11#おっさんの実力。
ハイファンタジー日間30位になりました!
ありがとうございます。
皆さん、わたしです。アルアクルです。
今日のわたしは、ちょっと不謹慎かもしれません。
だって、大変なことが起こっているのに……わたしはこんなことを考えてしまうのです。
もし、姿が見えなくなったのがわたしだったら――ファクルさんは同じように心配してくれたでしょうか、って。
ファクルさんの幼なじみであるお姉さんの姿が見えなくなったのが確認されてから、半日が過ぎました。
雨はどんどんひどくなり、ファクルさんは目に見えて焦っています。
「落ち着いてください、ファクルさん。大丈夫です、きっと見つかります!」
「なんでそう言い切れる!? 根拠は何だ!?」
雨音にも負けないファクルさんの大きな声に、わたしは思わずビクッとしてしまいました。
「あ……悪い。そんなつもりじゃなかったんだ」
「いえ、大丈夫です。大事な人、なんですね」
こんなに血相を変えたファクルさんを見るのは初めてです。
「大事っていうか……まあ、幼なじみだしな」
「……………………………………………………………………………………それだけですか?」
「え?」
「な、何でもありません……!」
こんな時に、わたしはいったい何を口走っているのでしょう。
ファクルさんはやさしい人ですし、幼なじみがいなくなったら、探すのは当然じゃないですか。
それなのにわたしは……!
ダメですね。ダメのダメダメです。
今のわたしは、よくありません。
わたしは思いきり頬を叩きました。
バチーン! といい音が響き渡ります。
ファクルさんがビックリしたような眼差しを向けてきます。
「アルアクル、いったい何を――」
「気にしないでください!」
「いや、気にするなって言われても」
「気にしないでください!」
自分でもちょっとやりすぎたと思わなくもありません。
ちょっぴり涙も滲んできました。
それでも、これは必要なことだったと思うのです。
「……………………わかった」
ファクルさんはそれ以上何も言わないでくれました。
その心遣いが、うれしいです。
ファクルさんは、やっぱりやさしいです。
わたしたちは、お姉さんを見かけなかったか、聞き込みをしていました。
道行く人たちに、あるいは心当たりがありそうな近所の方々に。
雨が降りしきる中なので、迷惑そうにされることもありました。
それでも足が棒になるくらい聞き込みをした結果、まだ若い、おそらく20代の冒険者たちに連れ去られるのを目撃したという情報を手に入れることができました。
いったん建物の陰に入って、雨をしのぎます。
「よしっ、ようやく手がかりを掴むことができた!」
「よかったですね、ファクルさん!」
「ありがとな、アルアクル」
「そんな……わたしは何もしていません。聞き込みはファクルさんが中心でしたし……。ただ後ろにくっついていただけで」
わたしは勇者でしたが、その経験はこういう時、何にも役に立ちませんでした。
その点、ファクルさんはすごいです。
どういう人に聞けばいいのか、指示を出してくれたのはファクルさんです。
「そんなことない。一緒に聞き込みをしてくれたし、何よりアルアクルがいてくれたから、冷静さを失わずに済んだんだ。……って、ちょっと冷静じゃなかった時もあったけどな」
あの時は悪かった、とファクルさんが頭を下げます。
そんな、辞めてください!
あれは無責任なことを言ったわたしが悪いんですから!
何とか頭を上げてもらいました。
だって今は、お姉さんを見つけ出す方が先決ですから。
「それにしても……やっぱり冒険者に反感を買っていたか」
「みたいですね」
お姉さんと初めて会った時、ファクルさんが注意するように言っていたのを思い出します。
それに、聞き込みをしている時にも、厳しすぎるお姉さんは、冒険者さんたちから疎まれ、憎まれているという話も聞きました。
「だが、あいつのそれは冒険者のことを思ってだ。あいつなりのやさしさなんだ」
お姉さんのことをそう語るファクルさんは、こんな時だというのにちょっとやさしげな面差しで。
それを見て、わたしは胸の奥にズキッとした痛みを感じました。
どうしてでしょう? よくわかりません。
「とにかく今回の一件は逆恨みした冒険者たちの暴走だろうな」
ファクルさんの言葉に頷きます。
冒険者さんたち――いえ、罪を犯した人たちにさんをつける必要はありませんね。
冒険者たちの居場所も、すでに聞き込みを終えています。
わたしたちはその場所に向かいました。
冒険者たちの居場所は、居住区の外れにある平屋です。
気配を殺してドアの前まで近づきます。
中から聞こえてくるのは、楽しげな笑い声です。
わたしとファクルさんは顔を見合わせると頷き、ドアを蹴破って踏み込みました。
お酒臭いです。
どうやら酒盛りをしていたみたいです。
中にいた冒険者たちが、わたしたちを見て驚いたような、呆気にとられたような、そんな顔をしています。
ざっと室内を見る限り、お姉さんはいません。
どうやら他の部屋にいるみたいです。
「お、おいおい、お前ら、何なんだよ……?」
「インウィニディアはどこだ」
「あ?」
「冒険者ギルドの受付嬢をしている、インウィニディアだ。ここにいるんだろ?」
「………………知らねえな」
嘘です。
答えるまでに間がありましたし、ファクルさんに対して下卑た笑みを浮かべているのは、何かよからぬことを考えていると思わせるのに充分です。
「なら、力尽くで聞き出すまでだ」
「本気か? 俺たちはBランク冒険者だぞ?」
「それが何ですか。わたしは勇者ですよ?」
「は?」
その間抜けな声が、始まりの合図になりました。
そして同時に、終わりの合図でもありました。
わたしは冒険者たちを、あっという間に無力化したのです。
聖剣を召喚する必要もありませんでした。
「俺の出る幕なし、か。対人戦も、ずいぶん手慣れたもんだな」
「ファクルさんにいっぱい教えていただきましたから!」
魔物との戦い方、その心得だけでなく、対人戦闘に関するあれこれも。
そのおかげで、盗賊退治などもずいぶん捗りました。
ファクルさんは床の上で気を失って伸びている冒険者たちを縛り上げていきます。
それから、そのうちの一人の頬を叩いて、意識を取り戻させます。
「おい、もう一度聞く。インウィニディアはどこだ?」
「けっ、知るかよ」
「答えろ」
ファクルさんが殺気を放ちます。
こうしている間もお姉さんが危険にさらされているかもしれないという苛立ちが合わさって、ファクルさんの殺気は冒険者の精神を揺さぶります。
「お、奥だよ! 今ごろ、リーダーがお楽しみのはずだ!」
引きつったような笑いを浮かべる冒険者を、ファクルさんが殴って気絶させます。
「ファクルさん!」
「ああ!」
わたしたちは奥へと急ぎました。
間一髪で間に合いました。
そのドアを開けた時、両手両足を縛られたお姉さんが、野卑な冒険者に押し倒されたところだったのです。
あともう少し遅かったら、きっと最悪なことになっていたでしょう。
本当によかったです。
って、ダメです。まだ胸をなで下ろすには早すぎます。
「お、お前ら、どうしてここに!? 俺の仲間がいたはずだろ!?」
「それならわたしが無力化しました」
「は? お嬢ちゃんが? 嘘だろ?」
「嘘じゃありません。だってわたし、勇者ですから」
「勇者……?」
冒険者がわたしをマジマジと見つめます。
「その髪、その顔――確かにそうだ! 話に聞いたことのある勇者の特徴と同じだ!」
「さあ、大人しくお姉さんを返してください」
「ふざけるなっ! こいつはしがない受付嬢のくせに上から目線で偉そうに、Bランク冒険者である俺たちにいつもいつも説教しやがるんだぞ!? ここらで一度、お灸を据えてやる必要があるんだよ!」
なんて自分勝手な人なのでしょう。
人の厚意を、そうやってねじ曲げて解釈して。
悪いことをして平気な顔をしている人、がんばっている人に理不尽を強いる人、人のやさしさを無碍にする人。
わたしはそういう人が許せません。
わたしは冒険者を睨みつけます。
それだけで冒険者はすくみ上がって、動けなくなりました。
このまま無力化します。
そう思っていましたが、
「アルアクル、ここは俺に任せてくれないか」
「ファクルさん?」
「こういう勘違いをして、調子扱いてるクソガキをしつけるのは大人の仕事だからな」
「……………………わかりました」
わたしが睨むのをやめると、冒険者は目に見えてほっとしています。
「というわけだ。俺が相手してやるからかかってこい。それともアルアクルに睨まれて、ちびっちまって動けないか? ん?」
「ふ、ふざけるな! 俺はBランクだぞ!?」
「ああ、そうかよ。俺はCランクだ」
「格下じゃねえか!?」
「なら怖くねえだろ? ほら、ご託はいいからかかってこい、クソガキ」
「黙れよおっさん! 後悔するなよ……!」
冒険者が腰に帯びていた剣を抜き放ち、ファクルさんに襲いかかります。
普通に考えれば、Cランク冒険者であるファクルさんに勝ち目はありません。
だって相手はBランク冒険者で、格上なんですから。
当然、冒険者ギルドで働いているお姉さんはそのことを知っているでしょう。
「ファクル……!」
だから悲鳴を上げています。
ですが、わたしはまったく心配していません。
だから言います。
「大丈夫です」
「大丈夫って何が!?」
「ファクルさんは大丈夫なんです」
お姉さんがわたしを睨んできます。
でも、本当に大丈夫なんです。
その証拠に、狭い部屋の中、Bランク冒険者が振るう剣を、ファクルさんは避け続けます。
お世辞にも華麗とは言えません。
ずんぐりむっくりしたおじさんが、ドタバタしているようにしか見えないからです。
それでも、Bランク冒険者の剣は、ファクルさんに届かないのです。
どうしてそんなことが可能なのか、わたしは知っています。
魔王退治の旅に同行していた時でも、ファクルさんは自己鍛錬を怠っていませんでした。
それだけじゃありません。
わたしに全力で相手をして欲しいと、お願いしてきたのです。
自分もがんばりたいから、と。
困っている人を助けたいから、と。
その姿を知っているわたしは、ファクルさんが、こんな人の善意を踏みにじるようなことをする人に負けるはずがないと、言い切ることができるのです。
「どうした、クソガキ。Bランク冒険者の実力はその程度か?」
「くっ、冴えないおっさんがドタバタしやがって! これでどうだっ!」
気合いを入れて放たれる必殺の一撃。
ファクルさんはそれを抜き放った刀ではじき返しました。
「なっ!?」
「これで……おしまいだっ!」
宣言どおり、ファクルさんが峰打ちで冒険者の意識を刈り取ります。
「ぐは……っ!?」
白目を剥いて冒険者が倒れます。
お姉さんが信じられないものを見るような目で、ファクルさんを見ています。
でも、わたしはわかっていましたから。この結末を。
だから、
「やりましたね、ファクルさん!」
ファクルさんに抱きついてしまいました。
「お、おう」
ファクルさんは真っ赤になって、受け止めてくれました。
この街のことに詳しくないわたしが、お姉さんと、お姉さんを誘拐、監禁した冒険者たちを見ている間に、ファクルさんが憲兵を呼びに行くことになりました。
雨はすっかり上がり、夕日が沈みかけています。
「ねえ」
お姉さんに話しかけられました。
「さっきのことだけど……ファクルのこと、信じていたの?」
「はい、信じていました」
「……………………………………そっか」
長い沈黙の末に、お姉さんがそう言いました。
「ファクルの昔のこと、聞きたい?」
お姉さんを見ます。
おどけているようにも、真剣なようにも見える表情です。
「貴族の息子なのに、どうして冒険者になったのか。その本当の理由を」
本当の理由?
以前教えていただいたのとは、違う理由があるのでしょうか?
「……知りたくないと言ったら、嘘になります」
でも、とわたしは続けます。
「それをお姉さんから聞くのは何か違うと思うので。どうしても知りたくなったら、ファクルさんに聞きます」
わたしの答えに、お姉さんは満足そうに微笑みました。
「いい答えね」
「そうですか?」
「ええ。あなた、きっといい女になるわ」
「お姉さんにそう言ってもらえるとうれしいです!」
「……くっ、かわいいわねこの子!」
お姉さんに抱きしめられました。どうしてでしょう?
わかりませんが、お姉さんに抱きしめられるの、嫌じゃありませんでした。
「おいおい、俺がいない間に、何やってるんだよ」
ファクルさんが憲兵の方たちを連れて戻ってきました。
「ねえ、ファクル」
お姉さんはわたしを抱きしめたまま、ファクルさんに近づき、耳打ちします。
「この子、あたしにちょうだい?」
「は? やるわけねえだろ」
「つまり、この子は自分のものだと、そういうこと?」
「なっ、ばっ、お、お前!? な、なななな何言ってるんだよ!? バカなこと言ってんじゃねえよ!?」
二人が何を言っているのか、小さな声なのでよく聞こえません。
何より、二人が仲よさそうにしているのを見ると、胸の奥がモヤモヤしてきます。
わたしはお姉さんの腕の中から逃げ出して、ファクルさんに抱きつきます。
「あ、アルアクル何を!?」
「ファクルさんがいけないんですっ!」
それからしばらくの間、わたしはファクルさんが何を言っても、どれだけ困っても、ファクルさんから離れませんでした。








