極東の地
「……タク、それでどうするの? まさか、ハルちゃんを向こうに連れて行く、なんて事を言い出さないでしょうね?」
しばらく間を置いてから、ユナはハルを心配そうに見ながらそう言った。
「まさか、そんな危険な事をするわけないだろう。それに、そもそもハルには、『運命の糸』が見えない」
「えっ……お相手は見えるのに?」
「ああ。こんな事ははじめてだけどな……」
「それって……彼女が若すぎるから?」
「いや……そうじゃなくて、これは占術師としての勘だけど、この子はこちらから向こうに会いに行っても、幸せになれないんだと思う」
俺のその答えに、ユナはなるほど、と手を打った。
「つまり、向こうからこちらに来てもらわなければダメってことね」
「そういうことだな……」
「……ということは、僕たちが東の岩戸を通ったとしても、向こうからこちらへ帰って来る方法があるってことだね」
俺達の会話を興味深そうに聞いていたウィンが割り込んできた。
「ああ、そうなる。まあ、あんな魔獣がやってくるぐらいだから、一方通行って訳じゃないだろうとは思っていたけど」
俺の答えに、ウィンは満足そうに頷いて、
「ちなみにだけど、次の皆既月食は割と近くて、約半年後だよ」
と教えてくれた。
俺達が結構白熱した会話をしていることについて、ハルと、その両親は、ケイスケさんに心配そうに結果を尋ねているようだった。
しかし、彼も俺達の会話が早口だったため、理解できていないようだ。
「この娘が最高に幸せになれる結婚相手は、現在の年齢が二十歳ぐらいの、精悍な顔つきの青年だ。今はまだ遠い異国の地にいて、会うことはできないけれど、ひょっとしたら近いうちに、この地にやってくる事になるかもしれない」
俺はゆっくりとケイスケさんにそう話し、彼は頷いて、ハルと彼の両親に伝えた。
ハルは、理想の結婚相手が俺でないことにちょっとショックを受けたようだが……しかし、ユナの存在を知っていたので、別にいい人がいて、その人がわざわざ来てくれるなら、待つことにする、と話しているようだった。
彼女の両親も、楽しみにしている、と笑顔で言っているらしい。
さらに宴は続き、夜遅くまで飲み明かした。
――結果、俺達も、多くの集落の者達も、翌朝に二日酔いとなってしまった。
気分が悪く、頭が痛い。
しかしこんなのも、治癒術師であるウィンにかかれば文字通り朝メシ前だ。
複数の人間に一度に解毒の魔法をかけて一気に治していく。
彼等の目には、ウィンは本当に神の使いのように見えたことだろう。
その後、俺とユナは、ケイスケさんの案内で、海の方へと行ってみることにした。
俺達が住むサウスバブルも港街だが、この国の海とは大分景色が異なる。
生えている木々の種類が異なる。
荒々しい岩肌の色が異なる。
ただ、風に乗って漂ってくる潮の香りだけは同じだった。
ウィンとクラーラを繋ぐ『運命の糸』を辿り、古代の超魔術で建造された遺跡を抜けてきたために実感が湧かないが、本来であれば数ヶ月の旅を経てようやく辿りつける極東の地だ。
「……すごいね、本当にここって、遠い異国の地なんだね……」
ユナが、めずらしくしみじみと語った。
「ああ……しかも、もっと遠い異世界にまで行こうとしている」
「うん……タクは、怖くないの?」
「そりゃあ、怖いさ。本来、俺は冒険者じゃないしね。けど、これはウィンの恋愛成就のための旅でもある。そう考えると、なぜか足が前に向く……これは、自称・神から『究極縁結能力者』をもらってからの宿命なのかもしれないな、と思っているよ」
「そっか……それで、運命の糸を辿る冒険の最中は、今までみたいに力を発揮できるのかもしれないね……」
俺はユナの言葉に、何か元気がないように感じた。
「……ユナ、何かあったのか?」
「……何かって言う訳じゃないけど……ひょっとしたら、私、もうダメかもしれない……」
海を見ながら思わぬ悩みを口にするユナに、俺はちょっとした衝撃を受けた。




