10#おっさん、勇者に逆襲する。
ハイファンタジー日間82位でした!
ありがとうございます!
皆さんにお聞きしたいことが今日はあります。
あ、わたしです。アルアクルです。
皆さんには、意味もなく飛び跳ねたくなったり、笑いたくなったりすることがありますか?
わたしはあります。
というか、今がまさにそんな感じです。
今なら魔王だってさくっと倒せる気がします。
って、すでにさくっと倒していたのでした。
とにかく、今のわたしは無敵ですっ! って感じなのです!
わたしたちは、ファクルさんの実家であるお屋敷に戻ってきました。
時間は夜。
今日もファクルさんのご家族と一緒にお食事です。
いつものわたしなら、どんなメニューなのかが気になって仕方なかったことでしょう。
ですが、今は違います。
何が出てくるかなんてどうでもいいと、そう言い切ることができます。ちょっとすごくないですか!?
そんなこんなで、わたしが浮かれながら夕食をいただいていると、ファクルさんのお母様が話しかけてきました。
「アルアクルさん、何だかとってもうれしそうだけど、何かいいことでもあったのかしら」
同時に、お父様とお兄様も頷いています。
その言葉を待っていたと思ってしまうのは、いけないことでしょうか。
「わかりますか!?」
前のめりで答えてしまいました。
「ええ。何だかとても素敵な笑顔を浮かべているから。よかったら教えてくれる?」
「もちろんです!」
さっきよりも前のめりです。
今日初めてファクルさんに名前を呼んでもらえたことのうれしさを、わたしは食べることも忘れて熱弁しました。
「アルアクル、おしまいだ! それ以上はやめてくれ! 恥ずかしすぎてどうにかなっちまいそうだ……!」
ファクルさんに止められるまで、気がつけば小一時間近く語っていました。
「……とても残念です。まだまだ語りたかったのに」
「いやいやいや! もう充分語ったから!」
真っ赤になってあわあわしているファクルさんにそう言われました。解せません。全然充分じゃないです。
でも、いいです。
「また、名前を呼んでくれましたっ! えへへ、うれしいですっ!」
「……俺なんかに呼ばれたぐらいで、そんなにうれしいものなのか?」
「はいっ、とっても! とってもうれしいですっ!」
「………………アルアクル」
「はいっ!」
「…………アルアクル」
「はーいっ!」
「……アルアクル」
「えへへ、呼ばれまくりですっ!」
「アルアクル」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
わたしは自分の胸元を押さえます。
「あまりにもうれしすぎて、このあたりがドキドキ大変なことになってきちゃいました!」
「つまり?」
「できれば今日はこれぐらいにしておいていただけると……」
「そうなのか? ちょっと前に、あと1000回呼んで欲しいって、誰かさんに言われたような気がするんだが」
「くぅっ、確かに言いました! 言いましたけど……まさか、うれしすぎてこんなことになるとは、自分でも予想外で」
「アルアクル」
「きゃぅっ!」
「アルアクル」
「はぅっ!」
「アルアクル」
「はくぅっ! こ、これ以上は本当に……も、もう許してください……っ」
「とか言いながら、アルアクルの顔は全然やめて欲しいって感じじゃないんだよなぁ」
「ううっ、ファクルさん、意地悪ですっ!」
「……何せいつも俺がやられているからな。たまにはこれぐらいやっても――」
ファクルさんが何か呟いていましたが、途中でやめてしまいました。
どうしたのでしょう?
見てみれば、ご家族の方を見て固まっています。
「……あ、えっと、その、こ、これは違うんだっ!」
「あらあら、私たちのことなら気にしなくていいから」
「そうだぞ、ファクル。独り身の兄のことは気にせず、思う存分イチャイチャしてくれ」
「自分の息子にこんな性癖があったとは。しかもそれを見せつけられる日が来るとは」
「そこ! 親父! 変な勘違いをするな!」
「この調子なら、孫の顔が見られるのはそう遠くないかもしれないわね?」
「お袋いったい何を!? てか孫って!?」
ファクルさんの声が裏返ってしまいました。
わたしはファクルさんの服をちょこっとつまんで、引っ張ります。
「あの、ファクルさん。孫の顔ってどういうことですか? まさかあの幼なじみのお姉さんと――」
ふたりが仲むつまじく過ごしている姿を思い浮かべたら、胸の奥が痛くなりました。
「違う! 俺とあいつはそんな関係じゃねえ!」
「でも、結婚の約束をしたんですよね……?」
「ちっちゃい頃の話だし、時効だ! インウィニディアも言ってただろ?」
確かに言っていました。
気安くファクルさんの肩を叩きながら。
……そうでした。
あの時のふたりは、とても気安い感じで、ふたりだけの雰囲気が醸し出されていて……。
モヤモヤします。とってもです。
わたしがそんなことを思っている間にも、ファクルさんの言葉は続いていました。
「それにあれだ。インウィニディアは美人だ。すでにいい奴がいてもおかしくない」
あのお姉さんはとても美人でしたし、言われてみればそうかもしれないという気がしてきました。
なら、本当にファクルさんとあのお姉さんは……?
モヤモヤがなくなって、胸の奥が軽くなります。
「インウィニディアちゃんなら、まだ独身よ?」
ファクルさんのお母様が言いました。
「あんなに綺麗なのにね。いったいどうしてなのかしら?」
「……おい、お袋。そこでどうして俺を見る?」
「さあ?」
「やっぱりファクルさんとあのお姉さんは……!」
「違うって言ってるだろ!?」
「でも! でも……!」
「お袋、なんで余計なことを言いやがった!?」
「あらあら、その方が恋が燃え上がるとか思ったわけじゃないわよ?」
「思ったんだな!?」
ファクルさんとお母様が楽しげに言い合いをしています。
それを眺めながらわたしは、ファクルさんとお姉さんの関係が気になって、ファクルさんに名前を呼んでもらえた喜びが半減してしまったような、そんな気持ちになりました。
次の日になりました。
やっぱり、ご家族の皆さんと一緒に朝食を取った後、わたしはファクルさんに連れられて、冒険者ギルドに向かっています。
ファクルさんはわたしよりずっと背が大きくて、踏み出す一歩も大きいです。
でも、わたしに合わせて、ゆっくり歩いてくれます。
魔王を退治する旅をしている時もそうでした。
あ……何とかという王子様たちは自分のペースでどんどん行こうとするのにです。
どうしてわたしのペースに合わせてくれるのか、聞いたことがあります。
その時は、わたしが皆さんのペースに合わせるべきなんじゃないか、そんなふうに思っていたからです。
返ってきた答えは、こうでした。
『魔王退治は急いだ方がいい。早ければ早いほど、被害は少なくて済むだろうからな』
『だったらやっぱり……!』
『だが、そうやって嬢ちゃんが急いだ結果、いざという時、疲れていて力を発揮できなかったら?』
『え?』
『魔王を退治できるのは嬢ちゃんだけだ。なら、嬢ちゃんのペースを崩すような真似は避けるべきだ。俺が嬢ちゃんのペースに合わせて歩くのは、それが理由だ。それ以上の意味はねえ』
あの時のファクルさんはまだ出会ったばかりだったので、そのちょっとぶっきらぼうな感じが少し怖かったんですよね。
でも、とわたしは思います。
あの言葉は嘘ではないと思いますが、すべてが本当だったわけでもないんじゃないでしょうか。
だって、今もファクルさんはわたしのペースに合わせて歩いてくれています。
魔王退治の旅は終わっているのにです。
わたしのことを気遣ってくれる、ファクルさんはやさしい人です。
「あの、ファクルさん。冒険者ギルドに行くのって、何か依頼を受けるんですか?」
「いいや、受けない」
「なら、どうして?」
「あー、えっと、その、なんだ」
「?」
「アルアクル、気にしてただろ。俺とインウィニディアの関係を」
「…………別に気にしてないです」
嘘です。本当はすごく気になります。
でも、それを正直に打ち明けるのは、何だか嫌でした。
だからわたしはそっぽを向きました。
「……わかった。じゃあ、そういうことにしておく」
「そういうことにしておくも何も、気にしてません」
「わかった。アルアクルは俺とインウィニディアの関係を気にしていない」
「はい、そうです」
「だが、俺が気にしてるんだ」
「え?」
「その、なんだ。アルアクルに変な誤解をされたくないっていうか……ちゃんと説明しておきたいっていうか……」
ファクルさんがガリガリ頭を掻きます。
「いい年したおっさんが、何言ってるんだろうな。はは」
「そんなことありません! わたし、ファクルさんに気にしてもらえて、うれしいです!」
「お、おう、そうか」
「はいっ! そうなんです!」
わたしの答えに、ファクルさんがはにかんで、頬を掻きます。
「まあ、とにかく。俺とインウィニディアは本当にただの幼なじみなんだ。それをこれからあいつも交えて、ちゃんと説明するから」
「はい、わかりました!」
そうして冒険者ギルドにやってきました。
どこの街の冒険者ギルドもそうですが、酒場が併設されていて、朝からお酒を飲んでいる方たちがいます。
ファクルさんは真っ直ぐカウンターに向かって行きます。
「インウィニディアに用があるんだが」
受付にいた男性に声をかけました。
「すみません。彼女、いつもなら出勤してるはずなんですが、まだ来ていないんです」
「遅刻か?」
「いえ、それはないかと。何せこれまで一度も遅刻していませんし。当然、無断欠勤もありません」
受付カウンターを離れます。
「……何だか嫌な予感がする。行くか」
「行くって、どこにですか?」
「あいつの家だ」
というわけで、お姉さんのご自宅に向かいます。
住宅が建ち並ぶ地区に、お姉さんのご自宅はありました。
「インウィニディア! いるか!?」
呼びかけても、誰も出てきません。
それでも何度も呼びかけていると、隣の家の方が出てきて教えてくれました。
お姉さんなら、すでに冒険者ギルドに出勤したと。
用があるなら、冒険者ギルドに行くべきだと。
お礼を言って、わたしたちはその場を離れました。
「どういうことでしょう、ファクルさん?」
「わからん――が、何か事件に巻き込まれたのかもしれない」
事件……?
そう思った時でした。わたしの頬に冷たい何かが当たりました。
見上げれば空は厚い雲に覆われていて、すぐに大粒の雨が降り始めます。
まるでお姉さんの運命を暗示しているような気がして、わたしは身震いをしました。








