丁寧に下処理されているからわかりにくいが、この力強い香りは間違いない。で、その上にかかっているこのソースはトッマートゥを使っているみたいだな。火炎熊にトッマートゥは相性が抜群だ」
ファクルさんの説明を聞きながら、さっそくいただきます。
口の中に入れた瞬間、おいしさが爆発しました。
「こ、これは……!?」
「おいしいですね!」
「美味」
わたし、クナントカさん、イズが目を丸くして感嘆します。
「いや、マジでうまいぞ、これ」
ファクルさんも褒めています。
その姿に、わたしはちょっと悔しくなりました。
「わ、わたしはファクルさんのお料理の方がおいしいと思います!」
ファクルさんは驚いたような顔をしてから、照れくさそうに鼻の頭を掻いて、
「そっか。ありがとな」
と言いました。
ファクルさんに喜んでもらえたでしょうか?
だとしたら、うれしいです!
それからも、かわいらしい女性の給仕さんに、おすすめの料理を持ってきてもらいました。
そのどれもが本当においしくて、あ、いえ、ファクルさんのお料理の方がもっとずっとおいしいんですけど!
とにかく、わたしたちはお料理を堪能しました。
お腹がいっぱいになったところで、お店を見回す余裕も出てきました。
この食堂……給仕の方が皆さん女の人で、しかもかわいい人ばかりですね。
どういうことでしょう?
そんなことを思っていたら、若い男の人が近づいて来ました。
料理をする人が厨房で着る服を着ています。
その人はわたしたちのテーブルまでやって来ると、
「俺の作った料理、うまいうまいって言いながらめちゃくちゃ食ってくれたかわいい子がいるってうちの店員に聞いたんだが、あんただな?」
わたしに向かってそう言いました。
「え、ええ、そうですけど」
わたしが戸惑っていると、ファクルさんが小声で言いました。
「自分が作った料理をうまいと言って食べてくれるのは、料理人にとってこれ以上ない喜びだからな。礼でも言いに来たんじゃないか?」
なるほど。そういうことがあるんですね。勉強になります。
「話に聞いた以上のかわいさだな……」
店長兼料理人と思われる男性は、わたしのことを無遠慮に眺め回すと、
「よし、決めた! あんた、俺の女になれ!」
そんなことを言い出しました。
この人は何を言っているのでしょう?
「ちょっと君! 何を言ってるんですか! アルアクルさんは僕と結婚を――」
「へぇ。あんた、アルアクルって言うのか。かわいい名前じゃん。ますます気に入った」
そんなことを言う男性の周りの人たちが、またこいつの悪い癖が始まったとか言い出します。
聞こえてきた話から推察すると、どうやらこの男性は無類のかわいい女性好きらしく、このお店で働いている女の人たちは、みんなこの男性の彼女さんらしいです。
「俺は王都の有名料理店で料理長を務めていたほどの腕前の持ち主だ。それに顔も悪くない。いや、むしろイケてる。イケメンだ。あんたも、こんな俺の元で働けるなんて、しあわせものだな」
などと、男性が好き勝手なことを述べています。
わたしがそのほとんどを聞き流していると、クナントカさんが聞いてきました。
「あの、アルアクルさん。どうして僕の時みたいに『お断りします』って言わないんですか?」
ファクルさんも気になるようで、うなずいています。
「そんなの決まっています。その価値すらないからです」
「価値が……ない?」
「ええ、そうです。だってあんな戯言、いちいち相手にしていてもしょうがないじゃないですか」
「え、えっと、つまり……僕の結婚してくださいにいつも『お断りします』って言ってくれるのは、それだけの価値が僕にあるってことですね!?」
言われてみれば、そうなりますね。
「ありがとうございますっ! これからがんばって『お断りします』って言ってもらえるように、結婚を申し込み続けます!」
クナントカさんが涙を流して感動し始めました。
「手段と目的が逆になってることに気づけ!」
「ファクルさん、細かいことは気にしたらだめなんですよ? 知らないんですか?」
「なんで俺がクリスに諭される側なんだよ! 違うだろ!? 間違ってるだろ!」
なんてやりとりをしていたら、このお店の主人である男性が、
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ……」
「なんか笑いだし始めた。気持ち悪い」
「違う! ふざけるなって言おうとしたんだ!」
イズの言葉に、男性が顔を真っ赤に怒り出します。
「相手する価値すらないだと!?」
「……何だか面倒くさいことになりそう」
「イズ、本当のことは時として人を傷つけるんですよ?」
「アルアクルも言ってるぞ」
ファクルさんの指摘に、わたしは「あっ」となりました。
不可抗力です。わたしは悪くありません!
……嘘です。ごめんなさい。
「ここまで馬鹿にされたのは初めてだっ! もういいっ! この俺の女にしてやろうと思ったが、よく見えたらブサイク――いや、超? いやいや超、超、超ブサイクだったし! お前みたいな女、こっちから願い下げだっ!」
男性はそう言うと、立ち去ろうとしました。
ついさっきまでおいしいと思っていたお料理の味が、その瞬間、とてつもなくマズイものに成り下がりました。
わたしが感じたのはそれだけです。
この男性に、何か思うところはありません。
というか、本当にどうでもいいです。
だけど――。
「ちょっと待ってください! その発言、撤回してください!」
クナントカさんが立ち上がりました。
「アルアがブサイクとか、お前の目は節穴。なら、そんな目はいらない。イズがもらう」
イズが本気の殺気を放ちます。
魔王の殺気です。当然、ここにいる人たちが耐えられるわけもなく、気を失います。
無事なのはわたしと、ファクルさん、それにクナントカさん。
ファクルさんが無事なのは当然ですが、クナントカさんも大丈夫だったのは意外です。
「僕もそれなりに修羅場をくぐり抜けてきていますからね!」
なるほど。
でも、体が震えていますね。
指摘はしません。
それはダメだと思ったからです。
あと、意外なところで男性も無事でした。
「アルアを侮辱した。そう簡単に殺すわけがない。そんなの生ぬるい」
そういう理由ですか。
「では、死ね。アルアを侮辱したことを後悔しながら」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
男性が情けない悲鳴を上げた時でした。
「待て、イズヴェル」
「……ファクル、なぜ止める? アルアが侮辱された。悔しくない?」
「は、悔しいに決まってるだろ? はらわたが煮えくりかえってるよ。アルアクルは俺の大事な奴なんだぞ!?」
大事な……?
「あ、あの、ファクルさん、今、わたしのこと、大事な奴って……!?」
わたしが尋ねると、ファクルさんが「あ、やべ」みたいな顔をしました。
「い、今のはあれだ!」
「あれ?」
「え、えっと、その、ほら! 俺の夢の食堂を手伝ってくれる、大事な従業員って意味だ!」
「はい! わたし、がんばってお手伝いします、ご主人様!」
「その呼び方は勘弁してくれ! ――って違う! こんなことやってる時じゃねえ!」
ファクルさんに、興奮したわたしは頭をぽんぽんと撫でられ「落ち着け」と言われました。
落ち着けるわけがありません!
だって大事な従業員って言ってもらえたんですよ!?
興奮しまくりです!
でも、ファクルさんが「いいから、ほら」と言うので、がんばって落ち着きます! ふんす……!
「お前、王都の有名料理店の料理長を務めてたって言ったけど、嘘だな」
「は、はぁ!? 何を言って――」
「お前の作った料理は確かにうまかった。けど、最初に出てきた火炎熊のトッマートゥソースのステェーキ。ほんの少しだったが、火炎熊独特の臭みを感じた。それは下処理が完璧じゃなかったからだ」
「ぐっ!」
「それに、次の料理では――」
ファクルさんによる怒濤のダメ出しが始まりました。
ファクルさんが告げた言葉に思い当たる節があるのでしょう。
店主の男性はいちいち、「ぐはっ」とか、「ぬぐっ」とか、「ぬはぁ……っ!」とか、悲鳴を上げていました。
「剣や魔法ではなく、言葉による波状攻撃とは……!」
「ファクルのダメ出し無双」
クナントカさん、イズの言うとおりです。
「ちょっと厨房を借りるぞ。あとお前が使った食材も」
ファクルさんがこのお店の厨房を借り、店主の男性が使った食材を用いて、店主の男性が作った以上のお料理を作って――それが最後のトドメになりました。
わたしたちだけがおいしいと言うなら、男性は「イカサマだ!」と騒いだでしょう。
でも、ファクルさんの作るお料理は本当にすごいのです。
イズの、魔王の本気の殺気を浴びて意識を失っていた人たちが、ファクルさんのお料理の匂いで目を覚まして。
ファクルさんのお料理を食べたら、みんな感動しすぎて、何も言えなくなっていました。
その姿を呆然と見ていた店主の男性は、近くにいたお客さんからお料理をひったくると、思いきり頬ばって――。
「…………………………………………………………………………………………俺の、負けだ」
長い沈黙の後、ようやく呟きました。
そして、見栄から王都の有名料理店の料理長を務めていた嘘をついていたと打ち明けて、わたしに超、超、超ブサイクと言ったことを謝り、訂正しました。
この人に何を言われようが、どう思われようが、どうでもよかったのです。
でも、わたしのために怒ってくれたクナントカさんやイズ、何よりファクルさんの気持ちがうれしかったから。
わたしはそれを無駄にしないために、その謝罪を受け入れました。
「……ありがとう、ございます」
「それはファクルさんたちに言ってください」
わたしはそう言って、ファクルさんたちに笑顔を向けました。
ファクルさんたちと一緒にいられて、わたしはしあわせものですね……!








