時空を越えて
「盾を強化する!」
ウィンが一言、そう叫ぶと、途端に俺たちの前後、左右、そして上方に高密度の魔力の盾が出現した。
先程張られたドーム型の形状のものをより多く張っただけなのだが、そもそもこれは最上級の防御結界魔法のはずだ。
それをこれほど多方向に、しかも全員に展開するのは、世界広しといえども、ほんの数人しかいないはずだ。
もっとも、ここが元の世界と同じなのかどうかは判定できないが。
ウィンが回復魔法だけでなく、防御魔法使いとしても非常に高レベルであることが分かるのだが、それでも、これだけ高密度に魔力を長時間に渡って凝縮・継続させるのが困難であることぐらい、魔法に疎い俺でも容易に想像できた。
照射されている光が眩しすぎて、よく周囲が見えないのだが、ウィンが使用している魔法以外、魔力を感じない。
「……魔力なしで、これだけの光をどうやって……」
ユナもかなり戸惑っている。
何人もの怒声が聞こえてくるが、何を喋っているのか理解できない。
我々の知らない言語を使っているようで、ただ、身構えてじっとしていることしかできない。
また、吹き飛ばし、ユナの電撃魔法を食らったはずの三体の魔獣も、のっそりと起き上がって、不気味に突き出た口をこちらに向けていた。
「……やはり、倒し切れた訳じゃなかったか……」
剣を握り直すが、敵? の姿は強烈な光に邪魔されてよく見えない。
「……魔力反応検知。あまり強くないけれども、こちらに接近中」
ミリアが業務的な口調でそう指摘した。
「魔力? この世界にも魔法が……」
そう言いかけたところで、視界が突然、闇に覆われた。
正確には濃く、黒い霧に包まれたような感触だ。
さっきまでとは違う意味で視界を奪われた俺たち。
周囲からも、戸惑ったような叫び声が聞こえてくる。
その声は、俺の仲間達ではなく、強力な光を浴びせて周囲を取り囲っていた者達のものだった。
――数秒後、突然目の前に、淡く白い光を放ち、ふわふわと浮かぶ人間の拳大の光球が出現した。
「……みんな、その光球について来て! 魔力のある人にしか見えないから、奴等には気付かれずにこの包囲を突破できるわ!」
それは、女性の声だった。
俺たちと、同じ言葉を使っている。
「……今、誰かしゃべった?」
ウィンの驚いたような声が聞こえた。
だが、すぐ近くに居るはずの彼の姿も、濃い闇の霧によって見えない。
「……少なくとも、私やミリアじゃないわ! 罠かもしれないけど……この状況じゃ、従うしかなさそう!」
これはユナの声だ。
と、そう言っている間にも光球は動き出した。
「ああ、俺もそう思う。みんな、見えているんだったらあれについて行こう……糸も、同じ方向に伸びている!」
その俺の一言が決定的なようだった。
複数の足音が聞こえ、全員が同一方向を目指している。
――時間にして、およそ三分ほどだった。
光球は、直線的ではなく、右に曲がったり、左に動いたりしながら、ほぼ一定の速度で進んでおり、気がつくと視界が開け、深い森の中へと入り込んでいることに気付いた。
なおも光球は浮遊を続け、それを追いかけて走り続ける。
俺とユナ、ミリア、ウィンの全員が揃っていることが確認できた。
俺たちを取り囲んでいたと思われる人間達の姿は見えない。
ただ、前方に誰か走っているようで、気配だけは感じる。
その数十メル後を光球が浮遊し、さらにその後を俺たちが走って追いかけていた。
皆既月食が終わった後の月は次第に明るさを増してきており、次第に真っ暗だった森の中にも光が差し込んで来ている。
それから、たっぷり二十分ぐらいは走ったであろうか。
ミリアは体力が尽きたのか、『空中浮遊』の魔法で進行している。
それはそれで凄いのだが……。
やがて、前方を走る、変わった服装の人間が、ちょっとした広場のようになっている場所で立ち止まっていた。
全身、緑、黒、茶色といった、いわゆる迷彩系の服を着込んでいる。
背中には小さなリュックを背負い、ポーチもいくつか装備。
足元は、丈夫そうな黒のブーツを履いている。
頭部は服と同じような迷彩柄の帽子で保護している。
目元も黒い保護眼鏡のような物を装着している。
この格好で茂みの中に隠れたならば、一目見ただけではそこに人がいるとは気付かないだろう。
その人物も、ずっと走っていたためか、息を切らせていた。
「……ふう、ここまで来たならば一安心。でも、油断は禁物よ。あいつ等、しつこいからね……それにしても、驚いたわ。あそこに門があるかも、とは言われていたけど、本当に向こうから人が出て来て、しかも魔法まで使うんだから」
女性の声だった。
先程、光球の出現と共に聞こえてきたものと、同じ声だった。
それに対し、俺たちは声を出せない。
現在の状況が、まるっきり分かっていないからだ。
「……えっと、あなた達、向こうの世界……多分、ワノクニから来たのよね? 共通語、分かるかしら?」
「……ああ、もちろん。だから、君が言うとおり光球について来たんだ」
ウィンが、ちょっと声を震わせながらそう言った。
「そうよね。良かった、私も向こうの共通語で本格的に会話するなんて、数年ぶり……いえ、もっとかな? それぐらい久しぶりだから、通じるかちょっと心配だったの。それで……あなたたち、何が目的で、あの門を通って、こんな異界に来たのかな? その内容によって待遇を変えないといけないけど……まあ、悪いようにはしないわ。久しぶりに同じ人種に出会ったんだからね」
その女性は、そう言って保護眼鏡を外した。
「……クラーラ、君に会うためだよ」
ウィンが、さらに声を震わせながらそう語った。
その一言に、女性は目を見張った。
「……どうして、私の名前を……えっ、ちょっと待って……」
その女性は、さらに目を大きく見開き、両手で口元を覆った。
「……まさか……ウソでしょう……ウィラードなの!?」
「ああ、そうだよ……クラーラ、久しぶり」
ウィンが、そう言って右手を上げる。
「久しぶりって、そういう次元じゃないでしょう……だって、あれから何年経っているの?」
「えっと……六十年ぐらいかな……」
「……ここ、どこか分かっているの?」
「ああ……我々が生まれた地とは、次元を平行する……いわば、異世界だ」
「……この人達は?」
その二十歳ぐらいにしか見えない女性……クラーラは、俺たちに視線を移しながらそう疑問を投げかけた。
「この地に来るために、協力してもらった」
「……もう一度聞くけど、どうしてこの地に来たの?」
「何度でも言うよ。クラーラ……君に会うためだ」
ウィンは、涙声になっていた。
「……ウィラード……貴方、馬鹿じゃないの?」
クラーラもまた、涙声になっており、半ば呆れたような、それでいて、どうしようもなく嬉しそうな表情で、大粒の涙をこぼしていた。
そして俺の目には、ごく至近距離で直結する運命の糸が、はっきりと見えていた。