神の使い
俺達は、この集落の役人だという二十歳ぐらいの青年に、より身分の高い……つまり、この国の貴族達が住む区域へと連れて行ってもらうことになった。
彼の名はケイスケといい、我々と同じ共通語を、ゆっくりとではあるが、話すことができる。
先程の少女も、笑顔を浮かべながら俺達に付いてくる。
彼女の名はハルという。
「……で、どうしてそのハルちゃんと、こんなに仲良くなっているのかしら?」
ユナは相変わらず不機嫌そうだ。
「えっと、そこを気にするんだな……もっと他に……例えば、どうして俺達がこんなに歓迎されているのか、とかは気にならないのか?」
「……そういえばそうね。あの子だけじゃないね」
ケイスケさんとハルの他にも、十数人の住人が、笑顔を浮かべて俺達の後を付いてくる。
「実は、あの扉……『西の岩戸』って言われているらしいんだけど、あれが開いてやってくるのは神様か、その使いだって言う伝説が残っていたらしいんだ。数ヶ月前、なんの前触れもなくそれが開いて、俺達が出て来たものだから……今なんかとは比べものにならないぐらい、大騒ぎになったんだ」
「神!? ……それはまたずいぶんと大げさね。それで、あの子と仲良くなった訳は?」
「それにこだわるんだなあ……まあ、そんな伝説があったとしたって、彼等だっていきなり俺達のことを信用したりはしなかったさ。最初は、言葉が通じないこともあって、ずいぶん警戒されていた。そんなとき、言葉の分かるケイスケさんが、俺達に『貴方達は神様ですか』ってストレートに聞いて来たんだ」
「へえ……でも、否定したんでしょう?」
「いや……ウィンは、『神ではないが、神の使いです』って答えた」
「えっ……そんなウソついて大丈夫だったの?」
ちょっと驚いて話すユナに、俺は
「まるっきりウソって訳じゃないさ。彼は神に『究極完全回復魔法』の能力を与えられているだろう?」
「あ、そっか……だったらタクもそうなんじゃない?」
「まあ、俺のはそんな大げさな能力じゃないけどな……話が逸れたな。それで、神の使いって言葉を聞いても、住民達はすんなり信用するどころか、かえって胡散臭そうな目で俺達を見た。そこで俺が、だったら、怪我人とかいたら、治癒することができる。それで証明してみせるって言ったんだ」
「そう、僕になんの断りもなくね。ひどいと思わないか?」
すぐ隣で俺達の会話を聞いていたウィンが、迷惑そうにそう話しかけてきた。
「手っ取り早くそう信じてもらうためだよ。ジル先生がいたら彼にお願いしても良かったけど、ここまではついて来ていなかったから、ウィンに頼むしかなかった。そして、連れて来られたのがこの子、ハルだった。彼女は数週間前に足を怪我して、歩けなくなってたんだ」
「えっ……そうなの? 可哀想……」
先程まで怒っていたユナが、ちょっと違った目でハルを見たので、言葉の分からない彼女は、戸惑ったように顔を傾けた。
「僕が見たところ、足の腱をひどく傷めていた。普通なら月単位で安静にしていないと治らないけど、まあ、上位の治癒魔法を使えば一発で治ったんだ」
ウィンは得意げだ。
「そう、それで俺がハルに、もう治ったから歩いてごらん、って言って、ケイスケさんに訳してもらって……彼女が立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねたときの住人達の驚きようは凄かったな。急に俺達への待遇が変わって、神の使いとしてもてなされるようになったんだ」
「そんなことがあったんだ……それで、その後どうしてハルとこんなに仲良くなったの?」
「それだけだよ」
「……えっ? 治癒魔法使ったの、ウィンでしょう?」
「そうだけど、なぜか俺のおかげと思っているらしいんだ」
「そう、僕が治してあげたのにね」
不満そうにそう言うウィンと、俺、そしてハルの顔を見たユナは、ちょっと吹き出して笑い出した。
「なあんだ、そういうことか。ハルちゃんにしてみれば、タクは恩人なんだね。だからあんなに感謝してるだけなんだ。怒ってごめんね」
そう言って、ハルに笑顔を向けると、彼女も良く事態を飲み込めていないようだが、とりあえず笑顔を返してくれた。
「……でも、神の使い、か……ほんとに、私達って、まるで神様に翻弄されているみたいに、ずっと冒険繰り返してるね」
「今更何言ってるんだ、そうとしか思えないだろう?」
真面目にそう応えた俺に対し、ユナが、えっという表情を浮かべた。
「……おかしいと思った事はないか? たかが恋愛占いができるだけでしかない俺が、こんな冒険に引っ張り出されて、こんな異国の地にまで飛ばされたんだ。偶然の積み重ねじゃなくて、何かしらの大いなる意思が働いているとしか思えない」
「……そ、そうなの? ウィンもそう思ってる?」
その問いに、彼も呆れたように頷いて同調する。
「えっ……じゃあ、ミリアもそう思ってるの?」
「もちろん。ジフラール様も、デルモベート様もそう言ってた……一度死んだ身なんだから、新たな運命は使命と思って受け入れなさいって……」
無表情ながら、ミリアにしてははっきりと意見を言ったことに、ユナは驚いた。
「えっ、じゃあ……私達って、その、神様に弄ばれているの?」
「さあ、弄ばれているって考えるのべきか、試練を与えられているって考えるべきか、分からないけど……一つ言えることは、俺達全員、神の力がなければ、一度死んでいたんだ」
「……全員、一度死んでいた?」
「ああ。俺もウィンも、死にかけていたところに神様に助けられて、その上で能力を与えられたこと、知っているだろう? ミリアも、馬車の事故で瀕死の重傷を負い、そこに通りかかったジフラールの、これも神から与えられたという能力『疑似生命付与能力者』で一命を取り留めた。そしてユナ、君だってウィンが神から与えられた能力、『究極完全回復魔法』でかろうじて助かったんじゃないか」
「……そっか、私も間接的に、神様に助けられたんだ……」
「ああ、それがジル先生やミウ、ユアン、そしてアクトと決定的に異なるところだ。それで俺達は、この奇妙な旅から逃れられないでいる。さらに言うなら、旅の目的であるクラーラも、ウィンの『究極完全回復魔法』で助けられた一人なんだ」
「……すごーい、そんな共通点、あったんだ……でも、私、そんな無理矢理冒険させられているようなつもり、なかったけど」
「そう、実はみんなそうなんだ。気がついたら冒険しているっていう感じだ。でもそれすらも、俺は神の意志なんじゃないかなって思ってる。そういうふうに仕向けられているんじゃないかって。ひょっとしたら、神様は、俺達に能力ときっかけを与えて、どんな風に行動するのかなって、興味津々で見ているのかもしれないな」
「……でも、それだとプレッシャー、かかるね」
ユナが真面目にそう答えたのがおかしくて、俺とウィンはちょっと笑った。
そうこうするうちに、貴族街に通ずる大きな、かつ豪華な門が見えてきた。
すでに門の前には、連絡を受けていたと思われる出迎えの者が数人待機してた。
ここから先は、貴族か、それに仕える役人しか立ち入りが許可されていない。
残念ながら、ここでハルや一般の町人達とはお別れだ。
さらにそこから三十分ほど歩いて、ようやく屋根が五層にも重なった、荘厳な建造物に辿り着いた。
「これって、お城……でも、私が知っているのとは全然違う……」
ユナは目を丸くしている。
「ああ、最初見たときは俺も驚いた。俺達の目から見れば変わって見えるけど、この国では普通だ。それに、この国にも『王』はいて、その居城ともなればさらに大規模で巨大な物となるらしい」
「へえ……見てみたいね」
「……異世界から、無事に帰って来られたらな……」
俺のこの発言に、ユナは少し表情を引き締めた。
ケイスケさんが、他の役人と共に門番に話をすると、すぐに待機していた身分の高そうな文官が現れた。
「お久しぶりです。そろそろいらっしゃる頃だと、領主は楽しみにしておりました」
彼はそう言って、お辞儀をする。
この文官とは以前にも会っている。共通語が堪能だ。
領主は彼以上に共通語が話せるのだが。
「……さあ、ここからが本番だよ。うまく交渉、成立させないといけない」
ウィンが、真面目な顔でそう言った。




