魔獣
俺達は、領主の計らいにより、ケイスケさんに連れられて、前回(三年前)に『東の岩戸』が開いた際、出現したという魔獣を見せてもらう事にした。
貴族街から一旦下町に戻る。
それを見つけたハルが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
今度は抱きついてくることはなく、はしゃいで手を繋ぐ程度。
ユナは、今度はそれを見ても怒ることはなく、ただ微笑んでいた。
しかし、それも町の出口まで。これより先は、またしても一般人立ち入り禁止だ。
名残惜しいが、ハルとはまたしばしの別れだ。
魔獣は、町の外れの地下牢獄最下層に、厳重に保管されていた。
ここは天然の洞窟を使用しているのだが、薄暗く、ジメジメと嫌な雰囲気で、コウモリまで住み着いている。
今はここに捕らわれている罪人はいないらしいのだが、こんなところに閉じ込められると発狂しそうだ、とユナが語り、俺もウィンもそれに同意した。
「こんなところに三年も閉じ込められていて、その魔獣は生きているの?」
ユナが、もっともな質問を投げかけてきた。
「わからない……そもそも、命を持っているのかどうかもよく分からないんだ」
俺は、思ったままのことを口に出した。
「……それって、どういう意味?」
「実物を見た方が早いよ……ようやく最下層か」
ランタンの明かりに照らされたその先に、大きな鉄製の扉が存在した。
堅牢そうな大鍵で解錠し、役人二人がかりでその扉を開く。
さらに進むと、鉄格子のはまった部屋の内側に、それは居た。
「……なに、これ?」
ユナが唖然と口を開く。
無理もない、それはあまりに異質な存在だった。
全体的な大きさは、背の高さで言えばユナと同程度。つまり、小柄な人間、と言ったところだ。
縦長で、下半身は太く、そこから胴体がほぼ垂直に伸び、細い首があって、頭部はやや大きめ。
両腕のような物も存在するが、胴体からいきなり伸びて、三本の指のような物がそれぞれ生えている。
そして、足がない代わりに、車輪のような物が左右三つずつ縦に並び、それをベルトのような物が覆いこんでいる。
頭部には二つの目のような穴があり、さらに口のようなものもあるが、それはタコの口のように突起状となっている。
決定的に普通の魔獣と異なる点は、全体的に鈍い金属光沢を放っていることだ。
「……これって、生き物じゃないよね? 変わった鎧……人形?」
ユナが首をかしげる。
「正体は不明だ……俺が役人から聞いた話では、三年前に『東の岩戸』が開いた際、ゆっくりとこいつが現れたということだ。町の長によれば、数十年の儀式の中で、向こう側から何かが現れたのは初めてだったらしい。歩くのではなく、あの下部の奇妙な物が動いて、それで移動していたらしい。そしてこいつは、儀式の場の三十メルほど手前で停止し、状況を確認するように首を左右に動かした」
「……へえ、動くんだ、これ……自動人形か何か? それとも、ゴーレムの一種?」
「まあ、似たような物かな……ただ、原理は全く違うと思う」
「何でそう思うの?」
「俺がウィンの理想の結婚相手……クラーラをイメージとして捉えたとき、こいつと似たような物と、彼女は戦っていたんだ。つまり、クラーラは、こいつみたいなのがごろごろ居る世界で生きている」
「こんなのが、ごろごろ? 本当に、別世界なんだ……」
ユナの表情が、やや強ばった。
「そうだ。前に説明したとき、『生活水準は向こうの方が高い』って俺が言ったから、安心していた事ないか? こんなの相手に戦う事になるかもしれないんだ、いままでとは全く勝手が違う」
「……うん、なんか想像より面倒なことになりそう……って、これ、攻撃してくるの?」
「ああ、そうらしいな。聞いた話じゃあ、皆既月食が終わるまでの約十分で、集落が半壊したらしい。死者も出た」
「……ええっ! たった十分で、そんなに被害があったの?」
ユナは驚きに目を見開き、俺の顔と、この魔獣の姿を、交互に見つめた。
次回は、三年前の惨劇についてです。




