惨劇の夜
俺は、領主や役人から聞いた、この奇妙な物体が引き起こした惨劇を、そのままユナに伝えることにした。
「さっきも言ったように、これが現れた時、首を左右に動かして、こちら側の様子を見ていた。それに対して、この集落の住民達は、一体どうすればいいのか戸惑っていた。無理もない……彼等が生きていた中で、向こう側から何かが出現する、なんてことは無かったんだから」
「なるほどね……しかも、向こう側は神の世界、みたいな伝承だったんでしょう?」
「まあ、それを鵜呑みにはしていなかったとは思うけどね。せめて人間だったら、言葉が通じなくとも身振り、手振りで意思の疎通ができていたかもしれないけど、こいつにそんなのは通用しない。皆がただ唖然と見つめていると、こいつは急加速して、最前列の巫女の腕を三本の大きな指で掴んで、無理矢理引っ張って行こうとしたらしいんだ」
「なっ……無理矢理? それに、巫女ってどういうこと?」
「ああ、きちんと説明できてなかったな……一応、岩戸が開くときは神事となっていて、祭りが開かれていたんだ。そこで舞や歌を披露するために、巫女が最前列で待機していたって事らしい。岩戸の前には二百人以上の人が集っていたらしいんだけど、当然の如く、パニックになった」
俺の言葉を聞いて、ユナは慌てて再びこの物体に目を向けた。今、全く動いていないことを確認しているようだった。
「……うん、今は止ってるね……それで、その巫女はどうなったの?」
「ああ、その時、咄嗟に彼女を助けようと、剣で切りつけた男がいるんだ……名前は……何だったかな?」
俺は隣で聞いていたケイスケさんの方を見た。
「ムサシ……英雄、ムサシです」
ちょっと自慢げにそう答えた。
「そう、ムサシって言う名の戦士らしい。ワノクニの中では、かなり名の知れた存在で、地元の英雄という話だ。で、当然、場はさらに騒然となった。『神かも知れない方に、なんということをするのだ』と叫んだ者もいたが、彼は『巫女を無理矢理連れて行こうとする者が、我々の神であるわけがないだろう? 悪魔か、さもなくば邪神だ!』というような事を叫んで、なおも彼は、こいつに剣を打ち込んだ……その衝撃に怯んだのか、こいつは巫女を離した。彼女は必死に逃げ、その代わりに、こいつとムサシは、戦闘となった。ほとんどの者は既に逃げ出していたので、事実上一対一の対決となったらしい」
「へえ、その人、凄いね……でも、これって強かったの? そんな風には見えないけど」
「ああ、俺も信じられないんだけど、何回か切りつけたところ、剣の方が折れてしまったらしい。相当、固い体みたいだ」
その俺の言葉を聞いて、ユナは改めてランタンで魔獣の体を照らした。
「……確かに、全身金属の塊みたいだし、頑丈そう……所々、傷が付いているのは、そのムサシっていう人がつけた傷なのかな?」
「さあ、どうだろうな。動かなくなった後も、みんなが寄ってたかって武器で叩き続けたってことだからな……ちょっと順番が前後したな。さすがのムサシも、折れた剣では戦えない。近くの民家に、丈夫な斧があるのを知っていた彼は、それを取りに戻ることにした。他の住人はほとんどが避難した後だったから、そのぐらいの時間的な余裕はあるだろうと判断したんだろうな。ところが、戻ってきた彼は、唖然としたという。こいつは、この飛び出た口から、とんでもない量の炎を吐き出していたんだ」
「ほ、炎? これって、ドラゴンみたいに炎を吐けるの?」
「らしいな……こんな小さな口から、長さ二十メル以上の強烈な炎を吐いて、暴れたらしい……さっき君も見たとおり、この地域はほとんどの建物が木造だ。火はあっという間に燃え広がった……ムサシは、その恐ろしい光景にも怯むことなく、取ってきた斧を思いっきり叩きつけたらしい。それが決め手となったのか、あるいは皆既月食が終了し、岩戸が閉じたからなのかは分からないが、こいつは活動を停止したっていうことだ」
「……そんな恐ろしいものなんだ……それで、そのムサシっていう人は、無事だったの?」
「ああ。直接炎を浴びせかけられそうになったけど、うまく避けてたみたいだ。ただ、燃え広がった炎はなかなか消えず……結果、この集落の半分ほどの建物が消失した……そして焼け跡から、寝たきりになっていて逃げられなかった老婆の焼死体が見つかったって事だ」
「……死者が出たって、そういうことなのね……怖いね、訳の分からない魔獣って」
「魔獣……いや、魔獣じゃないな……これが、俺が前から言っていた、『キカイ』って言う名の兵器だ。それも、すごく一般的な……言い方を変えれば、雑兵だと思う」
「……集落の半分を焼失させたという、これが……雑兵……」
ユナが、驚愕の表情で、今はもう動かぬその『キカイ』を見つめていた……。




