克服
「ダメかもしれないって……どういうことなんだ?」
どういう風に気を使って尋ねればいいのか迷ったのだが、結局ストレートに聞いてしまった。
「うん……なんていうか……戦いが、怖くなった」
「怖い? ……俺はいつも怖いけど……それって、普通なんじゃないのか?」
「そうかな……前はそんなことなくて、魔獣との戦いなんかだと、こう、血が滾るっていうか……そんな風に思えたんだけど、今はダメ」
「……それは、さっきの奇妙な魔獣を見たせいか?」
「今弱気になっているのは、それもあるかもしれないけど……一番の原因は、やっぱりあの毒を受けたことかな……あのときは、本当に死ぬかと……ううん、死んだと思った」
悲しげなユナの表情を見て、それは納得出来る答えだと感じた。
「そうか……あんな思いしたんだ、そりゃそう思うだろうな……別にいいんじゃないか? 無理に戦う必要なんてない。確かに、次に東の岩戸が開くときには、もし魔獣が現れたら戦うって約束してるけど、ミリアもいてくれることだし。ユナは補助に回るか、あるいは、何もしなくても構わないよ」
俺は気を使ってそう言ったつもりだったのだが……。
「……ううん、それじゃ魔導剣士として失格、ただの足手まとい。岩戸の向こう側でも、戦いが続きそうなんでしょう? 私、行かない方がいいのかな……」
それは俺にとって、思わぬ発言だった。
いや、こう言われることを恐れて、考えないようにしていただけなのかもしれない。
俺はどう声をかければいいのか、分からなくなってしまった。
ウィンとの契約がある以上、俺は向こうの世界に行かなければならない。
しかし、怖がっているユナを無理矢理連れて行くのは、あまりにも酷だ。
俺が声を失っていると、ユナが、不意に顔を傾けた。
「……どうして、そんなに苦しそうな表情をしているの?」
「……また君と離れることになるかもしれないからだよ。足手まといなんて思わないけど、向こうに行くのが怖いならば、無理についてくることはない。でも……そうすると、また最低半年は会えなくなってしまう」
この俺の言葉に、ユナは、はっと息を飲んだ。
「……私と一緒にいたいって、思ってくれてるの?」
「ああ……前にもそう言っただろう?」
「……それ、私が魔導剣士だから便利、っていう意味じゃなくて?」
「まさか……俺の気持ち、知っているくせに」
はぐらかさず、正直に打ち明けた。
するとユナは、悲しみの表情から、笑顔に戻った。
その瞳に、うっすらと涙を溜めて……。
「……うん、ありがと……嬉しいよ。それに、さっきの言葉で分かった気がする。どうして戦いが怖くなったのか」
「……毒で死にかけたからだろう?」
「うん。でも、前は死ぬことも、実はそれほど怖いと思っていなかった……実家を飛び出して、ヤケになっていたのかな。だから、単身で真竜に突っ込んでいったりもできた」
「ああ、あれはひどかったな……見ていた俺の寿命が縮んだ思いだった」
「あはは、ごめんね……でも、今はそんな無茶ができそうもない。死ぬのが怖くなったから。どうしてかなって考えてて……それでやっと、答えが分かった」
「……そうなのか? それはいいことだな……ちなみに、どんな答えなんだ?」
「タクと、離れたくないって思ってたから」
……想像もしていなかった答えで、思わず絶句した。
「そっかー、やっと分かった。タクと一緒にいると、楽しいからね。だから、死んじゃうのが怖くなってたし、戦うのも怖くなってたんだ。でも、一緒に行かなくて会えなくなるんだったら、結局ダメだよね……うん、なんかやる気出てきた!」
ユナはそう言うと剣を抜いて、海岸の方へと走った。
そしてちょっとした広場となっている場所で、剣を振り回して、戦いの練習をしていた。
見事な剣捌きだった。
時折、威力の弱い電撃魔法を織り交ぜて、凶悪な魔物とその場で戦っているかのような動きも見せた。
――しばらくそうしていたが、やがて息を切らせながらこちらに帰って来た。
「……うん、もう大丈夫。勘が戻ってきた……死ぬのが怖いんだったら、死なないように戦えばいいだけだって、やっと分かった」
「……そんなの、誰でも知っていることなじゃいのか?」
「あはは、うん、その通ね。でも、良かった。私、本当は大好きなんだってやっと分かった」
「……俺の事が?」
「ううん、戦いが」
あっさりと、素の表情でそう言う彼女に、俺は固まった。
二、三秒そのままの状態だったが、二人とも吹き出して笑ってしまった。
「うん、まあ、タクのことも好きだよ……戦いの次ぐらいに」
「そうか? でも、戦いが好きだっていうのも考え物だ。本来、ない方がいいものなんだから」
「でも、魔獣相手だったらいいでしょう? 人間に害をなす存在なんだし」
「うん、まあ……この村の、前回岩戸からやってきた奴は、とんでもない化け物らしかったしな。また出現したら、だけどな」
「うん、分かった……その時は、躊躇なく戦うね!」
――ユナが、普段のユナに戻った。
こうなると、彼女は相当心強い。
こうして、彼女はその危機を、自分の力で克服したのだった。