ケイトと古代超科学文明の遺物
レジスタンスメンバーに、『ケイト』という名の女性がいる。
栗色でセミロングの綺麗な髪に、大きく、美しい瞳。
おしとやかで、愛想が良く、それに優しい。
シスターにして、医師見習い。
教会にやって来る怪我人や病人を診ているのだが、丁寧な診察ぶりで、その評判はすこぶる良い。
教会の仕事とは、慈善事業ではなく、一定の寄付が必要であるために、ある程度裕福な者で無ければ治療が受けられない。
無制限に誰も彼も治療していれば、収拾が付かなくなってしまうことは分かっている。それでも、結果的に貧しい人達を見捨ててしまっていることになる現状に、彼女は心を痛めているという。
なんと慈愛に満ちた女性なのだろうか。
彼女も、実はまだ十八歳で、俺と同じぐらいの歳なのに、非常にしっかりしているように見える。そして、相当な美人なのだ。
まさにこの地に降臨した女神なのではないか……そんな事を、同じレジスタンス仲間のキルークと話し込んでいるところをユナに盗み聞きされていて、彼女はなぜか、不機嫌になった。
「どうせ私は、ガサツで、優しくなくて、しっかりもしていなくて、美人でもないよ!」
と、拗ねてしまっている。
そういうところが、まだ十七歳――半年間、石になっていたから実質は十六歳――らしい、俺から言わせればまだ子供なのだが、それを言うとますます拗ねてしまうので黙っておく。
そういうとき、お調子者で明るいキルークは、
「いやいや、ユナだってケイトに勝るとも劣らない美少女じゃないか。凄い魔法が使えるし、その上、剣の腕まで冴え渡っている。すごくかっこいいよ!」
と褒め称えた。
「ありがとう、優しいのね。誰かさんと違って、行動力もあって、それでいてクールだし、素敵。あーあ、ハルちゃんがうらやましい!」
と、俺に嫌みを言ってくる。
ちなみに、キルークは二十歳手前ぐらいで、俺より少しだけ年上。
そして、ワノクニで出会った少女ハルの、最高の結婚相手であることが、俺の『究極縁結能力者』で判明している。
彼にもその事は話しているのだが、まだ会ったこともない少女のことを言われても、なんと反応していいのか戸惑っている様子だった。
とはいえ、元々、俺たちの世界『ファイタルシア』に興味を持っていた事もあり、レジスタンスとしての活動に一段落ついたら、ぜひ行ってみたい、と意欲を示している。
そして、ユナが拗ねる原因になったケイトに関してだが、俺とユナが、恋占いを奨めてみたことがあったのだが、彼女はそれをやんわりと断った。
彼女は、俺が恋愛占いをしているところを、通訳として一番間近で目撃している。
その驚異的な的中率が、正直、怖いらしい。
例えば、もし自分の結婚相手が見えなかったら、かなり落ち込んでしまいそうなのだという。
まあ、それは分からないでもない。実際、ユナがそれで、俺に「君は誰と結婚しても幸せになれない」と言われて泣きわめいていたし。
「……ひょっとして、好きなお相手がいるの?」
というユナの問いに対して、ケイトは、否定も肯定もしなかった。
ユナによれば、それはちょっと危ういのだという。
何が、と聞くと、彼女は
「何でもないっ!」
と、またしても理不尽に怒るのだが。
ともあれ、俺も嫌がっている相手のことをこっそり占うことなどできないので、ケイトの恋愛に関してはまったく関知していないのだが、それはともかく、彼女もレジスタンスの一員である以上、裏の顔を持つ。
ケイトは、体力に優れるわけでもなく、また、武器の扱いが得意なわけでもない。
最低限の銃の扱い方や、簡単な護身術は学んでいるようだが、それでもちょっと練習した俺やユナに、あっという間に抜かれてしまうぐらいだ。
しかし、彼女は機械の『操作』を得意としている。
たとえば、車両や『超兵器』の位置を把握するための『レーダー』という装置の扱いは、彼女が一番上手い。そのため、まずその『レーダー』で敵の位置情報を把握し、適切にメンバーに伝え、奇襲攻撃の起点としているのだ。
ちなみにこの『レーダー』、通常であれは車両でないと運べないほど大きく、重い代物であるが、彼女が操るそれは片手で持ち運びできるほど小型・軽量だ。
その上、縮尺や解像度の切り替えなど、多機能かつ高性能。
さらに、あらかじめ名称を付けておいた目的物を判別することができるという、この文明が進んだ『ジアース』においても飛び抜けた性能の……つまりは、『古代超科学文明』の発掘品である。
そしてこの日、薄暗い教会の地下室で、ケイトとクラーラから、ユナに、もう一つの発掘品が手渡された。
ちなみに、この場にいるのは、他は俺だけだ。
二人が言うには、
「自分達では到底使いこなせる代物ではない」
との事だった。
「……これ、剣の柄だけ……」
受け取ったユナは、やや長めのその物体を手にして戸惑っていたが、
「その横にスイッチがあるでしょう。それをずらすと、刃が出てくるの。あ、待って。飛び出してくるから、くれぐれも慎重に……」
クラーラが、いつになく真剣な表情でそう注意するので、ユナも、これはヤバい代物なんだと認識し、少し怯えながらスイッチを入れた。
刹那、ヴィン、という低周波の音と共に、長さ一メル、幅五センチほどの薄い刃……いや、水色の淡い光が出現した。
「……これって、一体……」
「気を付けてください、薄い刃の部分だけでなく、横側も、触れただけでダメージを負います。切れはしないのですが、はじき飛ばされるというか……そして刃は、ご覧の通り両刃になっていて、どちら側も、この世でおおよそ切断できない物はないのでは、というほどの切れ味を誇ります。しかも、どんなに固い物を切っても刃こぼれしない……いえ、『刃』ですら無いのかもしれません。試しに、これを切ってみてください」
ケイトがそう言って、木製の台座の上に置いたのは、レンガだった。
「これを、切るの?」
「はい。勢いを付ける必要はありません。そうすると、多分床まで切っちゃいますから……」
ケイトの真剣な返事に、ユナは一度頷いた。
そしてゆっくりと刃を下ろすと、まるでバターを熱した包丁で切るかのように、するりと切断され、さらに下の台座にまで切り込みが入った。
「……凄い、なんて切れ味……」
ユナが驚愕の表情を浮かべる。
もちろん、俺も驚いた。
「……それは、『超兵器』と同じく、『古代超科学文明』の遺品です。とんでもない逸品であることは分かっているのですが、ご想像の通り、超接近戦でしか活用できません。私達が想定している、『超兵器』への攻撃には到底使えないと思っていました。ですが、『魔導剣士』であるユナさんであれば、ひょっとしたら……」
「……使えるかもしれない、っていうことね……これ、本当に相当ヤバいね……ちょっと使い方を間違えたら、最悪、自分自身を切り刻んでしまうかもしれない。でも、それは元々の世界でも同じだしね……」
ユナはそう言うと、ブンブンとそれを振り回し、その感触を確かめる。
それだけで、俺は身の危険を感じ、数歩後ずさりしてしまった。
「……うん、これ、凄い、凄いわ。凄まじい剣圧を感じるのに、羽根のように軽いの。切れすぎるみたいだから、使いこなせるようになるには相当練習しないといけないけど、私の魔法と組み合わせたら、本当に『超兵器』も倒せそうな気がしてきた!」
ユナ、ご満悦。ふう、これで機嫌がなおったか。
なお、この剣は、クラーラによって『光輝の剣』と命名されており、ユナもその名称が気に入ったようだった。
こうして、昼間は『サマン結婚相談所』での占いによる資金稼ぎが、そして夜は対超兵器レジスタンス活動の準備が、着々と進行していったのだった。