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おしかけ勇者嫁〜勇者は放逐されたおっさんを追いかけ、スローライフを応援する〜  作者: 日富美信吾
第1章

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おっさんside*その眼差しに向き合う勇気を。

今回はファクル視点でお送りします。


 朝、ベッドの上で目を覚ましたファクルは、一瞬、ここがどこなのか思い出せなかった。


「……ああ、そうか」


 ここは自分の部屋だ。

 生まれ育った屋敷の、自分の部屋。


 冒険者として生きていくとこの家を飛び出したのに、戻ってきた時、この部屋はファクルが飛び出した時のままだった。

 いつかファクルが戻ってくると、そんなふうに思って手入れをしていてくれたのだろうかと思うと、くすぐったいような気持ちになる。


 幼なじみであるインウィニディアが冒険者たちによって誘拐、監禁されてから、数日が経っている。


 ファクルはベッドの上で、ぼーっとする。


「いつからだろうな、あの時のことを夢で見なくなったのは……」


 あの時のことというのは、勇者パーティーを追放された時のことだ。




 勇者であるアルアクルが盗賊退治をするため、一時的にパーティーを離脱することになった。

 それを促したのが王子たちだったから、ファクルの驚きは相当なものだった。


 なぜなら、王子たちはアルアクルのことを狙っており、どこに行くにしてもつきまとうように一緒にいたからだ。

 たとえそれが盗賊退治であっても、今までは同行していた。

 アルアクルには見せないようにしていたが、相当嫌そうな顔をしながら。


 それなのに、その時は一緒に行かないという。

 何かあるなとファクルが考えたのは、当然のことだった。

 だがまさか、自分を勇者パーティーから追放するためとまでは思わなかった。


 ファクルはアルアクルに妙に慕われており、それが王子たちにとって面白くないことなのは承知していた。

 アルアクルの気づかないところでは嫌がらせも受けたし、嫌みもさんざん言われた。

 Cランク冒険者がパーティーにいると自分たちの品格が疑われるとか何とか。

 遠回りにパーティーを出て行くように促されていたことぐらい、ファクルだってわかっている。


 それでもファクルには意地があった。

 勇者パーティーに同行して、勇者が魔王を退治するサポートをするという依頼を冒険者ギルドを通じて正式に受けた以上、最後まで完遂するつもりだったのだ。


 だが、自分が足を引っ張っていると言われたら?


 勇者であるアルアクルは強い。

 魔王を倒すことができるのは勇者だけと言われているのは、なるほど当然だと思う。

 普段はアルアクルに振り向いてもらうことばかり考えている色ボケ王子だが、騎士としての腕前はそれなりだし、それは同じように色ボケしている魔法使いや神官も同じだ。


 ただ一人、ファクルだけが弱かったのだ。


 魔物との戦いは徐々に熾烈になっており、ファクル自身、自分が足を引っ張っているかもしれないという自覚が生まれてきていた。

 そして戦いはこれからいよいよ厳しくなる。何せこれから上陸する魔大陸は敵の本拠地とでもいうべき場所だ。


 だから王子たちから足手まといはいらないと言われた時、腹が立ったし、悔しかったし、むかついたが――その一方で、確かにそのとおりだと思う自分がいた。

 そして、アルアクルの足を引っ張りたくないと、ファクルは王子たちの要求を受け入れ、追放された。


 だが、それがすべてではなかったのかもしれないと、一人になってから気づいた。


 アルアクルは自分を妙に慕ってくれている。

 たぶんそれは、ひな鳥が親鳥に対して無条件に慕うようなものだと思っている。

 まだ何も知らなかったアルアクルに、ファクルは戦い方などを教えたから。


 アルアクルの眼差しはいつだって心地よくて、くすぐったくて、そんな彼女の期待に応えられる自分でいたいと、いつの間にか思うようになっていて。

 これから先、彼女と一緒にいたら、弱い自分を見て、幻滅されてしまうかもしれない。

 それが嫌で、王子たちの要求を受け入れたのかもしれない。

 だとしたら自分は最低だ。


 そんな自分が嫌で、まるで自分を罰するような行動をファクルは取った。

 他の冒険者たちが現実的に考えて無理だ無謀だという理由で断る依頼を引き受ける。

 その結果、あるいは死ぬかもしれないとわかっていても。

 囮役となってブラックドラゴンと対峙することになった時は、さすがに本当に死ぬかもしれないと思った。

 なのに、死ななかった。


 勇者が――アルアクルが現れたから。


 そしてさくっとブラックドラゴンを一刀両断して、ファクルを助けてくれた。

 ファクルを連れ戻しに来たのかと思えば、すでに魔王退治は終えているときた。

 どうやってファクルを探したのかと問えば、困っている人を探して話を聞けば、ファクルにたどり着くと思ったというではないか。

 ファクルは困っている人を見捨てることができない人だから、と。


 アルアクルは真っ直ぐな瞳で、何のてらいもない眼差しで、思っていることを、感情を、真っ直ぐにぶつけてくる。

 この瞳を、この気持ちを向けられるのがうれしかった。

 この瞳に、この気持ちに応えられなくなるかもしれない自分が嫌だった。


 それでもこれは――もう一度、やり直すきっかけを神様が与えてくれたのかもしれないと、ファクルは思った。

 この瞳を、この気持ちを真っ直ぐ受け止められる自分でいられるよう、今度こそがんばるのだ。


 自分は不器用だ。ずんぐりむっくりしている。それにいい年したおっさんでもある。王子たちのようにイケメンではない。

 それでも――こんな自分を、彼女はキラキラした瞳で見てくれている。


 最初から、ゼロからがんばろう。

 そうやって彼女の瞳を、気持ちを受け止められる自分になろう。


 そう思うようになってからしばらくして、追放された時のことを夢に見なくなった。

 夢に見て、苦い思いをしなくなった。

 それだけ成長したからとか、そういう理由だったらどれだけよかっただろう。しかし、実際はそうではない。

 ただ、がむしゃらなだけで。必死なだけで。


 現に今のファクルは、彼女の思いに応えることができていない。

 あれだけあからさまな好意を向けられているにも関わらず、だ。


 実際、家族には「結婚しないのか」「孫の顔が見たい」と言われている。

 家族だけじゃない。幼なじみのインウィニディアから見ても彼女の好意はあからさまに気づくレベルで、大人であるファクルがリードするべきだ何だと、口うるさく言われている。


『でないと、あたしたちの時みたいになるよ』


 とも。

 確かにそうかもしれない。

 昔、この街を出て行く時、ファクルはインウィニディアに好きだと告白できなかった。

 幼かった頃は平気で口にできた言葉なのに。


「大人になると、どうして言葉にするのが難しくなるんだろうな」


 思いは胸の奥から溢れてくるのに。


 このままでは、あの時と同じことになる。インウィニディアの言うとおりだ。


 何より、もう逃げ出さないと決めたではないか。

 なら、今日こそ応えるべきなのではないか。

 はっきりとした言葉にして。


 自分は食堂を開くつもりでいる。

 その手伝いをして欲しいと――そばで、ずっと。

 そうだ。そうしよう。がんばるのだ。


 何なら、アルアクルが失敗した時に怒る調子で、さりげなく切り出すのはどうだろうか。


「……よし、それでいく。やれよ、俺!」


 そんなふうに気合いを入れて、ベッドから抜け出し、身だしなみを整え、部屋を出た。

 そこにいた。アルアクルが。


「あ、ファクルさん! おはようございます! 朝食ができたから迎えに行って欲しいと言われてきました!」

「お、おう。そうか。それはありがとな」

「いえ、大丈夫です!」


 今日も朝から眩しい笑顔を向けてくれるアルアクル。

 こんなにかわいい子が自分のことを慕ってくれている。

 客観的に見ても、それは間違いないらしい。


 なら、後は自分が勇気を振り絞るだけ。

 さあ、今日こそ応えると決めたではないか。

 やるんだ、ファクル!


「な、なあ、アルアクル。話が――」

「あ!」

「ど、どうした!?」


 もしかしてばれてしまったのだろうか。これから自分が言おうとしていたことを。


「ファクルさん、寝癖がついてます! ちょっとしゃがんでくれますか?」

「こうか?」

「もうちょっとお願いします」

「これならどうだ?」

「はい、届きます。……ここが跳ねてるから、こうして……んっ」


 彼女から漂ってくる、甘やかな匂い。

 ミルクのような、やさしさがある。

 アルアクルはファクルから果物の匂いがすると、くんくんしてくるが、ファクルに言わせればアルアクルの方がよっぽどいい匂いだし、くんくんしてしまいそうになる。

 いい年したおっさんがそんなことをしたら犯罪っぽいのでやらないが。


「直りました!」

「お、そうか。ありがとな」

「えへへ、ファクルさんに頭を撫でられてしまいました。うれしいです!」


 気がつけばアルアクルの頭を撫でていた。

 そしてアルアクルはそれを喜んでくれている。

 眩しい笑顔を浮かべて。


 胸の奥いっぱいにうれしさが広がる。

 喜んでくれるとわかるから、もっと撫でたくなる。

 だが、やりすぎるのはよくないかもしれない。

 猫とか、動物がかわいくて、構い過ぎると嫌われるというし。

 必死の思いで、彼女の頭から手を退かす。

 途端、もっとやってほしかった――そんな表情をしないで欲しい。反則すぎる。


「それで、あの」

「ん?」

「さっき、何か言いかけていましたよね? 何ですか?」

「あ、あー……その、なんだ」

「はい」


 アルアクルの真っ直ぐな眼差し。

 それをファクルは見つめて、見つめて、見つめて――逸らしてしまった。


「特に話ってわけでもないんだが、あれだな。今日もいい天気だから、飯を食ったら街に出るか?」

「はいっ! ファクルさんが開く食堂の参考にするために、いろいろ調査しましょう! わたし、がんばります!」


 今日もまた、結局言えなかった。

 がっくりと項垂れるファクルの視界の隅に、狼の執事であるセバスが立っているのに気づく。


 その眼差しはやめてくれ。坊ちゃま、がんばってくださいと声に出さず、口の動きだけで励ますのもだ。

 ファクルはアルアクルに手を引かれて、食堂に向かう。


 今日もまた確かにダメだったが、諦めるつもりはない。

 がんばると決めたのだ。

 すぐ目の前を歩くアルアクルにきちんと向き合うと、そう決めたのだ。

日間総合46位になりました!

ひとえにブクマと評価をしていただいたおかげです!

これからも甘々な物語をお届けできるようにがんばりますので、引き続きよろしくお願いします!


次回のお話はまたアルアクル視点に戻ります。

街を出て、食堂を開く場所を求める旅の再開を予定しています。

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