16#勇者のワガママ。
皆さん、こんばんは。
わたしです、アルアクルです。
ファクルさんと出会ってから、わたしはわたしの知らない自分と、いっぱい出会うようになりました。
自分の中に、こんなにもいろんな自分がいたことに驚いています。
夜になりました。
空には二つ、お月様が浮かんでいます。
わたしたちの世界を巡るお月様は12個あって、一月ごとに一つずつ増えていきます。
一番少ない時で1個で、一番多い時で12個。
これをもって一年は十二ヶ月ということになったらしいです。
さて、そんなことはさておきます。今はどうでもいいことだからです。
わたしたちは本当なら今ごろ、村にたどり着いて、食堂で食事をして、宿屋で休んでいるはずでした。
でも、今、わたしたちがいるのは、道からちょっと外れた、木々の間にある、開けた場所です。
ここで野営することになりました。
盗賊退治をしていたからです。
盗賊は許せません。だから、こんなことになってしまったことに後悔していないです。
テントなどの設置はすでに終わっていて、今はファクルさんとクナントカさんが二人で料理を作っています。
ファクルさんから料理禁止令が出ているわたしは、手伝いたくても手伝えません。
ファクルさんが開く食堂の従業員になるわけですし、本当なら手伝いたかったのですが、ぐっと我慢します。
でも、これはこれで、本当のことを言えば、うれしかったりもするのです。
というのも、料理を作っているファクルさんの姿を、時が過ぎるのも忘れて、見つめることができるからです!
料理を作っている時のファクルさんは、本当に素敵で、かっこよくて!
惚れ惚れするんです!
わたしはいつものようにファクルさんの姿を見つめようと思いました。
ですが、できませんでした。
というのも……。
「アルアー」
イズがわたしに抱きついてきて、ファクルさんに集中できないのです!
ファクルさんを見つめていたいのに、
「アルアー、アルアー」
とちょっと舌っ足らずな声でわたしを呼ぶ姿がなんかかわいくて!
ダメ、いけない、と思っても、つい頭を撫でたくなってしまうのです……!
イズ、恐ろしい子! さすが魔王……!
こういう状態をクナントカさんが、
『かわいいは正義ですよ……!』
と言っていました。
クナントカさんは変態です。
なのに、その気持ちがわかってしまうなんて。
そんな自分が恨めしいです。ぐぬぬ。
――って、そんな葛藤を繰り広げている場合じゃありません!
わたしたちの旅に魔王が同行するのは、やっぱり間違っていると思います。
ここはきちんと断るべきです。
ガツンと言うしかありません!
わたしがガツンと言おうとした時でした。
ファクルさんたちがやってきます。
どうやら今日の夕食ができたみたいです。
「今日のメニューはカレーライスだ」
ふわりと漂うスパイシーでおいしそうな匂いに、お腹の音が鳴ります。
ファクルさんとクナントカさんがわたしを見て、うんうんとうなずいています。
「ち、違います! わたしじゃありません!」
「わかってますよ。そういうことにしておけばいいんですよね?」
「違うって言ってるじゃないですか辞めてくださいその自分はわかってるみたいな眼差し」
「くぅ~っ、アルアクルさんに冷めた眼差しを向けられました! ありがとうございますっ、ありがとうございますっ!」
「クリスの変態さに磨きがかかってるな」
ファクルさんに同意します。
「というか、本当にわたしじゃありませんから!」
「アルアの言うとおり。あの音はイズのもの。すごくいい匂いがして、我慢できなくなった」
「それは当然の反応ですね!」
イズの言葉に、わたしは大きくうなずきます。
「ファクルさんのお料理は本当においしいですから! このカレーライスはわたしも大好きですよ!」
「そんなに?」
「ええ、そんなに、です!」
「おおー」
「……めちゃくちゃ期待されて、ドキドキするが。まあ、食べてみてくれ」
わたしたち、それぞれの前にカレーライスが並べられました。
さらに付け合わせにサラダ(クナントカさん作)もあります。
「じゃあ、食べるか」
というわけで、いただきました。
「ん~っ! カレーライス、おいしいですっ! さすがファクルさんです!」
「ありがとな、アルアクル」
「本当のことですから!」
「確かにアルアクルさんの言うとおりですよ! これはおいしい! いや、おいしすぎます! ファクルさんが開く食堂が、僕も楽しみになってきました。商人として、しっかりお手伝いさせていただきますよ」
クナントカさんもべた褒めです。
いえ、クナントカさんだけじゃありません。
イズもです。
言葉こそありませんが、一心不乱にカレーライスを貪る姿は、カレーライスがどれだけおいしいかを如実に物語っていました。
「そこのおやじ、お代わり」
そしてあっという間に空になったお皿を、ファクルさんに差し出します。
「イズ、そこのおやじじゃありません。ファクルさんです」
「おやじはおやじで充分」
「ダメです! 絶対に許しません!」
「……なんかこのおやじのこと、特別な感じ?」
イズがわたしを見ます。
「このおやじ、アルアの何?」
「わたしの……?」
ファクルさんを見ます。
わたしにとってファクルさんは……。
「とても大事な」
「大事な?」
「ご主人様です!」
「ぶはっ!? ちょ、あ、アルアクル、いったいにゃにを、にゃにを言って……!?」
ファクルさんが顔を真っ赤にして慌てています。そして噛み噛みです。かわいいです。
わたし、そんな変なことを言ったでしょうか?
これでもちゃんと考えたのです。
「わたしはファクルさんが開く食堂で働く予定の従業員です」
「そうだな」
「そしてファクルさんは食堂の主人です」
「そのとおりだ」
「つまり、従業員であるわたしからみれば、ファクルさんはご主人様になるわけです! どうです? 完璧な理論だと思いませんか!?」
「思わねえよ! 何だよそれ! ……あー、そうだ。アルアクルは微妙にポンコツだったんだ」
「あ、あれ!? ファクルさん、どうしてそんな残念なものを見る目でわたしを見るんですか!?」
ぽんぽんと頭を撫でられました。喜びませんよ? 絶対に喜ばないんですからね!? ……えへへ。
ファクルさんをおやじ呼ばわりするのは絶対に許しませんと強く言うと、イズは大人しく名前で呼ぶようになりました。
わたしとしては『さん付け』して欲しいところでしたが、ファクルさんがかまわないというので。
「よろしくな、イズヴェル」
「……よろしくな、ファクル」
ファクルさんに対する敬意がまったく足りていません!
でも、ファクルさんは笑っています。
イズの態度をまったく気にしていない感じです。
それどころか、普通に受け入れています。
だってほら、イズにカレーライスのお代わりを渡しています。
その顔はとってもうれしそうでした。
食事を終え、後片づけも終わりました。
あとは寝るだけです。
というか、イズはすでに寝ています。大の字になって。
お腹がいっぱいになった直後のことでした。
バタンと気を失うみたいに、眠りに落ちたのです。
クナントカさんもさっきまで起きていましたが、今は眠っています。
起きているのは、わたしとファクルさんのふたりだけです。
パチパチと、囲んでいる火が弾ける音がします。
「なあ、アルアクル」
「何でしょう?」
「イズヴェルが旅についてくるの、そんなに嫌か?」
「え?」
「飯の前、イズヴェルに言おうとしてただろ」
「…………………………どうしてわかったんですか」
「アルアクルとの付き合いも長いからな。何となく、な」
「……ファクルさんには何でもお見通しですね」
すごいです、ファクルさん。
「……別に、イズが嫌いだとか、そういうんじゃないんです」
イズはかわいいです。
抱きついて、懐いてくる感じは小動物を思わせて、ついつい撫で撫でしたくなります。
「でも――クナントカさんがいて、イズまで増えると」
「増えると?」
「わたしがファクルさんを独り占めできません……! それが嫌だったんです!」
い、言ってしまいました。
そうです。
これはわたしのワガママです。
孤児院でも、わたしより年下の子たちが、お気に入りのオモチャやおやつを独り占めしようとしていたことがありました。
そんな時わたしは言ったのです。
お兄ちゃん、お姉ちゃんなんだから、独り占めしないで、みんなで分けないとダメです、と。
なのに、今のわたしは、あの時の子たちと同じです。
ファクルさんを独り占めしたいと、ワガママを言っています。
「それに、ファクルさんの作ったお料理を一番たくさん食べるのは、いつだってわたしでいたいんです!」
今日のカレーライスは、イズがたくさん食べてしまいました。
よっぽど気に入ったんだと思います。
当然です。ファクルさんが作ったんですから。
誇らしい気持ちもあって、イズに譲りました。
でも本当は嫌でした。
わたしが多く食べたかったのです。
だってファクルさんのお料理なんですよ!?
「そ、そうだったのか」
「そうです。わたし、ワガママですよね……」
もしかしたら嫌われてしまったでしょうか?
ファクルさんに嫌われたら……嫌われ、たら………………。
「な、なんで泣く!?」
「泣いでばぜん!」
「泣いてるだろ!? ああ、もう! 泣くなって!」
ファクルさんがハンカチを差し出してくれます。
わたしはそれを受け取ると、顔に押しつけました。
ハンカチはファクルさんの匂いがしました。
「嫌わねえよ」
ファクルさんが言いました。
「……本当ですか?」
聞き間違いだとは思いません。
でも、確かめずにはいられませんでした。
「ああ。そんなことぐらいで、嫌うわけがねえ。というか、それぐらいのことをワガママとは言わねえし、むしろうれしいというか、もっとそういうことを言って欲しいというか」
「あの、ファクルさん。最後の方、よく聞こえなかったんですけど」
ごにょごにょ何か呟いているのは聞こえたのですが。
「と、とにかく、嫌わねえから、気にするなってことだよ!」
頭を撫でられました。
「はい!」
「いい返事のアルアクルにはご褒美を挙げなきゃな」
「ご褒美ですか?」
「これだよ」
ファクルさんがアイテムボックスから、ドーナツを取り出しました。
「その、なんだ。俺の料理を一番多く食べたいんだろ? これはほら、イズヴェルもまだ食べたことがないし。アルアクルが一番多く食べてるぞ」
ファクルさんが照れたように笑います。
胸の奥からうれしさがこみ上げてきて、気がつけばわたしはファクルさんに抱きついていました。
「ファクルさん、大好きです……!」
「そ、それはあれだよな? 親父とかお袋とかと同じ感じの好きだよな?」
ファクルさんが聞いてきます。
同じですと答えようとしましたが、何だか同じじゃないような気もして……。
でも今は、それを言葉にしたくありませんでした。何となく、なんですけど。
言葉にしないまま、自分の中にだけ、隠しておきたい感じです。
だから、言いました。
「秘密、ですっ!」
ファクルさんは驚いたような、困ったような顔をしてから、静かに笑って、
「そうか」
とやさしい声で呟きました。








