01#おっさん、お払い箱になっていた。
よろしくお願いします。
のんびり更新していきます。
皆さん、初めまして。
わたしはアルアクル・カイセル、16歳です。
勇者をやっています。
ええ、そうです。魔王とかをバッタバッタとなぎ倒すことで有名な、その勇者です。
あれ? ちょっと違うような……? まあ、だいたい合ってるような気もするので、気にしないことにしましょう! 俗に言う「考えるな、感じろ!」ってやつですね!
周囲の方々から千年に一人のかわいすぎる勇者とか言われますが、わたしは普通の女の子です。
蜂蜜色の髪は邪魔なので頭の上の方で適当にまとめているだけですし、蒼い瞳はちょっと大きくてくりくりしているだけで特徴的でもありませんし、体型はつるーんでぺたーんで……べ、別に全然気にしてませんし!? ええ、本当ですよ! ぐぬぬっ、なんて思ってないですから……!
ご、ごほんっ。その、ちょっと取り乱してしまいました。
ですが、人にはいろいろ悩みがあると思うんですっ! だからしょうがないですよね! ね!?
はい! というわけで、さっきのことは忘れてください! いいですね? つるーんとか、ぺたーんとか、そういうのは聞かなかった方向ですよ! よろしくお願いします!
さて、そんなわたしが勇者なんてものをやらせていただくことになったのかといえば、この世界を司る神様からの啓示があったからだったりします。
といっても、わたしが啓示を受けたわけじゃありません。受けたのは王国教会のすっごく偉い司祭様です。
啓示の中身は、
「近々魔王が復活する。その魔王を退治できるのは勇者だけで、その勇者は辺境の田舎村の孤児院にいて、特徴は――」
みたいな感じで、その条件に当てはまるのがわたしだったのです。
実際、わたしのところにやって来た王国騎士団に同行していた神官の方がわたしを鑑定した結果、勇者の称号を神様から授かっていることが判明しました。
正直なことをいえば、魔王と戦えと言われても怖いですし、嫌だと言う気持ちが強かったです。
わたしは実の両親を知らない、孤児院育ちです。でも、そんなわたしなんかが誰かのために力になれるのなら? がんばる意味があるのでは?
……いえ、それは嘘。勇者になると決めたのは、そんな大層な理由からではありません。
わたしをここまで育ててくれた院長先生、孤児院で一緒に育ったみんな、田舎村のやさしいおじさんおばさんたち……そんな人たちが魔王によって傷つくかもしれない。
自分ががんばれば、それを回避することができるかもしれない。そう思ったからなのです。
そして、勇者になると決めてから、今日までの日々は大変なことの連続でした。
王様をはじめとするすごく偉い人たちとの会談、初めて会う人たちとの慣れない長旅、魔王が率いている魔物たちとの戦い。
魔王討伐の旅は初めてのことばかりで、挫けそうになったことは数え切れないほどでした。
そんな勇者な日々が一年以上続き、魔王がいる魔大陸の目前までやってきました。
いよいよ本陣に切り込む! となったところで、緊急事態発生です。
立ち寄った村が盗賊に襲われて大変なことになっているというのです。
わたしは気合いを入れて退治することにしました。
困っている村の人たちがわたしを育ててくれた田舎村の人たちに似ていて、放っておくことなんてできません。
魔王討伐の旅に同行している、わたし以外の方たちが村の守りを固めるということで、わたし一人で盗賊のアジトに赴いて退治してきました。さくっと。
わたし、普通の女の子なんですけどね。今まで魔物と戦ってきた経験が生きているんでしょう。
で、盗賊たちを縛り上げて戻ってきたら、大変なことになっていたんです。
「すみません、もう一度言っていただけますか?」
聞かされた言葉が信じられなくて、わたしはそう口にしていました。
「もちろん、君の頼みなら、何度でも繰り返そう!」
あ……何とかという王子様が、長髪をかき上げて言いました。
「自分たちの旅に同行していた冒険者の男のことだ」
い……何とかという魔法使いさんが、かけている眼鏡の位置を直しながら言いました。
「彼は旅立った。これ以上、自分がいては私たちに迷惑がかかると、そう言ってね」
う……何とかという神官さんが、胸に手を当ててそう言いました。
あ……何とかとか、い……何とかとか、う……何とかとか、人の名前を、しかも今日までずっと一緒に旅をしてきたパーティーのメンバーをそんなふうに呼ぶのはよくないってわかっているのですが、すみません。わたし、どうしても人の名前を覚えるのが苦手で……。
まあ、今はそんなことはどうでもいいですね。
どうやら、わたしの聞き間違いというわけじゃなかったようです。
信じたくありませんでした。
ですが、ここにいないということは、そういうことなのでしょう。
魔王討伐の旅に同行していたのは、わたしとここにいる皆さんの他に、もう一人いました。
凄腕ベテラン冒険者のファクル・スピルペアさんです。
え、人の名前を覚えるのが苦手なんじゃなかったのか……ですか?
嘘じゃありません、本当です。でも、なぜかファクルさんの名前だけは、すぐに覚えられたのです。なぜでしょうか……?
ファクルさんは30歳後半くらいで、表情は穏やかで、目は垂れ目で、顎髭が伸びていて、髪には少しですが白髪が交じっている、ずんぐりむっくりしている、そんなおじさんです。
わたしはファクルさんにいろいろなことを教わりました。
魔物の弱点、野宿した時の雨露のしのぎ方、お店での値切り方など……本当にいろんなことをです。
特に大変ためになったのは、体に宿る魔力の使い方です。
この世界の人の体の中には、大なり小なり、魔力と呼ばれるものが宿っています。
魔法を使うときにはもちろん必要ですし、それ以外にも身体強化を行ったりすることもできるのです。
わたしは神様から勇者という称号を授かっていたためか、人より桁外れに多い魔力を体に宿していました。
聖剣や聖鎧といった、勇者だけが身につけることができる装備を召喚できるのも、その桁外れに多い魔力のおかげです。
反対にファクルさんが宿していた魔力は、一般の人の半分以下。料理を行う際、なんとか種火を起こすことができる程度でした。
当然、身体強化などできないレベルですし、冒険者になるなんて普通は考えられません。
冒険者には、薬草採取などの子どもでも受けられるような比較的簡単な仕事もありますが、魔物を討伐したりする仕事や、盗賊などから対象を守る護衛の仕事など、戦う力を求められることがあるんですから。
ですが、ファクルさんは凄腕ベテラン冒険者として、一目を置かれる存在だったのです。
実際、ファクルさんの戦い方は見事の一言でした。
初めてゴブリンと戦った時のことです。
恐怖で動けなくなってしまったわたしの代わりに、ファクルさんがゴブリンを倒してくれました。
腰に帯びた、わずかに反りのある刀……? とかいう武器でもって、一刀両断にしてしまったのです。
『大丈夫か? 嬢ちゃん』
そう言ってわたしのことを心配してくれました。
『え、ええ、大丈夫です!』
『それはよかった。――じゃあ、遠慮なく叱れるな』
え、と思った時には、頭に思いきりゲンコツが落ちていました。
痛い、と思いましたし、ちょっぴりですが涙も出てしまいました。
そして、なんで!? と思いました。
『何で、と思ってるな。叩かれた理由がわからなくて。それはな、嬢ちゃんがゴブリンを前にして、棒立ちになっていたからだ。あのままだったら、嬢ちゃんは殺されていたんだぞ?』
『……はい』
『嬢ちゃんは勇者だ。嬢ちゃんだけが魔王を倒せるんだ。それなのにゴブリンに殺されたら……この世界はどうなる?』
『……大変なことに、なってしまいます』
『そうだ。だから油断するな。油断していればゴブリンにだって殺されてしまう。気を抜くな。常に戦場にいる気持ちでいろ。わかったな?』
わたしは頷きました。
叩かれた理由も納得です。
わたしはあまりにも自覚が足りませんでした。
『ありがとうございます、ファクルさん!』
『叩かれて笑うとか、嬢ちゃんは変な奴だな』
ファクルさんは苦笑した後、『痛かったよな。悪かった』と謝り、叩いたところを大きな手で、不器用な感じに撫でてくれました。
わたしがなんだかくすぐったい気持ちになっていたら、あ……何とかという王子様たちに、世界を救う勇者に対してその態度は何だと怒られていたので、わたしは「やめてください!」とお願いしました。
本当に、わたしの自覚の足りなさが悪かったんですから。
そんな感じで、ファクルさんのおかげで、わたしは目が覚めたのです。
つまり、今、わたしが魔物と対等に戦うことができているのは、勇者として活躍できているのは、ファクルさんによるご指導ご鞭撻のおかげと言っても、決して言いすぎではないのです。
そのファクルさんがパーティーを抜けてしまった……。
「あの、ファクルさんは何か言っていませんでしたか?」
ファクルさんがいないと思うと、何でしょう、胸の奥がキュッと締め付けられるように感じるのは。
「別に、何も言っていなかったぞ」
あ……何とかという王子様はそう言いました。
「そう……ですか」
胸の奥の締め付けが強くなります。
これが何なのか、どういう意味なのか、知りたいです。
それに……どうしてファクルさんは黙って去ってしまったのかも。
ですが、今のわたしには、そのことについて思うことは許されません。そんな余裕はないのです。
だって、わたしは勇者です。
魔王を倒さなければいけないのです。
そのために、ファクルさんにいろいろ教えてもらったんですから。
「ああ、アルアクル! あんなむさ苦しい野郎のことは忘れて、僕たちだけで魔王討伐の旅を続けよう!」
あ……何とかという王子様が言います。
パチパチとやたらと片目を閉じてきます。
この王子様はわたしを見るたびによくそういう仕草をするので、きっと目にゴミが入りやすい体質なんだと思います。大変ですね。
というか、ファクルさんは冴えない感じのおじさんですが、別にむさ苦しくはないと思います。
むしろ果物みたいないい匂いがしていました。
少ない魔力で生活魔法を十全に使いこなして、常に清潔に気をつけていたからだと思います。
「そうだな。それがいいと自分も思う。そもそも彼は勇者パーティーに相応しいとは言えない存在だった。冒険者風情のくせに偉そうに自分たちに指図するなんて、まったくあり得ないことだ」
い……何とかという魔法使いさんが言います。
何か憂いを帯びた表情をしてわたしのことを見つめて来ます。
わたし、知ってます。きっとお腹が痛いんです。わたしと同じ孤児院で育ったマックがよくそんな感じの表情をわたしに向けてきましたから。間違いありません。
あと、ファクルさんは確かに冒険者ですが、決して偉そうに指図したことは一度もありません。
いつもわたしたちのことを考えて、的確な指示を出してくれていました。
ここまで大きな怪我をすることなくやってこられたのは、ファクルさんのおかげだって、わたしは知っています。
「そうですね。アルアクルさん、盗賊退治で疲れたでしょう。この先に温泉が出る宿場町があると聞きました。そこであの男と一緒に過ごしたことで体に蓄積された疲れを癒やすのがいいと思いますよ」
う……何とかという神官さんが言います。
キラキラした笑顔を浮かべています。そんなに温泉が好きなんですね。
でも、わたしはちょっと遠慮したいです。
ファクルさんと過ごしたことで溜まった疲れなんてまったくありませんし、宿場町に行ったら必ず騒動に巻き込まれますから。
というのも、この三人の男性は、いわゆるイケメンという方たちで、女の人たちにとてもモテるのです。
村や町に行くと女の人たちが、それはもう女性を見かけたゴブリンやオークのように群がってくるんですよね。
そしてわたしがそばにいることに気づくと、敵視するか、王子様たちになぜか気に入られているらしいわたしに取り入ろうと媚びを売ってくるかするのです。
それが精神的にとても疲れて。
その点、ファクルさんはまったくモテずに、
『俺はほら、不細工だから』
といつも苦笑いを浮かべていました。
わたしはそんなふうに思わないんですけどね。実際、ファクルさんにもそう告げたんですが、
『嬢ちゃんは優しいな』
と、わたしの頭をやっぱり不器用な感じで、でも、やさしく撫でてくれました。えへへ……って、思い出して笑っている場合じゃなかったです。
そのファクルさんはもういません。いないのです。
やっぱり胸の奥が締めつけられるように苦しくなりましたが、そんなわたしとは裏腹に、王子様たちはむしろとても清々した感じの笑顔を浮かべています。
気にはなりましたが、それよりも言わなければいけません。
「宿場町には行きません!」
「「「え!?」」」
三人はとても驚いた顔をします。
「わたしたちが行くのは魔大陸です!」
今のわたしは勇者です。
勇者は魔王を倒さなければいけないのです。
ファクルさんのことが気になっても、気になっても――どうすることもできません。
でも――魔王を倒したら?
勇者の役目は終わり――ですよね?
そうしたら――わたしはファクルさんを追いかけることができると思いませんか?
というわけでわたしは、わたしのためを思って温泉に行こうという、あ……何とかという王子様たちのやさしさを振り切って、魔大陸に向かうことにしました。