『サマン結婚相談所』、始動!
教会の一室に、『サマン結婚相談所』という特別ブースが設定された。
『女神イザミナの導きにより、貴方に最もお似合いの異性をご紹介します』という意味の看板が掲げられている。
料金は銀貨一枚。庶民の質素な生活であれば、十日分の食費になるという……結構強気の設定だ。
いかに教会の公認占いといえども、その金額ではなかなか客が来ないのではないか、と意見したのだが、「外れれば返金OK」としている以上、本当に結婚したいと思っている、特に上流階級の紳士・淑女であれば申し込んでくるはずだ、と、クラーラは上機嫌だった。
また、この占いをすることが神の寄付へと繋がる、というのも大きいのだという。
この国の人が信仰心が厚いとはいえ、やはり人は見返りを求める生き物で、教会に寄付をしたいと思っても、このご時世、確実な御利益がないと渋ってしまう人が多いらしい。
さらに、占い担当の俺の姿なのだが……黒を基調とした聖職者の格好に、頭からフードをかぶり、マスクをして、目しか出さないようにさせられてしまった。
その上、金色のペンダントや指輪までつけられて、荘厳と言えなくもないが、それ以上に妖しさ満載の出で立ちだ。
ユナも同様の格好で、黒のロングスカートになったということだけが異なっている。
これには理由があって、例のゲートを通ってこの世界に侵入してきた際に容姿の写真を撮られている可能性があるので、ばれないようにするため、ということだった。
転移魔方陣を使って相当距離を移動しているため、こんな地方にいることを疑うことは無いと思われるが、念のため、ということだ。
また、俺が童顔であるため、なめられないようにするため、というのもあるらしいが……むしろ、それが本音のような気がしている。
言葉の問題については、すぐ隣に立つクラーラ、またはケイトが通訳してくれる。
その時点で、この国の人間ではないことがばれるのでは、と思ったが、元々この教会があるサマンは港街で、国交のある異国との貿易も盛んであるため、異国人も結構な人数が存在しているそうである。
定住には役人の許可が必要なのだが、ある程度の登録料と審査をパスすれば問題無いらしい。
その審査にしても、幻惑魔法使用者であるクラーラが同行したので、特にツッコミを入れられることなくパスしたようだった。
ということで、異国の司教とその助手、という設定の、黒ずくめの怪しい二人が、通訳を交えた恋愛相談を実施するという、極めて近寄りがたい雰囲気の特設ブースに、初日は誰も立ち寄らなかった。
だが、怖いもの見たさというか、肝試しというか、やってみようとした者がいたわけで……二日目の朝にやって来たのは、この街の有力者の三男だった。
彼は三十歳を過ぎても結婚もせず、三男と言うことで財産を継げるわけでもないので仕事を探すも、長く続かず、転職を繰り返しているという、どうしようもない人間に思えた。
「結婚できるのならばまっとうな職につこうと考えるかもしれない」
という親の勧めもあり(料金は親負担)、まあ、占いぐらいならば、前述の通り「肝試し」感覚で望んだという。
余談だが、占い結果が失敗に終わった場合、返金されたお金はこっそり着服するつもりのようだった。
ガスケルという名のその男は、見た目はまあ普通だが、やる気の無いような顔つきだった。
しかし、特設ブースに通され、扉が閉められると、明らかにその表情が強ばった。
無理もない、薄暗い空間に全身黒ずくめで目しか出していない男女の占術師と、この教会の長であり、権力者でもあるクラーラまでもがその場にいたのだ。
明かりは、不気味に揺れる、太いキャンドルの炎のみ。
俺たちとテーブルを挟んで反対側に、彼は緊張の面持ちで座った。
用意していた水晶玉に手をかざして、俺はゆっくりと目を閉じた。
最初、こんな男と幸せな結婚ができる女性などいるのか、と思っていたが、浮かんできたその女性の容姿が、あまりに美しいことに驚いた。
そしてその特徴を、クラーラに伝えていく。
目鼻立ちがはっきりとした、二十歳ぐらいの女性で、裕福な家に住んでいる。
三姉妹の次女で、家族に大切にされており、花や小動物を好む。
小型犬を飼っており、毎朝、ほぼ同じ時間にこの教会の前を散歩させている……。
と、そこまで言ったところで、通訳していたクラーラは声を上げた。
「……まさか……エミリー!?」
どうやら、クラーラは彼女の事を知っているらしかった。
その名前に、ガスケルも目を丸くして驚いていた。
「『エミリー』、それはどういう女性なんだ?」
俺が、自分達の言葉でクラーラに尋ねると、
「とってもいい娘。名家の次女で、いつも教会の前を通るとき、お祈りと挨拶をしてくれるし、すごく可愛らしいし、若いし……本当に、エミリーが彼と理想の結婚相手なの?」
……どうやら、相当良い娘らしい。
クラーラに言わせれば、彼にはもったいない、とのことで……その言い方はちょっとガスケルが可哀想な気がした。
俺はその子の事を知らないので確定できないが、相当な美人であることは伝えた。
クラーラは、
「……だったら間違いないわね……間違いであって欲しかったけど……」
と、聖職者とは思えない事を言いながら、それでも聖職者らしい笑みを浮かべて、彼にエミリーが相手であることを伝えた。
すると、意外にも彼は、涙を浮かべた。
そして、泣きながら、本当に彼女が俺の最高の結婚相手だというのならば、俺は心を入れ替えて、真面目に仕事を探して真剣に働く、という意味の事を言ったという。
この占い結果に、ユナはご満悦。
本当に彼が宣言通りに実行するのか、そしてその美人の彼女との結果を見届けたい、と、満面の笑みを浮かべていた。
そして彼は、早速行動に出た。
役所の下働きという、権力者の息子としては屈辱的な仕事に誘われていたというのだが、今まで渋っていたのを撤回し、それを快諾したのだ。
ずっと下に見ていた役人が上司になるのだが、それでも真面目に働けば出世する可能性はある。彼女と結婚できるのなら、そのぐらいなんでもない、働きぶりを評価してもらえるように全力を尽くす、と、目を輝かせながら宣言した。
そして翌早朝。
いつも通り、エミリーは犬を散歩させて、教会の前を通り、お祈りと、挨拶をする。
この日は、クラーラだけでなく、俺とユナという見慣れない二人がいたことに、ちょっと驚きの表情をしていたが、さらに目を大きく見開いたのは、ガスケルが教会の玄関から出て来たことだった。
二人は、幼馴染み……というか、歳が離れているために、近所のお兄さんと妹、という関係で、名家同士ということもあって、それなりに普通に話をする仲だったようだが、彼女の恋愛対象に彼がなるとは、クラーラも、そしてガスケル自身も思っていなかったという。
どんな話をしていたのか分からないが、一度、ガスケルが俺たちの方を指差して、赤くなりながら何かを訴えていて……すると、エミリーの方も真っ赤になって。こちらを見て……そして涙を流し、彼の右手を両手で包み込んでいた。
「……どうやら本当に、エミリーも彼の事が好きで、ずっと心配してたみたいね……」
と、クラーラも涙ぐみながら解説してくれた。
ユナも、
「素敵……こんな恋愛もあるのね……」
と、うっとりしている様子だった。
……そして、この二人の事は、瞬く間に町中に知れ渡った。
元々名家同士の、しかも正反対の評価だった二人がくっつき、彼が真面目に働きだしたことで、そのきっかけを作った『サマン結婚相談所』は一躍注目を浴び、連日大盛況となるのだった。
――これが俺たちの『表の顔』だった。
主に夜中に暗躍する『裏の顔』……それは国家に反逆する『レジスタンス』なのだ。




