13#どっちも悪くない。
朝ですが、日間総合23位でした!
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
皆さん、わたしです。アルアクルです。
嘘をついたことがありますか?
わたしはあります。
孤児院にいた時、おやつをちょっと多く食べてしまったのを誤魔化そうとしたのです。
でも、結局、院長先生にばれて、怒られました。
いえ、ただ怒られるだけならよかったのですが、それだけではなくて……。
ファクルさんの生まれ故郷を旅立ってから、もう三日も過ぎてしまいました。
早いです。そしてちょっぴり寂しいです。
わたしのことを自分の娘のように思っていると、そう言ってくれたファクルさんのお母様。
わたしにお母さんの記憶はありませんが、もしかしたらあんな感じなのかもしれないと、そう思います。
「……会いたいです」
「ん?」
思わず呟いてしまったわたしの声が聞こえたのでしょう。
隣にいたファクルさんがどうしたのか聞いてきます。
わたしたちは今、クナントカさんが馭者をつとめる馬車の荷台にいます。
人が乗るためのものではなく、荷物を運ぶためのものなので、乗り心地はあまりよくありません。
道はでこぼこしていますし、そのせいでガタガタ揺れます。
それでも歩くよりずっと早いですし、旅には便利です。
ファクルさんがわたしの顔を見ています。
「あ、えっと、……何でもありません」
わたしはそう答えました。
心が痛みます。
だって、ファクルさんに嘘をついてしまったのですから。
でも、嘘をつくしかなかったのです。ファクルさんに心配をかけないためには。
「そっか――――――なんて言うと思ったか?」
「え?」
いつもと違う怖い声にファクルさんを見れば、魔物と向き合っている時と同じくらい、真剣な表情をしていました。
いえ、ちょっと違います。
何だか怒っているような感じがします。
いえ、それも違いました。
「俺は怒ってる」
はっきり、言葉にされました。
「そんな顔をして、何でもないわけがねえだろうが」
「そんな顔?」
「寂しい、心細い……そんな感じの顔だよ。どうした? 何があった? それとも……人には言えないことか?」
違います。そうじゃありません。
わたしはそういう意味を込めて、頭を横に振りました。
頭の上でまとめた、わたしの髪が大きく揺れます。
「なら、話してくれ」
ファクルさんの声がやさしくなります。
それはわたしの心に染みこんできて、気がつけばわたしはすべてを話していました。
「つまり、アルアクルは俺に心配をかけたくなかったから黙ったわけだ」
「…………はい」
すべてを打ち明けてしまった今、わたしはファクルさんの顔を見ることができませんでした。
わたしはファクルさんに嘘をついてしまいました。
そのことをファクルさんは怒っているかもしれません。
あるいは、呆れている――いえ、嫌われてしまったかもしれません。
孤児院で嘘をついた子どもに、院長先生が言っていました。
嘘をつくのはいけないことだと。
嘘をついていると、みんなに嫌われてしまうと。
だから嘘をついてはいけないのだと。
もし、ファクルさんに嫌われてしまったら……?
そう思ったら、わたしの胸は張り裂けそうなほど苦しくなりました。
今すぐファクルさんを見て、確認したい。
でも、もし嫌われていたら?
今までとはまったく違う、冷え切った眼差しでわたしを見ていたら?
立ち直れる気がまったくしません……。
こんな怖い思いは、いよいよ魔王と戦うとなった時でも感じたことがありませんでした。
この恐怖に立ち向かうなら、あと何回、いえ、何十回でも、魔王と戦った方がマシです……!
ファクルさんを見たい。でも、見たくない。
相反する気持ちにわたしの心は千々に乱れます。
どうしましょう。どうしたらいいのでしょう……!?
「アルアクル」
名前を呼ばれました。
それはいつものファクルさんの声です。
とてもやさしい、わたしの心をじんわりあたたかくする、大好きな声。
「ファクルさん……」
顔を上げます。
ファクルさんを見ます。
ファクルさんは困っているような、怒っているような、そんな表情を浮かべていました。
「怒っていないんですか……?」
「ああ、怒ってる」
「……そう、ですよね」
だってわたしは嘘をついていたんですから。
「アルアクルがそんな気持ちになっていたのに気づけなかった自分にな。悪かった」
「そんな! ファクルさんは悪くありません! だから謝らないでください! むしろ謝らなければいけないのはわたしの方です……!」
「何でだよ? 寂しくなったりするのは、別に悪いことじゃないだろ?」
「だってわたしは嘘をつきました! ファクルさんに『何でもない』って!」
「それは俺に心配をかけたくなかったからだろ?」
「そうです」
「なら、やっぱり謝るべきは俺じゃねえか」
「いえ、違います!」
「違わねえんだよ。アルアクルにそんな気を遣わせる、俺が悪いんだ」
「そんなことありません! 絶対に違います! ファクルさんは絶対に悪くないんです!」
「絶対?」
「はい、絶対です! ファクルさんはいつだって、どんな時だって、絶対に悪くないんです!」
「そ、そうか。…………え、何これ。アルアクルの期待がすごいんだけど! 俺、どうすればいいんだ!? 誰か教えてくれ……!」
ファクルさんが聞こえない声で何か呟いていました。
「ま、まあ、なんだ。アルアクルの言い分はわかった」
「本当ですか? よかったです」
「で、俺の方も自分の意見を曲げるつもりはねえ。アルアクルは悪くない」
「でも!」
「これは絶対に譲らねえからな」
ファクルさんは断言しました。
「………………わかりました」
「そんな不満そうな顔をするな」
「だって」
頬を膨らませると、ファクルさんも同じような顔をしました。
「何ですか、その顔」
「アルアクルの真似」
「変な顔です」
「つまり、アルアクルの顔も変な顔ってわけだ」
「そうなっちゃいますね」
「そうなっちゃうんだよ」
わたしたちは顔を見合わせて、笑いました。
ひとしきり笑い合った後、ファクルさんがわたしを見て言います。
「で、だ。アルアクルはお袋のぬくもりが恋しいわけだ」
「恋しいんでしょうか?」
よくわかりません。
こんな感じになるのは、初めてのことなので。
「恋しいんだよ。で、そういう時は――」
「そういう時は?」
ファクルさんを見ます。
手を広げようとしてはやめて――というのを何度か繰り返しています。
それに、顔が真っ赤です。
どうしたのでしょう?
「ファクルさん、大丈夫ですか? 顔が赤いですよ? 熱でもあるんじゃないですか?」
わたしはファクルさんの体に身を寄せます。
そして自分のおでこと、ファクルさんのおでこをくっつけました。
まだわたしがちっちゃかった頃、体調を崩して熱があった時、院長先生がそうしてくれたみたいに。
「◎×%#*?!△※ッッッッッッッ」
ファクルさんが声にならない声を上げてました。
というか大変です!
「ファクルさん、すごい熱じゃないですか……!」
「い、いや、これは違うから!? そういうんじゃないから!?」
「何言ってるんですか! ほらっ、横になってください!」
「は……?」
わたしはファクルさんを横にすると、その頭を自分の膝の上に載せました。
「ちょ、これ!? 膝枕!?」
「はい、そうです。膝枕です」
この時のわたしはファクルさんが大変なことになってしまったと慌てていて、回復魔法を使えばいいことをすっかり失念していました。
「やわらかい……って違う! 本当に大丈夫だから!」
ファクルさんが起き上がろうとします。
させません。
「ちょ、起きられないんだけど!?」
「当然です! わたしは勇者ですよ?」
「勇者の力の無駄遣いだ!?」
そんなことありません。
「本当に大丈夫なんだよ!」
「何言ってるんですか、全然大丈夫じゃないです!」
「本当にそう言うんじゃないんだってこれは!」
「なら、どういうことなんですか? 教えてください!」
「そ、それは――!」
「それは?」
その時でした。
馭者をしていたクナントカさんが言ったのです。
「……あそこで大人しくアルアクルさんを抱きしめていれば、余計な言い訳をしないで済んだのに。あ、いや、むしろ言い訳をしなかったことで、膝枕を堪能できたということか? だとしたらファクルさん、とんでもない策士なんですけど!?」
「違うぞ!? 俺は策士じゃねえ!」
わたしには聞こえませんでしたが、ファクルさんには聞こえたみたいです。
「とにかく、あれだ。落ち着いて話せばわかることだ。だから、まずは膝枕を辞めるんだ! これ以上膝枕をされると、俺の生命が大変なことになる!」
「膝枕ごときでここまで動揺するなんて、ファクルさん、まさか童て――」
「おっと、それ以上は言葉にするんじゃねえ! 俺はこじらせたりなんかしてねえからな!?」
ファクルさんがわたしの力を振りほどき、起き上がって、クナントカさんに詰め寄ります。
勇者の力を圧倒するなんて……ファクルさんはやっぱりすごい人でした。
どうしてあんなに熱かったのか気になりますけど、クナントカさんと言い合っている姿は元気ですから、大丈夫なのかもしれません。
頷いたわたしの視界の隅に、動くものが映りました。
「ファクルさん、クナントカさん! 人です!」
「何だと?」
道の両脇にあった木々の中から、ぼろぼろに傷ついた男の人が現れたのです。
「た、助けてくれ! 盗賊に襲われたんだ……!」
わたしは盗賊が許せません。
中にはやむなく盗賊に身を落としてしまった方も、いるかもしれません。
それでも、一生懸命がんばっている人、努力している人を踏みにじるような行為をする人を、わたしは絶対に許せません。
「ファクルさん!」
「ああ、わかってる。盗賊退治としゃれ込むか」
ファクルさんが獰猛な笑みを浮かべて、そう言いました。








