4.青い球
午後18時。
この時期はもう既に真っ暗だ。
椋夜は着替えを取ってくるとのことで、一旦家に帰ってしまった。椋夜の実家はここから電車で1時間の為、戻ってくるのは19時過ぎになりそうだ。
「明日にすればよかったのに……どうして帰ってまで今日にこだわったのだろうか」
なんとなく、僕には察しがついていた。一人暮らしとは最初はわくわくと寂しさでいっぱいだ。朝僕が涙を流したのが気になって来ようとしてくれたのだろう。なんて優しいのだ。
せっかく来るということで、スーパーでお菓子を買った。
一人暮らしで友達とお菓子パーティなんて一度は経験してみたかったことだ。
ウキウキ気分で夜道を歩いていると――
ズシンッ!
僕の目の前に黒い鉄球のような物が突然姿を現した。
「っ!」
あ、危ない……シールドの能力を使っていなかったら確実に潰されていた。
僕の真上では、薄い五枚のシールドがひび割れていた。なかなかの威力だ。
「はぁ~おっしぃ~!!初見殺しと行こうとしたが、無理だったみたいだなぁ!」
馬鹿にした声の後、少し離れたところに黒い鉄球が再び空から降ってきた。そして、その上には人影が。
「お前なかなかの能力持ってるじゃねぇかぁ!もっと俺に見せてくれよぉ!」
能力って……こいつも何かの能力者なのか?
夜道のせいか、はたまた黒いマントのようなものを被っているからか、相手の顔がわからない。
ただひとつわかることは……あいつも光り輝く球を持っているということだ。僕とは違い、青く光る球なんだけど。
「なにビビってんだよぉ!もしかして昨日降ってきた光の選ばれし者かぁ?」
ドドドドドドン!
上空から僕へとめがけてたくさんの黒い鉄球が降ってくる。
「うわっ」
今自分ができうる、己を守れる方法を取る。とにかくシールドをたくさん生成することだ。
重い鉄球が次々にシールドを破壊していく。
「アハハハハハハハハハ!どーしたどーしたこの程度かぁ?」
シールドで耐えているものの、攻撃手段のない僕は考え込む。
何故僕が能力者とわかったのか。どうして攻撃してきたのか。こんなに暴れたら町が崩壊してしまう。そんな考えが浮かんだ。
知らない男の煽るような声が聞こえる。
「ちっ、まったく攻撃してこねぇな……」
しばらく防御を続けていると、雨のように降り注ぐ鉄球がようやく終わった。
「お前……ステルス・ファクト(・・・・・・・・・)のことを何も知らないのか?」
マントの男が呆れたような口調で聞く。
「ステルス・ファクト?」
「なぁ~んだ、マジもんの初心者じゃねぇか」
ステルス・ファクト……いったい何のことだろう。
彼には僕が見えているのか、表情を見てため息をつく。
「ステルス・ファクトっつぁ今お前の横に浮かんでいるその白い球の事だよ!」
この白い球、ステルス・ファクトっていうのか。
「このステルス・ファクトは、付近に同士がいたら、こんな感じで輝き始めるんだ」
彼が赤い球を僕の方に近づけると、赤い球と白い球が同時に輝き始めた。これで僕が能力者だとばれた理由が理解できた。しかし、何故襲われるのか未だにわからない。
まあ、能力者が能力者を発見したら闘いたいという気持ちは少なからずあると思う。
恐らくそういうことだろう。
「ちょっとは理解したか?そんじゃ、続きしようや!」
彼はどこから出現させたのか、大きな黒い鉄球を僕めがけて投げ放つ。
バリバリバリ――――――
五枚ほどシールドが割れたが、なんとか静止させることに成功する。動きを止めた鉄球は非現実的なことに電子分解のように姿を消した。
それにしても、こんな危ない人と闘っていたらそのうち死んでしまいそうだ。
「待って、どうして僕らが闘わなきゃいけないのさ!接点も何もないじゃないか!」
「あぁ?だから闘うんだろぉ?能力者同士のガチバトルだ!漫画みてぇで面白いじゃねぇか!」
そういう理由か。納得した。
普通なら逃げられなくても身を引くべきだろう。だが、僕は自分の能力に感心している。相手の能力が『鉄球を自由に創り出す』のような能力ならば、僕の方が上手のはずだ。攻撃には特化してないだろうけど、怪我を負うことはないと思う。
ここは、守り切ろう。時間が経てば彼も飽きるんじゃないだろうか。
上空にたくさんの鉄球が出現する。
「さぁさぁ、お得意の守りに入りな!」
鉄球は隕石のごとく、僕めがけて突撃してくる。
シールドが割れる音。速度を落とした鉄球同士が砕ける音。僕の周りではたくさんの音が鳴り響く。
「心配しなくても他人には迷惑かからないぜ?能力者同士がバトルするとき、自動的に別空間へ移動させられるようだからなぁ。景色は何一つ変わらないが、闘いが終われば元通りだ!破壊されたものは戻るが、人体はどうなるか俺も知らねぇけどさ!」
鉄球が止み、静けさが訪れる。
「そんじゃ、次はこれだ」
僕の目の前には、横一列に並んだ鉄球が用意されていた。
「そのバリアがいつまでもつのか、試させてもらうぜ!」
一列に並んだ鉄球が僕を襲う。当然シールドで食い止めるも、次々と鉄球に破壊され、距離を地締められる。
「はははっ、エンドレスだな!」
まずい、自分の力を過信しすぎていた。確かに守れるのは強いが、連続して攻撃されると、そのうち距離が縮まり、身体に直撃してしまう。
考えろ。今この瞬間を乗り切る方法。
僕は、改めて自分の能力について振り返ってみた。
半無限シールド。僕を囲むかのように存在するシールド。地面にも被害はないがシールドは存在している。おそらく下からの攻撃も防げるのだろう。
「下からの……」
現在、ここは別の空間。そして僕のシールドは試したことはないが数十メートル先まで広げることができる。
ならば、地面を壊せばいいのだ。
僕は、力を込めシールドの範囲を広げる。鉄球に押されている部分は広げられないが、その他の方位なら広げることが可能だ。
僕周辺の地面が割れ、シールドの中心にいる僕がずれることにより、シールド全体が移動する。
「おぉ、鉄球の軌道が……」
僕のシールドは円状だ。なので、中心からずれた鉄球は軌道を変えて明後日の方向へと進路を変える。
「回避と来たかぁ!しかもお前、宙に浮くこともできるんだな」
僕も驚きだ。シールドの調整次第では地面を崩さず中心の僕が浮くことだって可能のようだ。
なんだろう、命の危機だというのに発見があるとうれしくなる。
「君のおかげでだいぶ能力を使いこなせるようになったよ」
「そりゃどうも!俺も熟知した奴と闘う方が楽しいしなぁ!」
いい人に感じてきた。
彼は、鉄球の上に立ち、その鉄球を信じられないほど大きくする。100mを超えるレベルだろうか。同じ円状なので幅も同じだ。
「ははは、俺も空に近づけるんだぜぇ?」
遠すぎて何を言っているかわからないが、この大きさは不味いだろう。
僕もだいぶ自分の能力を理解してきた。ここからは攻撃に徹するべきだろう。いつまでもこんな能力バトルをしている場合ではない。
なんたって、今日は椋夜と待ち合わせをしているのだから。
「そんじゃぁ、いくぜぇ!」
巨大な鉄球が、僕めがけて転がりだす。
地面は割れ、建物も崩壊する。
僕も僕で、ただシールドを貼っているだけでは重さに耐えきれず次々と割れていってしまう。
僕は、攻撃は最大の防御という言葉が嫌いだ。
力あるものは、攻撃にも防御にも救われている。対して、弱弱しい物にはそのどちらも備わっていないということだからだ。現にそれは事実だ。
頭の良い人は受験に有利であり、希望通りに事が進まなくてもたくさんの職種を選ぶことができる。
僕はそういった人たちとは逆の人間だ。
だから僕は僕なりに、防御は最大の攻撃という言葉を掲げよう。
とにかく踏ん張り、最大までシールドで地面を壊す。
「そんなに踏ん張ってもこの大きな鉄球を壊すことなんか出来ないぜぇ?」
彼にはそう見えているのか。
僕はできうる限り地面を破壊した後、シールドと鉄球のぶつかる反動を利用して後方に飛ぶ。
転がり続ける鉄球が、僕が破壊した地面によって埋まり、動きを止める。
「なぁっ、なん――――」
人は予想外なことが起こると動揺し、隙が生まれる。
その隙を僕は見逃さなかった。
シールドは守るためだけではない。割れた欠片を投げることだって可能だ。
僕は、彼の青い球めがけて欠片をいくつも投げる。そしてそのうちの一つが命中し、彼と青い球の距離が広がる
「しまった!」
一度検証したことがある。ステルス・ファクトと距離を取った場合、能力が使えなくなるということを。
彼が乗っていた鉄球が姿を消し、地面に向かって落ちていく姿が見えた。
グシャッという音とともに、風景がいつも見ているものに変化する。
「お、終わった……?」
彼の姿はない。残っているのはひび割れた青い球だけだ。
死んだ……?いや、そんなことは……。
そのことについてはあまり考えたくない。死体がない以上そんなことはないと思いたい。
ステルス・ファクト……目的は何なのだろう。何故、このようなものが存在しているのか。僕はひび割れた青い球を見ながら不安を抱いた。